第十四羽. 殲滅戦
『アル、テトラ、行動を開始する。身体の調子はどうだ?』
常世の森の奥深く。
湿り気を帯びた空気の中で、セリアは視線だけを前方に固定したまま問いを投げた。茂みの向こう、木々の隙間からは、影の群れが断片的に見えている。
ゴブリンとオーク。
三百五十五体の魔物の群れは、足踏み一つ、視線の揺れ一つない。不自然な程に身動き一つせず、森の奥で沈黙していた。
『問題ありません。』
即答だった。
アルジェントの声に、微塵の迷いもない。
『テトラもだいじょうぶ!』
アルジェントとは対照的に、テトラの声は陽気で軽い。アルジェントとテトラは、この僅かな休憩で十分にエーテルを整え終えていた。
『私が範囲魔法で牽制する。初撃で隊列を崩す。その後・・・アルが左から、テトラは右から強襲だ。』
簡潔な指示。
戦闘が始まれば、言葉を交わす余裕などない。
セリアの指示に了解の意を示すアルジェントとテトラ。二人からの返事を確認すると、セリアは一歩、前へ踏み出した。隠れていた茂みから飛び出し、遮蔽物を抜ける。
エーテルが即座に展開され、空中に複数の魔法陣が浮かび上がる。円環は連動するように回転し、内部に凝縮された熱量が限界まで高められていく。
「フレイム・ジャベリン!」
解放と同時に、炎が槍の形を成して撃ち出された。赤熱した投射体が空気を裂き、宙に赤い軌跡を描いて轟音とともに魔物の集団へと降り注ぐ。
着弾。
爆ぜる炎と衝撃波が、ゴブリンとオークの群れをまとめて吹き飛ばした。その瞬間を合図に、左右から二つの影が躍り出る。
アルジェントとテトラが、迷いなく分かれ、敵陣へ突入していった。
セリアもまた、動く。
ストレージから《ツクヨミ》を引き抜くと、刃を回転させながら戦場へ身を投じた。殲滅戦の幕が、静かに、そして確実に切って落とされた。
◇◇◇◇◇◇
Side:アルジェント
「シェルストロマ」
淡い光の膜がアルジェントの全身を覆った。
接敵までの間に一定量のダメージを防ぐ防御障壁を展開する。その感触を一瞬で把握すると、さらに速度を上げる。
そのまま敵陣へと、一直線に突入していく。
標的との距離が潰れた刹那、アルジェントは急制動をかける。踏み込みの勢いを殺さず、そのまま盾を前に突き出す。
「シールドバッシュッ!」
鈍く重い衝撃音。
複数の魔物が同時に吹き飛ばされ宙を舞い、骨の砕ける感触が盾越しにアルジェントの腕に伝わる。醜く押し潰される魔物たちは地に落ちる前に絶命し肉塊と化していく。
アルジェントの足は止まることを知らず、次の踏み込みと同時に剣に意識を集中する。一瞬にして刀身がエーテルの輝きで満たされる。
さらにもう一歩踏み込むのと同時に、水平に振り抜く。
「ソニック・ブレイドッ!」
解き放たれたエーテルは刃となり、進行方向に立ち並ぶ魔物を次々と両断していく。殲滅速度を上げながら、次々と標的に踏み込み続けるアルジェント。崩れ落ちる気配を背後に感じながら、一心不乱に剣を振り続ける。
周囲から敵影が粗方消えたその時、アルジェントの身体が無意識に反応した。死角から叩き込まれた衝撃を盾で受け止める。
凄まじく重い一撃。
アルジェントの身体が浮き上がり、そのまま数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる。即座に体勢を立て直し、顔を上げる。視線の先に立っていたのは、常軌を逸した巨躯のオーク。
王の名を冠するオーク。
アルジェントを見据えるその瞳からは、一切の感情が読み取れない。
怒りも、憎悪も、戦意すらも。
瞳だけでなく、表情もまるで固まっているかのように変わることが無かった。
思い返せば、これまで倒した魔物も同様であった。本来であれば戦いによる高揚感や、同族を殺された事による怒りといった感情。
戦場にあって然るべき感情の揺れが、何処にも存在しない。
ーーー異常だ・・・。
アルジェントは抱いた感想とともに、得体の知れない何かを感じ取り、背筋に冷たいものが走る。その感覚がアルジェントの身体を、ほんの僅かな一瞬、硬直させる。
