16 作戦会議(裏)
一夜明けて、修行も終わらせた午後。
俺を使った囮作戦決行まで、あと4日というところまで迫ってきていた。
修行も昨日より苛烈なものだったが、やはり成果はあるようで昨日は6個しか避けれなかったのが18個まで避けれるようになった。
この成長には尖さんもとても感動したようで、その技術を明日の特訓で万全の状態で見せて欲しいということで、今日の特訓は14時には終了した。
そして現在、俺は戮力荘2階にある桑原光琉さんの個人部屋の前にいる。
『相談があれば乗るぞ。』
『刺激的なアドバイスをくれてやろう。』
そんな言葉を真に受けて、というか当てにして今俺は桑原さんの部屋のチャイムを押した。
程なくして、桑原さんはあまり音を立てずに扉を開けて俺の前に姿を現した。
相変わらず、クソダサい……もとい個性的なつぶらな瞳の猫のシャツを白衣の内側に着込んでいる。逆にどこでそんなものが品物として売られているのか聞きたいレベルの酷さだ。
「ふむ。」
「こんにちは。
…今って、お時間空いてますか?」
「ああ、大丈夫だ。」
上がっていけと言わんばかりに背を向けて奥へと進んでいくので、俺はそのまま玄関へ入っていった。
桑原さんが途中にある扉を開けっ放しにしていたため、プライベートなリビングルームは玄関から丸見えだった。
リビングにはちょっと汚らしい工具やら、素人には用途がよく分からない部品が床にも机にもさらにはキッチンの中にまで所狭しと散らばっていた。
そしてそんなメカメカしいインテリア達の中には似合わない可愛らしい猫を模したアイテム達が、工具とは違ってお行儀よく鎮座していた。
凄く不自然だ。壁にかけてあるラックには油汚れが染み付いたペンチとしなやかな曲線を描く陶器製の猫の置物が共存している。汚れで表面がゴツゴツした無骨なペンチと繊細な陶器の猫の置物は、あまりにも世界観が違いすぎる。
リビングをぐるぐると見回していると、桑原さんがほぼ物置になっていたテーブルの上にあった工具を隅に寄せて、向かい合って座れるくらいのスペースを確保してくれていた。
トントンと軽く指で机を叩き、俺に軽く視線を送る。
「話に来たんだろう。まあ座れ。」
「……あざっす。」
椅子を引いて腰掛けて机に腕を下ろすと、横に積み上がった工具の山の表面が軽く崩れて山を構成していた部品が俺達の手元まで滑り落ちてくる。
「それで……話、なんですけど。」
「左近をどうにかして助けてやりたいんだろう?」
「はい。」
面白がっているのか、にやにやしながら問いを飛ばしてくる。でも俺はレンズの奥の桑原さんの目をしっかりと見ながら答える。
「俺はやっぱり左近が、ただ悪意を持って犯罪をしてる訳じゃないと思います。
……悪人だけを狙うと決めてた。なんか理由があるはずなんですよ。」
「……その理由がどうしてまともだと言い切れる?」
笑みを消して、桑原さんは鋭く聞き返してくる。
「その悪人だけ狙うとかいう行為の理由は一概に善意とも言えないだろう。
悪人を罰することで承認欲求を満たしているとか、褒めやそられたいとかそんな理由じゃないとどうして言い切れる?」
さっき工具の山から崩れてきたペンのような道具の先端を指で机に押し付けながら桑原さんは続けた。
ぐっと唾を飲み込んで、これまで沢山してきた面接練習のように答える。
「俺が初めて右近に会った時、あいつは俺がいるのに驚いて焦って、あまつさえ逃げて欲しいなんて言ってました。
もし、承認欲求だとしたら逃げないで自分の善行を知ってもらいたいと思うんです。少なくとも、その行動は今桑原さんの言った理由には当てはまらないと思います。」
俺の返答を聞いて、しばらくは何も言わずに道具をぐりぐりと弄んでいたが、桑原さんは緩やかに口を開いた。
「……悪人を罰することで、そいつらに対してどんなメリットがあるんだ。」
「……あー、そ、れは……」
そう、メリット。
左近に悪人を罰するメリットは、昨日の夜一晩中考えてみてもちゃんとした理由が一切思いつかなかった。
