chapter16: 町人の協力と黒い噂
ヨナに連れられて俺たちはとある場所にやってきた。町から少し外れに小高い丘がある。その上によぼよぼなおじいさんがいた。
「ヨナ。この人は…… ?」
「すごーい人だよ!」
俺とノアは顔を見合わせて首をかしげる。
「ヨナちゃんから話は聞いているぞ。オレの力が必要なんだって。」
所々音が飛んでいるように聞こえる。にっこりと笑うと抜けた歯が印象的だ。その歯の隙間から息が漏れることで声が途切れてしまっているようだった。骨と皮だけの腕で力こぶを作って見せるが、風が吹けば折れてしまいそうなほどか細い。とても何かをお願いできる状態ではなかった。
「そうなんだよー。おじいちゃんの力を貸してほしいんだ。」
「ぐっ! ごほっ。がふっ。」
おじいさんが何かをしゃべろうとしたとき、急に咳き込みだした。喉を鳴らしたような音と共に口から血を噴き出した。
「だ、大丈夫ですか!?」
急な事態に一瞬の動揺はあったもののこの町ではありふれたことだ。すぐさま俺はおじいさんに駆け寄ると、聖救神愛を唱えながら背中をさする。
そう、俺の力でパスティーユの町の人々を治して回った。だが全員を完全に治すことはできなかった。なぜなら、この力も有限であったからだ。ファンタジー世界である時点で最初に気が付くべきだったが、魔力が足りないようで聖救神愛を使いすぎると倒れてしまうことがあった。
それに完全に治してしまうと失った腕を生やすことができるほどの力だ。アンナさんの助言もあり最低限治す方針になった。多くの命を救うことはできたと同時に多くの命を見捨てざるを得なかった。俺も人間だ。そうである以上限界がある。当初は悩んだが今は割り切れているつもりだ。それでも目の前で弱っている人を見るのはつらい。俺がなんとかできる範囲はあまりにも狭すぎた。
「あぁ。イリス様。ありがとう。さっきより幾分楽になったぞ。」
「それならよかったです。」
みるみる表情に生気を帯びていく。このぐらい治癒できれば当面は問題ないだろう。俺はほっと胸をなでおろした。いくら慣れたとは目の前で人が死ぬのは気分が悪い。
「これで2度目だな。オレを助けてくれたのは。まぁと言ってもイリス様は覚えてないだろうがな。数多いる患者の1人に過ぎないだろう。でもなぁ。オレたちは感謝してるんだ。こんなゴミの掃きだめのような町で、ヨナとイリス様が立ち上がってくれた。二人がいなけりゃオレは今頃死んでたし、ほかの奴らだって飢えて死ぬか、病で死ぬかの二択だったはずだ。それを変えてくれたんだ。」
枯れた声とは裏腹に力強く言った。こうやって感謝されることは素直に嬉しい。最近は頻繁に嬉しい言葉を投げかけてもらえて感無量だ。こういう言葉は何度言われても毎回新鮮な気持ちにさせてくれる。
「まぁ何が言いたいかっていうとだな。2人がやりたいことに賛同する人間はいっぱいいるってこだ。家を作りたいならその技術がある人間を、掃除をしたいってならそれができる人間をな。そして今ここには協力してくれる人たちが集まっている。あとは、2人が音頭をとってやればいいって話さ。」
おじいさんはそう言うと、背後にぞろぞろと人が集まってくる。いつからそこに居たのだろうか。気が付かないうちに大勢が集まっていた。丘の上に立つ俺たちと麓で見上げる人々の構図となった。
「ほら、みんなお前らの言葉を待っているみたいだぜ。」
ノアが言って俺たちを見る。俺もヨナも互いの顔を見て固まった。こんな大勢がいるとはヨナも思っていなかったらしい。俺も心の準備なしでこんな人前で何かを話すのは緊張するし、何を言っていいかわからない。
「なぁに、固まってんだ。お前らがやりたいことを言えばいいんだよ。」
「で、でも…… 伝え方だってあるだろうし。」
ノアが背中を押してくれるが、俺はプレゼンの時もレジュメがないとダメな人なんです!
