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chapter10: お祭り

朝日が昇ると煌めく光がパスティーユの町に降り注ぐ。藍色に染まる空を時、折和菓子のような雲が流れる。大きな欠伸を噛み殺しながら道を歩けば、小鳥たちの合唱が聞こえてくる。


俺とヨナはアーサーに軽食をご馳走になってから、お礼を告げてお屋敷を後にした。まだ日が昇ったばかりだからか、道行く人も少なく静かなものだった。


「ふああぁぁ。うひゃあ」


ヨナが大きく欠伸をしながら上半身を伸ばす。まだ覚醒しきっていない身体をほぐしていると、突如として大きな音が町中を包み込んだ。ヨナは変な声を出して俺に抱きついた。


その音が鐘の音だと気が付くのに、少し時間が必要になるくらい大きな音だった。何度も何度も、繰り返し一定のリズムで腹の底に響くように鳴り響く。


「び、びっくりしたね…… 」


「近くで鳴っているみたいだったね。ちょっと耳が痛い」


ヨナが俺の顔を見上げて言った。俺はそれに答えるように顔を見合わせて微笑んだ。ふと、頭上を見上げれば大きな塔が目の前にあった。その塔には大きな鐘と時計がついていた。一定の時刻になると鐘を鳴らして時報のような役割をしているのだろうか。


「耳がじんじんするねー」


ヨナが耳を抑えながらそう言った。気が付けば鐘は鳴り止んで、先ほどまでの静けさが戻っていた。


「きゃっ。いたっ」


突然だった。鈍い音がしてヨナが小さく悲鳴を上げた。


「どうした? 」


俺がヨナの方へ視線をやると、そこには頭から真紅の血が流れ落ちていた。困惑が心臓を握り締め、全身の体温を一瞬にして奪っていく。なぜ? どうして? 混乱する頭がパニックになっているなか、ヨナが頭を押さえてうずくまってしまう。


俺が冷静にならないでどうする。原因はどうでもいい。それより今はヨナの治療が先だ。


聖救神愛エプリオールハイレン


焦燥感に背中を押され、微かに残った冷静さが治癒の力を使わせた。光がヨナを覆い尽くす。


「ヨナ、大丈夫か!? 」


「うん。ちょっと痛かったけどイリスのお蔭でもう大丈夫だよ」


ヨナが悲しみと苦痛の混じった表情で言った。強がっているがとても痛かったのだろう。俺の力が効いていないのではないかと、不安に思うぐらい歯を強く食いしばって手の平の血を呆然と眺めている。


当然だ。俺だって何が起こったのかわからないぐらいだ。ヨナはもっと怖かっただろう。俺は、ヨナを守るように抱きしめると、その背中をさすりながら周囲を見渡した。


強い怒りが血液と一緒に全身を駆け回っていく。突発的な事故なのか。それとも誰かの悪意によるものなのか。後者だとしたら絶対に許しはない。


俺はヨナを傷つけた原因を探すと、それはすぐに見つかった。ヨナの近くに拳大の石が転がっており、それに血が付着していた。つまり、誰かが石を投げたのだ。


その石を投げた奴を探して周囲を見れば、近くに小学校低学年ぐらいの子供たちがいた。町の子供たちだろうか。俺たちの方を指さして笑っている。


「人が怪我しているのに! 何がおかしいんだ」


俺は感情のまま叫んだ。他に人影もない以上あの子たちが犯人で間違いなさそうだ。子供たちは、人を傷つけたというのに愉快な様子で近づいてくる。マグマのように煮えたぎるような憤りを感じる。


「魔物を退治してやったんだ。なんか文句あるの」


子供たちの集団からリーダー格と思われる少年が前に出てくると言った。


「まもの? 誰のこと言ってんだ。俺たちは人間だ」


「そっちの奴ハーフじゃん。ハーフは人間もどきで人間じゃないってお父さん言ってたよ! 」


少年は、太々しい態度で悪びれる様子は一ミリもない。その姿に俺の怒りは理性のストッパーが外れそうだった。加えてまたハーフを差別するような発言だ。しかも、あの正しいことを言ったと確信したような顔がとても腹立たしかった。


