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最終話.未来の選択2

突然ですが、宣言通りに最終回です!

どうぞ最後までお付き合いください。



 どこからどう見ても明らかに正気じゃない様子で、剣を構える陽光の神様。

 その目には光がなくて。

 ……精神に対する干渉の痕跡が窺える。

 目に、ハートマークが浮かんでいました。

 ちなみに色は毒々しいピンクです。

 うっわー……なんてわかりやすい魅了効果! ちょっと露骨過ぎません?

 というか神様なのに、なに簡単に状態異常喰らってるんですか。

「あー……美の女神は、主神(オヤジ)の叔母サンだからなぁ。つまり、先々代の主神の娘ってコト。そこんとこ踏まえてやって。そんな無能を見るような目で見るの止めたげて」

 救いようのない話ですが、美の女神は序列的にかなり高位の女神だったらしく。

 陽光の神とはほぼ同格、でも年功序列ってやつでしょうか。どのくらい古くから存在しているのかが、実力を底上げする効果を持つとのこと。主神の嫁で女神の中では最上位の位置にいる筈の奥方様と真っ向から張り合えるのも、ここの神群の始祖に一代分近い出自と存在の 古 さ が関係しているようです。

 え? それじゃあこの何万年前から存在しているのか謎過ぎる女神に、陽光の神は勝てないってことですか?

 あんなに立派な体格をしているのに、勝てないなんて……世は無情ですね!

「さあ、この美の女神に勝利を捧げなさい!」

「い、いいいいいいエ、ススす、すす、まム」

「おい、陽光の神バグってんぞ」

 女神の精神汚染(みりょう)による弊害でしょうか。

 なんだか陽光の神の動作が変です。

 妙にぎこちないというか……動きが、なんか微妙にかくかくしているような。

 あの様子じゃ本来の実力を出すのは難しいんじゃないですかね?

 陽光の神の実力は知りませんが、武器を持った神様です。つまり戦えるって事でしょう。

 神様の中でも偉い方らしいですし、勝機を見出すとするとあのぎこちなさに……?

「ところでまぁ殿、あの神とは俺達よりも先に接触していたようだが……強さはわかるか?」

「全体的に勇者の上位互換って感じだな」

「って、え? 俺の(・・)上位互換……?」

「お前にあの神がやった加護とか関係してんだろ。戦闘向きの能力がほぼほぼお前の上位版って感じだ。光耐性とか光属性とか光魔法とかな」

「それ全部光だろ! わざわざ言い分けなくっても光属性の一言で済むだろ!? というか俺の戦闘技能、光で全部集約されるのか……」

「使う武器も両方剣だしな。強いて言うなら剣の流派くらいじゃね? 明確な違いって」

「それ結構大きい違いなんだが……」

「大きいかぁ? 俺、武器の使い方とか改めて習ったことねーし、よくわかんねえな」

「さらっととんでもないこと言い出したぞ、この魔王。そんなまぁ殿に、剣の勝負で負けたことがあるんだが! 俺の心が凄まじく痛むんだが!」

「仕方ねえだろ? 適当にぶん回すだけで大概の相手にゃ勝てるんだから。言っておくが、うちでまともに武術習ったことのあるヤツなんて稀だぞ、稀。先祖の中には武器使うの面倒っつって戦う時も常に素手っつう魔王が高確率で存在するからな? あと技能が全く必要ない、振り回すだけのお手軽武器:棍棒」

「棍棒持った魔王か……相対したくないなぁ」

 勇者様が遠いどこかを見ておいでですが、良いんですか?

 目の前にいる、陽光の神に集中しなくっても。

 ぎこちない動きながらも……なんか、徐々に近づいてるみたいですけど。

「ってうわあぁ!?」

 あ、やっぱり駄目だったみたいですね。

 勇者様が慌てて跳び退り、陽光の神の剣を回避します。

 良かったですね、相手の動きがぎこちなくって!

