第六十八羽. セリア対セリア
「セリアねぇ・・・おなか減ったっ」
目覚めて開口一番にアヤメが発した言葉。
「わりぃ、セリア。俺もだっ。」
「セリア様、申し訳ございません。私も同様です。」
戦術連環による膨大な精神干渉と連携演算は、まさに“脳の消費戦”。当然、全身の栄養も枯渇していた。
「あぁ、分かった。私も減ってるから、何か用意しよう。と言ってそんなたいそうな物は作れないぞっ。」
「大丈夫っ。セリアねぇの料理なら何食べても満足出来るっ。」
テーブルに並んだのは、深皿に盛りつけられた海老やホタテ、イカなどを贅沢に使用したシーフードカレーと、バター香るオニオンスープ。辺りに漂う香ばしい匂いが一同の鼻腔を刺激し、自然と視線が皿に吸い寄せられる。
「わっ、いい匂いっ。」
一番に目を輝かせたのは、やはりアヤメだった。
「いっただきますっ!!」
早口で誰よりも先に声を上げたアヤメはすぐさまスプーンを手にし、勢いそのままにカレーへと突っ込む。
「・・・んっっ! これこれっ、ピリッとくるのに、ちゃんとまろやかで・・・海の味もするっ。あぁ、最高っ。」
「アヤメの言う通り、最高なのじゃっ。」
その横でアルジェントがスープを口に運び、ほっと息をつく。
「セリア様、コンソメと玉ねぎだけなのに、どうしてこんなに深い味が・・・。」
「カレーにスープ。美味しすぎて食べる手が止まらないぜっ。」
相当腹が減っていたのかヴェインも皿のカレーが勢いよく減って行く。
「ママ、とっても美味しいよっ」
リュカとフレイアも口の周りにカレーを付けながら、可愛らしい笑顔でセリアに感想を述べる。リュカとフレイアのカレーは子供が食べるように少し甘口にしてある。
「みんなと違って、さっき食べたサンドイッチが残ってるけど・・・問題なく食べられる。初めて食べたけど、すごい美味しいよ。これっ。一家に一台、セリアちゃんが欲しいねっ。」
「ダメっ。ママはリュカ達のママっ!」
「リュカの言う通りっ。フレイア達のママなのっ!」
その言葉にリュカとフレイアが怒った顔でエルヴィンを睨む。
「リュカちゃん、フレイアちゃん、ごめんっ。ちょっとした例えだからね。」
リュカとフレイアの様相に焦ったエルヴィンがふたりをなだめる。
「ほら、ふたりともエルヴィンさんも誤ってるんだから、そんな顔をしないっ。」
口の周りについたカレーを拭いながら、セリアに諭されたふたりは機嫌を直し、再び美味しそうにカレーを食べ始める。
「いやぁ、焦った、焦った・・・。」
「エルヴィンさんもふたりの前であまり不用意な事を言わないでください。」
「わかったよ。それにしても本当に愛されてるね。セリアちゃんは。会って間もないとは思えないよ。」
そんな何気ないやりとりが戦いの疲労を癒し、食事を終える頃には、皆の顔には生気が戻っていた。
1時間ほどの仮眠を順番に取った後、セリア達は最終層に向けて転移門をくぐった。
◇◇◇◇◇◇
シャドウハノイ第三層、そこは拍子抜けするほど静かな空間だった。第一層の様にエーテルの放出が抑制、第二層の鏡の様な不可思議な材質で覆われるている、といった特殊な空間ではなかった。
壁も床も、淡い白灰色の大理石のような滑らかな石材で覆われていた。かすかに光を反射する質感は美しいさを感じるも、温もりは一切ない。そこにあるのは人の手を拒む、冷たい人工美。
「・・・妙だな。」
何かを感じ取ったのかヴェインが周囲を見回しながら呟く。
「戦術適応型防衛機構。コードネーム:エイドロンを起動。」
今までと同じように無機質な音声が響き渡ると、迷彩が解けるように直径2メールほどの球体が姿を現す。床や壁と同様に白灰色をした球体表面が微かに輝くと回転を開始する。
「・・・コードネーム:エイドロン、起動完了。敵正反応を確認。殲滅行動に移行。」
球体から響く無機質な声にセリア達は即座に戦闘態勢を取る。二層のミラージュが脳裏に浮かび嫌でも緊張感がセリア達を包む。
「まずは僕からっ!」
アヤメがエイドロンに向かって矢を放つ。矢は炎を纏い一直線に宙を駆けるが、エイドロンに直撃することは無かった。直撃する間際、音もなく、それは真上へと跳躍。そして天井に直撃すると、今度は下へと鋭く落ちてくる。
