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快晴の空に 〜幻想世界のなんでも屋〜  作者: ろこやるく
第8章 平穏の夢と夜の海
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8-3 僕と幼なじみ

■■■


 時刻は午後四時すぎ。リリアンさんお手製のおやつを宿で皆で食べた後、一人で浜辺を散歩していた。

 宿では相変わらず隆一たちがわいわいと遊んでいたが、やはり何となく混ざる気になれなかった。


 先ほど、リリアンさんに言われた言葉を思い出す。


「“もっと甘えてください”、か」


 そう言われても、僕はすでに甘えてばかりいる。

 今朝だって、リリアンさんに起こしてもらっていたのだから。


「これ以上、甘えるわけにはいかないよ」


 前にも一度、隆一と似たような会話をしていた気がする。

 あのときは、確か――。


「“もっと自分を大事にしてくれ”、だっけな」


 この言葉にしたって、僕は自分くらいしか大事にできる力がないのだ。

 自分くらいしか守れる力がないことを自覚している。

 だから――。


「皆が思うほど、僕は遠慮も無理もしていない」


 僕は気遣い屋でもなければ、一生懸命な人間でもない。

 程よい距離感を見つけているし、自分の出来る範囲でしか行動しない。

 常に安定を求め、平穏のためなら手段を厭わない。


「僕はそういう、ずるい人間だ」


 平穏のために、過去の罪をなかったことにしようとしてきたくらいだ。

 むしろ、悪人と言ってもいいだろう。

 そもそも“人殺し”という罪を背負った時点で、二度と善人にはなれない。


 しかし、その一方で――。


「何やお前、こないなとこにおったんか」

「あ、隆一」

「人を犬かなんか見つけたときみたいな呼び方するなや……」


 突然現れた友人は、当たり前に、いつものように僕の隣を歩く。


「龍斗くんと姫奈ちゃんは?」

「疲れて寝とる。そら昼からあれだけはしゃげばそうなるわなぁ」

「そっか。リリアンさんは?」

「部屋で本読んでる。薬草の本やって言うてた」


 いつもと変わらない、平和な日常。

 自身の過去の罪すら忘れてしまいそうになるほどの平穏。

 そんな中で僕は、さらにずるい感情を抱き始めていた。


「隆一はさ、何で俺を拒まないの?」

「……んん?」


 なんのこっちゃと言わんばかりに大きく首を傾げる隆一。


「瑠里を――一人の友人を助けられなかったような人間に、どうして声をかけるのかなって」


 少しの沈黙の後、隆一が少し強めに言葉を返す。


「何回も言うてるやろ。あれは自分から死んだようなもんやって」


 彼はぴたりと立ち止まり、僕に向き直る。


「仮にそうでなかったとしても、俺は宗治を拒んだりしないと思うよ」


 にっと笑って、下手くそな標準語でそう言った。


「隆一に標準語は似合わないな」

「なっ……今のは目潤わせて『……ありがとう、隆一』とか言うとこやろ……!?」

「ああ、どうも」

「どうもってなんやねん、どうもって」


 夕日が沈み始める中、いつものように笑い合う。

 こういう、なんでもない日常がいつまでも続いてほしい。

 その裏で、僕はある想いを抱いていた。


「……過去を許されたいって思うんだ」

「過去って、姫奈嬢ちゃんの……?」


 僕は黙って頷く。


「今の平和な日常を維持するには、過去を隠して行く必要があると思う。だけど、出来ることならその過去すらも受け入れてもらえたら……なんて思ってしまうんだ」


 再び、沈黙が流れる。

 彼からの言葉はなく、ただただ波の音だけが鼓膜を虚しく伝わってきた。

 隆一は再び歩き出し、僕に背を向ける。


「それは、難しいんとちゃうかな」


 沈黙の後にようやく放たれた言葉は、やはり否定的なものだった。


「いくら宗治が姫奈嬢ちゃんと仲良うたって、そこは絶対に許されへんと思うで」


 確かに、隆一の言う通りだ。

 自分の親を殺した人間と仲良くやっていこうと思える人なんて、きっといない。

 僕がそれを明かしてしまえば、この平穏は壊れてしまうのが当然だろう。


「やっぱり俺は、姫宮家の人間とは距離を置くべきやと思う」


 くるりと振り返り、再び僕に向き直る。


「宗治自身のためにも、姫奈嬢ちゃん、龍斗坊ちゃんのためにもな」


 真面目な表情で、彼は僕に告げる。


「でも、俺は宗治がどないしようと止めはせん。お前のやりたいようにやったらええ」


 今度は少し寂しそうに笑って見せて、そう言った。


「……ああ、好きにさせてもらうよ」


 僕は隆一を直視できずに、海に沈む夕日を見た。

 友人を裏切るような、そんな気持ちが僕の中にあったからだ。


「まあ、自分から言うても言わんとも、どっちみちいずれバレるとは思う」

「……そう、かもしれないね」


 それでも僕は、今から抜け出すことを考えられない。

 この日常をどうにか継続出来ないだろうか。そんなことばかり考えていた。


「ほな、また姫宮家に遊びに行くわ」


 隆一はそう言うと、港町の方へと去っていった。

 気付けば辺りは薄暗くなり、涼しい風が吹き始めていた。


 ――やっぱり、いつか壊れてしまうのだろうか。


 ほとんど沈んでしまった夕日を背に、僕は宿へと向かった。

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