 お陰で振り下ろす速度も遅かったみたいですし。

 何故か陽光の神は勇者様を標的に定めたみたいで、動きは不自然ながらも二回、三回と剣を連続して振って来ます。でも一回一回の動作が大きいので、『連撃』と呼ぶには間の空いた攻撃に見えました。

 大きく跳び退って距離を取る、勇者様の隣。

 まぁちゃんはすたすたと歩いて、勇者様を置いて後方に退避していた私達のところまで下がって来ました。なんだかつまらなさそうな顔をして、勇者様に無造作に言い放ちます。

「勇者、俺は手ぇ貸さないからな」

「神を相手に一人で立ち向かえと!?」

「っつうか、その程度の相手も一人で退けられねーような奴に、俺の可愛い大事な妹共を託す気はない! マジでリアンカかせっちゃんのどっちかと結婚しようってんなら、自分一人でなんとかしてみろ! ああ、でも別に何とも出来ねえって言うんなら加勢してやっても良いぜ? ただしその場合、一生独身を覚悟してもらうがな!!」

「神の打倒が結婚の条件って基準厳し過ぎないか!? というか一生独身ってどういうことだ!」

「あ? てめぇがリアンカやせっちゃん以外の相手とまともな結婚できる訳ねーだろ。それ結婚っつう名のヤンデレデッドエンドだろ」

「漏れなく、死!? だけど否定できない……! 今までの経験上、否定できない!」

「っつうかバトちゃん、あの小僧っ子がリアンカちゃんやセトゥーラちゃん以外と結婚できないだろうなってわかっていて、さっきの乱心か?」

「それとこれとは話が別だ! 可愛い妹と妹分だぞ!? そう簡単に納得してやると思うのか!」

「あはははは。陛下、それ世に言う『頑固おやじ』の立ち位置ですよ?」

「うるせぇ。お前らも加勢するなよ。勇者が一人で切り抜けられなかったら、即破談にさせてもらうからな」

 なんとも美麗な頑固オヤジがいたものです。まぁちゃん、まだ二十二歳だけど。

 まぁちゃんの言葉に、勇者様がちょっと可哀想になります。

 相手はバグってる神様ですけど、神様は神様です。

 それを相手に一人って……わあ、勇者様超大変。

 まぁちゃんの言葉に基本忠実なので、ヨシュアンさんやりっちゃんも助勢してくれそうにありません。ロロイやリリフも、降って湧いた私やせっちゃんの縁談(?)に思うところがあるらしく、腕を組んで静観の構えです。ちなみにサルファは最初から物の数に入っていません。

 これじゃあ、あまりに分が悪い。

 勇者様が可哀想過ぎて、でも私は戦闘じゃ役に立ちませんから。

 出来る範囲で……そう、助言をしてみることにしました。

「勇者様勇者様!」

「なんだー!?」

 必死でぶん回される大振りの剣を回避しつつ、律儀に勇者様は応じてくれます。

 そのことにちょっと嬉しくなりながら、私は声を大にして言いました。

「陽光の神は精神汚染でおかしくなっていますけど、元来、勇者様の敵じゃありませんよね!」

「敵は美の女神、ただ一柱(ひとり)だ」

 勇者様もそう思っているんですね。

 だからこそ、動きのぎこちない陽光の神相手に回避一択となっているのでしょう。

 動きの一つ一つは素早いモノの、あの見るからに隙だらけの動き……私から見て、勇者様なら反撃の一つや二つ、地味に食らわせられそうな気がするんです。

 でも多分、本当の意味での敵ではないから。

 陽光の神を慮って、攻撃に転じることが出来ないのでしょう。

 勇者様が武器を抜かないのがその証拠…………って、アレ? そもそも武器持ってませんね?

 ………………そういえば、再会して以降、武器とか渡しましたっけ?

「ゆ、勇者さまー? ですから、陽光の神を正気に戻せれば勇者様の勝ちだと思う訳なのですけれども! 殴って倒せる勝算はおありですかー!?」

「正直、厳しい、かな……!」

 やばい。勇者様ったら丸腰だ!

 一応、ちゃんと、勇者様に渡すべく武器の準備だってしていたんですけどね!?

 純粋に、渡し忘れていました。

 いえいえ、今からでも遅くありません。今すぐに渡しましょう!