「アヤメ、よけろっ!」
セリアの叫びが響いた直後、アヤメが横へ飛び退き球体は床へと激突した。だがエイドロンは停止する事無く、再び跳ねた。しかも反射角度すら無視して、常軌を逸した軌跡を描く。
「えっ!」
軌跡が描く先は着地した直後の無防備なアヤメ。
「っ・・・くはっ!」
アヤメの脇腹に、エイドロンが一直線に突き刺さるように直撃した。肺の空気が押し出されるほどの衝撃。体ごと吹き飛ばされたアヤメは床を転がり、床が微かに血で染まる。
アヤメを吹き飛ばしたエイドロンはそのまま壁面へ。
そして跳躍。跳躍。跳躍。
この空間を制圧するかのように跳躍を繰り返す。
「嬢ちゃん、大丈夫かっ。」
近くにいたヴェインがエイドロンの攻撃を搔い潜りながらアヤメに近づく。
「セリアッ、気を失っているが、嬢ちゃんは大丈夫だっ。」
ヴェインの言葉に頷くセリア。
「ヴェイン、アヤメをテトラ達のところまで運んでくれっ。」
「あぁ、わかった。」
アヤメを抱きかかえるとヴェインはエイドロンの攻撃を紙一重で回避しながらテトラ達のもとへと向かう。
ーーーこいつ・・・着地位置を予測していたのか・・・。
高速に移動するエイドロンの軌跡を目で追いながら、セリアは自分の予測を確かめるために行動に移る。それともう一つ確かめたい事があった。
『みんな、手出し無用だっ。』
エイドロンに悟られないように指示を出すと、天井、床、壁へと弾丸のように跳ね回るエイドロンに身を晒すようにゆっくりと歩き出すすセリア。
明かに重力の影響など受けていないエイドロンの動きを一歩一歩、静かに歩を進めるながらセリアは目で追っていた。
エイドロンが天井に激突し、今度は壁へ。そして、床にぶつかった。
その着地と同時、セリアの姿が動く。
低く、鋭く、重心を斜めにずらして拳を繰り出す。だが、拳は届く直前で空を斬った。エイドロンは、物理法則を捻じ曲げたような動きで軌道をずらしていた。
ある程度予測はしていたが、ここまで急激な軌道修正が出来るとは考えていなかったセリアだが、素早く体が反応する。足を踏み込み、今度は掌打をエイドロンに向かって繰り出す。
またもかわされたが、わずかに触れた掌に硬質な手応えだけは確かにあった。
ーーー・・・硬い。ミラージュより上か・・・。
だが、セリアには違和感があった。たとえわずかと雖もそれなり衝撃があるはずだが、まるで手ごたえがなかった。
ーーー否・・・違うな。
『エイドロンに接触した瞬間、エーテルよる何らかしらフィールドが展開されたのを確認。』
ーーーなるほど・・・。
何度目かの攻防の果て、セリアにわずかな隙が生じる。その隙を見逃すまいとエイドロンの攻撃がセリアを襲う。避けきれずに腕を掠めた瞬間、セリアの身体の奥にまで重く圧し掛かる衝撃が貫く。
「・・・攻撃にも転用可能というわけかっ。」
まるで、触れた瞬間に内部から殴られたかような錯覚。想像以上の衝撃に思わずセリアは片膝を着き、エイドロンに視線を向ける。
ーーー様子見で手を抜いていたとはいえ、ここまでやるとは・・・。それにしても・・・この衝撃、アヤメが一発で気絶するわけだ。
『接触した瞬間、エーテルのフィールドから身体内部に浸透する衝撃が発生するのを確認。』
「セリアよっ。いつまで遊んでいるつもりなのじゃっ。」
「あぁ、もう終わりだっ。」
「で、妾達は何をすれば良いのじゃ。」
「あいつの動きを制限してくれっ。」
「わかったのじゃっ。」
メルディナは返事と共にアルジェントとヴェインに視線を送る。ふたりが静かに頷くと行動に移る。
メルディナが右手を掲げると宙に複数の氷剣が出現する。それに加えてエーテルの刃も宙を覆うように出現しだす。メルディナの掲げた手とアルジェントの剣が同時に振り下ろされる。それを合図に氷剣とエーテルの刃が同時にエイドロン目がけて襲い掛かる。
直撃する刃がフィールドによって無効化されるが、その威力とあまりの数の多さにフィールドが限界を迎える。空間を縫うように駆けてはいるが、その行動範囲は明らかに狭められていた。
