表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

「 巡 」

 河童の運転する水色のミニバンで、川へと向かう。

 川辺のお祭りへ行くのは、もう何度目になるであろうか。

 河童と出会ってから、毎年きまって川を訪れている。


 車中ではラヴェルのピアノ曲、水のたわむれが流れている。

「しみず夜」に通ううちに、わたしはすっかりピアノ曲が好きになっていた。わたしのセレクトに、宮地さんは口をゆがめる。


「ラヴェルなんざ、甘ったるい」


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らしながらも、目は笑っていた。

 夏だからかもしれない。

 夏は粋さんの季節だ。


 お祭りに宮地夫妻を誘ったものの、速攻で断られた。万年新婚夫婦の蜜月期間なので、二人っきりにさせろ。放っておいてくれと言う。


 宮地さんはこの頃髪にしろいものが混じってきた。

 大人の色気がでてきたろうと、威張っている。粋さんの透明な美しさは変わらない。

 宮地さんの断り文句に、「御馳走さまです」と、電話を切ろうとした。途端、土産を買って帰りに寄れ。夕飯を用意しておくから、食い過ぎるなと言う。相も変わらず我が儘だ。なのに何故か憎めない人である。


 わたしの隣では、河童が運転に集中している。

 久しぶりの休みである。冷やしきゅうりが楽しみだと、昨夜からこどもの様にはしゃいでいた。


 ※ ※ ※


 あの年の冬。

 妹にはおんなの子が産まれた。

 姪っ子だ。

 河童はなんと宮地さんに頼み、イヤープレートを用意してくれていた。

 装飾の一切ない、つるりとした平皿は普段使いの皿であった。

 冬生まれの赤子の為に。夜のふかい蒼色を地に、しろく輝く冬の星々が描かれていた。宮地さんの筆で、片隅に小さく西暦が記されていた。


「めんどくせえっ!」


 製作当初。宮地さんは相当嫌がっていたという。にも関わらずった背景には、河童を相当怒らせた「絶倫疑惑」発言があったからだ。自業自得である。

 しかし後年この皿は「翡翠堂」と「しみず夜」のヒット商品となり、二人そろって、かなり忙しい毎日を送っている。



 河童と共にイヤープレートを届けると、妹は大喜びで勝利宣言をした。

「やっぱり彼氏だった! 妹の勘が外れるわけがない」

 

 赤子であった姪っ子を初めて抱いた時の、頼りない重みは、わたしの胸を甘くにがく締めつけた。

 隣に立つ河童が、心配そうにわたしを見つめていた。


「お姉ちゃん」


 出産直後で髪はぼさぼさ。スッピンで、むくんだ顔をしているにも関わらず、妹はすこぶる奇麗な表情で、わたしを呼んだ。その目がわずかに濡れていた。この子は知っていたのだと、その時直感した。


「可愛い。かわいいよ、ちびちびちゃん」


 そう言い、姪っ子の頬に指をはわすわたしに、「当たり前じゃん」妹は大層親ばかに言い放った。


 ※ ※ ※

 

 夏空にまっしろな雲がおおきくはり出している。

 わたしは助手席で団扇を扇いだ。


「川へ着いたら、足を浸したい」

「麦酒も飲みたい」

「きゅうりの他にお焼きと、焼きそばも食べたい」

「かき氷はメロンがいい」


 わたしの注文に、河童は目を細め一々丁寧に「はい」「はい」「ああ、良いですね」と答える。


「楽しい一日になりますね。しずくさん」


 河童が笑った。

 わたしもわらった。

 車は田舎道を川へむかって、するすると走る。


「ああ、水の匂いがしますよ。しずくさん」


 河童がせいせいとした声で言う。

 畦道(あぜみち)では夏草が風に揺れている。

 流れる川のせせらぎが、わたしの耳にも届いた気がした。

 

                              完


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 初めて書いた恋愛要素のある小説です。恋愛要素は今まで苦手だと敬遠していたのですが、大変楽しかったです。 機会がありましたら、口と態度は悪いが世話好きの四十男と、儚げなオオミズアオの日常恋物語りを番外編で書いてみたいです。

 

 今後の創作ヒントにしたいので、もしよろしければ感想・評価等をよろしくお願い致します。

  

 原稿用紙換算枚数 約95枚

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 古風な言い回し。たんたんとした流れるような物語。日本語ってきれいだな……しみじみ思わせてくれる文章。 読んでいて幸せな気持ちになりました。 [一言] 正直なろうでこういう作品が読めるとは思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