ど、どうしよう。
「いいんだよ。細けぇことは。時には勢いってのも大事だぜ。特に集団をまとめる人間ってのは特にな。」
困惑したまま固まった俺にノアが肩を叩く。ハッとなって顔を見上げても足が震えていた。ふと、隣を見ればヨナも同じように強張った表情をしていた。やはり前世の年齢を加算してはるか年上な俺が先に何か言うべきだろう。そうわかっているが、身体が動いてくれない。
「みなさんっ! 」
管楽器の線を弾いたような綺麗で透き通った声が木霊する。声の主を見れば、震えた手をぎゅっと握りしめたヨナの姿がそこにあった。一歩ずつゆっくりと前に出ると、少しばかりの緊張に染まった音色で言う。
「今日は集まってくれてありがとう。みんさんにお願いがあるの!
みんなわかっていると思うけど、私たちの町は住みやすい環境ではないわ。食べる物は少ないし、病気になってもお医者さんもいない。家を持たない人もいるし、あっても雨風を防いでくれない。ずっとこのまま何もしなければきっと一生変わらないでしょう。
でもね。みんなが協力してくれればこの町はもっと良い町になっていくと私は信じてる。だから、どうか。みんなが安心して暮らせる家を作ってほしいの。それに、町のお掃除をしてほしい。」
うまいか下手か俺にはわからない。でも、ヨナの演説は町の人たちには届いたようだった。賛同する声があちこちから聞こえてくるのがその証拠だ。
「食事はヨナちゃんとイリス様が、病気やケガはイリス様が治してくれた。確かにこの町は以前よりだいぶ良くなったはずだ。あとは、家があればオレたちも安心して暮らしていけるだろう。そのためならオレは力を貸すぜ。」
俺たちの横にいたおじいさんが声を張り上げて言った。さっきまで吐血していた人物とは思えないほどの力強い言葉で騒がしかった周囲の音が鳴り止んだ。
「おおー! シルヴァさんがいるならすごいものが作れるぞ!! 」
「シルヴァさんってあの上で王家お抱えの建築家の? 」
「そうだよ。その人だよ! 」
おじいさんはシルヴァという名前のようで、どうやら有名人のようだった。そんな人が俺たちに賛同してくれたからこそ、周囲のみんなも先ほどまでとは違った盛り上がりを見せる。とはいえ、王家に所縁のある人物がなぜパスティーユにいるのか疑問は残るが、今は胸にそっとしまっておこう。
「でもよぉ。なんで町の掃除も必要なんだ? 」
町の人々の中からボソッとそんな声が聞こえた。それを皮切りにどんどんその疑問の声が広がっていく。ヨナを見るとなぜか俺の方を見ている。
ヨナと目が合ったときには、彼女の手に引かれていた。ヨナの横に移動するとみんなの視線が一気に集まった。横でヨナが俺を見つめている。その理由は俺が伝えろということのようだ。確かにこの話の発案者は俺だった。
「え、えぇーっと。この町は今とっても汚いです。みんな慣れてしまって気にしないようにしてますが、この臭いもこの町が汚いことが原因です。このまま不衛生な環境にいると病気にかかりやすくなってしまいます。病気になればもちろん私が治療します!
でも、限界があります。なので、病気になりにくい環境に、この町をしたいのです。協力して頂けないでしょうか。」
緊張すると早口になるし、声が震えてしまっているのが自分でもわかる。顔は熱いし、心臓がバクバクうるさい。
「やっぱりこんな伝え方じゃ、駄目かな。」
ぼそっと呟く。一通り思いのたけは伝えたけどみんなからの反応がなくて、不安になる。想像以上に反応がなくて自分の不出来さに嫌悪感が生まれ始めた。ヨナはしっかりとお話をしてみんなから賛同を得ていたのに、自分はなんでできないのかと。そう思い始めたとき、わーっと周囲のざわめきが大きくなった。
「イリス様のお考えだったのか。なら、納得だ。」
「汚いと病気になってしまうのね。知らなかった。やっぱりイリス様は物知りだわ。」
そんな声が聞こえ始めて一安心する。これでみんなが協力してくれるだろう。頭数さえ整えば大抵のことはどうにかなるものだ。
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環境改善に動き出してから数日が立った。進捗は順調だ。やはりマンパワーの力は偉大で、材木の収集班に建築班、掃除班の3班構成で奈落の環境を改善してもらっている。食料事情の改善の効果かみんな体力があるようで、瞬く間に数軒の家が建ち、一部の区画は上の町と遜色ないほど綺麗になった。