刃の雨が収束したその刹那。
ヴェインが影のように静かにエイドロンに迫り、宵闇の閃きが二筋の弧を描く。斬撃は鋭く、正確であったが、エイドロンはそれすらも見切っていた。
だが、それは巧妙な罠だった。
「逃がしませんっ。」
エイドロンの描く軌道の先にはアルジェントが待ち構えていた。
静かに構えた白銀の盾。重心を落とし渾身の踏み込み。
「シールドバッシュッ!!」
盾が唸りを上げ、弾丸のように飛び込んできたエイドロンを正面から打ち据えた。
激しい振動に空気が割れ、エイドロンの動きが停止する。
セリアは既に動いていた。
一瞬にしてエイドロンに接近する無駄のない流れるような動き。踏み込んだ足は地を砕き、生じた力がセリアの掌へと減少する事無く伝わる。力とエーテルが絡まり合い織りなす衝撃がエイドロンに叩きこまれる。
衝撃はエイドロンの内側から破砕されていく。表面に亀裂が走り、逃げる術もなく静かにその場で砕け散る。
転がる無数の破片。戦闘空間に訪れた、束の間の静寂。
「やった、のか・・・」
ヴェインが息を吐き、セリアを始め全員が肩の力を抜こうとした、その瞬間。
散らばった破片が振動を始める。
「離れろっ。」
誰よりも早く、それに気づいたのはセリアだった。
散らばった破片が逆再生するかのように形を成し始める。脚、胴、腕、そして頭部へと破片が吸い寄せられるように組み上がり人の形を成す。
白磁のような質感の滑らか肌。目、鼻、口にあたる位置にはわずかに凹凸があるのみで、器官としての機能も表情も削ぎ落とされた顔。全体的に女性をイメージさせるシルエット。
それが人の形を成したエイドロンの姿。
「フェーズ2、擬態兵へのシフトを完了。」
ゆるやかに、そして滑らかにエイドロンが右手を自らの胸元へとかざす。その手が触れた瞬間、そこに、刀の柄が現れた。
そしてそれを握るとゆっくりと引き抜く。まるでエイドロン自身の身体が刀の鞘であるかのように。
完全に抜き放たれた刃は乳白色の鈍い光沢を持ち、刃文も無くただただ無機質な一振。
「殲滅行動を再開。」
無機質な宣言と共に構えるエイドロン。アルジェントとヴェインはその姿に妙な感覚を覚える。何処と無く覚えのある立ち姿に。
そしてそれが何なのかすぐにわかる事になる。まず初めに仕掛けたのはヴェイン。
「・・・う、そ、だろ・・・?」
その動き、その間合い、その踏み込み、すべてが、訓練で何度も見たセリアそのものだった。目の前の存在から視線をそらさず、ヴェインは頬に走った一筋の線を手の甲で拭う。
ヴェインが駆けるのと同時にアルジェントも動き出す。三人の攻撃を紙一重で躱しつつエイドロンは攻撃に転じる。攻防の中でエイドロンの姿にアルジェントもヴェインと同様な思いを抱く。
「まさか、セリア様の・・・。」
当初こそ驚きはしたものの、二人の連携は次第にエイドロンを追い詰める。エイドロンの動きが鈍くなり、そこにアルジェントの一撃がエイドロンの胴を薙ぐ。
「二人ともそこを離れるのじゃっ。」
メルディナの言葉に二人がエイドロンから距離を取ると天を貫くような雷光がエイドロン目がけて落ちる。
そこにすかさずセリアの一撃が入る。セリアの一撃は確実にエイドロンを捉えた。
だが・・・。
「そのフィールドも復活していたのか・・・。」
エーテルのフィールドでセリアの一撃を防いでいた。微動だにせずエイドロンは振り上げ刀をセリア目がけて振り下ろす。
その攻撃を半身でかわすと、セリアはエイドロンの脇腹に右拳を突き刺す。
「くはっ・・・」
セリアは視界が歪みその場で片膝を着く。セリアの拳はエイドロンのフィールドを物ともせず脇腹に確かに突き刺さった。だが、それと同時にセリアの全身に衝撃が走る。
ーーー攻撃フィールドも健在とは・・・。
この間合いでは有効に刀を振るえないと判断したエイドロンは、左肘をセリア目掛けて突出した。その攻撃を即座に左手で防いだが、その攻撃に衝撃波を生むフィールドが張られていた。
片膝を着くセリアを見下ろしてながら、エイドロンが刀を振り上げる。
「まずいっ!」
