chapter15: 環境改善活動
ミルラの薬草をノアに売り、そのお金で食料を買った。食料は奈落のみんな行きわたるように、荷車を引いて毎日場所を変えて配り続けた。
半年も続けていれば奈落で俺たちを知らないものはいなくなったと思う。
町の様子は大分変った。例えば、路傍で蹲っていた人々は少なくなり、人々の表情も幾分明るくなったような気がする。かくいう自分も骨ばっていた体型にふっくら脂肪が乗ってぷにぷにになった。
断じて太ったわけではない! ガリガリだったのが、標準的な年相応の体型になったという感じだ。身長も少しずつ伸び始めて、段々幼女とは呼べなくなってきている。そう、小学校低学年ぐらいにはなっただろう。
もう、ょぅじょじゃないのだ。成長は喜ばしい。子供であるからこそ不便なことは多い。大人の姿なら舐められることは早々ないが、子供だと見下された状態からスタートである。所詮子供だろうと―― 。
大人と対等に渡り合うには、この姿では不都合がありすぎる。ヨナの夢を実現するためには、このパスティーユで権力を持つ大人たちと対等に話せる必要がある。だからこそ、早く大人になりたい気持ちはある。
ただ同時に不安もある。この身体で成長するということは―― 。そこまで考えて思考を振り払う。考えても仕方ないことだ。
俺の隣で食料を配給するヨナの四肢は、健康的な膨らみと筋肉が伺える。俺より成長が早いのか。寸胴ボディにほんの僅かだが起伏が出てきた。最近は、胸が痛いだの、しこりができたと相談にきては俺に触らせてくる。
困ったことに、膨らみかけの胸でもおっぱいはおっぱいだった。男としてそれに触れることに罪悪感でいっぱいだった。ヨナは俺が転生者で、元男だとは知らない。騙して純粋な少女に触れているようなそんな思いが脳裏を過るのだ。
それに、俺にも経験のないことだったので返答に困る。だからといって、ヨナもアンナさんには聞きにくい様子なので無下にするわけにもいかない。仕方ないので相談を受けた後にこっそりとアンナさんに相談すると、複雑な思いを混ぜたような表情で「そういう時期なんだよ。心配ない。」と言われる。そんなやり取りを最近は繰り返している。
今俺たちは奈落の中でも比較的開けた場所にいる。俺とヨナが配給を配り、もしも病人がいれば俺が治療する。ノアは荷車を押すのと俺たちの警護係である。雲一つない青空のもと、かれこれ数時間食料を配り続けている。だんだんと汗ばんだ肌に服がくっついて気持ち悪い。帰ったらお風呂に入りたい気持で一杯だった。そんなことを思っていると―― 。
「今日もイリス様とヨナちゃんはかわいいねぇ。」
「そ、そんなことないですよ。」
照れた様子でヨナが緊張した声でそう言った。その仕草で余計に人々から「綺麗だ」と賛辞が沸いて出る。
「もぉ、みんなでお世辞ばっかり言っておだててもごはんをいつも通りだからねっ! 」
誰が見ても照れ隠しとわかるような大きな声で言った。そんなヨナを見て可愛いものを見たとクスクス笑いが零れる。かく言う俺も頬がほころんでいるだろう。
「お二人とも直に絶世の美女になるでしょうね。さすがアンナ様の娘さんたちだわ。」
一度盛り上がり始めた話題はそうそう止まらないものだ。群衆の中から誰かが言った。その声が木霊するように俺とヨナの話題でさらに賑やかになる。
最近なぜか外見を褒められることが増えた。成長による変化のためか、栄養状態の改善によるものかはわからないが、俺たちに対するまわりの態度は大きく変化した。
「あっ、でもイリス様は捨て子だそうだよ。」
「おいっ。馬鹿イリス様に聞こえたらどうするんだよ。」
「そうだそうだ。幼い子にはつらい話だろうさ。それにしても、こんな子を捨てるなんて馬鹿な親だね。」
「あ、いえ。俺は捨て子じゃないんですけど…… 。」
俺はすかさず否定する。だって、俺は異世界から転生してきたわけだから、親はあの神様だろうか。それに、自分で言うのはアレだけど旅人という設定だから!
「おぉ。聞こえてたか。ごめんなぁ。イリス様。わかってる。わかってる。」
中年のおじさんが微笑みを浮かべて肩をポンポン叩いて言った。ちょっと目の淵に涙が見える。えっ、何。その可哀想なものを見る目は! 違うって!!