 まぁちゃんだって、そのくらいは許容範囲でしょう。

「古来から、おかしくなったヤツは殴って正気に戻すのが定番だと思う訳ですが」

「暴論と言うか、乱暴だな!?」

「流石に神様相手に素手は厳しいですよね……という訳で勇者様の最強武器をご用意しました」

 ちゃらららったたー♪

 勇者様の気をより効果的に引けるよう、効果音をつけて取り出した、武器(それ)

 それを見た瞬間、勇者様の顔がひくっと引き攣りました。

「……サンダーハリセーン!」

「って天界(ここ)まで持ってきたのかソレ!? しかもそれが最強武器って! トリオンさんが作ってくれた武器の存在意義は!?」

 勇者様が頭を抱えています。

 でもなんだかんだで、やっぱり勇者様の一番しっくりくる武器ってコレな気がしたんです。

 何にしても、丸腰よりはマシでしょう。

「受け取って、勇者様!」

「ああ、もう……っこれしかないのか」

 実はちゃんとした剣もあったんですけど。

 『殴って正気に戻す』という使用用途なら、刃物より鈍器(?)……殴打武器の方が相応でしょう。

 ただし難点が一つ。

「ってこれ、雷属性じゃなかったかー!?」

 そう、雷属性……勇者様が手に取った瞬間、バチバチと火花を散らし始めたんですけど。

 『稲光』ともいうように…………雷って、光属性相手だと威力殺されちゃうんですよね。

 だからあのハリセンは、陽光の神を相手にするとなると。

 

 正真正銘、ただのハリセン同然です。


「頑張って、勇者様!」

「あああああっもう!」

 そうしてやけくそになった勇者様の、猛攻が始まりました。

 やっぱり陽光の神の攻撃はぎこちなく、一回一回の攻撃がぶつ切りで。

 一撃から一撃へと繋がる動作は、その度に一時停止してから再び動くという有様。

 勇者様は必死に回避しながら、その隙を縫ってハリセンで張り飛ばそうとし始めました。

 ただし、やっぱり雷の属性効果は陽光の神の光耐性で相殺されるらしく。

 バシバシ叩いても、高ダメージは見込めません。

 勇者様の攻撃も、光属性が殺されるので完全物理といった感じなので。

 これは持久戦かな、と。


「ご先祖様、ほうじ茶呑みますか?」

「一つ貰おう」

 私達は、お茶の準備を開始しました。


「それにしても勇者様、不運が続きますね……やっぱり腕輪の呪いでしょうか」

「あ? 何言ってるんだ、リアンカちゃん。普段がどうかは知らないが、むしろ今回のこれに関しちゃ運が良いだろ」

「……え?」 

 お茶を飲みながら観察していると、沁々勇者様の運の悪さを実感します。

 だけどそんな私の感想に、ご先祖様が異論を挟んできました。

 一体、あの光景のどこをどう見たら運が良いと……?

「あの小僧っ子に最大の加護を与えてんのが、あの陽光の神だ。つまり、小僧っ子は常に陽光の神の加護に守られた状態にある。攻撃してるヤツ自身の力で守られてるんだぞ? 自分で自分の攻撃を相殺してるよーなもんだ」

「え? そういう事なんですか?」

 つまり、陽光の神に攻撃喰らっても威力はない……?

 それは確かに運が良いと言えるかも……

「加えて、だ。今回の立ち合いは、美の女神の指示で始まった」

「指示っていうか、精神汚染ですよね。陽光の神様にはご愁傷様です」

「やり方はどうあれ、美の女神の指図っつうのは間違いねーだろ。ここで、一つの構図が発生してることに気付いてるか?」

「構図、ですか……? え、何かあるんです?」

「それはつまり、こういう事ですか?」

 首を傾げる私の横で、そろりと声を上げたのはりっちゃんでした。

 りっちゃんもなんだか難し気な顔で、自分の考えを確認するようにゆっくりと話します。

「神々は下界の民に試練を与え、乗り越えた者の願いを叶える……という話でしたよね。今回のこれは、『美の女神から試練を与えられた』という構図が成り立つのでは? つまり陽光の神を退けることが出来れば、形式を踏襲して女神に黄金の林檎を渡すことなく、勇者さんの開放を迫ることが出来る、と」

「正解だ。あの女神も追い詰められてたんだろーが……話がより簡単になって結構なことだろ?」

 ご先祖様が、ニヤリと笑います。

 それは、今後の次第が。

 勇者様の身柄に関する決定権が、勇者様の頑張り次第に任せられた瞬間でした。




 そして、どんな勝負にもいずれ決着の時が訪れます。

 条件的に、時間の問題ではありましたが……互いの最大の攻撃を封じられた状態での勝負です。そうなると、やはり精神汚染によって動きが制限される上に正気ですらない陽光の神に、状況は不利でした。