「ちょっと待って。ここの人たち化け物みたいな体力してないか。」
ここまでの流れの早さにノアがそう言った。
確かに以前は食料もない過酷な環境を生き抜いてきたのだ。その類まれなる適応力がこの状況を作っているのかもしれない。それにしても、作業ペースも団結力も異常な気がするが…… 。
「なんか町の人たちの連携もすごい統率がとれている気がするんだよね。
まぁ早いことは良いことなんだけどさぁ。」
ヨナも俺と同じことを思っていたようで、苦笑しながら町の人たちの作業を見守っている。2人がそういうのも無理はない。目の前の男の人なんてさっきまで森で木を切ってたのに、今は建築作業に没頭している。町と森の往復で1時間程度かかる。加えて、木材の運搬もあるのだ。普通そんな激務はできなだろう。
「あんまり無理をしてはダメですよ。ゆっくりやっていけばいいので。」
「イリス様。こんにちは! このぐらい全然余裕っす! あ、もちろん。疲れたら休むので大丈夫っす。」
一応こういう無謀な働き方をする人を見かけては声をかけてはいる。だが、みんな似たような反応で疲れた様子もなく働き続ける。奇妙な状況が続いていた。声をかけた男が仲間のもとに走っていく。
「なぁなぁ。イリス様に声かけてもらったっす。」
「なんだと! うらやましい。」
「なんか、一生懸命働いてると気にかけてもらえるらしいぞ。」
「まじかよ! まだまだ余裕あるし、もっと頑張ろう。」
嬉しそうに大声で話すものだからこっちまで会話が聞こえてくる。そういってもらえるのは嬉しいが、本人には聞こえないようにしろよな。恥ずかしいじゃないか!?
てか、お前ら休めって言ったのに余計に働くってなんなん。
「うーん。やっぱりおかしいよな。鍛えられた兵士でもこんなに働けないし。」
ノアがぶつぶつ言いながら思案にふけっている。気持ちはわかる。おそらくここにいる全員がこの状況に同じ疑問を持っているだろう。
「なんか体力お化けになる薬でも飲んだんじゃないかって働き方してるよねぇ。」
「まぁなんとなく原因はわかるんだが、なんでそうなるのかがよくわからないんだよなぁ。
それは追々考えれば良いか。一ついいか。」
原因に心当たりがあるなら教えてほしいものだ。そう思ったがノアの表情が急に険しくなったので言いそびれてしまう。
「なに? 」
「パスティーユに不穏な噂がある。と言っても、上の町の方でだがな。」
頭に?マークを浮かべていると続けて言った。
「この町の皇帝が今の奈落を作ったのは知っているな。その皇帝がここ最近戦争の準備をしているという噂がある。俺はその噂の真偽を確かめるためにここに来たんだ。」
「ここを作った…… ?」
言葉が頭に入ってこない。反芻するとノアが答えてくれた。
「なんだ知らないのか。てっきり奈落にいるから知っているのかと思ってたぜ。
元々奈落は貧しい場所だったが今ほど凄惨な環境ではなかったんだよ。こうなったのは今の皇帝になってからだ。」
今の皇帝は何を考えているんだ。そんな怒りが胸をちくりと刺した。その痛みが徐々に広がっていくのを感じる。
「で、だ。情報を持っている人間と話ができる状況が整ったからしばらくここを留守にすることになりそうだ。幸い奈落ではお前たちを知らない者はいないほど有名人だ。慕われていると言っていい。この中にいれば以前のような危険はまずないだろう。」
「もう会えないの? 」
俺たちの話を横で聞いていたヨナがそう言った。まるで今生の別れを伝えるようなそんな強い覚悟のようなものを感じたからかもしれない。それとも単なる直感がそう訴えているのか。ただならぬ雰囲気をノアから感じるのだった。
「いや、すぐに帰ってくるよ。
ただ、調べものには時間がかかるものだ。だから、念のため2人には伝えておこうと思ってな。
それと、俺が買っていたポーションだが、上の町に信用できる商人がいる。今後はその人と取引をしてくれ。」
その言葉を残してノアは上の町へと向かうのであった。
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それから3か月が過ぎて、奈落から悪臭はなくなり上の町と遜色のない綺麗な町となった。家も住人全員が住める場所を確保できた。計画は順調だったが、ノアはあの日以来戻ってこなかった。