「うぅ。違うんだってばぁ! それになんで俺だけ様付けなの! 」
「そりゃあ。イリスちゃんって呼ぶと怒るし、俺たちの命の恩人を呼び捨てにするのもなぁ? 」
「だってちゃん付けは恥ずかしいんだもん。でも! 呼び捨てにしてって言ったじゃん。」
「そうは言ってもなぁ。」
「治癒魔法を使って私たちを治してくれた方を呼び捨てになんてできません。」
俺の抗議も空しく青空に日の光に消えた。おっさんが返答に困っていると代わるように女性が言った。その声に呼応するようにざわつきが広がる。
結局俺たちは聖救神愛を使って人々を癒して回ったのだ。アーサーには、力を隠せと言われたが、隠していてもこの奈落は危険でいっぱいだ。以前ごろつきに襲われた件で覚悟が決まった部分もある。
どうせ危険ならこの力を使って奈落を救う方が良いのではないかと思ったのだ。まぁ、そう言い訳しているが食料を配って歩けば死にかけの人に出会うわけで、その人たちは食料を食べる気力もないわけだ。
そんな人を見捨てておけるのか。答えは否だ。俺とヨナは彼らを救って回った。後からアンナさんの雷が落ちたのは言うまでもない。危険の種を撒いたようなものだと。
「じゃあさ。伝説に倣って姫神子様ってのはどうだい。」
「いや、様とれてないし、余計に仰々しくなってるじゃん! てか、伝説ってなに? 」
姫神子様なんて呼ばれるぐらいならまだイリスちゃんの方が万倍ましだ。そう思って抗議するが、この町の住人は難聴な人ばかりなのか誰も話を聞かない。
「おい! 人の話を聞けよー!! 」
俺の叫びが木霊する中、ヨナがトテトテと走ってきて教えてくれた。どうも、この世界に危機が訪れた時に勇者と姫神子なる人が一緒に世界を救ったらしい。まぁどこにでもあるような英雄譚だった。
「はいはい。お前ら! イリスをからかうのはその辺にしとけよ。今日の配給も終わりだ。みんな解散してくれ。この場所にみんながいたら、いつまでたってもイリスとヨナが家に帰れないぞ。」
手を叩いただけなのに、群衆の音をかき消すほど響いていた。みんなの注意は自然と音の発生源へと向いた。みんなの注目を集めたノアは、話を聞かない群衆に指示を出して解散させていく。
「そりゃ困るわい。こんな別嬪さんを夜遅く出歩かせたら危ないからのぅ。」
「アンナさんにも殺されてしまうわ。」
「あの人怒ると怖いんだよなぁ。」
大勢の人間たちが織り成す協奏曲と共に人々は散っていく。
「今日もありがとう。ノア。」
続けてヨナもお礼を言った。以前の事件以来配給の時には護衛として、ノアかアンナさんが付き添ってくれている。当初こそもめ事が起こることもあったが、今では二人のお蔭で絡んでくるような輩は一人もいない。まぁ、強いからね。二人とも。
「なに、儲けさせてもらっているからな。それより気を付けた方がいいぞ。これだけ目立つことしているんだ。またいつ。誰かに襲われるなんてこともあり得るからな。まぁ俺がいるうちは大丈夫だが…… 。」
「うん。気を付けるよ。」
ゴロツキ共に誘拐された件を思い出して身震いする。
「あぁ。そうしてくれ。お前たちみたいな綺麗な子が傷つくのはもうみたくない。」
「えっ!? あぁ、ヨナは綺麗になったよね。もうちょっとしたら、ナイスバディになりそう。」
みんな俺とヨナの容姿を褒めるようになった。だが、それはきっとヨナの美しさを褒めるのに、俺だけ仲間外れにするのは気まずいのだろう。みんな褒めるときは一緒に褒めてくれる。そういうものだと思う。
「ち、ちが。まぁいいや。ナイスバディってなんだ? 」
ノアがあたふたしながらそう答えた。
「ぼっ、きゅ、ボンな人のことー。」
俺が手で自分の身体のラインを出しながら、胸が大きくてウェストが引き締まったおしりの大きな人を再現してみた。
「ちょっ! 再現するな!! 」
「もうイリス! 恥ずかしいからそんな風に言わないで!! 」
ノアとヨナに怒られてしまった。確かに、ヨナの身体のことをそういう目で見ているような発言だった。これは男としても言ってはいけないことだったな。すぐヨナに謝罪した。
ヨナは気にした様子はなく許してくれた。本当に恥ずかしかっただけらしい。ノアの方はよくわからんが、顔を真っ赤にしている。何がいけなかったのかよくわからない。
ちょっと気まずさを残しつつ、俺たちは帰路に着いた。道中三人で歩く。荷車を引いていたノアがふと呟いた。
「食糧問題は解決したし、病人はイリスの力で治せている。でもなぁ。まともな家に住めない人も多いし、まだまだ不衛生だな。ここは。」
ノアの言う通りみんなのお蔭で町の食糧問題と医療面は解決した。でも、まわりを見れば住む家もなく身を寄せ合う者や、今にも崩れそうな廃墟を根城にする者もいる。いつ家が崩れてその下敷きになるかもしれない。雨から身を守る家がなければ身体は冷えて、病気にかかりやすくなるだろう。
私たちが救える範囲は決まっている。私の力だって無制限ではなかった。今のところたまたまみんな救えているだけだった。
それに、この匂いである。奈落全体に立ち込める悪臭。鼻をつんざくような強烈な匂いは、不衛生な環境ゆえに発生しているものだろう。ここでの暮らしになれてしまって、今では不快にさえ思わなくなったが、意識をすればやはり臭い。何とかしたい問題である。
「そうだね。私もそう思ってた。だから、次の手を打とうと思う。」
ヨナが元気よく。いつもの花が咲き誇るような笑顔で言った。
「次の手? 」
俺とノアは二人で見つめあいながら言った。
「お掃除とお家を作るの! 」
「いやいや。掃除はいいとして、家は専門の技術を持った人がいないとダメだろ。」
すぐにノアが反論した。確かに、家を素人が作るのは危ない。作った家がもうし崩壊したら、責任がとれない。それに、材料も足りないだろう。そういう意味では、掃除も人が圧倒的に足りない気がする。この奈落全体を綺麗にするなんて途方もない大仕事だ。きっとノアはそういうことも含めて聞いているのだろう。ただ、一例として家のことをあげただけで。
「知識がありそうな人私知ってるんだ。イリスも会ったことあるよ。材料も考えがあるから、任せてよ。」
「えっ。誰だろう。」
俺は誰の事だろうと思案したが、思いつくことはなかった。そんな俺たちを見ていたノアは頬をほころばせて言った。
「まぁ考えがあるならいいか…… ? とりあえず、明日その人のところに行ってみるか。」
「「そうだね! 」」
俺とヨナの声が宵の闇に木霊した。




