第六十七羽. 球体の悪夢
光の柱がセリア達を包み込むと周囲の空間がゆっくりと反転し始める。地面を踏みしめている感覚が確かに足にはある。それでは下上がなくなったかのような浮遊感を身体が覚え、胸がくすぐったくなるのを感じた。
セリアはふわりと宙に舞ったような錯覚に襲われた。筋肉の緊張も消え、ただ存在だけが漂っている感覚に陥った。
だが、それも一瞬の事で地面を踏みしめたセリアの両足に急激に体重がのしかかる。遅れて錯覚に囚われていた脳が覚醒する。重力が一気に戻り全身を下へ引きずるような感覚に脳が、脊髄が痺れる感覚に一瞬セリアは顔をしかめる。
同時に、眼前の光が晴れ、第二層がその姿を現す。
一歩踏み出すセリアの足元が水面のように微かに波打つ。だがそこに液体らしき物は存在せず、研ぎ澄まされた鏡のような素材で構成されていた。それは床だけでなくこの空間を構成する天井、壁にいたる全てが同じであった。
そして中央には沈黙を守る球体型の何かが静かに浮かんでいた。
明らかにただの球体。
しかし、直系4メートル程の球体の表面には幾千の術式が編み込まれ、まるで呼吸するかのように淡く明滅している。
「・・・あれが、この階層の防衛機構?」
「|自律制御型魔装防衛装置。コードネーム:ミラージュを起動。」
無機質な声が空間内に響き渡った直後、目の前の球体が微かに赤く光る。
「・・・コードネーム:ミラージュ、起動完了。敵正反応を確認。排除行動に移行。」
次は目の前の球体から無機質な声が響く。その直後、球体全体が赤く発光し回転し始める。
「来るぞっ」
セリアが叫ぶや否や、回転するミラージュの表面から紅蓮の魔弾が星の如く無数に放たれた。そこには照準を定めるという行為もなく、前後左右、上に下とまさしく全方位に魔弾が射出される。
アルジェントはリュカとフレイアの前に出ると全面に盾を構える。さらにラクスがアルジェントを含めて防御結界を展開する。
視界を埋め尽くす魔弾の中をセリアが影のように滑る。魔弾の合間を縫い宙を駆けるセリアの手に光が集まる。
「サンダーボルトッ!」
轟音と共に電撃が奔る。
セリアの掌から放たれた稲光は、光の帯となって魔弾を飲み込みながらミラージュを直撃する。
火花が走り、ミラージュの回転が一瞬遅くなる。
「まったく、鬱陶しくてかなわんのじゃっ。」
メルディナが手をかざすと青白いエーテルが集まり氷で出来た槍が幾重にも形作られる。氷槍は青白い光の筋を宙に残し魔弾の狭間を縫って疾走する。
鋭利な氷槍が一直線にミラージュを撃ち抜いた。ミラージュの表目に霜が広がり、高速に回転していたミラージュが停止し、微動だにしなくなる。
「よしっ!」
エルヴィンが思わず声を上げる。
セリアも《ツクヨミ》を握ったまま警戒しつつも、僅かに肩の力を抜く。
「今回は楽勝だったねっ。」
アヤメが完全に警戒を解いた、その時。
再びミラージュの表面に微かに光が走る。
広がっていた氷の霜が、音もなく弾けて霧散していく。氷槍もまるで最初から存在しなかったかのように消失する。
穿たれていた傷口が液体金属のように流動し始め、細胞が傷口を塞ぐように覆い始める。
そして、わずか数秒で復元を果たす。
「・・・自己修復機能か、厄介だな。」
セリアが低く呟く。
「復元完了。損傷率6%。戦術プロトコル・再展開。殲滅行動を再開。」
ミラージュは再び無機の殺意を振り撒き始める。
「今度は本当に沈黙させてやるっ。」
右手を掲げるアヤメの掌にはすでに一筋の炎が凝縮されていた。
「フレイムバレットッ!」
アヤメの掌から放たれた炎の弾はうねり、宙を駆けミラージュを襲う。着弾と同時に激しい爆音と爆炎がミラージュを包み込む。
セリアの目には着弾とほぼ同時に赤いフィールドのような物がミラージュの表面に浮き上がったのが見えた。
「まさか・・・。」
セリアが気付くより早く、巻き上がる爆風の中心から逆流するように火線が走る。撃ち込んだはずのフレイムバレットが、まるで反射鏡のようにそのままの軌道でアヤメへ跳ね返ってくる。
「まずっ・・・。」
ーーー回避が間に合わないっ。直撃する・・・。