だが、だからこそ分かった事があった。
「多分、無いんだと思います。」
「…はあ?」
「あっ、いや、あくまで右近と左近に限った話ですよ?」
「いや、そこじゃなくてな……」
思い切り眉間に皺を寄せて、桑原さんは間の抜けた大声を出したので慌てて訂正を入れる。
「……その、自分の利益云々の理由はないんだと思うんです。」
「つまりなんだ、」
怪訝な表情を崩さないまま、桑原さんは口元に手を当てて続ける。
「完全に、他人のことを思ってやってるとでも言いたいのか?」
「……はい。」
顔を合わせて話づらくなったせいか、無意識に顔を下に下げてしまう。
「一晩考えてみたんです、あいつらのメリット。
でも、俺の話した右近はメリットとか気にするようなやつじゃなかったと思うんです。
あの時だって、盗んだ金庫のことを取り返したって言ってたんです。そのお金は事件資料を読んでみて知ったんですが、右近となんの関係もないヤミ金から盗んだ物でした。
自分に関係ないのに盗んだんです。
だからそもそも自分のことなんて考えないで、他人のためにやってるんだと。」
「ふ、」
桑原さんの口から、軽く息が漏れる音がした。
顔を上げてみると、桑原さんは口元に両手を押し当てて上を仰いでいた。
「く、桑原さん?」
「はっ、ははは!!」
突然、体を大きく震わせて大声で笑いだした桑原さんの様子に思わず肩を跳ねさせてしまう。
ひとしきり笑った桑原さんは、メガネをとって目元に滲んだ涙を震える手で拭って、俺の方を見る。
「と…とんだ馬鹿野郎だな。そいつらは。」
「……そうかもしれませんね。」
「はっ……ふう。
……異端者の一部がある問題を抱えているのは…知らないよな。」
ようやく落ち着いた桑原さんの口から、急によく分からない問いが飛んできて、俺は困惑する。
「どういった問題なんでしょうか。」
「教育だ。」
笑い涙をひとしきり吹き終えたのかメガネをかけ直して、桑原さんはまだ息が上がった喋り方で続ける。
「そも、異端者というやつは基本何かしら問題を抱えている。
後天的ならば過酷な環境に身を置いていることが多いし、先天的ならばそいつのせいで周りに危害が及ぶことがある。
結果として、異端者は普通の人間に与えられる教育などの基礎的なところが、疎かになりがちだ。」
ため息を吐きながら、どこか遠い目で語り続ける。
「右近とやらは、大体高校生ぐらいの年齢らしいな。」
「はい、丁度俺の弟と同じくらいかと。」
「……間違いなく、学校には行っていないだろうな。」
リズミカルに机を指で叩きつつも真面目な顔で言う。
「いや、これまでの人生で学校に行ったことがあるかも怪しいな。」
「……どうしてそう思うんですか?」
「倫理観だ。」
毅然とした態度で答える。
改めて体の向きを俺の方に合わせて、桑原さんは腕を組む。
「悪人を罰するにも方法なんて幾らでもある。
警察に通報すればいいし、今の時代ならSNSに晒すのも手だ。
それらの選択肢が出てこないで、一番に犯罪に手を染めるような倫理観は義務教育を終えてたら…まあ出てこないだろう。」
それもそうか、異端者が警察に通報するなんて自分で言い出さない限りバレないだろうし、自分の手を汚さずに罰する方法なんて幾らでもある。
「だから、だ。」
さっきまでのにやけヅラとは全く違う、驚く程に穏やかな笑みを称えて、桑原さんは言う。
「もし、マトモな教育を受けさせられたら、普通の人間サマよりも善人になるかもしれないな?」
「そうですよね!」
俺は嬉しくなって、思わず椅子から立ち上がって桑原さんの両手を掴んで振る。
「きっと、その、いい事に力が使えると思うし、強いっぽいですし!」
「あ、ああ。わ、分かった。分かったから……」
ぐいと俺の両手の隙間から、桑原さんは自分の手を引っこ抜く。
手をぶらぶらさせたかと思えば、手首を振り回してゴキゴキと音を立てさせ、俺に座るように促す。
「はあ……まあそいつらの事は分かった。だが、他の連中の説得はどうする気だ?
