【番外編】マリアのその後
「なんでお前は!! お前なんかもう使いもんにならん出ていけ!!」
そう言われ数枚の金貨が私の顔に投げつけられた。
『使い物』そう私は結局お父様の『物』でしかなかった。
使えなくなったものは捨てる。それは当たり前の行動だった。
私は涙も出ずその場から立ち去った。
部屋に戻り、お金になりそうなものをかき集めカバンに詰める。
そして準備が終わりカバン一つでそのままハイネス伯爵邸を後にした。
私がジョエル様の近くに居る時だけ機嫌がよさそうにし
「君が本当の婚約者だと偉い人が言っているよ」
「さすが私の娘だ。偉い人も君を婚約者にすると言っている」
と甘言をささやき、私の行動を諫めることも無かった父。
そして宝石にしか興味は無く、私には興味も関心もなく、先ほども「仕方ないわねぇ」という顔でただその場にいた母。
私はなにを信じていたのだろうか……。
持ち出した金目の物をすべて換金し、取れるだけの日数分宿をとった。
頭の中をぐるぐるするのはジョエル様の最後の言葉。
『私が愛しているのはアイラ嬢だけだ。
君を好きになったことは一度もないしこれからも無い。
あきらめてくれ。私は愛する人を傷つけた君を許すことはないよ』
私は何を見てきたのだろう。何を信じてきたのだろう。
自分の存在意義が揺らぎ、やり直すこともできない……。
ただ茫然と何もする気力が起きずただ何もせず部屋で過ごしていた。
食事をとることも事もできず、水だけをなんとか飲みながら過ごした数日。
部屋の扉が遠慮がちにたたかれた。
のろのろと扉を少しだけ開けると、この宿の女将と知らない女の人だった。
「まぁ! そんなにやつれて……。
私、隣に部屋を借りてるものなんだけれど……。
女将さんと話してて食事もとらないあなたが気になって……」
「お気になさらず。私は大丈夫なので」
そういって扉を閉めようとする。
しかし扉に女性の手がかかり閉じることを阻止された。
数日食べていない私は力が出ず、抗うことがでできなかった。
すると女将さんが遠慮がちに話し始める。
「余計なお世話だと思ったんだがね、うちの宿で悪い気を起こされても困るから……。
せめてこいつくらいは口に運んでもらえないかい?」
差し出されたのは、玉子がゆだった。
数日ぶりの食事の良い香りに思わずお腹が鳴る。
「ほら。一緒に食べよう。部屋に入れてちょうだいな。
何もすることはできないけど無関係の人間だから話せることもあるでしょう?」
思わずノブを掴んでいた手を離す。
知らない女性は部屋に入り、女将さんは玉子がゆと女性用の食事をテーブルに置いて部屋を出た。
「私はクラリッサ。
仕事の都合でちょうどあなたと同じ日に隣の部屋を借たのよ。
女将さんが宿を取ってから一度も外出もしないし、食事も取りに来ないとあなたの事を心配していたから余計なお世話なのは分かっていたのだけれど……。
お邪魔することにしたの」
クラリッサは金色と見間違えるほどの明るくきれいに手入れされた髪に少し露出はありながらも自分の魅力を最大限に活かしたドレスを着こなしていた。
ワインを飲む仕草も貴族と見間違えるような洗練された仕草だった。
私は警戒しながら
「あなたは貴族なの?」
と問うとクラリッサはコロコロと鈴がなるように笑いながら言う。
「まぁ嬉しい。そう思っていただけるなんて光栄だわ。
私は貧民街の孤児出身よ。
今は仕事をしているから貧民街にはいないけれど。
あなたこそ貴族のお嬢様ではないの?」
家を出てから数日、お風呂にも入らず、かろうじて化粧だけ落として着替えてもいないぼろぼろの状態だった。
そんな自分の状態を思い出し恥ずかしさを覚え真っ赤になって下を向く。
「まぁそれは追々お話しましょう。まずはおなかに栄養を入れてあげましょう。
必要なら私が食べさせましょうか?」
その言葉に焦ってスプーン持ち玉子がゆを口に運んだ。
久しぶりに口にした食事は今まで伯爵邸で食べていたものと違って質素なものだった。
しかし……今までたべたものの中で一番美味しかった……。
ゆっくりと食べる私にクラリッサは何も言わずに自分の食事が終わっても待ってくれた。
私が食べ終わった後、自分が食べていたフルーツの盛り合わせの小さな器を差し出す。
「一緒に食べましょう」
リンゴをフォークに刺し私に差し出してくれる。
私は素直にそれを受け取り口に運ぶ。
「この後はゆっくりお風呂に入りましょう。
フルーツ食べれるだけ食べておいて?
私はお風呂溜めて来るわね」
お言葉に甘え私はフルーツを運びながらクラリッサを待った。
何も言わない私に嫌な顔一つせず私の身の回りを整えようとしてくれるクラリッサ。
入浴の手伝いも気にすることなく言い出してくれたクラリッサに甘えて、久しぶりの食事と入浴にガチガチに固まっていた心がほぐれていっているのが分かった。
「この入浴剤良いでしょ?
バラの香りはよくあるけれどこれはラベンダーの香りなのよ。
私も嫌なことが会った時によく使うの。
リラックス効果があるんだって。私の使いさしだけど気に入ってくれたら嬉しいわ」
優しい声に思わず泣きそうになった。
今までお母様からもメイドからもこんなに優しい声で声をかけてもらったことは無い。
「……良い香り……」
涙をごまかすようにつぶやきながらお湯を顔にかけた。
お風呂を出て、優しく髪をタオルでクラリッサに拭いてもらいながら私は寝そうになっていた。
「この部屋のベッドは広いから。
もしあなたが嫌じゃなかったら私も一緒に寝て良い?」
その質問に私はぼーっとしつつ頷いた気がする。
久しぶりにきちんと睡眠が取れた。目を覚ますとクラリッサが私を子供のように抱きしめていた。
恥ずかしかったが、安心感が勝りる。
私は自然と甘えるようにクラリッサにすり寄った。
「おはよう。まずはあなたのお名前を教えてくれる?」
そういわれて自分が名乗っていなかった事に気づき恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。私はマリア」
「マリアちゃんね。かわいい名前。
謝罪よりもありがとうって言ってくれるとお姉さん嬉しいわ」
言いながら私の頭を優しくなでてくれた。
クラリッサが朝食とお茶を取りに行ってくれている間に身支度を整えた。
クラリッサも朝食を取りに行くついでに身支度を整えてきたのだろう。
昨日の夜とは違いガバネスのような、首までつまったすこしだけフリルのあるブラウスに無地の茶色のロングスカートに着替えていた。
「それじゃまずは朝食を食べましょう。女将さん喜んでいたわよ。
あなたが食事を食べてくれて。
でもまだ今日は念のため体に優しいものらしいわよ」
私の朝食は、野菜スープの中に短いパスタが入っていた。
口にすると野菜はとてもやわらかく、パスタもふやけた状態だった。
けれど胃がまだ正常ではない私にはやわらかいパスタが胃の中に優しくたまっていた。
朝食後、クラリッサがお茶を入れてくれた。お茶はカモミールだった。
どこまでも私の事を考えてくれている行動に私は決意した。
「クラリッサ長くなるけれど、私の話を聞いてくれる?」
安心したように微笑んだクラリッサの顔を見て私はゆっくりと話し出した。