その僅かな一瞬、オークキングは、その巨体から想像できない速さで距離を詰めてきた。手に持つ巨大な棍棒が唸りを上げながら振り下ろされる。
その攻撃をかろうじて盾でいなす。
一撃、二撃とさらなる攻撃がアルジェントを襲う。致命にこそ至らないが、その衝撃は重く苛烈。絶え間なく降り注ぐ攻撃はアルジェントに反撃する隙を与えない。
それでも、アルジェントは退くことなく、耐え続ける。
ーーー私はセリア様の剣であり、そして・・・盾。この程度の敵に臆しているわけには・・・いかないっ。
大振りになったオークキングの攻撃に合わせるように、その強い思いと共に迎え撃つアルジェント。
踏み込み、真っ正面から力をぶつける。
アルジェントのシールドバッシュが、棍棒と激突。
一瞬の拮抗。
体勢を崩したオークキングの姿を視界にしっかりと捉え、その隙を見逃さずアルジェントは全てエーテルを剣へと注ぎ込む。そして、自身が持てる最大出力の攻撃をオークキングに向けて放つ。
「ブレイド・オブ・ジャッジメントッ!」
オークキングを囲むように一瞬、地面が輝く。
次の瞬間。
剣の形を模した無数のエーテルの刃が噴き上がり、逃げ場を塞ぐようにオークキングを貫いた。王の名を冠する巨躯のオークが崩れ落ち、完全に沈黙した。
◇◇◇◇◇◇
Side:テトラ
魔物の集団に対して一定の距離まで詰めた瞬間、テトラは迷いなく攻撃に転じた。
『フレイム・バレット!』
炎弾が連続して撃ち出される。一発一発の威力は低いが、速射砲のように間隔はほぼ皆無。まるで空間そのものを蹂躙するように辺り一帯を焼き尽くしていく。
弾幕を辛うじて潜り抜け、強引に距離を詰めた魔物は、別の手段で即座に命を失っていく。テトラから伸びる半透明の触手が、魔物を貫き、引き裂いていく。
本来ならば、恐怖と混乱に満ちた地獄絵図。魔物にとっては悪夢以外の何者でもないだろう。だが、倒れていく魔物たちの表情に、感情の揺れは一切なかった。
倒れゆく魔物の中に、それを理解する心そのものが、欠落している。
多少なりとも、その違和感をテトラは感じていた。だが、そんなことは、テトラにとって些末なことだった。重要なことは、主であるセリアの、そして自分の前に立ちはだかっているという事実だけ。
軽やかに飛び跳ね、敵陣を縦横無尽に蹂躙していくテトラ。
常に位置を変え、空中で身体をひねり、着地と同時に次の魔法を放つ。魔法と触手が同時に機能するその動きは、攻撃と回避の境界を消し去っていた。
そして、テトラの眼前には一匹のゴブリンが立ちはだかる。
周囲のゴブリンとは明らかに異なる圧を纏い、王の名を冠する存在。
『フレイム・バレット』
炎弾の速射。
だが、炎弾の大半がゴブリンキングによって弾かれる。命中したとしても、さほどのダメージも与えていなかった。
テトラの速さ、回避はゴブリンキングをはるかに上回り、ゴブリンキングの攻撃がテトラを捉える事はない。一方で、テトラも相手を制するだけの攻撃が無いのも事実であった。
両者の間である種の均衡が生じていた。
そんな中、テトラは次の一手に出る。
四体の分裂体を作ると、ゴブリンキングの四方を囲むように配置する。
炎、氷、土、風。
それぞれ異なる属性のバレットが、絶え間なく放たれる。それは、倒すためではなく、ゴブリンキングの足を止めるための攻撃。
その隙に、本体のテトラは後方で静止する。エーテルの流れを絞り込み充填していく。一点へと圧縮されたエーテルがテトラの中で輝き出す。
そして準備が整ったテトラ本体は、分裂体に下がるように指示を出す。だが、分裂体は動かない。それどころか、ゴブリンキングとの距離を詰め、取り付き絡まり出した。
一瞬の驚きと戸惑い。
だが、意図を悟る。ゴブリンキングに狙いを定め、テトラは大きく口を開く。
『・・・元素砲!!!』
放たれた渾身の一撃は、四属性が混じり合いながら眩い軌跡を描き、一直線に突き進む。
着弾と同時に眩い閃光と衝撃が重なり、空間そのものが歪む。分裂体もろとも、ゴブリンキングの姿は消滅し、後に残ったのは、焼き焦げた地面と、わずかな余熱だけだった。
◇◇◇◇◇◇
Side:セリア
『残敵数:二〇七』
初撃で、百五十体近くを屠った。
