第六話
「なな! えと、わこくにはどんなようせいさんがいますか!」
ヤタムナヤが自分から手を上げて質問した。
か、可愛らしい。可愛すぎてむしろあざとい……!
「……妖精はいないが、安全と危険の二つに大別すると、安全なのは家畜用の獣や穀物果実類、自然に生息している動植物。
危険なのはそれらに混じって闊歩している魔物や猛獣、魔物が他の生物と稀に交配して生まれた繁殖力の強い魔獣だ」
態度が軟化した。ヤタムナヤの質問にちゃんと話を広げて次の質問がくる様に返してる。
……彼女、意外と教師向きなのか?
「なんで、キケンなんですか?」
「猛獣は雑食、つまり何でも食べるし、食う量も多い。身体も中堅の魔獣と同等の大きさになるし、種類によっては番で、……夫婦や、複数の群れ、沢山集まって行動する。群れで狩りをする知恵もあり、農耕地や酪農家の被害が少なくない」
ヤタムナヤにも分かるように崩して説明してる姿は完全に教師だ。それに中々この国も自然の脅威に晒されているんだなぁ。
「なら、まものと、まじゅうは?」
「魔物と魔獣の違いは繁殖力、増える数の差だな。魔物は増えにくいが単体で強い。異能も使ってくる。魔獣は魔物よりは力が劣り、異能は使えないが沢山増える。
この二種類には共通点がある。人を喰う。それも魔獣に関しては多少の知能があるのか、待ち伏せや擬態、……何かに化けて襲ってくる」
確かに危険だ。あの過剰なまでの武装もそういった魔物や魔獣に対抗する為に作られたのか……。
? じゃあ、あの糞兵器は? 本当に対人用の兵器なのか? 魔物や魔獣の為に初めから作られたのか?
それに敵国の人間を燃料にしていたから、この国の人間である権藤課長は忌避感を持たなかったのか? それとも百年以上前の出来事だから、実感が湧かない?
違う。何だ? なんだこの違和感? この人命に対する考え方。魔王が国は人なり、人は国なりなんて言っているのに、敵国の人間には何故容赦が無かった? そんな考えなら敵も同じ人だろ? 捕虜とか囚人とかにして労働力にする筈だ。
寧ろ、都合が悪くて、都合が良かった?
百三十六年以上前から魔王はいたのなら、敵国なんて表現を使うか? 蛮族とも言っていた。本来なら外から来た侵略者などに使われる名称だ。
魔王はこの国の外から、来た? つまり、侵略者だった?
そう考えれば、辻褄は、合うのか?
現地の、倭国に元々いた自分に立ち向かった人間達は徹底的に抹殺、もしくは自分の兵器に利用した? 都合の悪い情報を隠す為。
その当時の付き従った人間達は、多分、大人達には安定した生活水準を与え逆らわない様に支配した。元々有った国に不満を持っていた人間を集めれば、新興国を発足する足掛かりにはなるよな?
付き従った大人の子供達、その子孫達には自分の都合の良い教えや、考え方を植え付ける為に学校を開き、自分の都合の良い駒にする準備をしていた?
魔王の狙いは、軍団を作る事? いや、違う。なら、敵国の人間も微々たる物でも兵力には相違ない筈だ。
敵国の人間には別の使い道があった?
「あの、権藤さんから聞いたんですけど、蛮族って呼ばれる人達って、今は完全に消えたんですか?」
「……いや、四年前に、奴らの、子孫の生き残りが、南の地を支配し、抵抗軍を擁立した。それが?」
殺気を感じる。彼女は左肩を掴みえながら、痛みを我慢する様に声を搾り出した。
その彼女の答えで、新たな質問が二つ、出来た。
「あの、抵抗軍の扱いはどうなっているんですか?」
「……抵抗軍の畜生共は、生け捕り、にして、首都の労働力にさせる」
「それと、もう一つ、魔王が捕まえた姫達の総数は誰が最初に伝えたのですか?」
「? 公式文書では、当時発足されたばかりの現在の自衛局……!?」
気付いたな
「そうですよ。ヤタムナヤの力を見た貴方なら分かりますよね?
どんな方法で二万人以上もいる姫を捕縛したのか?」
何処に姫達は行ったのか?
正解は多分、一部の姫は本当に捕まっている。今も檻の中に入れられている。でも……!
