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chapter9: ささやかな宴

おっさんの背後に夕日が映る。背中に衝撃が走ったような感覚だった。この人がアンナさんが手紙を渡したかった人? 地平線に飲みこまれてゆく太陽の光が一際強く輝いた気がした。澄んだ空の色は夜の闇と赤のコントラストで彩られ、一陣の風が音を立てて吹き上げていく。温かさがありながらどこか冷たさを含んだ風が天高く舞い上がる。


「アーサー・ゴドロワ・シャルルマーニュ は俺だ。

そんなに信じられんか。まぁ無理はない。こんな偶然そうとない。

きっとユノ様のお導きがあったのだろう」


呆然と立ち尽くす俺たちにアーサーはもう一度名乗った。そして手を合わせて祈るようなポーズを取った。


「おっさんが、アーサー?

信じれない。それにユノ様って誰? 」


俺の混乱する思考をそのままに、質問が口を紡いでいた。


「ガハハハッ 俺が思ってた以上に今の奈落ってのは大変なんだなぁ。

いいか。今の発言を神殿の奴らが聞いたら異教徒だって紛糾されてただろう。奴らは子供でも容赦ないぞ。気を付けな。

ユノ様ってのはこのドイフ帝国で唯一認められたファルナ教の神様だ」


恐怖を煽るような抑揚でアーサーが言った。陽気な振る舞いではあるが、時折どこか影を落としたような表情を覗かせる。


「神さま…… ? もしかしてユノ様は女性だったりする? 」


神様の導きと聞いて最初に浮かんだのはゴモリーだった。一度沸き上がった疑問はとめどなく広がっていき、好奇心という形となって口を紡ぐ。


「いやぁ、馬鹿言っちゃいけねぇ。最高神様に性別はない。神殿にも男性型の像と女性型のものがある。興味があるなら行ってみるといい。無料で入れるし、ここから近いぜ」


俺の予測は見当違いだったようだ。てっきり天使のような姿の女性像を思い浮かべていたが違うようだ。もしかしたら、ユノ様っていうのはゴモリーの言う最高神ハックと呼ばれる者なのかもしれない。


「で、何の用だ? 俺に用があるんだろう」


推測が外れて呆気にとられているとアーサーが本題を切り出した。ヨナは腰にかけた革袋から手紙を取り出すと、恐る恐るといった様子で手渡した。


「私のおばあちゃんから手紙を預かってます」


「嬢ちゃんのばあ様か。どれどれ」


アーサーは手紙を受け取ると豪快に封を切ると中身を読みだした。視線が忙しなく動き回り、その度に感情の読めない表情になっていく。


「ふむ。ほう。これまた懐かしいのう。

そうか、アンナ様はお役目を果たされるのか…… 。大体用件はわかった」


「おじさんは、おばあちゃんとどういう関係なんですか? 」


先ほどからヨナは話を切り出すタイミングを見計らっていたようで、気になる気持ちが抑えられないといった様子だ。


「あー。まぁ昔馴染みってやつだな」


頭をポリポリと掻きながらアーサーが答えた。その返答からただの知り合いではないことが伺い知れたが、追及する術もなく何より彼自身もそれ以上語るつもりはないようだ。


「ところで嬢ちゃんたち。もうすぐ日が暮れる。

今から奈落まで帰るのは大変だろう。よかったらうちに泊まっていかないか? 」


「ねぇねぇ。イリス。どう思う?

確かに、泊まるところを提供してくれるのはうれしいけど、女たらしっぽいから私たちも危ないんじゃないかな」


突然の申し出に俺とヨナは耳を近づけて内緒話を始めた。ヨナの言うことはその通りで先ほどの修羅場で、アーサーの女性関係のだらしなさは把握している。泊まるとなればヨナの身にも危険が及ぶ可能性がある。それだけは避けなければならない。


「うーん。確かに。

アンナさんの知り合いっぽいけど信用していいかどうかは別の話だよなぁ」


「おいおい。聞こえてるぞ!