 勇者様の方は勇者様の方で、大変でしたけど。

 途中からハリセンじゃ埒が明かないと、再び既になっていましたし。

 殴る蹴るの暴行を働いている勇者様なんて新鮮すぎます。

 いつも剣を使っていましたし、あまり見たことはありませんでしたが……勇者様は体術もそれなりにお得意だったんですね? まあ、昔からヤンデレストーカーに悩まされてきた勇者様です。剣を習い始めたのも、最初は護身の為だったという話ですし。だったらいざ剣を使えなくなった時の為、体術だって磨いていておかしくはありません。

 勇者様の鋭い蹴りが陽光の神の剣を弾き飛ばしてからは、完全な泥仕合でした。

 精神汚染の影響で動きが単調になっている相手の動作を、勇者様は既に見切っていたのでしょう。

 最後は、やはり勇者様の攻撃で幕を閉じることとなります。

「いい加減に……目・を・醒・ま・せー!!」

 叫びながらの、渾身の一撃。

 正面から陽光の神の両腕を掴んで封じ、勇者様はそれは威勢よく。

 

 頭突き(ヘッドバッド)をきめました。


 そして勝者、等しく同時に崩れ落ちました。

「「~~~~~っっっ」」

 ふたり揃って、同じような姿勢で、つまりは額を押さえて蹲っておいでです。

 どうやら頭部の強度は両者互角だったようですね。

 でもその打撃が、いい刺激となったのでしょう。

 陽光の神の目からピンクが失せ、理性の光が戻って来ました。

「う……っわたくしは、いったい?」

「おい、まだ微妙にバグってんぞ。陽光の神」

 しなを作ってへたりこむ、陽光の神。

 無理に操られていた弊害でしょうか、どうやら自力で立てずにいるようです。

 完全に戦意を失くした陽光の神の姿に、勇者様がほっと安堵の息を吐きました。

「長い戦いだった……」

「そうですね。一時間半くらい、ハリセンで殴ってましたもんね」

 その間にすっかり飽きて、せっちゃんやまぁちゃんはすやすやぐっすりお昼寝タイムの真っ最中です。単調な大振り攻撃をひたすら避けては時々ハリセンで殴るという戦いは、あまりに見応えが無さ過ぎました。だから仕方ないのかもしれません。

 陽光の神の戦意喪失を確実と見て、勇者様が荒い息を整えながら振り返ります。

「まぁ殿! 言われた通り、俺ひと、り、で……」

 寝ています。

 振り向いた勇者様の視線の先、まぁちゃんは寝ています。

 そりゃもう、すやすやと。夢の中です。

「まぁ殿ー!! 人が必死に戦っていた時に、なんで夢の中なんだ!」

 たちまち今まで見たこともない位の加速でまぁちゃんに詰め寄り、がくがくと揺する勇者様。

 お気持ちを察して、私はまぁちゃんのお膝で眠っているせっちゃんを回収しました。なんか今の勇者様、まぁちゃんしか見えてないっぽかったので。

「……あ? なんだよ勇者。ヒトが気持ち良く昼寝してるとこに」

「寝・る・な」

「んだよ、仕方ねーだろ? お前が決着に時間かけ過ぎなんだよ。相手バグってんだぞ? もっとさくっと片付けろ」

「無茶を言うなー!! バグってようがなんだろうが、神相手にさくっと勝てるかー!」

 勇者様とまぁちゃんが、なんだかお取込み中なので。

 私は羊の背の上で寝ていたご先祖様を揺り起こしました。

「ご先祖様、ちょっと付き添い頼みます」

 そして私が足を向けたのは……結末に納得できず、何かをぶつぶつ呟いている女神の所、です。

「さてさてご先祖様の言葉が確かなら……この女神から、円満に勇者様に関する権利を剥ぎ取れるんですよね?」

 これだけ色々と悪足掻きを重ねてくれた方に容赦は無用だと思うんですよ。

 元から容赦していませんけど。

 女神様、これで貴女も終わりです。

 私はにっこり笑って、告げました。

「女神様、旦那さんから贈り物を預かっていますよ☆」

 相手が反応する前の、一瞬の隙を狙って私は仕掛けました。

 鍛冶神様から預かっていた、神々用の拘束具……金鎖と宝石付きの、華奢な首輪をガッと嵌めて差し上げます!