「大部分の姫は、倭国の外、そして抵抗軍の中かぁ……!!」
そう言った五郎丸の声は、憤怒に満ちていた。
その身に纏った真紅の闘気が立ち昇る様が彼女が何かを直感的に分からせた。
彼女は、二万八千四百三十一人目の新しい姫だ。
籠手が勝手に現れた。腕を取られた時以上の寒気がした僕はヤタムナヤを抱えて会議室の壁をぶち抜いて外に出た。
「あああああああ!!!!」
その絶叫と同時に会議室が爆発した。
私の故郷は南の農村だった。牧歌的な田園風景が今も私の心の中には残っている。夕陽に照らされた田畑は本当に心を癒してくれた。
私の家はその地ではそこそこ有名な農家で、祖父の代から魔王様に表彰され、褒賞として何度も土地を受領した。
幼い私は誇りに思っていた。
三歳になった私は翌年の春から両親達の手伝いをする様になった。
春に苗植えを両親に教えられながら、楽しくて泥まみれになりながら手伝った。
夏に村の慣習の手伝いで猛獣避けの臭い液の原料の汁出しの時は、幼馴染の子らと笑いながら大桶一杯の香草を踏み潰した。楽しかった。
秋には刈り入れた作物を運ぶ手伝いをし、疲れた私は父に背負われて家路に着いた。父の背中は固くて汗臭かったが、嫌な気持ちにはならなかった。
四歳になった私に母は真っ白なマフラーを編んでくれていた。母に礼を言い、父や祖父母、みんなの前で大切にすると宣言した。みんな笑って、喜んでくれた。
私も嬉しかった。
冬、私達の村を奴らが襲った。
幼い私は知らなかったが、抵抗軍は十年以上の下準備、魔王様から表彰された農村を襲い、大人は殺し、子供は本拠地に連れ帰る事で、その地の人間と入れ替わり、南の一斉蜂起に備えていたらしい。
配給所には必ず常駐の戦闘課の人間がいた。当時は配給所が設置される前の地方の村が多少はあった、首都から遠く、他の研究所がある街からも遠い私の村は絶好の獲物だったのだろう。
その日の最初に見たものは、今までに見た事のない顔で私を起こした母。
そのまま抱きかかえられ外に出た私が見た光景は、初めて見た地獄だった。
村が、家が、森が燃えている。
手伝いをした私を褒めてくれた隣の人が、鎧を着込んだ人に斬り殺される。
一緒に遊んだ事もある子供達が木製の檻に入れられ、泣きながら両親を呼ぶ。
世界が怖かった。
顔に返り血を付着させた父が、手に鍬を持ちながら私達を伴い逃げる。
背後から怒号が飛び、私はその怒号に怯え、泣き出した。
父はバルに乗って剣を持っていた男に、鍬で頭に一撃を与え男を殺し、バルを奪い私と母を自分の前に乗せ走り出し、私の村から見て北東部の研究所がある大きい街を目指した。
バルが潰れて走れなくなったので、バルを殺して食べた。
追っ手に勘付かれないように火も起こせず、火を通していない生肉を私は嫌がり、中々食べなかった。
母はそんな私に自分が噛み砕いた肉を口移しで与えてくれた。
筋張った血生臭い硬い肉は、噛み砕いてもとても不味かったが、食べなければ、生きていけなかった。
北東の街には歩きで向かう事になった。途方も無い旅が始まった。
気がつくと父がいなかった。食べ物を探しに行ったらしいが、冬の山には無いのに。
母は私に自分の乳を吸わせる事で私の飢えを紛らわせてくれた。
寝巻きに上着しか持ち出せなかった私達の家族は毎晩身を寄せ合って、身を貫く寒さからお互いを守りながら眠る事を余儀なくされた。
マフラーを取りに行きたいと駄々を捏ねたが、許されなかった。
悲しくなって泣き出すと父は私の口を押さえた。苦しくなって、母が止めに入るまで父は口を押さえた。
その時の父の目は覚えていたくない恐ろしい目だった。
私は、一人だった。
途中で父はバルの生肉の病気にやられて、苦しみながら、死んでしまった。
衰弱した母は父を埋める事も出来ず、放置した事に戸惑いながらも、私を連れて旅を続けた。歩き続けた。
そして、消えた。父の元に戻ったのだろう。
私は、一人だった。飢えを凌ぐのに左手の爪を噛んだ。痛みは無かった。一歩一歩、一噛み一噛み、爪が無くなるのも時間の問題だった。
左手の爪を食い尽くした。
歩きながら木の皮で飢えを凌いでいた私は、足を滑らせ崖から落ちた。下は川で、不思議と岸に上がれたが、左手は鋭い岩にでもぶつけたのか、二の腕の中頃で皮一枚で繋がっている状態だった。
限界だった私は迷う事なく、自分の左腕を食べた。
味はなかった。
私は、骨だけになった自分の腕を捨て、絶望感と寂寥感、何もかもに疲れて川に身を投げる事を決めた。腹が膨れたとは言え、まともに立てない私はそのまま下流へと流された。
すると運良く、川下の村に拾われ、帰省していたその村出身の研究所の人間に最低限の治療を受け、病院のある街まで魔竜機で運ばれ命を助けられた。
病院で目覚めるのに何日も掛かったらしい。
衰弱して口もきけない私に、通報で駆けつけた憲兵課の人間が大まかに両親について話してくれた。
私達の家族はいつの間にか北東ではなく、北西に向かっていたらしく、北側の私の村と山の中間にある森で父の物と思われる遺体の一部が見つかったと言われた。
魔物か魔獣の食べカス。という事だろう。
母は依然として行方不明。父と同じく喰われたんだな。と、当時の私は思っていた。
そして、村を襲った連中について聞き、身勝手な目的に怒りの感情が私の心を覆った。
私は治療を受けたベッドの中で右手を握り締めて、心に誓った。必ず、残ったこの手で抹殺してやると。
奴らの目的である、姫という異能者の奪還。それを阻止し、屠る為の戦士になると。