何もしやしねぇって。俺だって見境なしってわけじゃない。

安心しろ。嬢ちゃんたちみたいな小便くさい餓鬼は守備範囲外だ!

もっとおっぱいでかくなってから出直してきな」


俺が決めあぐねているとアーサーが割り込むように言った。どうやら俺たちのひそひそ話は筒抜けだったようだ。小さな声で話してたつもりなのに、案外耳がいい。


「ふん! 」


だが、聞き捨てならない事を奴は言った。誰が小便臭いだ! 成人した人間が漏らすわけないだろう。ちゃんといつもトイレで用は足しているし、漏らした記憶など無いぞ…… !? 俺は怒りのままにアーサーの股間を蹴りあげた。


「ふぬあぁ。ぬおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ。

ちょっ、お、お嬢ちゃん。男性の股間を蹴るのはダメだって…… 」


思ったよりもすんなりと蹴りがクリティカルヒットしたようで、アーサーはしばらく股間を抑えて身悶えていた。


「失礼なこと言うからいけなんだよ」


唸り続けるアーサーを横目にヨナがきっぱり言い放つ。俺も追撃するように続けて言った。


「自業自得だ! それに俺は()()()()()じゃないっ! 」


===========================================


アーサーの厚意で俺たちは彼の自宅に招かれた。結局、日が沈みつつある状況で帰路につくのは危険と判断した。周囲が暗闇に染まるころ、目的地に到着した。


「お屋敷だ! でもボロボロだー」


ヨナは自分の家と比べ物にならないくらい大きな家を見て興奮を隠せない様子で、屋敷の門をくぐると中の荒れ果てた状態に驚きの色を顔に浮かべて言った。


アーサーの自宅はとても大きなお屋敷で、立派な門や家の造形はいかにも貴族が住んでいそうな外観だった。しかし、せっかく庭があるのにどこか荒れ放題で手入れが行き届いていないようだった。


玄関から中に入るとさらに荒れ果てている状態だった。掃除は必要最低限のみで屋敷は埃と湿気で独特の香りとなっており、家を構成する木材たちの傷や痛みもひどいものだった。


「なぁに俺一人で住んでると管理が行き届かなくてな。

見た目は悪いが、骨組みはしっかりしてるぞ」


そう言うとアーサーは感慨深そうな表情で柱を何度も撫でる。


「貴族の人って召使の人とかいるんじゃないの? 」


ヨナが不思議そうに首を傾げて聞いた。確かに、普通こんな大きなお屋敷を持っている人なら召使がいてもおかしくない。俺も同じことを考えたが、聞くことははばかられた。


召使を雇うことができない事情があることが想像できる以上、あまり踏み込むべき話題ではない。でも、まだ年端のいかないヨナにその判断は難しかったようだ。俺は諭すように言った。


「ヨナ、そういうことはあんまり聞かない方が…… 」


「あー。変に気をつかわなくていいぞ。なにより子供がいらねぇ気を使うもんじゃない。

この屋敷は俺の武勲を称えて先王より賜ったものの1つだ。

ここにはそういった宝がたくさんある。手入れをしてやりたいのだが、まぁわけがあってな」


アーサーは意に介していない様子で俺の言葉を遮って言った。


「ヨナ、わかったよ!

おじさんは浮気してさいばん! ってやつでばっきんっていうのをとられたんだよっ !! 」


「それでお金がなくて貴族なのにお金がないのではないか、と考えたわけか」


俺がそう言うと、ヨナが大きく頷いた。この世界にも裁判があることに驚きを感じながら、どこか納得している自分がいた。よくよく考えれば国があり王がいるならば、司法が存在していてもおかしくない。でも、いくらアーサーがクズだとしてもそんな理由で、貴族が落ちぶれることなんてあるのだろうか。