 聞くところによると、この首輪されたら全ての力を封じられちゃうそうですね?

 しかも手足が重く感じるようになるとか?

 首輪を嵌められて初めて、自分の身に何が起きたのか気付いたのでしょう。

 呆然としながらも、手は忙しなく自分の首を触って確認して。

 やがて、女神の顔がひくりと引き攣りました。

「呪いの首輪が、妾の首に……!」

「呪いだなんて、旦那様の愛ですよー。執着(あい)

「いやぁぁああああああああっ!!」

 女神はこれでおしまいです。

 後は鍛冶神様に引き渡す時まで、逃げないように見張っていればきっと大丈夫。

 女神をフライにした段階で、実は既に鍛冶神様に連絡を送っています。

 多分、そんなに時間をかけず、ここまで来るんじゃないですか?

 勇者様が戦っていただけでも、一時間半。

 そのくらいの時間があれば、こっちの送った伝書羊も鍛冶神様の神殿に到着していることでしょうし。

 女神の始末に関しては、後は鍛冶神様にお任せいたしましょう。

 きっとめくるめく(鍛冶神様だけ)幸せな生活が待っていますよ?

 ……脳裏に鍛冶神様のお宅で見た呪術めいたアレコレを思い出しましたが、まあ被害に遭うのは美の女神だけなので気にする必要もないでしょう。


「これで、全部終わったんですね……」

 私はなんだか、物凄く清々しい気分でした。

 色々片付いて、すっきりです。

 でもご先祖様的には、すっきりとはいかない様子で。

 どことなく凄みのある笑顔で、にっこりと言いました。

「ああ、そうだな。後はあの小僧がちゃんとしっかり答えを出すだけだな」

 あれ? そのネタ、まだ引きずるんですか?

 どうやら勇者様は、あの選択から逃れられないようです。


 ご先祖様が、笑顔で威圧しながら迫ります。

「さあ選べ」

「さあ、って……」

 勇者様の顔が、引き攣っていました。

 その様子を見て、今度はまぁちゃんが「うちの妹共に不満があるってのか、あ゛?」と理不尽な威嚇を放ちます。選んだら選んだで怒るけど、選ばないなら選ばないで怒る。まぁちゃんは大忙しです。

 やがて意を決した顔で、勇者様が顔を上げました。

 キッとご先祖さまやまぁちゃんを強く睨み据えます。

 あれ? 何か言いたいことがある、みたいですね?

「選べ、選べと君達は言うが……っ」

 堪え兼ねたような声。

 怒りか照れか、焦りでか頬を赤く染めて。

 勇者様は叫びました。

「こんなお膳立てを受けるつもりはない。求婚くらい、自分でやる――!」

 そう叫んだお顔は、耳まで真っ赤。

 そのままツカツカと、私とせっちゃんが並び立つところまで急接近です。

 恥ずかしさからか顔を逸らしておいでなので、私とせっちゃん、どっちに御用か微妙にわかりませんね。

 そのまま、頑なにこちらに顔を向けないまま、右手を伸ばしてきて。


 強く、強く。

 勇者様は自分の物よりも白い腕を掴みました。

 

