緋炎
「ん……」
不快な暑さを感じ、目を開く。
……視界が歪んでいるような気がする。
目をこすってみても視界は赤く、歪んでいた。
こんなようなこと、前にもどこかで―――――焼き討ち、だ。
襖を開け、隣の――香月の部屋を見渡すが、彼の姿はみあたらない。
ばあん、と乱暴に私の部屋の障子が開けられた。
「かづ……」
期待して後ろを振り返った。でも、そこにいたのは……
(じゃない。この人は一体……)
そこには髪を茶筅のように束ね、着物の肩をはだけさせ、腰に虎の毛皮を巻いた男がいた。背には四尺ほどある太刀を背負っている。
「見つけたぞ、童」
にらみつけられ、箪笥の陰に隠れる。
「来い、童。我が軍門に下れ」
そう言いながら歩み寄り、私の腕に手をのばす。
「嫌です!」
ぴしゃりとその手をはらいのけ、言い放つ。
「ほう、そうか」
目を細め、背の太刀の柄をにぎる。
「童、貴様は危険すぎる。他の将の手に渡すにはいかぬ。
故にその首、頂戴する!」
そういって抜刀し、太刀を振りかぶる。
ぎゅっと目をつぶり、意識を集中させる。どうか、お願い……!
かきん、と鉄と鉄とがぶつかり合う音がし、おそるおそる目を開く。
「香月……」
髪は乱れ、着物も血で紅く染まっている。
「なにそんな泣きそうな目してるのさ。
僕はそんなに簡単にくたばらないよ」
太刀を受け止めながらにこりと笑いかける香月。
「先刻の餓鬼か。あの傷で生きているとはな……童さえ手に入ればよいと思うておったが、お前も欲しいぞ」
「いや~貴方みたいな人に欲しいって言われても嬉しくないな。
とくに気に入らない人を片っ端から斬っていくような人はね」
「片っ端から斬っていく、か……それはお前も同じではないのか?
ここ数日我が軍を殲滅したのはお前であろう」
「数日って……どういうことですか」
「知らぬのか、童」
「そりゃ防音の結界はって出ていきましたし。
防火もはっておくべきでしたね」
「術師か。ますます欲しい」
「お断りします。僕は一度受けた仕事は徹底的に行う主義なので」
「そのなりで我らと殺りあうか、面白い……」
我…ら? 嫌な予感がし、男の背後を見ると、そこには――
「我が精鋭忍び隊だ」
意地の悪い笑みを浮かべ、答える男。
先頭にいる背の高い人間が大きな手裏剣のようなものを構え、口を開く。
「忍び隊切り込み瑠璃丸、忍び参る」
「はいはい、僕の刀の餌食第三二八七二五〇四号さん」
三二八七二五〇四号って……。一年に何人切っているんだこの人は。
さっと互いの武器を振りかぶる。ごとり、と鈍い音をたてて手裏剣を構えた人間とその後ろの忍び数人の腕、首、あるいは上半身が落ちた。大量の血の匂いに、口を覆う。
「六百年生きているとはいえ、箱入りのお姫さまにはちょっと刺激が強かったかな?」
頬に付いた紅をぬぐいながら言う。
「かかってきなよ。僕は死んでも自分の考えは曲げない。
この子は渡さない、決して」
「渡さない、か……」
怪しげに目をひそめてから、大声で笑いだす。
ふと浮かんだ疑問を尋ねるため、香月の袖を引く。
「香月、この人は何故笑っているのですか?」
「人間は本当に追い詰められると急に笑い出すんだよ。
末期症状っていうのかな、こんなふうになるのは二通りある。
一つめはもう潔く諦め、手を引く傾向。もう一つは……」
構えた刀の柄をさらに強く握りなおす。
「とんでもないことを始める兆しだよ…………!」
上から飛んできた紫色の砲弾を刀ではじきかえす、が、力の加減ができず空中で破裂した。
「 ! これは……っ」
手が痺れ、刀が持てない。
がしゃん、と音をたてて右手から刀が落ちる。
その隙を忍びたちは逃さなかった。
ばっととびかかり、香月とわたしをとりおさえる。
「毒とは、卑怯な……。貴方も、武士の端くれで、しょうが……っ」
「礼儀を重んじろ、か。甘い。甘いな、餓鬼。
意地だの誇りだの、世迷いごとをほざく武士の時代は終わったのだ。
勝利こそすべて。
そこにおける過程なぞ関係ない」
ふっと香月を鼻で笑い、頭をげしっと踏みつける。
歯を食いしばり、男をキッと睨み返す。
「いい目だ。……本当にこちらへ来る気はないのか?」
それを聞いてあはは、と笑い出す香月。
しかし身体にこたえたのかごほっごほっとせきこみ、咳が落ち着いてから口を開く。
「何度聞かれようと僕の答えは同じですよ。回りくどいと頭がついていけないようですので率直に述べますから耳の穴かっぽじって聞いてください」
むっとして男の額にぴきっと青筋がうかぶ。
「香月!あなたは何を…………」
それ以上言ったら……!
「貴様の下に配属され飼われるくらいなら、くたばった方がマシだこの愚図が」
「餓鬼の分際で生意気な……!」
背中の太刀を抜き、香月の背に突きたてる。
「!」
香月から紅い水溜りが広がっていく。
「香月さんっ!」
大声で叫ぶが反応しない。
視界が滲み、香月の着物の青と紅がゆがんでいく。
あれ、口が動いて……。に、げ、ろ…………?
自分が死にかけているというのに、全くこの人は……!
ばさっと水色の頭巾をはぎ取る。頭のてっぺんから髪が白に染まっていく。
ほう、と嬉しそうな顔でわたしをみる男。
「殺りあうか?童。では手合せ願お……」
最後まで言い切らないうちに悲鳴をあげ、左足をおさえてうずくまる。
左腿には氷の槍が刺さっていた。
足をおさえ悶絶する主を見て反撃しようと武器を構える戦闘態勢を忍びたち。しかし頭上に出現した幾本もの氷の槍に貫かれ、倒れる。
「親方様!」
「殿~!」
どうやらあの人間の家臣が駆けつけてきたようだ。
突風を起こし、屋根や襖ごとかろうじて氷の槍の害を受けなかった人間たちを薙ぎ払う。ごほっごほっとせきこみ、座りこむ。
やはり負担がすさまじいですね、この力は……。
駆けつけてきた部下の肩を借り、刀を向ける。
「さらばだ、童。あの餓鬼によろしく言っておくがよい」
刀を振りかぶり、わたしの首に向けて振り下ろす。
が、次の瞬間き刀が急に錆びつき、ぼろぼろと崩れていった。
「これは……」
「いや~貴方に宜しくって言われてもねえ……」
へらへらと笑いながらむくりと起き上がる香月。
「?!」
「やっほ~地獄から戻ってきたよ、なんてね」
【用語集】
◇茶筅……お抹茶をしゃかしゃか泡立てるアレのこと。
◆四尺……120センチちょいくらい。
◇術師……陰陽師のこと。
結界はったり敵を呪い殺すことが仕事。
◆地獄……閻魔大王様のいるところ。
悪いことした人がおちるらしいけど真実は誰も知らない。