「それもある! が、怪我をしていてな。

それ以来。右手は力が入らない。左足はいうことを全くきかなかった」


あるんかい! そう心の中でツッコミを入れながら、驚愕の感情が心を染めていった。思わずアーサーの右手と左足を二度見した。


「全然気が付かなかった…… 」


「ああ、日常生活は補助魔法でどうとでもなるわい。

とはいっても、女性にはたかれたぐらいで、様に転んでしまう体たらくだ」


そう言ってアーサーが左のふとももを撫でる。外野から事の顛末を見ていた俺からすれば、あんな勢いで女性二人から押されたり殴る蹴るの攻撃を受けたりしたら普通倒れると思う。が、彼はそのぐらいは容易に受け止められると自信満々だ。そして続けて言った。


「俺みたいなのは身体が資本だ。稼ぐことができなくなって貯金も底をついていたからなぁ。それもイリスちゃんの奇跡のような治癒魔法のおかげで、完治させてもらったわけだ。俺にとっては恩人ってわけさ」


フッとどこか遠くを見つめたかと思うと、アーサーは俺の頭に大きくゴツゴツした手を置くと優しい声色と表情で言った。俺はそれが無性に恥ずかしくて手を払いのけるとそっぽを向きながら答えた。


「たまたま治せただけだよ」


「ハハハッ。謙遜するな! その力もっとやばいものも治せるだろ? 例えば失った手足が治るぐらいにな。そのぐらいおかしな治癒力だったぜ。なんせ、神殿の聖女様でも治せなかった俺の怪我を治しちまったんだからな」


アーサーの視線が俺の心を見透かすように鋭く光る。短絡的に力を使ってしまい、あまつさえゴモリーからもらった特別な力だと気づかれてしまった今。これ以上、根掘り葉掘り聞かれるのは困る。なんとかして誤魔化さなければならない。


「そうだよー ! 」


俺がどう切り返せば良いか思案の旅に出ていると、その隙にヨナが元気よく答えてしまった。


「ちょっ、ヨナ!! 」


「ほら、やっぱりな」


アーサーは疑念を確信に変えていく。


「あ…… 。ごめんなさい。言わない方がよかった? 」


ヨナが申し訳なさそうに小さくなっていく。反射的に言ってしまったが、改めて考えてみれば俺の浅慮な行動で既に疑問を持たれていた以上、言い訳をしても焼け石に水だ。だったらありのままを伝えるべき場面だった。結果的にヨナが正しかったのだ。


「いや、ごめん。下手に誤魔化すより真実を話す方が正しかったと思う」


俺がそう答えるとアーサーが続けて言った。


「そうだな。面倒ごとを避けたいなら、そもそも人前で使うものじゃないよ。あんな奇跡みたいな力は、特にね」


「そういえば聖女様って言ってたけどその人も俺ぐらい治癒ができるの? 」


ヨナが不安気な表情から明るさを取り戻した頃、俺は疑問に思っていたことを聞いた。自分の力がどこまで普通から乖離しているのか知りたかったのだ。


「いや、無理だね。

正確には聖女の再来と言われている治癒術師だ。ファルナ教の聖女はセシリア・ローグハーツと言うんだが、彼女の力はどんな病や呪いを癒してしまう。しかも、傷や欠損した身体を完全に修復してしまうほど凄まじい力を持っていたそうだ。そんな聖女様に比類する力を持つと言われている人に、見てもらったが治らなかった。

今にして思えば聖女の再来って意味なら、むしろイリスちゃんのことじゃないかって思うぜ」


聖女セシリアの能力は確かに俺の力と似ている。もしかしたら、聖女様もゴモリーから力をもらった異世界人だったのかもしれない。ますます人前で使いにくい力だなぁと思った。


===========================================


お屋敷を案内してもらいつつ、俺とヨナは一つの部屋に通された。質素な部屋だったが、必要最低限の家具は揃っている。タンスやベッドにランプ。そして机まであった。


「ちょっと汚ねぇかもしれんがここ一番マシな客室だ。掃除道具はここにあるから、自由に使ってもらっていいぞ」


そう言うとアーサーは足早にどこかに行ってしまった。俺とヨナの前には埃塗れでお世辞にも綺麗とはいえない部屋。扉を開けただけで長い間閉じられた部屋独特のカビた木材の香りがむっと広がり、舞い上がった埃で咳が止まらない。俺は新鮮な空気を求めて部屋の窓を開けた。