 そのまま急転身、右手で腕を掴んだまま相手を引きずらない程度の速度でツカツカと。

 急ぎながらも、急ぎ過ぎず、叶う限りの速さで皆から二人で離れようとする。

 この期に及んで相手に配慮した速度っていうのも凄いですね。

 でも羞恥も限界に近いことが、耳の赤さに現れています。

 私は勇者様の背中を見つめながら、


 取敢えず、遠ざかる背中に声をかけてみました。


「勇者様ーぁ? 本当にそのお相手でよろしいんですか? 第三の選択も悪くはないんでしょうけれど、いくら何でも相手が斬新すぎません?」

「えっ!?」


 私の言葉に、ぎょっとした顔で振り返って。

 そうして自分が掴んでいる腕の持ち主を視認し、勇者様がビシッと固まりました。

「えっとさー、勇者君? こんなの困っちゃうな。俺、これでも性癖はノーマルなんだけど」

「嘘を吐くなー! ……って、どうしてヨシュアン殿がここに!? なんで俺に腕を掴まれてるんだ!」

「いや、腕を掴んだ張本人が言う事じゃないよ」

「さっきまで一番遠く離れたところにいただろう! 偶然掴み間違えたというには無理の有る場所だったぞ!?」

 相手をちゃんと確認しないで掴むから……

 種明かしという程でもありませんが、私とせっちゃんの現状を見て下されば勇者様も状況を理解したのでしょう。

 死んだ魚を髣髴とする目で、こちらを呆然と眺めておいでです。

 ヨシュアンさんの腕を掴んだまま。


 私とせっちゃんは、勇者様の手の可動範囲にあった腕を、まぁちゃんに掴まれてバンザイ体勢で。

 勇者様が腕を伸ばしてきた瞬間、まぁちゃんに逃げるように上へと挙げられました。

 そして絶妙な連携で、ロロイがヨシュアンさんの腕を差し出していました。

 視線を逸らしていた勇者様は、それに気付けなかったのです。


 状況を察して、勇者様が叫びました。


「求婚すらまともにさせてはもらえないのかーーっ!!」

「それがしたけりゃ、俺達にそれ相応認められるくらいの男になるんだなー!!」

 叫び返したまぁちゃんは、それはそれは楽しそうにせせら笑って勇者様を煽るのでした。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 それから、五年。

 勇者様が結婚するのに、五年がかかりました。

 まともに求婚までこぎ着けるのに二年。

 結婚の許可をまぁちゃんからもぎ取るのに、三年。

 逆に言うと五年で結婚できたのは凄いかもしれません?

 最終的に正攻法での説得を諦め、勇者様は武闘大会に賭けました。

 そう、あれです。

 武闘大会の各部門優勝者に与えられる、魔王への挑戦権。

 その試合で魔王の顔面に一発入れられたら、意中の相手に求婚できるというアレ。

 試合は勇者様が負けましたが、試合のさなかに放ったツッコミの一撃がまぁちゃんの顔面に命中したので、結婚にこぎ着けました。

 良かったね、勇者様。


 結婚式は阿鼻叫喚でした。


 魔境で一度結婚式を挙げ、その後で勇者様はお国に帰ることとなりました。

 国に帰ってから、王国式の結婚式も開催されました。

 勇者様に想いを寄せる女性達が阿鼻叫喚でした。

 ついでにしれっと参列していたまぁちゃんの仕込みも炸裂しました。

 綺麗でしたよ、ナターシャ雄姐さん……。




 そして、勇者様が王様になって。

 それが当たり前の日常になって……


「てっめぇぇええええええええっ!! 勇者ぁ、一体どういう料簡だごるぁ!!」

「今度は一体何事だ、まぁ殿!? というか、壁をぶち破るのは止めてくれっていつも言っているだろう! 何の為に壁に引戸(ドア)を設置したと思っているんだ!?」


 今日も、人間さんのお国の、とあるお城は平和です。

 通称『玉座の間』。

 そんな感じに呼ばれるお部屋には、今日も元気にまぁちゃんが乱入中。

 お城の壁を外から蹴り破ってのご登場です。

「テメェふわっふわ桃色髪の男爵んとこの娘と浮気中だそうだなぁ!? 良い御身分ってやつか、浮気するとか覚悟はできてるんだろうな首出せやぁ!!」

「言いがかりだー!! 今度はどこから拾ってきたんだその噂!? 毎回毎回、いつも言っているだろう! 根も葉もない噂だって! 俺は浮気はしない! 俺が浮気するような男に見えるのか!!」

「全然全く欠片も見えねーよ、この甲斐性なし!!」

「悪いことじゃないのに貶された! けどそれがわかっているなら、なんでいつもいつもいつもっ 噂を耳にする度に城に突撃してくるっていうんだ! 修繕費にどれくらいかけてると思ってるんだ!?」

