4-5 凶悪な盗賊か、あるいは殺人鬼か [◆]
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――『罪人は無垢な聖人になれると思うかい?』
少年は布団の中で考える。
あの日の宗治の言葉は、一体何を意味するのか。
考えに考えて、龍斗はある答えに辿り着く。
「宗治さん、過去になんかあったのか?」
例えば、過去に窃盗を繰り返してきた者が「荷物の見張りをする」と心からの親切心で言ったする。しかし、その者の過去を知っている人は、荷物の見張りなど任せる気になれない。
それならば確かに、過去に罪を犯した者など信用できないから、仮に本人は善意のつもりであったとしても他人には純粋な善人として捉え難い。つまり“罪人は無垢な聖人になりうるか”という宗治の問いに繋がる。
自分が人を守る姿勢をとるということ、それ自体が宗治にとって偽善になる――それはつまり。
「裏切った、のか?」
自分にとって守るべき人を故意で守らずに見捨てたとしたら、確かに真田宗治は罪人にはなる得るだろう。龍斗はそう考えた。
しかし、その罪人が後に人を守った場合、それは必ずしも偽善と言えるものだろうか。
「……心から守りたいって思ったなら、それはもう偽善じゃないような……」
悪夢に侵され続けて疲れている頭の中を、ぐるぐると考えが巡る。
「……やっぱりよくわかんないな」
龍斗は布団を頭まで被ると、目を瞑った。
そして、自分が守ると決めた一人の少女を思い浮かべる。
――もしもオレの力不足が原因であいつを守れなかったら、それは罪になるのか。
少年は自分に問うが、ものの数秒で答えが出た。
「ああ、まずそんなことになったら、オレ自身がオレを許せないや」
ぽつりと呟くと、龍斗は再び深い眠りについた。
夕暮れ時、丘は赤く染まっていた。
森の木のざわめきと海の波音に混じって、自分の名を呼ぶ懐かしい声がどこからか響いてくる。
「龍斗ー、どこだー?」
振り返ると、黒髪に黒目の青年がきょろきょろと辺りを見回していた。
自分の名を呼びながら、彼は探し回っていた。
龍斗は手を挙げて返事をしようとするが、手はうまく動かず、声は出ない。そしてこの状況で龍斗は気付く。
――これは、夢だ。
悪夢症で何度も悪夢を見てきた龍斗は、夢であることを判断できるようになっていた。
今から見る夢はきっと悪夢だということまで予測し、龍斗はどんな状況になっても大丈夫なように覚悟だけはしていた。
「あ、龍斗ー、こんなところにいたのかー。お兄ちゃん心配したぞー?」
青年はようやく龍斗に気づき、手を振りながら笑顔で近づいてくる。
龍斗と同じ黒髪に、少しつり気味の目。まぎれもなく龍斗のよく知る兄の顔だった。
しかし龍斗は知っている。兄は既にこの世にいないことを。これは夢であり、近づいてくる兄は自分の記憶でしかないことを。
兄が龍斗の5歩先ほどまで来たとき、急に重かった身体がふわりと軽くなった。声も出せるようで、龍斗は兄に挨拶を交わす。
「兄さん……久しぶり」
「お前ちょっと背伸びたかー?」
「……そうかも」
龍斗の額に、水平に向けた手のひらが触れる。
兄の胸元で、幼なじみに託した翠色のペンダントがキラキラと揺れた。
「いつかお前に抜かれそうな勢いだなー!」
「どうだろう」
自分自身の記憶から蘇った兄の言葉を淡々と受け止め、妙な情が写らないように振る舞う。
夢と分かっているのだから一見容易いことのように思えるが、兄が居る今が現実であってほしいと願う感情が、少年を夢の中へと引き込もうとしていた。
――これは夢だ。そして必ず悪い展開が待ってる。
――オレは悪夢症なんかに屈しない。
目の前の兄の記憶に惑わされないように、龍斗は平常心を保とうとする。
「そうだ龍斗、お前に警告だ」
「何? 兄さん」
ついさっきまでにこにこと八重歯を見せて笑っていた黒井明斗の表情が一変し、急に真面目な表情を作る。
「赤い髪に琥珀色の眼を持った男には、気を付けろ」
赤い髪に、琥珀色の眼。
少年の脳裏に、よく知る同居人の顔が真っ先に浮かんだ。
「なん、で?」
「なんでって……龍斗も勘付いてるだろ?」
兄はそう言って悲しそうに笑うと、龍斗の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
兄のその警告に、どくどくと心臓の脈打ちが速まる。
なぜ兄から彼の忠告を受けることになるのか。
確かにどこの誰かもよくわからない存在で、彼の過去を知るものは身近には誰もいなかった。怪しい存在と言われても納得できるであろう。
明斗は龍斗のくしゃくしゃになった頭をぽんぽんと軽く叩くと、二歩ほど下がってそっと右手を挙げた。
「元気でな」
「ちょっと待って、兄さん!」
一方的に別れの挨拶を告げる兄を龍斗は引き止めようとする。
が、再び身体が重い荷物を背負ったかのように重くなり、身動きが取れなくなった。
言うことをきかなくなった足を必死に前に運ぼうとするがその努力はかなわず、唯一動く口で訴える。
「待って兄さん! まだ話が――」
龍斗は叫ぶが、明斗は振り返ることもなく、その後ろ姿は少しずつ遠くなっていった。
「兄さん!!」
そう叫ぶと同時に、龍斗の目の前に広がる光景は一変した。
さっきまでの丘ではなく、殺風景な室内。
混乱する頭をなんとか回して、龍斗はそれが見慣れた自室であることを思い出す。
そして、膝の上に掛けられた布団を見て、自分がたった今夢から覚めたところであることをようやく理解した。
「そっか……夢だった」
夢の見始めは夢であることを認識していたのに、すっかり悪夢ウィルスの罠に嵌ってしまっていた自分に龍斗は落胆した。
そんな一方で、龍斗の心にはもう一つの感情が宿っていた。
「……過去は、繰り返されるかもしれない」
その感情は、悪夢症が引き金となってはっきりと表れた。
龍斗の中で同居人の存在が、敬うべき者から疑わしい人物となる。
凶悪な盗賊か、あるいは殺人鬼か。
そういった類の罪人だとすれば、少年は守るべきもののために動かなければならない。
ようやく芽生え始めていた彼への信頼は、今この瞬間に崩れ去った。
「あいつのためにも、まずは真実をハッキリさせなきゃ」
皮肉にも、大事な人を守るという使命を自分自身に課したからこそ増長された感情とも言えるだろうか。
「守る為には、仕方のないことですよね」
その場にいない相手に話しかけるように、ぽつりと彼の名前を呟く。
「――真田宗治、さん」
まるで、赤の他人の名を確認するかのように。