夜の冷たい風が部屋の中に入り込んでくる。しばらくの間は灰色の霧がかかったような世界だったが、徐々に視界は晴れていった。


「けほっけほっ。ここ臭いし、汚い…… 」


ヨナも咳き込みながら言った。俺は彼女の背中をさすりながら、ありったけの不満を口にした。


「全然()()()()じゃないだろ!! この汚さ!!! 」


「タダで泊めてもらえるんだから文句は言えないけど、お掃除が必要そうだね」


「あぁ、掃除用具もあるし。文句あるなら掃除しろってことなんだろうな」


アーサーが置いていった掃除用具は、2つのほうきにバケツと布が数枚だった。今日一日の疲れがどっと押し寄せてくる中、この部屋の掃除にかかる時間を考えたら憂鬱になってくる。


「ヨナ掃除好きだよ! がんばってピカピカにしようよ!! 」


とはいっても、快適な寝床を確保するためには掃除は必須だ。沈む気持ちを鼓舞するようなヨナの言葉に苦笑しながら、俺も自分の身体に鞭をうって動き始めた。


「お、おう! 」


まずは埃をはいてバケツに貯めては捨てる作業を何往復も繰り返して、次に水をバケツに汲んで部屋全体を雑巾で拭いていく。そんなに大きな部屋でもないのに2時間くらいたっただろうか。ベットのシーツも取り換えれば、見違えるほど綺麗な部屋になった。


「ふぅ、疲れたぁ~」


俺は疲労で凝り固まった身体をほぐすように全身を伸ばした。ヨナもそれを真似て腕を大きく伸ばしながら言った。


「おつかれさま、これで今日は快適に寝られそうだね!

そういえばベット一つしかないね」


確かに目の前には子供には大きめのベッドが一つある。とはいえ、女の子と一緒に寝るなんてことは童貞のノミの心臓には厳しい。かといって、アーサーに別の部屋を貸してもらうのもわがままというものだ。何より、またこの部屋みたいに掃除するのは体力的にきつい。


「あっ。俺は床にでも寝るよ」


「ヨナと一緒に寝るの嫌なの…… ?」


しょぼーんとヨナが落ち込む様子で俯いた。語調も暗くなって不安げに俺を見つめる。


「いや、そういうわけじゃないよ。気恥ずかしいだけというか…… 」


ヨナの家では藁の上に直接寝ていた。簡易的な布団とも呼べないものだったが、自分用の寝床があった。だからだろうか。同じ空間で寝るのは大丈夫だが、一緒のベットで寝ると話は別だ。子供とはいえ異性と一緒の布団で寝るのは、妙に恥ずかしくて顔が熱くなる。


「じゃあ、一緒に寝ようねっ!」


俺が嫌がっているわけじゃないとわかると、ヨナはとても嬉しそうに視線をそらす俺の正面に入り込む。まっすぐと綺麗な黒曜のような瞳で見つめる。あまりにも嬉々とした様子で、俺に頷く以外の選択肢はなかった。


「おっ! 見違えるようじゃねぇか!!

悪いな。客人に面倒ごと押し付けてしまって。

お詫びと言っちゃなんだが、その分うまい飯作っておいたからついてきな」


しばらくしてアーサーがやってきた。どこに行っていたのかと思えば、夕飯の支度をしてくれていたようだ。確かに仄かに食欲をそそる香りを感じる。


「「ごはんだ! 」」


俺とヨナはお腹を鳴らしながら互いの顔を見ると、クスクスと笑いながらアーサーの後に続いた。


===========================================


大きくて豪華な装飾が施されたテーブルを囲んで俺とヨナは並んで座った。部屋の一番奥の椅子にはアーサーが腰かける。テーブルの上には見た目こそ悪いが色とりどりの食材が並んでいる。


