11-4 可愛い妹のような[◆]
「そこのソファにでも適当に座って」
「お邪魔します」
僕は瑠里に言われた通りに二人掛けのソファに座る。
目の前には木製のテーブルがあり、その向こうには両手いっぱい広げたくらいの幅の大きなテレビ。
幻界でもテレビを観ることは可能だが、敢えて俗世から距離を置くために持たない家も多い。
丁度、姫宮家もテレビを持たない家だったように。
実界ではあって当然の家電製品の一つだったが、転送ゲートをくぐるだけでそんな当たり前が当たり前じゃなくなる世界が広がっている。
“理想郷”と呼ばれる人工的に創られた世界――幻界には、死の荒野のようななぜ存在しているのか分からないものが存在する。その存在意義についてはよく分からない。
だが一方で、実界と変わらない生活もできるし、自給自足や原始的な生活だって可能だ。
当たり前や常識を強いられず、自由なスタイルで暮らしていける。それがこの世界の魅力なのかもしれない。
「宗治?」
ソファに座る僕の前でしゃがみ込み、こちらの顔をじっと覗き込む。
気付けば真っ暗なテレビ画面を見つめてぼんやりとしていた。
「ちょっと疲れてる? 大丈夫?」
瑠里は首を傾げて僕に尋ねる。
彼女のまとっている青い上着が肩からずり落ち、華奢な身体つきが露わになる。
色白で儚く、いつかまた消えてしまうのではないかと思わせる。
そんな不安に突き動かされ、僕は思わず彼女の肩にそっと触れる。
「――っ??」
驚いた表情を浮かべる瑠里。
そりゃそうだろう。いきなり触れられたのだから。
「夕方の雨でちょっと湿っぽいね。お風呂にでも入って温まった方がいいよ」
なんて言って誤魔化して、ずり落ちている上着をそっと戻してあげる。
「う、うん。お湯張ってくる」
瑠里はふいと目を逸らすと、立ち上がってリビングから出ていった。
目を逸らしたときの表情は、まるで機嫌を損ねた子供のように見えた。
――何かマズいことしちゃったかな。
自身の言動を振り返り、思案する。
僕が直前にしたことと言えば、無意識に彼女の肩に触れてしまい、それを誤魔化すように上着を直したことくらいだ。
この一連の動作に何か問題があっただろうか。
瑠里がお湯張りから戻り、僕の隣にちょこんと座る。
そのタイミングで、僕はようやく気付く。
「そ、そうか……そうだよな、確かに」
「ど、どうしたの宗治。さっきから何かおかしいよ?」
謎は解けた。僕が間違っていたのだ。
僕が彼女の上着を直す――それはつまり、うんと年下の小学生とかそういった感覚で接していると思われてしまったのかもしれない。
確かに上着くらい自分で直せる。それをまるでお母さんのように直し、さらに「温まった方がいいよ」なんてお父さんのように気遣って見せる。
従って、瑠里は親のごとく子ども扱いされたことに機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
そうと分かれば、僕がすべきことはたった一つだ。
「ごめん瑠里。さっきの俺の言動、ちょっと距離感を誤ってたなって」
「きょ、距離感?」
「うん。俺の役割じゃなかったなって。ごめん」
きょとんとした表情で首を傾げる瑠里。
数秒経ってから、瑠里はハッとした表情を浮かべる。
「べ、別に気にしてないよ! ボクは別に……いいんだけど」
そう言うと、今度は俯きがちになる。
「あ、あれ……瑠里?」
どういうことだ。僕の“親みたいに子ども扱いされたことに怒っている”という推理は間違っていたのだろうか。
秋空のようにころころと表情を変える彼女に惑わされてばかりだ。
「瑠里さんー……?」
彼女の顔を覗き込んでみる。
むっと口を尖らせ、小さな子供のように拗ねている。
ふと目が合うと、ぴくりと身体をわずかに弾ませて再び目を逸らした。
「許さないけど、許す」
謎の矛盾した言葉を吐いて、瑠里は立ち上がる。
「どういうことなの……」
「知らない。そのままの意味」
「そのまま飲みこもうとすると確実に消化不良起こしちゃうんですが」
「それは宗治の消化器官が弱いせいだよ」
目を細めて、じぃ、と僕を見る。
……これは何を言わんとしている目なのだろうか。いよいよ本格的に読めなくなってきた。
「さて、そろそろボクはお風呂に入ってくるよ」
今度は魔法を解いたようにぱっと明るい表情を浮かべて、部屋を出ていった。
閉まるリビングの扉を見て、僕はぽつりと呟く。
「なんなんだ、本当に」
謎は深まるばかりだ。
猫のように気分屋で、犬のように天真爛漫に振る舞う。
こんな生き物がいるとしたら、なんと例えたらいいだろう。
「……狐、かねぇ」
誰も居ない部屋に、自身の声が響く。
ろくに知らない生き物の名前を口にしてから、ふと彼女とそれを結び付けてみる。
真っ先に思い浮かんだのは――。
「……狐耳の三上さん」
ライトノベルのタイトルにでもありそうだ。
ホッキョクギツネのような白い耳に、白い尻尾。黒いチョーカーに、ふわふわの白いポンチョ。
白いワンピースは膝上くらいの丈がいいだろうか。そして、黒タイツにブラウンのファー付きブーツ。
そんなイメージが瞬時に浮かんだ。
うん、いい感じだ。
――いや、何がいい感じだよ。
自身の勝手な想像に突っ込みをいれる。僕は変態か。
僕にとっての瑠里は一体なんだというのだ。
――なんだも何も、幼なじみの友人じゃないか。
ふと浮かんだ自身への疑問に即答する。
違う、そうじゃない。そういう事実の話ではない。
僕が瑠里に対して抱いている感情の脳内会議をしているんじゃないか。
さあ答えてみろ、真田宗治。
彼女に対して感じているもの。
屈託のない笑顔はまるで天使のよう。時々見せる不機嫌そうなふくれっ面には形容しがたいくすぐったさがある。
そうだな、この思いを言葉で表現するなら。
――可愛い妹、のような。
リリアンさんがお母さんなら、瑠里は妹だろうか。
そんな心底どうでもいいことを考えながら、僕は瞼を閉じた。
きっと疲れているのだろう、気付けば意識は遠ざかっていった。




