「 巡 」
河童の運転する水色のミニバンで、川へと向かう。
川辺のお祭りへ行くのは、もう何度目になるであろうか。
河童と出会ってから、毎年きまって川を訪れている。
車中ではラヴェルのピアノ曲、水の戯れが流れている。
「しみず夜」に通ううちに、わたしはすっかりピアノ曲が好きになっていた。わたしのセレクトに、宮地さんは口を歪める。
「ラヴェルなんざ、甘ったるい」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らしながらも、目は笑っていた。
夏だからかもしれない。
夏は粋さんの季節だ。
お祭りに宮地夫妻を誘ったものの、速攻で断られた。万年新婚夫婦の蜜月期間なので、二人っきりにさせろ。放っておいてくれと言う。
宮地さんはこの頃髪にしろいものが混じってきた。
大人の色気がでてきたろうと、威張っている。粋さんの透明な美しさは変わらない。
宮地さんの断り文句に、「御馳走さまです」と、電話を切ろうとした。途端、土産を買って帰りに寄れ。夕飯を用意しておくから、食い過ぎるなと言う。相も変わらず我が儘だ。なのに何故か憎めない人である。
わたしの隣では、河童が運転に集中している。
久しぶりの休みである。冷やしきゅうりが楽しみだと、昨夜からこどもの様にはしゃいでいた。
※ ※ ※
あの年の冬。
妹にはおんなの子が産まれた。
姪っ子だ。
河童はなんと宮地さんに頼み、イヤープレートを用意してくれていた。
装飾の一切ない、つるりとした平皿は普段使いの皿であった。
冬生まれの赤子の為に。夜のふかい蒼色を地に、しろく輝く冬の星々が描かれていた。宮地さんの筆で、片隅に小さく西暦が記されていた。
「めんどくせえっ!」
製作当初。宮地さんは相当嫌がっていたという。にも関わらず請け負った背景には、河童を相当怒らせた「絶倫疑惑」発言があったからだ。自業自得である。
しかし後年この皿は「翡翠堂」と「しみず夜」のヒット商品となり、二人そろって、かなり忙しい毎日を送っている。
河童と共にイヤープレートを届けると、妹は大喜びで勝利宣言をした。
「やっぱり彼氏だった! 妹の勘が外れるわけがない」
赤子であった姪っ子を初めて抱いた時の、頼りない重みは、わたしの胸を甘くにがく締めつけた。
隣に立つ河童が、心配そうにわたしを見つめていた。
「お姉ちゃん」
出産直後で髪はぼさぼさ。スッピンで、むくんだ顔をしているにも関わらず、妹はすこぶる奇麗な表情で、わたしを呼んだ。その目がわずかに濡れていた。この子は知っていたのだと、その時直感した。
「可愛い。かわいいよ、ちびちびちゃん」
そう言い、姪っ子の頬に指をはわすわたしに、「当たり前じゃん」妹は大層親ばかに言い放った。
※ ※ ※
夏空にまっしろな雲がおおきくはり出している。
わたしは助手席で団扇を扇いだ。
「川へ着いたら、足を浸したい」
「麦酒も飲みたい」
「きゅうりの他にお焼きと、焼きそばも食べたい」
「かき氷はメロンがいい」
わたしの注文に、河童は目を細め一々丁寧に「はい」「はい」「ああ、良いですね」と答える。
「楽しい一日になりますね。しずくさん」
河童が笑った。
わたしもわらった。
車は田舎道を川へむかって、するすると走る。
「ああ、水の匂いがしますよ。しずくさん」
河童がせいせいとした声で言う。
畦道では夏草が風に揺れている。
流れる川のせせらぎが、わたしの耳にも届いた気がした。
完
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
初めて書いた恋愛要素のある小説です。恋愛要素は今まで苦手だと敬遠していたのですが、大変楽しかったです。 機会がありましたら、口と態度は悪いが世話好きの四十男と、儚げなオオミズアオの日常恋物語りを番外編で書いてみたいです。
今後の創作ヒントにしたいので、もしよろしければ感想・評価等をよろしくお願い致します。
原稿用紙換算枚数 約95枚