アヤメに直撃する刹那、黒い影が割り込み炎弾が二つに裂かれた。割って入ったのはヴェイン。短剣を交差させ火球の中心を正確に断ち切る。
爆裂と火花が弾ける中、ヴェインは言葉もなくそのままミラージュへ跳びかかる。ヴェインは影のごとき疾走でミラージュ本体へ到達し、二筋の鋭い剣閃が走る。
金属と刃のぶつかり合う音が戦場に響いたが、ミラージュの表面には傷一つ無かった。ヴェインの動きに合わせて地を蹴っていたセリアは、ヴェインの攻撃からわずか数呼吸後、《ツクヨミ》が弧を描いて一閃する。
重く鈍い衝撃音と共に《ツクヨミ》の刃がミラージュの表層を抉った。そこから《ツクヨミ》の連撃がミラージュの表層が次々と抉っていくが、表層が青白く光り出すと、ヴェインの攻撃と同様に《ツクヨミ》の刃が弾かれた。
セリアには確認したいことがあった。ヴェインの攻撃が弾かれた直後に、ミラージュの表面が一瞬青白く光り元の赤い発光に戻らなかった事をセリアの瞳が捉えていた。
自身の攻撃が弾かれたセリアは一旦後方へ飛びのく。着地と同時にミラージュに向かって攻撃を仕掛ける。
「フロストバレット」
セリアの掌に青白い光が集まり中心部には冷気が圧縮された光点が生まる。そこから氷晶の弾丸が成形され、宙い幾重の筋を描きミラージュを襲う。
着弾と同時に青白いフィールドのような物がミラージュの表面に浮き上がり、逆再生しているかのように氷弾がセリアに襲い掛かる。それを予期していたセリアは迫りくる氷弾の雨を全てを《ツクヨミ》で切り伏せる。
「なるほど・・・。」
まだ情報が足りないため予測の範疇を出ないが、それでもセリアには確信があった。属性はしばしば色に例えられる。火属性なら赤、風属性なら緑といった具合に。ミラージュの表面が常に帯びている色は現状の属性を示し、一瞬だけ帯びる色は切り替わる属性を示す事。そして属性が切り替わるほんの数秒物理攻撃が有効にになる事を。
「ヴェインは私の指示があるまで回避に専念、他は氷属性以外の魔法で攻撃しろっ。」
セリアの指示にメルディナは風属性の魔法を、アヤメは火属性を、アルジェントは光属性の魔法で即座に対応する。
「エアリアル」
放たれた風刃は、音もなくミラージュの表層を切り裂く。
「フレイムジャベリン」
高熱の炎が凝縮された槍が、ミラージュの表層に焦げた裂傷を作る。
「ルクスレイ」
無数の光線が扇状に放たれ、メルディナ、アヤメが作った傷をさらに深くえぐる。
アルジェントの魔法が直撃した直後にミラージュの表面が一瞬淡く緑に光る。
「ヴェイン、私にタイミングを合わせろっ」
「おぅっ。」
駆け出すセリアに合わせてヴェインもミラージュに向かって駆け出す。ミラージュの表面から色が消えた。
「いまだっ。」
ヴェインの双剣が幾重に閃き、ミラージュの表層を抉り続ける。それと同時に《ツクヨミ》が翻り、ミラージュの中層にまで刃を届かせる。
ーーー2・・・1・・・0。
セリアのカウントが0になったのと同時にヴェインとセリアの攻撃が弾かれる。
『マスター、物理攻撃の有効時間に差異はありません。2秒間物理攻撃は有効です。次の属性は風と推察されます。』
「サンダージャベリン」
セリアの周囲を雷光が舞い始め雷の奔流が凝縮されていく。凝縮された雷光は槍を形作り、空気を裂く高音を残してミラージュへと直進する。
空間ごと貫くような雷槍がミラージュを貫き、それはコア近くにまで及んだ。その衝撃でミラージュの回転速度が著しく低下していく。
「次は風属性以外だっ。」
支持を出し自身も攻撃に移ろうとしたその時、セリアの真上に淡い緑色した球体が浮かび上がある。
「こ・・・。」
言葉が出る前にセリアの身体が反応する。セリアが飛び退くと、緑の球体を中心として半径5メートルが風属性の魔法で塗り潰される。緑の球体はセリアの後を追うように次々と出現する。
ミラージュはセリアの行動を観測し解析し、最優先殲滅対象として位置付けていた。緑の球体よる範囲攻撃を全て回避したセリア。セリアが回避している最中、ミラージュはただ一点、セリアへと照準を合わせていた。
ーーー誘導されたっ。
