第五話
「それで? お次は何処を案内してくれるんですか?」
「いちいち癇に障る奴だ」
次の場所へ歩きながら向かっているが、ふと疑問に思う。
「徒歩以外の移動手段はないんですか?」
そう、ここの敷地はかなり広い。敷地を上から見たら恐らく人間は点ぐらいにしか見えないと確実に言える。
一個前に案内された研究棟のある建物は宿舎から大分離れた憲兵課の建物と宿舎に近い戦闘課のちょうど中間地点にあり、三日前の交渉を行った所長室まで、地下闘技場から出る出口を探すのに多少戸惑ったとはいえ、全力で走ったというのに体感時間で三時間はかかった。
何らかの移動手段が必ずある筈だ。
「魔王様が考案なされた小型魔導車があるぞ」
おぉ! 異世界の乗り物に乗れるのか!
「使いましょうよ! それ!」
「……ない」
「え? なんですか?」
そっぽを向いたまま彼女ははっきりと答えた。
「免許を持ってない」
……人の事を言える立場じゃないからなんとも言えなくなってしまった。
気まずい沈黙が僕達の間に流れる。
「んみゅ……」
僕の背中で未だ夢の中にいるヤタムナヤの可愛らしすぎる寝言が、この場における唯一の平穏だった。
「此処は、貴様らも分かるな」
「えぇ、地下闘技場への出入り口のエレベーターですよね。まさか、入るんですか?」
もうあんな所はごめんだ。あそこに居る看守の邪悪さも加味したら、いっその事、あの看守ごと地盤沈下でも起きて無に帰してほしい場所だ。
「いや、あの一件で地下闘技場は完全に封鎖される運びになるだろう。元々、研究棟の地下生体研究施設から、直接実験動物を保管する為に出来ていた巨大な施設を、拡張して第伍研究所の成果のカサ増しとして作られたからな」
「え? 待って、ここって財政難?」
成果のカサ増しなんて、下手すりゃ粉飾決算の扱いになるんじゃ?
「当然だろう。
今のご時世、蛮族の国が使っていた生物兵器より馬力のある機械兵器が主流だからな。
支流を下るバチはいない」
何だ最後の。諺か? この世界特有の諺か? バチってなんだ!?
その顔は何だよ……? まるで俺が支流を下ったバチみたいな……。
そんな、そんな目で見るなよおおおお!!
バチ? 五郎丸に詳しく聞いたら、僕の世界の鮭みたいな魚だった。
所長に騙された……。月に金貨五枚なんて嘘だったんだ……。日本円で換算して月に五十万円の好条件なんて夢のまた夢だったんや……。ははは……。
その事に気付いた僕に目を覚ましたヤタムナヤは、落ち込んでいるのを察して頭を撫でて慰めてくれた。五郎丸は多分、見下した目でニヤついていたに違いない。
涙がちょっぴり出た。そして僕の中で研究所=ブラック企業の烙印が押された瞬間だった。
ま、初めての給料で驚く事になるのだけれど。
部屋に帰ったらヤタムナヤと一緒に遊んだり、部屋に備え付けられたお風呂で一緒に疲れを癒したりして、大人しく寝た。
個室に風呂場があるのにも驚いたが、木製の浴槽と掛け流しのお湯は日本に戻った気分になり嬉しくなってしまった。
ヤタムナヤ、結構あったな……。
「おい! 尾口! 起きろ!!」
あぁ、また朝から五月蝿い奴だなぁ。はいはい、今開けますよ〜。
頭を掻きながら、叩かれていたドアを開ける。
「ん〜? 何だよ、五郎丸?」
「!? ば、馬鹿者!! ふ、服を着ろ!!」
「ぬぉ!?」
僕の眼の前でドアが勢い良く閉められる。なんだよー。
あ、僕寝る時は基本的にパンツ一枚だったー。
ヤタムナヤは勿論、パジャマ着用してベッドで僕と一緒に寝ましたよ。
だからロリコン違う。
さ〜て、服着てヤタムナヤを起こしますか。
今日から仕事とは名ばかりの授業を受けるのだが、肝心の講師がポンコツになっている。具体的には、朝食を食べている最中も、戦闘課の会議室までの道程でも、俯いたままブツブツブツ……。