あれは何だろうか。小鳥の形をした肉塊が無造作に積み重なっている。別の皿を見れば、人間の顔でもくっついているのではないかと思うほどグロテスクな顔をした魚が乗っている。まだ新鮮なのだろうか。時折ピチピチと跳ねているのがまた気持ち悪い。


「簡単な料理しかないが遠慮するな! 腹いっぱい食え!! 」


ヨナも俺と同様に見慣れない食材に呆然としているようだった。俺だけが目の前の食材の不気味さに戦慄

していたわけじゃないようだ。俺たちの戸惑いを察したアーサーが鶏肉を豪快に頬張りながら言った。


「見た目は悪いが味は保証してやる食ってみろ」


「わ、わーい」


「いただきます」


アーサーに誘導されるまま、俺たちはぎこちない動作でご馳走に手を伸ばした。

最初にヨナが食卓の中で一番凶悪な見た目をしている食材を食べた。最初はおっかなびっくりだったのに、皿に魚をのせると躊躇なく頬張り始めた。


「なんだろうこのお魚。ふわふわでおいしー」


とても美味しかったようで、ヨナは人面魚みたいな不細工な魚を忙しなくナイフで切り分けている。大皿一枚を占拠した魚がブロック単位で分割されていく。


ヨナがあまりも美味しそうに食べているので、俺もその一つを自分の皿へ移した。断面を見れば白身魚のようだ。ヨナのように度胸のない俺はロボットみたいな挙動で恐る恐る切り身を口に運ぶ。


「ほんとうだ。脂がのっててうまい! 」


確かにふわふわだ。白身魚特有の淡白さがありながら、後からがっつりと脂が乗っているのがわかる。噛めば噛むほど独特の旨味が口一杯に広がっていく。この魚の味を損ねないように絶妙な塩加減と何かのハーブだろうか? 時折鼻腔を抜ける心地よい風味があった。


見た目に反して魚が美味しかったので鶏肉の方も、美味なのではないかと期待値が上がる。俺は鶏肉の山から一匹の鳥の肉塊を取り出してかぶりつく。


外観はスズメぐらいの小鳥を姿焼きにした感じだ。ちょっと食べるのが可哀想に思えてくる見た目だが、食欲を抑えることはできなかった。フライドチキンのように揚げたような見た目になっているが、口にしてみると違うとわかる。


「この鳥肉も美味しい」


「ほんとー? ヨナも食べる!」


皮の部分だけ高温で焼かれてパリパリになっているのに、油で揚げたようなこってり感は皆無だ。歯が皮を突き破る音と共に肉の内部へ食い込んでいくと、今度はふっくら柔らかな感触になった。肉特有の臭みもなく、シンプルな塩と胡椒の味付けが肉本来の旨味を強調しているようだった。もしこの世界にビールがあるなら、こいつをおつまみに一杯やりたい気分になる。


「よかったぜ。男の簡単な料理だが気に入ってもらえて何よりだ」


「この食材。全部おじさんがとってきたの? 」


ヨナが鳥肉を口一杯に頬張りながら言った。


「そうだよ。今さっきとってきた。魚は町の外で潜ってきた。王魚っていう魚だ。

肉はなんだったかなぁ…… 。あぁ、そうだ。ハートバードって鳥の肉だ。

ハートバードは俺が編み出した特殊な焼き方をしていてなぁ。カリカリでうんめぇだろ! 」


「えっ。採りたて? 」


てっきり、バスティーユの市場で仕入れてきたのかと思ったら、俺たちが掃除している間に調達してきたのか。でも、こんな短時間でこんな量を? しかもその後調理までしている。人間業じゃないだろ…… 。


「ああ、もちろんさ。肉も魚も新鮮な方がいいに決まっているだろう」


俺がびっくりして喉に食事を詰まらせかけていると、アーサーは当然と言わんばかりに誇らしげに言った。


しばらくの間他愛もない話をしながら、美味しい食事に舌鼓をうっていた。テーブルの上の食材もあと少しになってきた頃、アーサーは改まって俺とヨナをじっと見つめると言った。