回避した先はミラージュの攻撃の射線軸であった。表面が窪み、そこにエネルギーを収束させていた。セリアが回避不可能と思われる着地した瞬間を狙い球体中央が眩く輝き、そこから白金色の直線光が走りセリアを飲み込んでいく。
「セリアねぇっ!」
「セリア様っ!」
「セリアッ!」
「ママッ!」
地面を一直線に焼き裂く中、セリアの名が戦場に響き渡る。
光が収まり直線状の焼け跡のすぐ横に熱風で銀髪を揺らすセリアの姿を見つける。
「よかったぁ。」
「ヒヤッとしのじゃっ。」
安堵す声がセリアの耳に届いた。
ーーー・・・狙ったきたか。着地の瞬間を。
ミラージュの攻撃予測、その威力にセリアの緊張がさらに高まっていた。
◇◇◇◇◇◇
セリアの的確な指揮によって仲間たちが連携した結果、セリア達は確実にミラージュを追い詰めていた。
戦いの中でセリアはミラージュの攻撃パターンを掴んでいた。まずミラージュの特徴として複数の属性に変化すること。基本的に物理攻撃が無効であること。属性は一定周期で変化し、属性が変わる2秒間は物理攻撃が可能となること。
ミラージュの攻撃方法が3パターンであること。1つ目、ミラージュの表面から全方向に向けて魔弾を放出。これはその時の属性を反映したものになり、これを全方位魔弾と名づけた。2つ目、浮かび上がる球体を中心とした半径5メートルの空間が属性魔法によって埋め尽くされる。これを爆魔球と名付け、最後にエネルギーを一点に収束して放つ集束砲撃
自己修復も遅延し反応速度にも明らかな間が生じ始める。
ーーーこのまま行けばっ。
セリアがそう思ったその刹那。
ミラージュの回転が突如として停止する。
「損傷率67%、戦闘プロトコルをフェース2に移行。戦闘評価に共に最適化を実施。」
流れる無機質な音声と共にミラージュの表面が揺らぎ波打ち始める。流動性と粘性が織りなす不可思議な光景にセリア達は目を奪われる。
膨張したかと思えば、次の瞬間、強く収縮する。うねり、振動、膨張と圧縮を繰り返し、自身の身体を再構成するかのように変化を遂げていく。
表面の波打ちはぴたりと止まり、最終的に元のサイズの、およそ三分の二までに圧縮された球体はより滑らかさを増し、その姿は美しいとさえ思える程だった。
「最適化完了。殲滅行動を再開。」
静寂の中、音声の終了と共に球体がゆっくりと再浮上したミラージュの表面に幾何学模様が浮かび上がり、明確な殺意が空間を満たし始める。
◇◇◇◇◇◇
ミラージュの表面が淡い紫色に発光する。
ーーー次は雷属性かっ。
「雷属性以外で攻撃」
セリアの指示が終わるより早くミラージュは全方位魔弾を開始する。放たれる魔弾の速度が上がり、放たれる数も大幅に増えていた。さらに爆魔球が複数同時に現れた。今まで時間差で複数出現することはあったが、同時に出現するのは初めてのケースであった。
この二つの攻撃を対処したセリアは集束砲撃が三方向に向けて発射されるのを目の当たりする。
「くっ・・・速いっ。」
ミラージュの魔弾は疾風怒濤のように襲いかかり、爆魔球は時間差で誘導されるように現れる。さらには三方向の集束砲撃が、着地と同時を狙って照準を合わせてきた。ミラージュの絶え間なく続く攻撃にセリアの指示が次第に遅れ始める。
リュカとフレイア、そしてエルヴィンの護衛をしてる従魔組はラクスの防御結界で被害は最小限に抑えられているが、集束砲撃の矛先が従魔組に向かえば防ぐのは難しいだろう。
「アヤメ、左上からボム! メルディナ、後退して援護!」
言い終えるより早く、ミラージュの次の攻撃が重なる。セリアの目と声は追い付いても、仲間の身体は間に合わない。
戦場は明らかに乱れていた。各個の力は強くとも連携がイメージ通りに取れない。情報伝達の遅延が命取りになる場面だった。
ーーー間に合わない・・・。
思考を巡らせていたセリアを突如アクシデントが襲う。戦闘中に念話による補助を絶えず行っていた《オモイカネ》の声が突然途絶える。
『・・・《オモイカネ》、応答しろっ』
セリアの呼びかけにも応じず、ただ沈黙だけが流れていく。
その数秒後、聴きなれた声が響いく。
『一定の経験により新たな機能を解放。解放機能:戦律連環。』
ーーー・・・戦律連環?