繰り返すようだが、上の連中は使えないものはさっさと捨てるぞ?」
軽くため息のようなものを漏らしながら、桑原さんは本題と言わんばかりに鋭い視線を送る。
俺も立ち上がってしまった椅子にもう一度深く座り直し、少し猫背になって机に両肘を突いて両手を顔の前で組み合わせる。
「先程の言葉は嘘じゃないですよね?」
「…?
なんの事だ?」
「『使えないものはさっさと捨てる』のところです。」
「……ああ。嘘じゃない。」
その言葉を聞いた途端、組み合わせた両手に覆われていた俺の口角は緩く吊り上がった。
「……俺の、俺だけができる計画を聞いてくれますか?」
「聞こうか。」
◇◇◇
「ふふふ、ははは!!お前、中々柔軟な考えが出来るじゃあないか!」
「いやあ!そうですかねえ!」
「いや、筋がいい!やはり義務教育を受けているだけあるな……
どうだ、今回の作戦が終わって暇が出来ればまた話す時間を取らないか?」
「ええ!ぜひぜひ!」
喜ばしげに俺に手を差し出す桑原さんの手を握ると、今度は桑原さんが握った手を勢いよく上下させる。
「はっはは!これが鬼ヶ島やら相手だったら力ずくしか出てこなかったろうな。
なんだ、俺のアドバイスなんぞ必要ないじゃないか。」
「いえそんな。俺よりも桑原さんの方が異端者関連の事には詳しいですし、最後のひと押しとしてとても助かりました。」
「そうか?なら良かったんだがな。」
すっかりリラックス仕切った表情で、桑原さんはにこやかに笑う。
「……ふぅ、まあ後は本番あるのみだな。」
「はい。桑原さんは今回の作戦には参加されないんですよね?」
「そうだ。俺は戦闘にはあまり参加しない方針で戮力荘に住むということに決まっている。
……はは、戮力荘に押しかけた当初は、戦わなければ住めないかもと言われて怯えたものだ。」
そう言うと桑原さんは右腕を上げる。
何をするのかと思っていると、上げられた右腕に雷が落ちたかのような光が迸った。
「わっ!」
「まあ、頑張れば戦えなくもないが俺はそれよりも……」
驚く俺を尻目に、桑原さんは体の向きを90度変えて工具が散乱しているリビングを心の底から愛おしそうに見つめる。
「自分のやりたいことがしたくてな。」
「……へぇー。」
この人は自分の軸がしっかりされている方なんだな、というのは昨日今日話してみてわかったことだ。
話す時、自分の疑問を素直に口に出してきちんと答えを受け止められる、冷静で好奇心の強い人だ。
きっと、自分の一番やりたいことも同じように追い求め続けているんだろう。
なんというか、本質的な所を見れば普通にいい人じゃないか。
「……ん?」
「どうした橋船。」
「いや……その、ちょっとした疑問なんですけど。」
「遠慮なく聞け。」
「好きなことするだけなら、わざわざ戮力荘に押しかけてまで住む必要ないですよね?