「そのくらい俺が自分の財布で弁償してやらぁ! 浮気の不名誉も軽く払拭できねえ馬鹿は俺の小言くらい甘んじて受け取りやがれ!」

 玉座から立ち上がり、転がってまぁちゃんの跳び蹴りを避けつつ。

 勇者様とまぁちゃんはぎゃんぎゃんと怒鳴り合っています。

 ちなみに恒例行事化しているコレ、三日に一度くらいの頻度で発生しています。

 まぁちゃんがあまりに蹴り破りまくるので、壁の穴の修繕費が嵩みまくっているそうで。

 蹴り破らなくっても外から直接玉座の間に乱入できるよう、壁に他の誰も使う予定の無い引戸までご用意される始末。まぁちゃんも最近では引戸を勢いよく開けてご登場します。七回に一回は壁を蹴り破っていますけど。

 最初はわったわたわた大慌てで大混乱に陥っていたお城の人々も、この襲撃が十回、二十回、三年五年と続く内にすっかり慣らされちゃって……

 今では新人さん以外、誰も慌てず騒ぎません。

 最初はあんなに大騒ぎしていたのにね。

 いや、勇者様以外、誰もまぁちゃんにご意見出来ないからだろうけど。


「せっちゃーん」

「リャン姉様ー」

「三日ぶりだねぇ」

「お久しぶりですのー」

 そして勇者様とまぁちゃんがぎゃんぎゃん騒ぎまくっている横で、私とせっちゃんはほのぼの微笑み合います。恒例行事過ぎて、男二人のアレコレはいつも放置です。

 ほんわか近況情報を交換していると、そんな私達におずおずと声をかけて来る小さな影。

「あ、あの、お母様たち……? あの、お父様とまぁおじさまが……」

 あまりに激しい男二人の様子に、そわそわと落ち着かない様子。

 そんなちびっ子に、私とせっちゃんは優しく微笑みました。

「「いつものことだから(ですの)」」

 あれも一種の友情の形。たぶん。

 そう思って、私達は何歳になっても元気な彼らの姿を見守るのでした。




 一体いつからそう呼ばれているのか、誰が呼び出したのか。

 魔王城のお隣にある人間の村、ハテノ村は『人類最前線』と呼ばれていました。

 過去形です。

 だって今は、別にそう呼ばれる場所があるのですから。

 魔王城の場所は変わりませんが、魔王が頻繁に出現する場所が改められました。

 三日に一度の高確率で魔王が突撃してきては、元勇者の国王と軽く争って帰っていく。

 そんな日々が恒例化して、ある意味で名物と化して。

 いつしか人間の王国にあるそのお城はこう呼ばれるようになっていました。

 ――『人類最前線二号館』


「――っなんで三日ごとにやって来られるんだ! 噂が届くのも早すぎるが、そんなに頻繁にやって来て……魔王城空け過ぎじゃないのか!? やって来すぎだろう、まぁ殿!」

 

 今日も勇者様の叫び声が玉座の間にこだまします。

 そんな彼は、ご存知ない。

 勇者様のお城の、お膝元……城下町でもヤマダさんが魔改造を施した一画に、密かにまぁちゃんが設置した次元門があることを。

 使用者制限があるので、限られた魔族の方しか起動させられませんが。

 アレを使えば、三分で魔王城と直通です。

 一応は遠慮してお城じゃなくって城下町に門を設置したそうですけど。

 どんどん行き来しやすいよう、まぁちゃんが手を加えまくっています。

 この様子じゃ人間の国と魔境の距離がどんどん近しくなって、その内国交とか芽生えちゃうかもしれませんね?


 


割と唐突に思われるかもしれませんが、前々からこの終わり方で行こうと思っていました。

勇者様が誰を選んだのか曖昧なのは仕様です。


ちなみにこの後について

 勇者様は無事に王様として勤めたけれど、人間の国にいる限り女性からの誘惑が絶えなかったらしい。

 擦り寄る女性が多すぎて、それがよく噂となり。

 結果としてそれがまぁちゃんを呼び寄せる。

 噂を聞く度にまぁちゃんが乱入です。

 そんな毎日が続き、お城の修繕費が積み重なり。

 勇者様は悟った。

 なるべく早く引退しよう、と。

 そこで跡取りが20歳になった節目に引退、魔境ハテノ村に引っ越します。

 子供は数人いましたが、魔境の方が生きやすそうというか魔境の方が性に合いそうな子供も連れて行ったようです。人間のお国に残していくことが不安だった様子。


 ちなみにまぁちゃんが魔王である間は、人間の国と魔族が戦うことはなかったそうな。


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