『現状を打破するため、解放機能:戦律連環の使用を提言。』
その聞き覚えのない単語に疑問を抱いていたが、セリアの直感が囁き始めた。戦律連環を使えと・・・。
『・・・許可する。《オモイカネ》、任せるっ。』
『個体名:アルジェント、アヤメ、ヴェイン、メルディナ、および各従魔との接続完了。戦律連環起動。』
次の瞬間、セリアは頭蓋の内側に冷たい光が差し込むような感覚を覚える。目の前の戦場が俯瞰図のように広り、敵味方の位置、《オモイカネ》の演算による予測が脳に直接流れ込んでくる。
戦律連環によって繋がった対象が、どう行動し、その結果どうなるのか、そして敵の行動が、その全てがリアルタイムでフィードバックされる。
「これが・・・戦律連環・・・。」
セリアの呟きに失われていた連携が蘇る。初めての発動にして、戦況を支配し反転させる可能性の獣が、今、牙を剥いた。
戦律連環は戦場に想像以上の進化をもたらす。リアルタイムに接続された意思と情報はセリア達庭園をひとつの生命体のような有機的な連携を実現させる。
まさに理想的な戦場制御を戦律連環は実現していた。そしてミラージュを確実に追い詰めていた。
・・・しかし。
「っ頭が・・・。」
アヤメが口元を押さえ片膝を着き、ヴェインも動きが鈍り口元を歪めながらも耐え凌ぐ。
「このままでは・・・。」
アルジェントの視界が揺れ動き、盾を維持するのが精一杯になっていた。
『アヤメ、ヴェイン、アルジェント。三名の神経伝達に遅延。脳への高負荷により視覚処理に乱れ、反応速度低下が発生。これ以上の戦律連環の維持は危険を伴います。』
ーーー流石にこれ以上は・・・。
『《オモイカネ》。戦律連環、強制解除。』
『了解。戦術連環、緊急遮断処理、開始』
強制解除によりアヤメ、ヴェイン、アルジェントはその場で倒れる。メルディナはまだまだ余裕がありそうな顔をセリアに向ける。
「ここまで紡いできたものを、私が・・・。」
静かに右手を上げ《ツクヨミ》を構える。
エーテルが集束し、戦いの終焉を告げる舞の準備が始まる。
「影技・捌ノ型 八閃幻舞っ!」
蒼き花びらが咲き乱れ宙を舞い、まるで舞い踊る幻影の如く軌道を描きミラージュに襲い掛かる。無数の花びらがミラージュの表層を削り、最後的にミラージュの中心核を穿つ。
ミラージュに死を告げると同時に蒼き花びらも散り消える。
すべては・・・幻のように・・・。
中心核の破壊により、核を覆ていた金属が液体のように流れだし、ミラージュはここに完全沈黙した。
「ふぅ・・・やっと終わったっ」
セリアはそう呟き《ツクヨミ》をストレージへと格納すると、倒れたアヤメの下に駆け寄る。
『意識を失っているだけで、アルジェント、アヤメ、ヴェインの三名に異常は見当たりません。』
《オモイカネ》の報告に一安心するとセリアは従魔組に声を掛ける。
「イロハとメルはアルジェントを、エルヴィンさんとテトラはヴェインをこっちに。」
倒れた三人を一か所に集めると、セリアも地に座り込む。
「流石のおぬしも疲れたようじゃな。」
「確かに・・・しんどい。」
隣りに座り込むメルディナを見ながら、苦笑と共に答えるセリア。
「ママ・・・大丈夫?」
そこには心配そうにセリアを見つめるリュカとフレイアの姿があった。
「大丈夫、少し疲れただけだっ。」
セリアの言葉に安心したふたりから笑顔が漏れる。そんなふたり見てるとセリアとメルディナは疲れも吹き飛ぶように思えた。
そんな時、奥で空間の一点が歪む。青白い円環が回転しながら浮かび上がり、淡く輝く転移門が、静かに無言で次の道を示す。
だが・・・。
「・・・今は見たくない。少し、休んでからだ。」
セリアは門を一瞥すると、静かにそう告げた。
「同感なのじゃっ。」
メルディナも苦笑しながら答えた。
「あ、あの・・・お休みのところ悪いんだけど・・・セリアちゃん・・・。」
エルヴィンがばつの悪そうな顔でセリアに話しかける。
「ミラージュの回収ですか。」
「お願いできるかな・・・。」
「分かりました。一休みしたらやっておきます。」
「セリアちゃんっ。ありがとうっ!」
セリアの言葉にこ踊りするようにはしゃぐエルヴィン。
そんなエルヴィンを苦笑交じりで眺めていたセリアの髪がそっと揺れる。
吹くはずの無い微かな風が、まるで「よくやった」と囁くように・・・。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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