「イリスちゃん、ヨナちゃん。二人ともどえらい夢を持っているらしいね」


「なんで知っているの? 」


ヨナが椅子から腰を浮かせて驚きながら言った。今までの話題で夢や目標の話をしたことはない。どれも世間話レベルのもので、俺たちが思っていることは何も知らないはずだ。どこでそれを知ったのか。


「お嬢ちゃんたちが届けてくれた手紙にそう書いてあった」


「おばあちゃんの手紙? 」


ヨナがクエスチョンマークを頭上に浮かべて目をパチクリさせている。それほどに予想外だったのだろう。何せ、アンナさんはヨナの夢に否定的だったはず。


「そうだ。孫娘の夢を手伝ってやってくれと書いてあった」


「えっ、おばあちゃんが…… 。でも私が話すときはいつも叶うわけないって言ってたのに」


ヨナが信じられないといった様子で困惑している。


「ほう。そうなんだ。よかったら俺にも聞かせてくれないか? アンナ様が何を思っていたのかわかるかもしれないぞ? アンナ様ほどじゃないが、伊達に年は取ってないしな。ガハハハッ」


「…… 。わ、私は皇帝になってこの町を奈落と上の町ってくくりを無くしてみんな幸せに生きられる町にしたい」


アーサーの問いかけに刹那の迷いがあった。話して良いのかどうか。でも、意を決したようにヨナは口を開いた。


「大きな夢だね。で? 」


話を繋げてくれるか。何かしらの意見が返ってくると思ったら続きを促されてしまった。困り果てたヨナがアイコンタクトを取ってくる。俺はそのまま思いのまま言えば良いんだと合図を送った。


「で? それで…… 。その…… 。ミルラの薬草を栽培する方法がわかったら売ってお金にする。そのお金で食べ物を買って奈落の人たちに配れば、奈落の人たちは飢えに苦しむことは無くなると思う」


「イリスちゃんも同じ考えなのかい? 」


俺は静かに頷いた。


「ほんとうに? まったく同じ? 」


「そうだよ。ヨナの夢を一緒に実現したい! 」


質問の意図がわからなかった。この町の不条理を解決したい。そのための手段がヨナのプランだと思う。ヨナが正しいと思うし、その方法しかないだろう。


「そっか。なんとなくアンナ様の言いたいことはわかったよ。

ヨナちゃんは奈落を救いたいの? それとも皇帝になりたいの? 今の話を聞いているとただ奈落をなんとかしたいだけだよね? 」


「でも、皇帝にならないと奈落は救えない」


ヨナが真っすぐとアーサーを見つめて答えた。


「本当にそうかな? 確かに。その年でミルラの薬草を栽培する方法を見つけたのは偉業と言っていい。でも今のままじゃ子供の馬鹿げた夢と言われても仕方がない」


「なんでっ! 」


ヨナが声を荒げて立ち上がると言った。


「奈落に巣くう闇を見誤っているんだよ。薬草を売って食べ物を得ても奈落は救えない。だからアンナ様はこの町にイリスちゃんとヨナちゃんにお使いを頼んだんだよ」


どういうことなのかわからず俺とヨナはお互いの顔を見る。二人とも答えなんて持っていないのでお互い首を振る。すると、そのやり取りを見ていたアーサーが言った。


「少し考えればわかることだ。もしお嬢ちゃんたちのお蔭で奈落に食べ物が供給されるようになっても、奈落の人たちは一生君たちに依存しないと生きていけない。それに、奈落の住民は住む家もないんだろう。それも君たちが用意してあげるのかい? それじゃあ、一体いくらお金があれば奈落を救うことができるのかね? きっと、いくらあっても足りないだろう」


「薬草を売ればたくさんお金が手に入る」


ヨナが反論する。そうだ、薬草を栽培できるようになった今、それを売ることができればお金だって手に入る。奈落の貧困をなんとかできるはずなんだ。一体何が間違っているというんだ。


