46 アイラ最後の任務(5)
教会の大きな扉の前で私はお父様の腕に手を置いて少し緊張しながら扉が開かれるのを待っていた。
身に纏っているのは腰からふわふわとした黒の生地にその下に夜空のような紺色のスカートが大きく広がる。
胸元は身体にピッタリと沿うように紺色の生地にキラキラと銀糸で星のように刺繍がされた大きなリボンが左肩から流れている。
黒にその透ける生地のほとんどの部分を銀糸で華やかに刺繍がされたベールを頭に被り、お母様と王妃様が選んでくれたティアラを乗せている。
「アイラ綺麗だよ……。本当に」
「ありがとう。お父様」
私の父となってくれた公爵様が嬉しそうに眦を下げながら私を見てくれる。
「せっかく娘になったのにすぐに他所の男に取られてしまうとは……。なんとも言い難い気分だな」
お父様の言葉にクスリとしながらベール越しにお父様を見る。キラキラと輝く水色の髪に、ジョエル様と同じ夜空の様な瞳の色を持つお父様。
私は小さな頃からこのお父様の色合いがとても好きだった。
お母様がお父様との昔話を話してくれた時
『旦那様と会った時、春の空の王子様が私を迎えにきたのだと思ったわ』と言っていたのを思い出す。
私はそれを思い出してクスリとする。
「どうしたんだい? アイラ」
ベールで私の表情が上手く見えないのか、お父様は私を覗き込みながら聞く。
「いえ、お母様がお父様の事を春の空の王子様だと言ってらしたのを思い出して。
本当にその通りだなと思っていたのです」
「あぁその話か。懐かしい……」
お父様が普段は見せないような少し照れた表情をしながら昔を懐かしむように言う。
「サリエラは春の妖精みたいだけれど、君は夜を優しく照らす月の姫だね。
夜の王子にピッタリの相手だ」
お父様の言葉に思わず頬が熱くなる。
私はそれを誤魔化すように話題を変えてお父様に話しかける。
「今日はカラスの気配をたくさん感じます」
「あぁそうだね。みんな我が家の姫の結婚式にどうしても参加したいと言って聞かなくてね。
漆黒のカラスまでも直談判に訪れて、今日は隠れているものもいるがほぼ全員参加しているよ」
私はお父様の言葉に苦笑しつつ嬉しくなる。
たくさんの人にお祝いされてジョエル様と結婚できる事にとても幸せを感じる。
「王子教育の傍、自らカラスの主について、そして次期公爵となる勉強をよくジョエル様はこなしたと思うよ。
次期カラスの主として申し分ないと皆も納得している」
そう。実はジョエル様は12歳の時に私がカラスであると言う事を知り、そして公爵家に婿入りして臣籍降下を決めた時から私に内緒でずっとカラスの主と公爵家について学んでいたらしい。
学園を卒業し、すぐに公爵邸に居を移しお父様の仕事を手伝われていたので驚愕して聞いた。
するとジョエル様はあっけらかんとした様子で
「ずっとそれとなくアイラに言っていたつもりだったが本当に気づかなかったんだな」と言って笑っていた。
私が何も知らない間、私と結婚するためにずっと努力をしてきてくれたジョエル様に驚きと感謝と申し訳なさと色々な感情が渦巻いたのは記憶に新しい。
「まぁ嫁に出すわけではなく、ずっと公爵家にアイラは居てくれるから私もサリエラも嬉しく思っているよ。
これからもよろしくね」
「もちろんです! お父様! これからもカラスとして娘としてよろしくお願いします」
私はお父様に軽く頭を下げる。
するとお父様の腕に乗せている私の手を取り、手の甲に軽く口付けて言う。
「さぁアイラ。私から君に与える最後の任務だ。
………………必ず幸せになりなさい」
お父様の言葉に思わず息を飲み涙が滲みそうになる。
お父様は私のそんな様子を察してクスリと笑い、私の手を自分の腕に戻しそっと優しく手を撫でて言ってくれた。
「さぁ。行こうか」
輝くステンドグラスの中、真っ赤な絨毯の上をお父様のエスコートで進んで行く。
顔を上げれば、ミレッタとアーロンが私に優しく微笑みながら仲良く拍手を送ってくれている。
泣くロレッタ様を宥めながらサイラス様も拍手を送ってくれる。
お母様と王妃様は既に大泣きしているのか国王が何枚もハンカチを2人に手渡している。
そんな姿をクスリとしながら見つつまっすぐ前を向く。
輝く様な銀色の生地に水色の糸で華やかな刺繍が施された王家独特の上着の後ろの裾が長い騎士服を身を纏いジョエル様が微笑みながら私を待ってくれている。
私はお父様のエスコートで一歩一歩ゆっくりとジョエル様の元にむかう。
お父様の手からジョエル様の手へ私の手が委ねられる。
私の手をしっかりと握ってジョエル様が小声で
「本当に綺麗だ」と言ってくれる。
2人で祭壇の前で結婚の宣誓をする。
「私、ジョエル・ラファイエットは生涯アイラ・マグネを愛し、この命のある限りアイラを幸せへ導く事を誓う」
「私、アイラ・マグネは生涯ジョエル・ラファイエットを愛し、この命が尽きても離れない事を誓う」
私達の宣誓に大きな拍手と歓声と咽び泣く声が聞こえてくる。
咽び泣く声がカラスだと気づき私とジョエル様は顔を見合わせて笑う。
司教にキスを促され、私はしゃがみジョエル様にベールを上げてもらう。
ふとジョエル様の胸元に目がいく。
私がジョエル様にプレゼントした光沢のある黒の生地に月とエーデルワイスが銀の糸で刺繍されたチーフだ。
それを見て思わず笑顔になる。
そのまま私が立ち上がるとジョエル様が私を見て息を飲むのが分かった。
「本当に……本当に綺麗だ。
愛している。アイラ……」
そう言って頬に手を添えてうっとりと私を見つめてくれる。
「ずっとずっと見ていたい……」
独り言のように呆然と呟くジョエル様が中々キスをしてくれないので私は苦笑しながら背伸びをして自らジョエル様の唇に自身の唇を重ね合わせた。
その瞬間、ジョエル様の顔が真っ赤に染まり会場もドッと沸き立った。
私からのキスにジョエル様が我に戻ったのか、私を強く抱きしめて再びキスをしてくれる。
2人の唇が離れる……。
「エル……。愛しています」
End
読んでくださった皆様へ
続けて【番外編】として本編に入りきらなかったお話を準備しております。
そして【おまけ】のお話も投稿させていただきます。
出来ましたらブックマークは外さずにもう少しお付き合いいただければ嬉しいです!
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今後カラスシリーズとして更に2つほどお話を準備しておりますので、もしよろしければまたそちらもお読みくだされば嬉しいです。
macchiato




