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MURDER HERO  作者: あああ
入隊試験編
6/7

結託

衝撃は、一瞬遅れて慧の全身を貫いた。


空中で体勢を崩したまま叩きつけられたその身体は、無機質なアスファルトの硬さを容赦なく受け止め、鈍い音とともに道路へと沈み込むように止まると同時に肺の中の空気を一気に吐き出し、呼吸という行為そのものを奪われたかのように喉がひゅう、と乾いた音を鳴らした。


「――ッ、が……ッ……!」


声にならない声を漏らしながら、慧は視界の端で歪む景色を必死に繋ぎ止めるように瞬きを繰り返し、揺れる意識を無理やり引き戻すと、遅れて襲ってくる痛みよりも先に“ここで止まれば終わる”という確信が身体の奥底から湧き上がり、まだ動けると判断した瞬間にはもう腕に力を込めていた。


「……はぁ……っ……はぁ……っ……」


浅く荒い呼吸を無理やり繋ぎながら、膝に手をついて身体を起こすと、目の前には誰もいない都市が広がっており、整然と並んだビル群と規則正しく点滅を繰り返す信号機、風に転がされる紙片、そのすべてが“本来あるべき日常”を模しているにも関わらず決定的に欠けているもの――人の気配――が、この場所をただの街ではなく“狩り場”へと変えていた。


その静寂を破るように、次の瞬間、地面が爆ぜた。


ズガァァァァァン、と轟音を伴ってアスファルトが抉れ、巨大なドリルが地中から突き出されると同時に慧は反射的に身体を横へと投げ出し、さっきまで自分がいた場所を破壊するその質量と速度に背筋を冷たいものが走るのを感じながらも、転がるようにして距離を取る。


「チッ……!」


舌打ちが漏れる。


土とコンクリートを撒き散らしながら現れたのは、先ほどと同じモグラ型のAI兵器であり、赤く光る単眼がギロリと慧を捉えたかと思えば、まるで意思を持っているかのような不気味さを伴って再び地面へと潜り込んでいく。


その瞬間、辺りは再び静寂に包まれる。


だが、それは安息ではない。


次の一撃までの“間”に過ぎない。


慧はゆっくりと息を整えながら、視線だけを動かして周囲を警戒し、どこから来ても対応できるようにと神経を研ぎ澄ませるが、その直後、横のビルの壁面が爆ぜる音とともにコンクリート片が飛び散り、その中からモグラが突き出してくるのを視界の端で捉えた瞬間、反射的に身体が動いていた。


「――ッ!」


紙一重で回避し、頬をかすめる衝撃に歯を食いしばるが、休む間もなく今度は背後から、さらに上から、そして前方のビル内部を突き破ってと、あらゆる方向から連続して襲いかかってくる攻撃に対し、慧は回避だけで精一杯となり、反撃に転じる隙すら与えられない。


(どこからでも来る……!)


地面だけではない、壁も天井も関係ない三次元の奇襲に完全に翻弄されながらも、それでも足を止めないのは、止まった瞬間に終わるという理解があまりにも明確だからであり、だが同時にこのままではただ逃げ続けるだけで終わるという焦燥もまた、胸の奥で膨らんでいく。


「このままじゃ……一生、避けるだけだろ……ッ!!」


吐き捨てるように言ったその瞬間、前方の道路がわずかに膨らむのを慧の視界が捉えた。


来る。


今度は正面。


確信に近い直感がそう告げる。


にも関わらず、慧は動かなかった。


逃げない。


その選択を、意志でねじ伏せる。


脳裏に浮かぶのは、過去の光景と、届かなかった何かと、守れなかった現実であり、それらすべてを飲み込むようにして胸の奥で言葉が形になる。


(護る)


その一言が、全てを決めた。


目を閉じる。


ほんの一瞬だけ。


だがその中で、慧は自分の中に流れるエデン素の感覚を掴み取り、それを“形にする”ためのイメージを強く、強く固定する。


(もう逃げねぇ……護る……今度こそ……!)


次の瞬間、地面が爆ぜ、モグラが真正面から飛び出してくる。


回避は間に合わない。


だが、慧は動かない。


代わりに右手を前に突き出し、その意志を一気に現実へと叩きつけた。


「――盾護シールド!!!」


空気が歪み、光を屈折させる濁った白色をした盾が出現すると同時に、慧の首元に“盾”の刻印が浮かび上がる。


ドゴォォォォォォン、と轟音が響き渡り、モグラのドリルがシールドに直撃するが、その衝撃は想像を遥かに上回るものであり、腕に伝わる負荷に骨が軋み、全身が押し潰されそうになる感覚に歯を食いしばる。


「ぐっ……ッ……!!」


だが、それでも止めた。


確かに、真正面から受け止めた。


その事実が一瞬だけ安堵をもたらすが、次の瞬間、ドリルの回転数がさらに上がり、甲高い金属音とともに圧力が増していくのを感じた慧の表情が歪む。


ピシ、と小さな音が響く。


それは明らかに“壊れる音”だった。


「……っ!?」


シールドに走るヒビが、次の瞬間には一気に広がり始め、ピシピシと不吉な音を立てながら崩壊へと向かっていくのを見た慧は、歯を食いしばりながらさらに力を込めるが、それでも押し返せない現実がそこにあった。


「……負けるかよ……ッ!!」


叫ぶ。


だが、その声がかき消されるほどの轟音の中で、突如として場違いな声が上空から降ってきた。


「ひゃっほーーーーーーーーい!!!」


あまりにも軽く、あまりにも能天気なその声に、慧は思わず上を見上げるが、そこには誰の姿もなく、一瞬の困惑が生じたその直後、すべてが覆された。


ドォォォォォォォォォンッ!!!!