「お前の父親は常識もないんだな。人間と魔物の区別もつかないんだから」


「お父さんを馬鹿にするなっ! 」


ありったけの嫌味を言うと少年は不快な感情を地面を蹴って表現する。そして、足元の小石を拾うと何の躊躇もなくヨナの方へ投げてきた。


「やめろって言ってるだろ!!! 」


俺は投擲されたものからヨナを庇うように背中で庇った。鈍い衝撃と痛みが背中に広がっていく。あんな小さな石でこの痛みなんだ。ヨナに投げられた石はこれよりも二回りは大きかった。じんと痺れるような感覚と熱を感じながら、ヨナの感じたものがどれほどつらいものだったかを想像すると怒りは憤怒へと変わっていた。


「こいつ魔物の肩を持つなんておかしいよ。きっと、魔物の仲間なんだよ」


「そうだー。そうだー。やっつけないと」


「お前たちが何と言おうが、石を投げもいい理由にはならない!! 」


少年が少女が子供たちがそう言った。その手にはリーダー格の少年がやったように石を握りしめ、俺たちに投げつけようと構えている。


この町では、奈落から来たというだけでぞんざいに扱われる。しかも、ハーフだと人ですらない扱いを受ける。なんで、こんなのばっかりなんだ。ヨナが。俺たちがいったい何をしたっていうんだ!


「イリス、やめて。ダメだよ…… 」


気が付けば俺は拳を握りしめて立ち上がろうとしていた。無意識だった。


ヨナは俺に縋りつくような体勢で止めた。その表情が悲しくて切なくて、感情の渦に飲まれて動けなくなった。


なんでだよ? あいつら、俺たちに攻撃してきて反省もしないんだぜ? なのに、そいつらにやり返さなかったら、またやられるだけなんだよ? なんで、一番怒らなきゃいけないヨナが悲しそうなんだよ!!


少年たちが石を投擲するのが見えた。でも、俺はヨナにしがみつかれていて動けない。抱き着く彼女もこれから来る痛みにぎゅっと目を閉じる。そんな姿が見ていられなくて、俺は庇うようにその身体を包み込んだ。さっきよりも石は大きくなって量も増えている。きっとあれに当たったらすごく痛いんだろうなぁと思いながら俺も目をつむった。


「あれ? 痛くない…… ? 」


いくら待っても想定していた苦痛は襲ってこなかった。混乱している心を静めて頭を上げると、逞しい背中がそこにあった。


「おい、坊主。こういうものを人様に投げちゃいけないって教わらなかったのかい? 」


アーサーが俺たちを庇うように立っていた。その手には大きな石が握られていて、それを片手で握りつぶした。砂塵に帰った粉が風に舞う。それだけで子供たちには十分な威嚇となったようだ。


「お、おい。あいつ。なんで石ぶつけられて平然としてるんだよっ! 」


「石を片手で握りつぶすなんて人間じゃないだろ」


「き、きっと魔法を使ったんだろ」


「魔法を使えるような人は強いってお父さん言ってたよ」


「あわわ。じゃああの人すげー強いってこと!? 」


「お、俺たちは悪いことなんてしてないからな」


少年たちが狼狽した様子でアーサーを指さして言った。最後に捨て台詞を吐いて、慌てて逃げだしていった。


「アーサー、ありがとう」


俺とヨナは立ち上がると深く頭を下げた。


「気にするな。それより嬢ちゃんたち大丈夫か? 怪我は…… 。そっちはイリスちゃんがいるから問題ないか。

まぁ。そのなんだ。すまない。送り届けてやるべきだったな」


「いや、アーサーは何も悪くないよ。俺たちが迂闊だったよ。

あんな子供まで敵意むき出しだとは思ってなかった」


「気を付けてどうにかなるもんでもないからなぁ。それは、いい。

送り届けるところまでは大人の責任として果たさせてもらうぞ。いいな? 」


「ありがとう。アーサーのおじさん」


ヨナが縮こまりながら消え入りそうな声でそう言った。アーサーは微笑みながらヨナの頭を優しく触りながら言った。


「ああ、まかせておけ。そうだ。今日は中央通りで祭がるんだ。

せっかくだ。見ていくといい」


アーサーがお祭りのことを話ながら歩き出す。


「イリス。さっきはありがとう。庇ってくれて。その、う。嬉しかったよ。

やっぱり私の味方はイリスだけだよ」


悲痛な影を落としたまま、無理やり笑ったような表情でヨナが俺に身を寄せながら言った。彼女の鼓動がとても弱々しく感じるような気がしつつ、でもどこか嬉しそうに瞳を揺らしている。


「いえいえ。

そんなことないよ。ヨナの味方はいっぱいいるし、これから増やしていけばいいんだよ!

