8-7 平穏な季節
■■■
「ん……まぶし」
カーテンの隙間から漏れる日差しで、黒井龍斗は目を覚ました。
ベッド越しの窓のカーテンを少しだけめくって、外の様子を伺う。
真っ青な海と空がどこまでも広がる中、太陽は既に高い位置にあった。
「今、何時だ?」
窓のすぐそばの机にある時計を見る。
短針は、9の数字の過ぎたところを指していた。
「やばい、ちょっと寝過ぎた」
龍斗はベッドから降りると、部屋の反対側のベッドの方へと歩いていく。
そこには、静かに寝息を立てて眠る青年――真田宗治の姿があった。
「宗治さん、朝ですよ。起きてください」
優しめに声をかけるが、反応はない。
「宗治さん、起きてください!」
強めに言葉を放ってみるが、やはり返事はない。
「宗治さーん! 朝だぞー!!」
「んん……はい……」
隣の部屋にも響きそうな声を張り上げると、ようやく返事が返ってきた。
が、起きる気配は全くない。
「姫奈の言う通りだな……本当に全く起きない」
幼なじみの日課の苦労を知った少年は、溜息をついた。
「さて、どうしたものか」
姫奈なら有無を言わさず叩き起こしているところだが、龍斗にはそれが出来なかった。
仮にも彼から剣術を教わっている身であることから、その行為は流石に気が引けた。
「……揺するか、非常に優しく」
横向きになって眠る宗治の身体に両手を添え、そっと声をかける。
「宗治さん……起きてください」
「ん……はい……」
返事はするが、やはり起き上がることはない。
龍斗は両手にぐっと力を入れると、
「起ーきーまーしょー!!」
ぐいぐいと左右に成人男性の身体を激しく揺すり、大声を張り上げた。
「うう……気持ち悪い」
薄目を開けて、吐き気を訴え始めた宗治。
龍斗が揺すりを止めると、ようやく上体を起こした。
「おはようございます、宗治さん」
「おはよう……僕は揺さぶられるのに弱いんだ」
「なるほど、意外な弱点を見つけました。姫奈にも伝えておきます」
「どうかご勘弁願います」と両手を合わせて懇願する宗治をよそに、龍斗は部屋を出ていった。
「おはよう、龍斗」
廊下を出てすぐ、姫奈と会った。
「うす」
いつもと変わらぬ素っ気ない挨拶を返す。
「真田はちゃんと起きた?」
「バッチリ起こしておいたよ」
龍斗がそう言うと、姫奈は驚いた表情を浮かべた。
「う、うそ!? あの真田を10時前に起こせたの?」
「ああ、強く揺さぶったら簡単に起きてくれたぞ。揺さぶられると酔うらしい」
「へぇ……意外な弱点ね」
なるほど、と顎に手を当てる姫奈。
その後にはっとして、少女は真面目な表情を浮かべた。
「そうだ。アタシがしたかったのはこんな話じゃなくてさ」
「……? なんかあったのか?」
少しの沈黙の後、姫奈は龍斗に尋ねる。
「あの人の過去、本当に視るの?」
「ああ……近いうちに、射影兎を捕まえにいこうと思ってる」
龍斗がそう言うと、姫奈は悲しそうに笑った。
「そっか。もうだいぶ涼しくなったもんね」
だが、姫奈は少年を止めようとしない。
龍斗も姫奈の表情を見て不本意であることを悟ったが、意志を変えようとはしなかった。
「いい結果が視れるといいよな」
龍斗も笑みを顔に貼り付け、廊下を歩いていった。
季節は既に秋へと移り変わり、涼しい日々が続いていた。
温かく穏やかな時間は、季節外れの海の依頼とともに終わりを告げようとしていた。