「皇帝になるのもそうだ。なってどうする? 町をどう変えるんだ? 」


アーサーの鋭い眼光がヨナを射抜く。その気迫はすさまじく気が付けば俺とヨナは身を寄せあっていた。だが、ヨナは震えながらも振り絞るように言った。


「上の町の余った物資を奈落に分け合う」


「今日この町を見て分かったと思うが、町の住人は奈落の住人を見下している。そんな彼らが自分たちのものを分け与えると思うかい? 皇帝の力で押し通す? 無理だね。すぐに反乱が起こるだろう」


「じゃあ、どうすればいいの!! 」


ヨナが怒りのままにテーブルに手をついた。硬い音が屋敷に木霊する。


「ヨナ落ちついて」


俺はヨナを宥めるように身体を抱きしめた。


「答えは自分で考えるものだ。何でも人から教わってこの先も進むのかい?

視点は間違ってないんだ。皇帝になれば奈落の現状を根本から解決できる。でもお嬢ちゃんたちは場当たり的な対策だけで本質が見えてない。その答えが出せないならその夢。諦めた方が幸せだ」


「でも…… 。じゃあどうすれば…… 」


答えがわからずうんうん唸りながら悩んでいる。でも、その答えがでることはなく。いつしか、黙り込んでしまった。


「君もだよ。イリスちゃん。ヨナちゃんの夢は()()()()()()だ。それを何の疑問も意見も持たずついていくだけなら、言い方は悪いが奴隷と同じだ。友人として本気でヨナちゃんの夢を応援していくつもりなら、君も信念を持つ必要があるんじゃないかな? 」


「しんねん…… 」


アーサーの言葉を反芻する。心にグサッと刺さるものがあった。


「イリスちゃんはこの町を。いや、この世界をどうしていきたいんだい? 」


アーサーが再び問いかける。


「ヨナが皇帝になって奈落の貧困を無くしてくれる。そしたら俺は―― 」


必死に頭を振り絞って自分の思いを考えた。でもどんなに考えても、一向に言葉がでてくることはなかった。


「君はヨナちゃんの後を追うだけで自分がないんだよ。それじゃあいつかきっと困る日が来るよ」


思い当たるふしはある。俺は生前機械みたいな男だった。


学生時代は親の理想とする優秀な子供であり続けた。成績は優秀でクラスの上位に入るほどだったが、その代償に恋だの遊びといったことには疎かった。なにせ、そういったことは危険な誘惑とさえ思っていたからだ。そんな協調性のない勉強だけの人生を送っていたら、気が付いたら集団から孤立していた。


集団は異物を排斥しようとする。いつしか、俺はクラスでいじめられる存在となった。それでも、学校に行かないという選択肢や誰かに助けを求めるという考えはなかった。だって、人に迷惑をかける人間は良い子ではないから。


大人になっても変わらなかった。毎日決まった電車に乗って会社に行って、上司に言われるがまま仕事をこなす。たとえ、それが自分の意に反することだとしても自分を殺し続けた。社会人なら当然だろう。でも、長くそうし続けたせいか。いつしか、自分で何かを決めることができなくなってしまったのかもしれない。


思考の渦に飲まれた自我は跡形もなく、時折浮上する泡沫は結んでは消えていった。俺の心に確固たる想いなどありはしないのだ。そう気が付くと、もう深い闇の中に沈んでいくような気持で一杯だった。


「ここまで言っておいてなんだが、お嬢ちゃんたちの夢は立派だよ。不条理に対して何とかしようとする気持ちは大切だ。本来は王である皇帝の務めなんだがなぁ。あのボンクラどもじゃこの先も変わらんだろう。

だが、俺は君たちに協力することはできない。王に忠誠を誓った者としての責務があるからだ。ただ、恩人に助言をいってやるぐらいはできる。困ったことがあったらまた訪ねてくるといい」


そう言うとアーサーは立ち去って行った。ヨナは目尻に大粒の涙を滲ませ、一つ二つと零れ落ちている。二人ともわかっているんだ。アーサーが言ったことは正しい。俺たちは考えが甘すぎたのだと。でも、それを受け入れられるほど理性的にもなれなかった。


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