敵陣へと駆け出すセリアに、《オモイカネ》の淡々とした報告が響く。視界の先、なおも押し寄せてくる魔物の波を捉え、セリアは即座に次の行動に移る。
「フレイム・バレット」
前方へ向けて放たれた炎弾が、散弾のようにばらまかれる。遠距離から迫る敵を制圧していく。そして、魔法の隙間を縫って突っ込んでくる個体には、抜き去り際に《ツクヨミ》の刃が一閃する。
混戦の只中。
敵の密度が最も高い場所を、セリアは縫うように進んでいく。倒れ伏した魔物の骸だけが、セリアの背後に残されていた。
その動きは流れるようで、無駄がなく、まるで舞っているかのようであった。仮に観客がいれば、喝采を送っていたかもしれない。
アルジェントとテトラの殲滅速度も、同ランクの冒険者に比べれば破格だ。だが、セリアの殲滅速度は、その比では無かった。
そもそも、比較の対象にならない程に圧倒的だった。
『残敵数:九一』
当初から、アルジェントとテトラに王の相手を任せるつもりでいた。だが残敵数を考えると少々荷が重いとも感じていた。
ーーー少々、時間をかけ過ぎるな・・・。
一瞬だけ考えを巡らせると、即座に行動に移す。
ーーーここは、一気に片を付けるっ。
セリアは後方へと跳び退り、敵との距離を意図的に開けた。
『王、将軍を除外。その他全ての個体をロックオン!』
セリアからの指示に対して《オモイカネ》は、即座に応答する。脳内に簡易地図が展開され、戦闘区域全体が俯瞰で把握される。無数の赤点、ロックオンされた魔物の位置が、正確に示されていた。
「フォトン・レイ」
魔法陣から放出された無数の光線は、ロックオンした敵に向かい空を駆けた。白い軌跡を描き、ロックオンされた敵へと一直線に突き進む。
回避は不可能。
その正確無比な閃光が、魔物の命を次々と奪い去っていく。
一瞬の静寂。
『残存個体数:四』
今現在、この戦場で生存している魔物の数。
アルジェントに立ちはだかるオークキング。
テトラには、ゴブリンキング。
そして、セリアの正面には、オークジェネラルとゴブリンジェネラルの二体。
《ツクヨミ》を回転させ、構え直すと、地を蹴るセリア。加速し続けるセリアと二体のジェネラルとの距離が、あっと言う間に縮まる。
戦いの結末は、あまりにもあっけない。
二体のジェネラルは迎撃の構えを取る間もなく、セリアにその命を刈り取られた。
「さて・・・アル、テトラの戦いを、ゆっくりと観戦するかっ!」
観戦しながらセリアは、周囲に転がる魔物の死骸を可能な限り回収していく。そして回収をほぼ終えた頃、二つの戦闘も終結を迎えた。
セリアが見守る中、激戦を勝利で飾ったアルジェントとテトラが、セリアの下に駆け寄ってくる。そんな両者に対して回復薬を手渡し、短く労う。
「少し休もう。」
そう告げ、自身も腰を下ろす。そして、常世の森の奥地で、束の間の静寂が訪れた。
「この辺りを、少し調べてくる。」
しばしの休憩の後、そう告げてセリアが腰を上げた、その瞬間だった。
「騒がしいと思って出向いてみれば・・・。」
セリアの背後から、声が響いた。
誰も居るはずのない場所からの声。セリアは反射的に《ツクヨミ》を振り抜くが、斬撃には何の手応えもなかった。
「俺の玩具が全て消えているではないか。」
今度の声は、ダンジョンの入り口付近。
慌てて視線を向けると、そこには黒衣を纏った何者かが佇んでいた。声から男だと判断できる。だが、顔の部分が靄のようなもので識別が出来ない。
『《オモイカネ》、奴を鑑定できるか?』
『既に実施済みです。鑑定は不可。』
ーーー鑑定が不可・・・遮断系のスキルか?もしくは・・・それほどまでに実力に差が・・・。
目の前の存在に対して、セリアの中で嫌な予感だけが確実に膨れ上がっていく。
「まぁ、それ程、愛着があったわけでもないが・・・それなりに費やした。」
黒衣の男の顔が、セリアたちに向けられる。その瞬間、今まで感じたことの無い不気味な感覚を覚え、嫌な汗がセリアの背中を濡らす。それはアルジェントも同様であり、その顔には先程の戦闘以上に緊迫した表情を浮かべていた。
「紛い物共、お前らのその命で贖ってもらおう。」
ーーー紛い物?いったい何を・・・。