圧倒的な衝撃とともに、モグラの巨体が真上から押し潰され、地面へとめり込む。


「……え?」


理解が追いつかないまま、圧力の消えた前方を見つめる慧の視界の中で、煙の中から一人の人影がゆっくりと立ち上がった。


赤い髪を無造作に跳ねさせたウルフカットに、耳にはいくつものピアスが光り、その肩には無造作にバッドが担がれている。


「いやぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜……マジで間に合ったわこれ……今のちょっとでもズレてたら普通にアウトだったくね?」


軽い口調でそう言いながら大きく伸びをするその男は、まるで今の状況を“日常の延長”であるかのように扱っており、その異質さに慧は言葉を失う。


「お前……今の……どうやって……」


ようやく絞り出した問いに対し、男は首を傾げながらモグラの残骸を軽く蹴り、「いや別に、上から思いっきり叩いただけだけど?そんな難しいことしてねぇよ?」とあっさり答える。


その言葉の軽さとは裏腹に、その結果は明らかに“異常”であり、慧は呆れを含んだ視線を向けながらも何も言い返せない。


そんな慧を見て、男はニカッと笑うと一歩距離を詰め、「なあさっきの見てて思ったんだけどさ、お前……一人で最後までやるつもりだった?」と、どこか試すような、それでいて真剣さを含んだ声で問いかける。


「……ああ」


迷いなく答える慧に対し、男は一瞬だけ目を細め、「いいねぇ、そういうの嫌いじゃねぇよ、むしろ好きな部類だわ」と笑いながらも、そのまま続けて「でもさ、この試験ってそんな甘いもんじゃなくね?さっきのアレ見て、まだ一人でいけるって本気で思ってる?」と、核心を突く言葉を投げかける。


慧は一瞬言葉に詰まる。


事実として、押されていた。


それは否定できない。


だからこそ、何も言えない。


その沈黙を見て、男は少しだけ頷くと、「だろ?だったらさ」と軽くバッドを肩に担ぎ直しながら言った。


「協力しようぜ、俺とお前で」


その言葉は軽い。


だが、不思議と嘘は感じられない。


「名前は?」と慧が問うと、男は当然のように答えた。


姫野司ヒメノ ツカサ。で、お前は?」


「東雲慧だ」


「慧、ね」


その名前を一度口に出して確かめるように繰り返した後、司はニカッと笑いながら拳を差し出し、「よろしくな、慧。どうせやるなら、派手に生き残ろうぜ」と言う。


慧は一瞬だけその拳を見つめ、だがすぐに自分の拳をぶつけ、「……ああ」と短く答えた。


その瞬間、二人の間に“結託”が成立する。


---


その頃、別の場所では。


静まり返った廃墟の中、橘蒼生は足元に転がる三体のAI兵器の残骸を一瞥しながら「……5体、次の周回も殺されない限り生き残れそうだ」と淡々と呟き、そのままゆっくりと手を上げると、手の甲に刻まれたサイコロの刻印が淡く光を帯び、空中に実体を伴ったサイコロが現れて回転を始める。


カラカラと乾いた音を立てながら回るそれがやがてピタリと止まり、「4」の目を示した。準備が出来たような顔である場所へ向かう。


目の前に広がるのは、巨大な野球場。


だが観客席には誰もおらず、ただ異様なまでに濃いエデン素の気配だけが空間を満たしている。


「……やっぱりここか」


蒼生は静かに呟きながらグラウンドへと足を踏み入れ、その中心に立つ一人の老人の姿を捉える。


「いたな、受験者狩りの狂った老人……坪井正義ツボイ マサヨシ


その名を呼ばれた老人は、ゆっくりと顔を上げ、不気味に笑った。


「ほぉ……若いのに、よく知っとるなぁ……で?殺しに来たのか?」


その問いに対し蒼生は何も答えないが、その沈黙を肯定と受け取ったのか、正義は満足げに頷きながら言葉を続ける。


「正しい判断だなぁ……だがな、気をつけろよ……ボケの酷い老人はなぁ……」


その瞬間、周囲の空気が震え、無数の硬質な紙飛行機が出現する。


それぞれに小型のジェットが取り付けられ、不気味な駆動音を響かせながら浮遊するそれらは、明らかに“兵器”であった。


「手加減も忘れてしまうからのぉ……!!!!!!!!!」


次の瞬間、すべてが一斉に蒼生へと向かって発射される。


だが蒼生は動かない。


ただ静かに刀に手をかる。


『異刀:天賽一閃』


その目にわずかな嫌悪を宿しながらこう呟いた。


「……手加減なんてもとからする気ないだろ。」


そして戦いは、さらなる激化へと向かっていく。


それぞれの場所で、それぞれの覚悟がぶつかり合いながら――生き残るための戦いは、まだ始まったばかりだった。


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