アンナさんだってアーサーだって。みんなヨナの味方でしょ? 」


ヨナがらしくもない弱気な発言をして立ち止まったので、俺もその場に制止する。向き合おうような形となって、突然彼女は俺の両手を握って言った。


「うん。そうだね。

でもね。私のこと全部認めてくれて力を貸してくれるのはイリスだけなんだよ。

だから、いつかきっと。私もイリスが困っているときは、私絶対助けるから! 」


何か決意のようなものを込めた語気だった。でも、俺はヨナに助けられてばかりで何か恩返しできたことなんて何もないのだ。むしろ、俺の方がヨナに助けられてばかりだった。


「そ、そんな気にすることじゃないよ。

それにもう十分助けてもらってるけどなぁ」


===========================================


アーサーのあとに続いて町の大通りまでやってきた。太陽が徐々に頭上に近づくにつれて暖かい気候になってゆく。この時間になると町は活気に溢れた様子で、辺り一面を人でごった返しになっていた。昨日訪れた市場よりも数段多くの露店が立ち並んでいる。


道中アーサーから祭について話題があがった。どうも、現皇帝はお祭りごとが大好きなようで、連日何らかの催し物を行っているそうだ。規模はその日によって違うらしいが、今日のお祭りはなかなか盛大なお祭りらしい。


「こんなくだらない行事に金を使ってないで、もっと別の使い道があるだろう。民たちの税金を何だと思っているんだ。あの馬鹿どもは…… 」


アーサーがそうぼやく。確かに、行事を執り行うのにお金がかかるのは必然といえる。それを国民の税金を使っているというなら無駄遣いと言わざるおえない。奈落の現状を考えれば、その財源をもっと他に使うべきだろう。


「まぁ、そんな話。今はどうでもいいか。お嬢ちゃんたち祭を楽しむといい。

お金のことなら心配すんな。俺がおごってやるから好きなもん食いな」


「おおー、太っ腹だぁ」


「やったあー! おじさん、ありがとう!! 何食べよう? 」


ヨナがぴょんぴょん飛び跳ねながらはしゃいでいる。俺は周囲の露店に視線をやった。多種多様な商品が並んでいて判断に迷っていると、それを見かねたアーサーが言った。


「遠慮すんなって。こっちの玉焼でも食ってみろ」


「えっ、なにそれ。ほにゃ! あふっ!!! ふぁふ! ふぅーぅー 」


反射的に答えながら振り向くとアーサーが串に白くて丸い球体を4つつけた食べ物を持ってきた。見た目はまんま団子をおっきくした見た目だ。それを俺の口元に近づけてきた。


まだ湯気がのでている玉焼の球体が、ちょっと唇に触れて熱さに声がひっくり返る。俺が不満を込めてアーサーを睨み付けると、『あ、すまん』っと言って謝罪してくる。


俺は玉焼を奪い取るとそれを観察した。目の前の球体からは、笹の香りのような独特の自然の匂いがする。意識してみれば、仄かにだが柑橘系の香りもしている。朝食を取ったばかりのお腹が小さく音を立てる。


顔面に熱が集まるのを感じながら、息を吹きかけて冷ましながらかじりついた。食感は餅と同じで柔らかく弾力がある。


「んんっ!? あ、おいしい!! 」


具の無い餅をしばらく口の中で頬張っていると、徐々に甘味が口腔内に広がっていく。それはまるで餡子を食べているような感覚で噛めば噛むほど、大福を食べているような感覚になってくる。口が甘ったるくなってくると、次第に柑橘系の酸っぱさが程よく主張してきて良い感じにアクセントになっている。


「あー! いいなー。ヨナも食べたいっ! 」


俺が玉焼に舌鼓をうっていると、ヨナが羨ましそうに言った。俺はそれを微笑ましく思いながら、持っていた串を差し出した。


「ぱくっ。うーん ?」


俺が差し出した玉焼にかぶりつくとヨナはしばらく租借した後、不思議そうに首を傾げた。


「ゆっくり噛んでると甘くなってくるよ」


「本当だ!! 味がどんどん変わっていくね!! これ、美味しいねっ!! 」


玉焼の味が変わるごとにヨナの表情がコロコロ変わっていく。最初のキョトンとした顔から甘味に恍惚した表情に変わっていく。最後にはふやけた笑顔で頬に手を当てて、食事を堪能していた。