それで長机に隣同士で並んで座ったヤタムナヤと授業を受ける感想を聞いている。
ワクがむねむね! じゃなく胸がワクワク! と言ってくれて、僕も同じ気持ちだと告げた。
「お、お前、い、いくら姫とは言え、幼気な少女と、ね、ね寝るなんて、だ、駄目だ……! ひ、非常識だ……!」
顔を真っ赤にして今注意すんなよ。ムッツリおぼこ娘。
「なんで、ナナ? テツローあったかいよ?」
ヤタムナヤが初めて僕以外の人間に質問するなんて、僕の知る限りでは初めてではなかろうか? しかも、自分を殺そうとした相手に、しかも名前呼びで質問をするなんて……。
この子は本当に大物だ。
だけど、ヤタムナヤその発言は色々危険だ。僕の社会的立場とか、信用とか。
「き、貴様! 私を気安く名前で呼ぶな!」
本当にこいつで大丈夫だったのだろうか? この人選はあの詐欺所長によるものなんだろうなぁ……。
「テツローはね、すっごいあったかいんだよ? 一緒にいる時も、一緒にねる時も、手をつないだり、なでなでしてもらうともっとあったかくなるんだよ?
ぎゅーてしてもらいたくなるし、もっともっとお話ししたいって思うんだよ? テツローのこともっと知りたい! って。
そう思っちゃ、だめなの?」
「……! ……」
この時の五郎丸の顔は何だか、胸にヤタムナヤの言葉が、純粋で一直線な想いが突き刺さって、苦しんでいる?
……まさか、この一部が本当に機械女に限って?
でも、その時初めて、感じた彼女の明確な感情。
初めて見た彼女の泣き出しそうな顔。
僕はそれを見て、何故か彼女も救いたいって思ってしまった。
「……それでは倭国について、教えてやろう」
あの後、会議室から出ていってしまった五郎丸は、暫くしてから戻ってきた。左目を真っ赤にして。
雰囲気がかなり張り詰めていて茶化したり、煽ったり出来ないと心の底から思った。
ヤタムナヤはその間、僕にくっ付きぱっなしだった。自分で言って気持ちが抑えられなくなったらしい。
こんな感じの娘がいたら最高だったろうな……。
「まず、我が倭国は貧富の差を無くす為に全ての働いている国民は我が国の公務員となる。その給料や商売の収益の殆どは首都の本城に集められ、より良い我々の生活の為に使われる。我々倭国研究所の職員も然り。私の給料は市井の医者や学塾の教師と大差ない銅貨五枚だからな」
ん? まさか、この国は社会主義なのか!? これは聞かねば!
「先生! 質問です! この国は社会主義国なのですか!?」
「社会主義? いや、我が国は人国主義だ。人は国なり、国は人なり。その考えの元、魔王様がお作りになられた制度はどれも素晴らしい」
なんだ、違うのか。でもその制度は聞きたいな。隣のヤタムナヤも興味津々に渡された書き損じた書類の裏側の白紙でメモを取って、……うん、メモだ。絵とかも見えたけど、今は講義に集中しよう。
「まず一つは配給券だな。 月に三、四度に分けて国の配給所から必要最低限の食料、水、調味料、生活用品を一般の市場で手に入れるよりも格安で手に入れられる。
具体的には銅貨三枚相当の物資が国の配給所で配給券を使うと鉄貨八枚で買える
その次は住居だ。基本的に全ての国民に無償で提供している。何か特別に成果や活躍を見せれば報酬として家や新型魔導車、場合によっては土地まで受領される」
やっぱり社会主義国じゃねぇか!!
キュ○バだよ! 完全に魔王の奴、あのチェ○ゲバラさんで有名なキュ○バの社会主義をモロパクしてるよ!?
あれ? という事は、魔王は僕の世界の人間?
「あの、人口は?」
「確か、先月十万人を超えた」
人口まで把握できてるのかよ……!
以外とこの国は政府が機能してるのかも知れない。