振り下ろされた刀がセリアを襲う瞬間、セリアの前に影が割り込む。
「セリア、大丈夫かっ。」
「すまない、ヴェイン。」
「回復までの時間は作ってやるっ。」
エイドロンの刀を弾くとヴェインはセリアと距離を取るためにエイドロンを蹴り飛ばす。躍りかかったヴェインはすぐにエイドロンの動きが先程まで違う事に気が付く。明らかに反応速度が早くなっていた。即座に駆け付けたアルジェントと二人係で攻撃しているの先程のように圧倒できずにいた。そしてエイドロンの動きが二人を圧倒し始める。
ーーーまずいっ。このままだと・・・。
ヴェインが状況のまずさを感じ取った時、ふたりの前からエイドロンの姿が消えた。そして代わりにアルジェントとヴェインの周りにエーテルの花びらが舞い始める。
「あれは・・・流石にまずいのじゃっ。」
メルディナは急ぎふたりの下に駆け寄ると防御結界を幾重にも張り巡らす。無数の花びらはメルディナの結界を次々と食い破り襲い掛かる。
花びら散り消えゆくと、そこには光の翼に守られたアルジェント達の姿があった。最後の一枚が砕ける瞬間、アルジェントが聖域の盾を発動していたのだ。
「よけろっ!」
防ぎ切った思ったアルジェント達にセリアの叫びが届く。光の翼が消えたその刹那、血を吐きアルジェントの身体が崩れ落ちる。アルジェントの腹部にはエイドロンの刀が突き刺さっていた。地に伏したアルジェントに気を取られたヴェインとメルディナはエイドロンの攻撃に意識を刈り取られていく。
回復するまでの短い時間で三人が戦闘不能になるという、まさかの展開がセリアの眼の前で繰り広げられた。そしてアルジェントから刀を引き抜くとエイドロンは非戦闘員である従魔組に向き直り走り出す。
ラクスの防御結界がエイドロンの攻撃を辛うじて防いでいたが、それも何処まで耐えられるのか・・・時間の問題であった。
『マスター、はやくっ』
『あるじ~』
「セリアちゃん、早く戻ってきてっ」
ラクスの防御結界が虚しく砕けちる。
「ママぁぁっ」
そして、リュカとフレイアの泣き叫ぶ声が響き渡る。
エイドロンの凶刃が振り下ろされた刹那、セリアの姿がかばうように現れる。そして刃が半分辺りで折れ、折れた刃が宙を舞う。一瞬にして移動したセリアは振り下ろされる刀に左の掌を当て、右の手刀で折ったのだ。原理的可能なのかもしれないが、やれと言って出来る芸当ではない。
セリアの蹴りが防御する間もなくエイドロンの胴に突き刺さると、反対側の壁まで吹き飛ぶ。無造作に右手を横に伸ばすと、いつの間にセリアの右手には漆黒の刀身を成した一振の刀が握られていた。
銘を《スサノヲ》、セリアが操る武器の第二形態である。
セリアの身体がふっと消えると、エイドロンの眼前に現れる。《スサノヲ》の特性なのか、セリアの動きは普段の数倍の高速戦闘が可能となる。
セリアの一撃を受けたエイドロンの刀は既に元通りに復元されていた。
『テトラ、ラクス。三人を頼む。アルジェントにはエリクサーを使用してかまわない。』
『りょうかい。あるじ~。』
戦闘を繰り広げる中、テトラとラクスに指示を出すとセリアは眼の前と敵、エイドロンに集中する。
エイドロンの一撃の強さ、反応速度は驚嘆に値した。そもそも戦いの最中で自己学習し、自身の能力を向上させていくシステム。そんな物を作り上げた技術が存在する事が脅威以外に何者でもない。
だがそれにも限界という物があった。繰り返し切り結ぶ戦闘の中でエイドロンの性能は頭打ちになっていた。むしろ学習していく中で身体が追従出来なくなっていた。
距離を取ったエイドロンが刀を一閃すると、セリアの周囲に無数のエーテルの花びらが舞う。
「同じ技を何度も・・・それも本家の眼の前で・・・」
セリアは静かに刀を鞘に納めると、抜刀の構えを取る。舞う花びらがセリアに襲い掛かる刹那、セリアの身体が静かにその場から消える。そしてその姿はエイドロンの背後に。
核事切断されたエイドロンは静かにその場で崩れ落ちる。
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