どうして異端者であることを告白するなんて……世間一般的に見たらデメリットしかないことしてまで、戮力荘に住むことにしたんですか?」
これまでの様子を見てきて、桑原さんの能力が扱いきれないとか危険とかそういう様子は一切見えなかった。
それだったら、異端者であることを隠して好きなことをするなんて幾らでもやりようはあるだろう。
「あー、あ。それか。」
先程までの朗らかな表情とは一変し、極限まで口角を吊り上げた不気味な笑みを浮かべる。
「昔、異端対策部が異端者保護の為と銘打って自分から名乗り出た異端者に保護下の元、援助をするという支援会が成されたことがある。
覚えているか?今から5年ほど前の話だ。」
「は、はい。覚えてます。
確か、2桁ほど異端者が集まったとか……なんとか……」
「そうだ。」
桑原さんは、懐かしむかのように目を閉じて話し続ける。
吊り上がったままの口角と穏やかな目元が非常にアンバランスだ。
「あの時、俺もその保護を受けようとしたんだ。
ちょうど俺は大学の3年生。今後のために金銭的な支援が欲しくてなあ。異端者であることを暴露してでも金が欲しかったんだ。」
「へえ、じゃあそこの斡旋で戮力荘に?」
「いや、違う。」
メガネの奥の目を細めて、桑原さんは天井を仰ぐように体を仰け反らせる。
「俺は、その支援会の説明会場から逃亡した。」
「……え!?」
思わぬ方向に話が突然飛んで、間抜けな声を出してしまった。
そんな俺の様子を気にもとめずに、桑原さんは天井を眺めたまま落ち着いて話を進める。
「聞いてた話とだいぶ違くてな。酷いもんだったよ。支援なんて口だけで、実質あちらさんの奴隷になれと言っているようなもんだったさ。
……ぷっ、説明の時隣に座っていたヤツの顔と言ったら……説明が始まる前はひっきりなしに話しかけて来たくせに、始まった途端真っ青になって何も言えなんだ。」
吊り上がりすぎだった口角が少し緩くなり、ちょっと怖くなくなった。
そのままでいて欲しいな。頼むから。
「そんな酷いとこに身を置くなんて考えられなくてな。隙をついて逃げて、援助とかは別の機関にでもしてもらおうと思ったんだ。
……あの時は援助とかじゃなくて保護のことしか頭になかったがな。
運良く会場に来ていた導身と接触できて、半ば無理言ってここに住ませてもらうことになったわけだ。」
どこか誇らしげな様子で笑うが、笑い事では済ませられない内容だ。
よくそんな説明会場から逃げようと思ったな……確かに命の危機を感じるほど酷い話をされているとはいえ、会場まで出向いたらもう相手のフィールドなわけだろ?
行動力が凄すぎる。アクティブの一言じゃ済まされないぞ。
「……色々、あったんですね。」
「まあな。だが今、俺は楽しい。」
先程からずっと笑ってばかりの桑原さんは、少し視線を下げて、両手を包み込むように撫であわせると、俺の方へ目を向ける。
「……お前は、戮力荘に来た時の俺よりもずっと若い。焦る必要なんて無い、いつでも頼っていいからな。」
「……へへ、ありがとうございます。」
言葉通り、ありがたすぎる言葉に自然と笑顔で受け応えると桑原さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに前のめりになって上半身を机に押し付けるような体制になる。
そして顔を突き出して
「じゃあどんな武器が欲しい?ああ、護身用の軽いのでもいいぞ。スタンガン、特殊警棒、タクティカルペン、クボタン、ネットランチャーとかは小型で持ち運びやすいぞ
……電気が流せる仕組みにしてやろうか?100Vでも運が良ければ殺せるし、それ以上のものも調節出来るぞ。
安心しろ、お前は一応戦闘職の公務員という形だから法律違反なら揉み消せるぞ。」
「待ってください。」
呪文のような武器名となんて事ないかのように言い放たれた言葉の数々にタジタジになってしまう。
そんな俺の様子を見て、何故かさらに目を輝かせる桑原さんは体を元に戻したかと思うと机の上の工具の山に素早く手を突っ込んで少しまさぐる。そして工具を手に何本か持って引っ張り出す。
突っ込まれた腕が急に抜かれた影響で、大きな音を立てて崩れる工具の山を、口を開けたままの間抜けな顔で見るしかない俺を、反射で白く光るメガネのレンズが捕らえる。
「俺は……今、インスピレーションに飢えている……
さあ、好きな武装を言え……どんな猟奇的な品物がお望みかな……?どんなものでも最高のクォリティーで仕上げてやる……」
ガチガチと両手に持つ工具が触れ合う音が聞こえる。
もはやTシャツの猫のつぶらな瞳ですら、俺を追い詰めるかのようにメガネのレンズのように光っているみたいだ。
やっぱり数分間話しただけで人となりが分かるわけなんて無かった、とかなり遅い後悔がやっと脳裏に浮かんだ。