その後も食べ歩きをしながら、大通りの露店を見て歩いた。色々の物を見て歩いたが、俺の心に深く残ったことがあった。


それは、大通りから少し外れた場所を通りかかった時だった。人ごみの中で中年の男性が箱を抱えているのを発見した。彼はゴミを集めている一角へ何か捨てて、どこかへ去っていった。俺はその箱の近くを通ったときに好奇心から中身を覗いてみた。そこには、先ほど食べた玉焼が大量に廃棄されていた。おそらく、腐ってしまった商品を廃棄するためにここに捨てたられたと理解できた。


どこかやるせない気持ちを感じながら、祭の楽しい雰囲気に水を差すこの気持ちをそっと胸の内に隠した。


===========================================


昼時の暖かな風に乗ってどこからともなく、音楽が聞こえてきた。伝統民謡のような独特のリズムで、太鼓に弦楽器と歌声と多様な音がハーモニーとなって耳をくすぐった。


町民たちもその音色を聴いて慌ただしく動き始めた。パスティーユの住人たちの会話を聞いていればこの後のイベントについての話題で持ちきりだった。比較的若い男女のグループで町のなかでも目を引くような恵まれた容姿をしている。


「皇帝陛下の行進があるらしいぞー」


「本当か!? 綺麗なねーちゃんいっぱいいるからなぁ見に行かないと!」


「げへへ。皇帝様の侍らせてる女は際どい衣装だからな」


「これだから、男ってやつは」


男たちが行進に参加する女性たちのエロ話で盛り上がっていると、男の知り合いと思われる女性が汚らわしいものでも見るような視線で睨み付けて言った。男たちは焦った様子で話題を切り替えた。


「へぇ。例の()()()()()()()ってのもいるらしいぜ」


「そりゃあいいな。ドイフ帝国の英雄様ってのがどんな奴か見て見るか」


「英雄様は()()()っていう職業だったらしいねぇ」


「こうこうせいってなんだろうな」


「そりゃあ、立派なお仕事だったにちげーねぇ」


「先王様が崩御されて、マルティーニ王国から進攻してきたときは、もうお終いだって思ったが勇者様のお蔭でドイフ帝国の圧勝!! しかも、ここまで発展させてくれたんだ!!! まさに救国の英雄だな」


町人たちが勇者という存在について話し出した。異世界の定番なワードだが、まさか本当に聞くとは思わなかった。しかも、異世界からやってきた勇者のようだ。もしかすると、俺と同じように異世界にやってきた人が他にもいるのかもしれない。


「一騎当千の猛者。きっと英雄様はさぞ立派で凛々しいお姿なんだろうねぇ」


「武力だけじゃなくて、新しい食べ物を作ったり商業を発展させたりしているらしいじゃない。すごくお金持ちらしいわよ。きっとあそこも立派に違いないわ。私を抱いてくれないかしら」


「万年発情期のぐいぐい来る女なんて引かれちゃうに決まっているわ。私みたいにそっとアピールしていかなきゃ」


「そんな見ているだけで落ちてくれるわけないじゃない! こっちから積極的にいかないと!! 掴めるモノも掴めないわよ」


「だからって、胸元開けすぎ。それにあんた。彼氏いたじゃない」


「いいのよ。将来有望な馬に跨らないでどうするのよ! 」


女性陣が勇者様にどう自分をアピールするか盛り上がり始めた。あまりにも肉食系な女性たちの生々しい話に、恐怖を覚えて聞き耳を立てるのをやめた。ふと、横を見ればヨナの口元に食べ物のソースがついていた。じっと見つめる俺に対して、ぱぁっと花が咲いたような笑顔で微笑み返す。そんな彼女を見てやっぱりヨナは天使だなぁと思う俺がいた。


「おい、お嬢ちゃんたちせっかくだ。行進見ていくだろう? 」


俺がうっとりヨナに見とれていると、先頭を歩いていたアーサーが振り返って言った。


ヨナの夢を追う以上、皇帝という存在がどういう人なのか見ておきたい。それに、異世界から来た勇者とうのも気になる。俺は頷くと、ヨナの手を握り締めてアーサーの後に続いた。



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