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「なにも知らないくせに…なにもわかっていないくせに…」


 ロレンソは1人、自身の研究室で爪を噛む。アランに言われたことを反芻していた。


 結局あの後、研究費に関しては今は払えないから待ってくれとなってしまった。


「わかっていないわかっていない…」


 こうしている間にも余所の研究所では研究員たちが研究を進めている。

 なのに自分は研究費が止まったせいで資材を用意できず、実験は止まったままだ。


「あり得ないあり得ないあり得ない……」


 ロレンソは焦る。

 研究の成果は一番最初に発表したものの総取りだ。遅れたものは対比実験、追走実験としてしか取り扱われず、名誉も特許も最初に発表したものだけのもの。たとえ一番最初に実験に着手していようがそれは変わらない。


「あーっ…また、また……」


 これまで何度もロレンソは余所の後塵を拝し続けてきた。ロレンソはそれを予算を出し渋っていたマルコに責任を押し付けている。


「今回は十分な予算が使え、あと少しのところまできていたと言うのに…」


 十分と呼ぶには過剰すぎるし、本当にあと少しかは神のみぞ知るところだが、少なくともロレンソはそう考えている。


「こんなところで…こんなことで……」


 アランのように自身の貯えを使えばいいと思われるかもしれないが、ロレンソは自身の貯えなどとうに研究につぎ込んでおり、すでにほとんど残っていなかった。


「どうして… 私は天才なんだっ!天才の私がどうしてこんなことで苦悩しなくてはならないんだっ!!」


 その自尊心がロレンソを魔法協会の研究所に入らせなかった理由だ。

 世界中すべての魔法使いが所属しているとも言われる魔法協会。その協会自身が運営する研究所、特に各国王都に存在するものは国内外から天才が集まり、その国最高峰のレベルとされている。

 しかしロレンソはそんな協会の研究所には入らなかった。なぜなら協会は年功序列だからだ。

 ロレンソはこの国で上位3人に位置する魔法使いであると自負している。だから上2人に直接指導されるのなら文句はない。

 だが協会は年功序列。協会の研究所に入れば自分より愚かな歳だけとった魔法使いのもと、彼の指示を仰いで彼の研究の助手をやらされる。

 それがロレンソには耐えられないことなのだ。


 もちろん研究所は他にもあり、魔法使いを支援している貴族の研究所もある。そういったところならたしかに自身で研究は出来るだろ。

 しかしそこではスポンサーである貴族に逆らえず、貴族の意向にあった研究しかできない。


 だからこそ、ロレンソは学園卒業後アーニエルへ帰り、いずれは領主となり、有り余る財産を使って好きに研究をしようとしていたのだ。


「ここまできた、ここまでこれた…なのにっ!!」


 ロレンソのように、自分はこの国でも5本の指に入る天才だと自負し、協会で他者の下につくのも貴族の意向に従うのも嫌う者は多い。そんな天才たちを集め、研究所を開き、今ではアーニエル学派と世に名が知れ渡るようにまで成長した。


 なのに……


 コンコン


「ロレンソ様、お客様がお見えです。」


 控えめなノックの後、メイドが声をかけた。


「…客?ですか、」


 今日は特に来客の予定はなかったはずだ。


「何でもご支援がしたいとか…」


「なんですとっ!?」


「は、はい。でも爵位も男爵と低く、風貌もそれほど…」


「すぐに客人を案内しなさい。」


「はっはい。」


 ロレンソの気迫に押され、メイドはパタパタと駆けていく。


 よかった。無知で愚かな家の者に邪魔をされましたが、世の中ちゃんと理解のある者もいるようですね。


 ロレンソは胸を撫で下ろす。


 ほどなく、件の客人がメイドに連れられてやってきた。


「へへへっ、お初にお目にかかりやす。あっしはヘロン。しがない男爵のあっしにお目通りくださりありがとうございやす。」


 ヘロンと名乗るヒョロガリの男は身なりは良いが明らかに服にきせられており、メイドが言い淀んでいたがたしかに風貌がどことなく胡散臭い。


「お気になさらず、…それより今回支援をいただけると聞きましたが……」


「へぇ、そりゃもちろんでさぁ。」


 そういうとヘロンは金貨袋を1つテーブルに置いた。

 ロレンソが使ってしまった額と比べれば大したことはないが、それでも今の研究を続けるには最低限十分な額だ。


「それでですね、あっしは魔導具関連の事業に新規参入を考えておりやして、今一番勢いのあるアーニエル学派、そして稀代の天才ロレンソ様に共同開発などご協力をいただけやしたら…」


「なるほど。」


 魔法の技術を物質化したのが魔導具といえる。すでに大手中堅出揃った魔導具事業に参入するのに近年知名度をぐんと伸ばしているアーニエル学派、そしてロレンソという箔はかなり有用だろう。


「わかりました。しかし私たちの研究優先でお願いします。」


「へへっ、そりゃもちろんでさぁ。そいじゃあこちらの契約書にサインを…」


 さらさらとロレンソはサインした。


「そいじゃああっしはこれで…」

「ロレンソ様っ!!」


 立ち去るヘロンと入れ替わるようにベンジャミンが飛び込んできた。


「…ベンジャミン、いったいなんの用ですか?」


「いえ、ご支援をいただいたと聞きまして… おおっこれはっ!?」


 ベンジャミンは金貨袋に手を伸ばす。しかしすんでのところ、引ったくるようにロレンソはそれを回収した。


「あの、ロレンソ様?」


「どういうつもりですか?これは私の研究費なのですよ?」


「ちょっ!?ロレンソ様!!?」


 当たり前のことを言っただけなのに、ベンジャミンは狼狽える。


「ロレンソ様は現在の財政状況をご存知なのでしょう!? 王家への献上品、つまり税の上納すら危うい状況なのですよ!!?」


「そんなの知りませんよ。あなたが何とかしなさい。」


「ちょっ!?ロレンソ様?ロレンソ様っ!!!」


 バタン


 ロレンソはベンジャミンを研究室から閉め出したのだった。

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