その言葉の意味を図りかねたセリア。だが、明確に黒衣の男が放つその言葉からは、侮蔑・差別の色が織り交ぜられていた。そこにセリアは、人族の亜人種に対するそれとは違う何かを感じ取っていた。
そう、もっと根本的に違う何かを。
しかし、答えに至る必要な情報が、根本的に欠如している。答えは、思考するまでもなく霧散する。
「・・・いきなり現れた相手に、はいそうですかと・・・差し出せるとでも?」
絞り出すように出したセリアの声。
「それでは・・・面白くないだろう。」
ひょうひょうと答える黒衣の男。
「俺自ら手を下してもいいが・・・俺も忙しい身だ。」
黒衣の男が指を鳴らす。
「こい、コクヨウ!」
隣に黒い靄のようなものが生じ、そこから一人の男が姿を現した。背丈はセリアと同程度。特徴的なのは、額から二本の角が生えていること。服装は和装に近く腰には刀を差している。
『個体名:コクヨウ。種族:鬼人』
即座に《オモイカネ》から鑑定結果がもたらされる。
そして、コクヨウは殲滅した魔物と同様に、虚ろな感情の無い目と表情をしていた。
「お前らの相手は此奴がする。」
黒衣の男が、コクヨウを一瞥する。
「・・・とはいえ、今の此奴では・・・。」
セリアに顔を向けると、何かを測るように一瞬、間を置く。
「倒せない、か・・・。」
一言呟き、黒衣の男はコクヨウの胸のあたりに人差し指を押し当てた。
「使い潰す事になるが・・・まぁ、仕方がない。」
恐ろしく冷たい声が、セリアの不安を掻き立てる。
「それに代わりはいくらでもいる。」
セリアの視界が、異変を捉える。
黒衣の男の指を通して、禍々しい何かが、確かにコクヨウの身体に移動していくのを。それは形も輪郭も持たず、黒い濁流のように流れ込んでいった。
そして用を終えた黒衣の男は、ダンジョンの入り口に向かい歩き始める。だが数歩進んだところで歩みを止め、振り返った。
「もし此奴を倒して俺の下まで辿り着けたら・・・。」
黒衣の男の言葉に一瞬の間が生まれる。
「多少の情報は与えてやるっ。足掻いて見せろ、紛い物共っ。」
嘲るような言葉を残し、再び歩を進める。その姿は次第に揺らぎ、蜃気楼のように消えて行った。
その直後。
「グッッッギグァガァァァァ!!!」
空気を震わせる程の絶叫が、響き渡る。コクヨウの全身の皮膚に、無数のひびが走る。瞬く間に亀裂が広がり、内側から何かが押し出されるように肉体が歪み始める。
目は赤く血走り、みるみるうちに身体が巨大化していく。骨が軋み、筋肉が膨張し、獣じみた荒く呼吸が、既に人から逸脱したことを示していた。
目の前で起こっている状況に危機感を抱いたセリアは、アルジェントとテトラの様子を探る。
ーーーこのままでは・・・アルとテトラが。
アルジェントは呼吸はまだ荒く、テトラも分裂体を失った影響が色濃く出ていた。アルジェントとテトラがまだ回復仕切っていないことは、セリアの目から見ても明らかだった。即座の判断で、アルジェントとテトラを伴って、短距離転移で少し距離を取る。
「アルとテトラは、ここで休んでてくれ。あいつの相手は私がやる。」
告げると短距離転移で戻るセリア。
そこには完全に変貌を遂げた鬼人族の青年がいた。もはやそれは、青年と呼ぶべき存在ではなくなっていた。
その身体はもとの体積の三倍に迫る巨躯へと変貌していた。肌の色は灰褐色へと変じ、表面には赤く血管のような筋が浮かび上がっている。その姿にはもとの面影は殆ど無く、額から突き出た二本の角だけが、辛うじて鬼人族であった事を物語っていた。
そして先程までとは打って変わり、獰猛で敵意を剥き出しにした眼差しが、一直線にセリアを射抜く。
『原理不明。個体名:コクヨウの魔物化を確認。』
『魔物化、だと』
《オモイカネ》の報告に驚きつつも、コクヨウの全身を視界に捉える。《ツクヨミ》を強く握りしめ、臨戦態勢を取るセリア。
次の瞬間、衝撃が、セリアの身体を打ち抜いた。数メートル吹き飛ばれ、セリアは地面を転がる。
戦闘は、セリアの予想だにしない形で、否応なく始まっていた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




