秋桜
「たしかに心臓をつらぬいたはず……」
「もし僕に心臓が存在しなかったら?」
とんとん、と自分の左胸をつつきながら尋ねる。
「そんな馬鹿な」
頬を、冷たい汗がつたう。
「ないものは無いもん。
だって僕……ニセモノダカラネ」
そう言って後ろを振り返る。
「ホンモノハ……」
「此処だ、人間」
隣の部屋の屋根にこしかけ、笑う少年。
それまで香月だったものが一枚の紙切れに変わる。
「君、良く頑張ったね」
呆然とする私に、にこりと微笑む少年。
それは、何度もみてきた香月の笑顔になんら変わりない。
ただ、なんだか背筋が冷えるような雰囲気がある。
――――恐怖。
虎をも押しつぶしそうな威圧感を感じる。
誰なのだろうか、このヒトは。
そもそも、人間なのだろうか、このヒトは。
そんなわたしの問いを無視して時間は流れていく。
「ここからは……」
髪が腰まで伸び、銀色に変わっていく。
「某が片付けよう」
右手で抜刀して屋根からとびおり、近くにいた兵を五人ほど切り伏せる。
「あなたは、あの時の……」
あの夜笛を吹いていたのは、香月だったのですか……!
「動くでないぞ。――すぐに済む」
「鬼が二匹……。皆の者、何としても奴らをとらえるのだ!」
え、二匹?首をかしげ、まわりを見回す。
「! 香月、その額の……」
笛吹きの額から、二本の長い角が生えている。
「かかれえええええええっ!」
男の合図で一斉にとびかかってくる兵たち。
「人間とはまったく……」
刀を一振りする。
太刀の男、忍び、兵――青年とわたし以外立っている者はいなかった。
あるのはかつて刃を向けた肉塊だけ……。
「あの、貴方は一体、何者なのですか…………?」
「始まりの鬼だ」
「始まりの鬼って、この間話していた……あの?」
こくりとうなずく。
「御前の呪を解いてやろう。これからは力を使っても苦しみはない」
「呪?呪いだったのですか、これは」
「うむ。そなたの力は『光』すなわち『癒し』を司る。
それを兵器として使おうと思い変換の術をかけた戯けがいた。
しかしそれは無理に力の性質を捻じ曲げたものだった。
そのため力を使うと苦しかったのだろう。
……此処に来たのは偶然だったが同族に会えるとはな。某は嬉しいぞ」
眩しそうに目を細める。
「…………」
「…………」
「あああああああっ!めんどくさい!!
もう話し方戻していいかな?いいよね」
「その言葉づかいは爺むさくて堅くて
聞いているとむかむかします、やめてください」
「うわあ、君ってホントかわいくないよね。でも今はありがたいや」
髪が元の色、元の長さに戻っていく。角も跡形もなく消えていった。
「ではなぜそんな面倒な言葉つかっているんですか」
ぽりぽり、と頬をかきながら答える。
「ん~。父さんの言いつけというかなんというか……。
始まりの鬼なんだから威厳を持てとかなんとかうるさく言われていたから角が生えるとあんな感じになっちゃうんだよね~」
「さいですか……」
「これから僕は別の場所へ行くけど、君はどうするんだい?」
わたし?わたしは――。
ぽろり、と一粒の雫が頬をつたう。
わたしには、どこにも行くところはない。
一人?わたしは、一人?
「ひとりは、嫌だよ……っ」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
「初めて会った日も、君の目はそう言ってたね……」
わたしの頭をやさしくなでる。
「僕と行こう。これから海の向こうの国に行こうと思うんだ。
君の好きな海賊や人魚にも会えるかも。
だけど、三日月姫って名前はなあ……。
みかちゃん?つっきー?かづきだったら僕とかぶるし。
あ、そうだ。
君と会った日はあの薄紅色の花が満開だったんだよね。
その花から名前の一部をもらおうか。
そのまんまだとそのへんにいる子みたいな感じだからね。」
君の名前は―――――――――。
彼につけてもらった名をつぶやく。***かあ……。
ひらり、と薄紅色の欠片が舞い降りてくる。
「花も君のことをお祝いしてくれてみてるみたいだよ。
もうちょっとで冬なのにさ」
「お祝い?」
「そ。君が生まれ変わった日。
いつまでも籠っていたのに外へ出てこれたじゃん。
君はあの狭い世界で人間の欲深さや世界の残酷さなんかをいっぱいみてきたっぽいけど、世界は案外、そんなに酷いところじゃない。おびえなくてもいいんだよ?たしかに死ぬほど辛いことも怖いこともあるけどさ。いつか倍の嬉しいことになって返ってくるんだよ」
「………………」
「うっわ、全然信じてないね。じゃあ賭けをしよう。
僕の言ってたことが正しいと君が思ったら僕の勝ち。
この先、千年くらいそうじゃないと思ってたら君の勝ち。
何でも君のいうこと聞いてあげるよ」
「その賭け、のりました。絶対負けませんよ」
「君ってこーゆーこどもっぽいのすきだよね~。ま、僕もだけど」
ゆびきりげんまん うそついたら 針千本のーます、ゆびきった
終




