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「っっっつ……」
キリキリ痛む胃をベンジャミンはさする。
教会へ治療を受けに行きたいが、あいにくそんな暇はまったくない。
「……はぁ…」
そしてため息を吐く。それはベンジャミンのものだけでない。そこらかしこから、部屋にいる部下たちの口からも次々こぼれた。
ここにいるのは信頼出来る部下たちだったが、その数もずいぶん減ってしまった。
「あーーっ!!」
裏切られたことを思い出して思わず叫ぶ。
精神的に追い詰められベンジャミンはかなり情緒不安定になっていた。
憤りに任せて頭をかきむしれば、艶のなくなった髪の毛は指に絡まり抵抗なく抜け落ちる。
信用していたのに、信頼していたのに、部下たちは我先にと逃げたのだ。
逃げられるのならベンジャミンだって逃げ出したい。しかしベンジャミンは現在の地位を惜しんで逃げそびれたのだ。結果、マール伯やキナリス伯に怒鳴りつけられるところを多くの者に見られ、その後アーニエル領との断交は広く知れ渡っている。もはや、地位が低くなるどころか他の貴族はベンジャミンを雇ってくれすらしないだろう。
「ぐぎっぐぎぎぎぎ……」
ベンジャミンは歯噛みして部下たちを見る。
お前たちは裏切らないよな?逃げたりしないよな? そんな思いを込めた熱い視線であったが、部下たちはぷいと視線をそらしてしまう。
「きっ貴様らぁっ!」
「「ベンジャミンっ!!!!」」
ベンジャミンが怒鳴ると同時に、乱暴に扉が開け放たれ、アランとロレンソが乗り込んできた。
「こっ、これはアラン様にロレンソ様っ。えっと…本日はどういったご用件で?」
「どうもこうもあるかっ!騎士団員の給与の支払いが遅れているそうではないかっ!!」
「ええ、こちらも研究費の振り込みが遅れているそうです。…どういうことですか?」
燃え盛る炎のようなアランの怒気に、凍てつく氷のようなロレンソの怒気。2人の怒りに触れてベンジャミンは気圧されそうになる。
「あの、えっと…その…… ないのです。」
「ん?」
「その… お金がもうないのです。」
「「はぁ!?」」
ベンジャミンの告白に2人は驚きの声をあげた。
「ない!? ないとはどういうことだ??」
「えっと…… お二方、まずはこちらをご覧ください。」
そう言ってベンジャミンは2人を金庫まで案内する。実際に見せないと理解してもらえないことをアーニエル伯爵で学んだのだ。
ガチャリ
金庫の戸が開く重々しい音がベンジャミンには寒々しく感じられた。
「「なっ!?」」
ここにきて初めて現実を知るアランたちは驚愕する。
金庫いっぱいに貯まっていたはずの金貨はもはや1枚も残っていなかった。
「どっ…どういうことだ!!?」
「ええ、何があったのですか!??」
「それでは、こちらを…」
ベンジャミンは清書し直した帳簿と支出をまとめた資料を渡す。
「不明金に関しては現在人をやって前任者を捜索中です。…ですが大部分、いえ、ほぼ全て皆様が使ってしまった結果かと……」
開き直り、恨みがましくベンジャミンは言った。
「っ! アラン!!あなたが騎士団ごっこに余計な金を使いすぎたからでしょう!」
ロレンソがアランを非難し叫ぶ。
「騎士団ごっことはなんだ!!」
「そうでしょう!戦争でもないのに無駄に団員を増やしまくって!!さらになんです?銀翼騎士団でしたっけ??あんな総ミスリル装備の部隊なんに使うつもりなのですか??どうせ盗賊か野良モンスターの相手しかしないでしょう?」
その通りでしかない。
「ぐぎっ… おっお前こそどうなのだ!? お前のやっている研究ごっこはアーニエルになにももたらしていないではないか!!」
自覚はあるのか、アランも言い返せずに話をそらすようにロレンソを非難した。
「んなっ!? 研究とは目に見えない膨大な蓄積の上に成り立っているのです!華々しい成果はごく僅か、氷山の一角のようなものなのです!!そんなこともわからないのですか!!」
「ああ、わからんね!お前の研究ごっこは沈んでばかりで浮かんでいる氷山の一角すらないではないか??」
「んなっ!?そそそれはマルコのせいですよ!あいつがろくに研究費を渡さなかったからであって…」
「その結果がこれだろ!!成果も出さず散財ばかり…」
「うぐっ……」
ロレンソも自覚はあったのか押し黙る。
「それに研究がしたいのなら王都にある魔法協会の研究所にでも行けばいいじゃないかっ!??」
「なにも知らないくせに知ったようなことを言わないでください!あんな場所では私の才能が埋もれてしまいますっ!!」
「はっ! なんの成果もあげられていないのに才能とは…笑わせてくれるな!!」
「なんですとっ!!」
「なんだ?やるか!!?」
ロレンソが怒りに任せて組み付き、もはや2人は殴り合いの喧嘩を始めそうな勢いだ。
…はぁ……
現状のヤバさを理解してくれたのは良いが互いに原因を擦り付けあうばかり、それどころか『アーニエルの二雄』と称えられる2人が人目も憚らず罵りあうとは…
ベンジャミンは内心でため息を吐き捨てる。
「…お二方……」
「「っ!?」」
ベンジャミンの声にようやく周囲の目に気がついたのか、2人はばつが悪そうに離れた。
「ともあれ、このような状況なのでお支払いしたくてもできないのが現状でして……」
「…わかった。当面団員の給料については俺の蓄えの方から用立てよう。」
「っ!? ありがとうございます。」
アランの言葉にベンジャミンは思わず涙が出そうになる。
「それより… この件について父上はご存知なのか?」
ベンジャミン静かに首を横に振った。
「…やはり、か……」
支出をまとめた資料を見ればすぐにわかるだろう。
一番支出が多いのが王都の屋敷を改築しているアーニエル伯爵自身であり、最も支出の必要性が謎なのが伯爵と共にいるティアナだ。
「俺の方から一報… いや、きちんと知っていただくために帰領を求めようか?」
「っ!? ありがとうございますありがどうございまず……」
ベンジャミンではどうしようもなかった伯爵への対応をアランが申し出てくれたことで感極まり、ぼろぼろと涙を溢す。
「わっわかった。それでは必ず帰領いただけるよう善処しよう。」
「ずびっ、ぁりがどうございまじゅぅ。」
よかった。本当によかった。アランに引かれている気がするが本当によかった。こんな金庫を見ていただければ伯爵もようやく現実に目覚めるだろう。
「ちょっと待ってくださいっ!それでは私の研究費はどうなるのですか!?」
「…話を聞いていなかったのか?それくらい自分で何とかしろ。」
空気を読まないロレンソの発言に青筋立てつつアランは言う。
「はぁ? 不要な銀翼騎士団を解体したらいいじゃないですか?それで装備品を売り払えば少しはお金も出来るでしょう?」
「なんだとっ!!」
今度はアランがロレンソの胸ぐらを掴み、また殴り合いの喧嘩をしそうな空気となる。
「…はぁ……」
ベンジャミンは呆れ、再びため息を溢すのだった。
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