第四話
「お前の話は正直、極度にイかれた話だ。薬でもやってるのか? と、疑いたくなるが、なるほどな。それで私が……」
僕は犠牲者の方を埋葬する為、訓練室の隅を三メートルほど掘り返して簡素なお墓を作っていた。
犠牲者の方を慎重に、これ以上傷つかない様に穴の底まで運ぶ。
五郎丸さんにここまでの経緯を異世界転移? の事は話さず、殆ど喋り尽くした。
「女の人がイかれたとか言わないでくれない? ヤタムナヤの前ではそういうの止めてくれる? 教育上、良くないんだけど?
あと一人で納得しないで欲しいんですけど?」
穴の底に犠牲者の方を横たえ、穴の壁を配管工の様に跳躍して上に登っていきながら、五郎丸さんに問いかける。
名も知らぬ方、さようなら。
僕は振り返らなかった。
上に着いた僕は掘り返した土を戻して、埋める。
地面が平らになったら、鎖の環を一つ外して剣ぐらいに巨大化させて、十字架の墓標に見立てた。
真っ赤な墓標なんて不吉で不謹慎で、色々な元の世界の人達にも失礼極まりないと思うが、この場には僕の鎖以外だとあの忌まわしいゴーレムの残骸しかないので、納得して頂きたい。
それでも、やっぱり本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
そして、五郎丸女史、ギブミー説明。
「あの姫はヤタムナヤ、と言うのか。聞いた事のない名だ。
私達に教えられ、知っている限りの百年前に確認された姫は全部で二万八千四百二十八体の中には見た事のない名前だ」
は? なんか今聞き間違えたかな? 説明早くしろ。
「ヤタムナヤは二万八千四百三十人目の姫ですよ?」
「(ピクッ) お前のその話を信用すると、明らかに隠蔽されているな。しかも二体も……!」
カチン! と来た。ねぇ、このバカ女。僕の前で二度も体って強調して言った。人って数えないで体って言ったー。
ねぇ〜どうするぅ? 籠手子ぉ? 殺っちゃう? ブッチしちゃう? 机窓から投げちゃう?
(ソノ、変ナ言葉遣イ、ヤメロ)
分かった。分かったから器用に籠手を縮ませないで。そんな事もできたんだね。
籠手子、有能だよ籠手子。
だから、やめれ?
両腕が鬱血しちゃうぅぅ!
「おい、なに器用に地面にのたうち回って、両腕を振り回して遊んでいる」
くそ! この性悪×××! ほくそ笑んでやがる!
「お前のその腕もう一回食いちぎったろか!?
て、あっれー!? この前より大分小ちゃくなっちゃいまちたねー? あっれー!?」
「(ピクピクッ!) ほう? 面白い?
貴様の様な軟弱な、ど! 素人が身の丈に合わぬ力を振り回した程度で、私にまた勝てるとでも?」
顔に浮き出る血管の数が増えてるー! こいつ煽り耐性ゼロだー!
軟弱とはなんだ!! 軟弱とは!?
こ、これでも夜雨をお姫様抱っこしたくて、喜んでもらいたくて、結構鍛えたんだぞ!! 僕ぁ!?
「上等だ!! 今度はその腕も奪ってやる!! 年増!!」
籠手から鎖を左右で合計十八本出して、戦闘態勢になる。
「後悔するなよ!! 今度は全身の部分を切り離してやる!! 少年!!」
五郎丸の服の左腕部分が燃え始める。
肩口の所まで燃えた服の下から出てきた義手が、分解と再構成を繰り返し人間の腕に近い形から、直剣のような形の黒い刃になる。
(コンナ下ラナイ事デ……!)
籠手子、なんか感情が生まれてきてないか?
籠手子? なんでさめざめと泣いてるの?
どちらも臨戦態勢に完全に入り、後はぶつかり合うだけだ。
そこに思いがけない乱入者が現れる。
「待ちなさい!!」
「不破所長?」
あれ? 所長さんと権藤課長だ?
所長さん不破って名前だったんだ……。
今更だけど、異世界なのに何で会う人会う人、みんな日本人みたいな名前なんだ?
それは今度誰かに聞くとして、権藤課長?
「権藤課長? ヤタムナヤは? 二十文字以内で」
「外周させた。十秒で倒れたから救護室」
ノリがいいな。って倒れた!?
すぐさま駆け出そうとしたが、それを制する様に権藤課長は言った。
「安心しろ。救護室で寝てるから、後で迎えに行け。場所は教えてやる。
何処に行こうとしたんだ? お前?」
そんな事言って、もし救護室にヤタムナヤ目的のロリコンがやって来たら如何するんだ!?
只でさえ前例の件があるというのに……!
ヤタムナヤの魅力は僕が寝ている間に女性職員に風呂に入れてもらったらしく、十倍は上がっていた。
傷んでいた長髪は艶を取り戻していたし、肌も分かりやすいぐらいに白くなった。
今日起きた時に、鼻をくすぐった女性用と思われる洗剤の匂いにドキッとしたのは秘密だ。
やばい、不安しかない。
今のあの子は間違いなく、十人がいれば十人が百人に言いふらして一千十人に認められてもおかしくない、隔絶した美少女なのだから。
もーるさんが夢中なのも納得だった。
「私がここに態々足を運んだのは他でもない。
これから五郎丸くん、尾口くん、ヤタムナヤくんに関する本部からの辞令を伝える」
え? 本部から? 辞令って何に対する?
「尾口 鉄郎 並びに ヤタムナヤ両名は本日を以って、五郎丸 漆 係長の補佐官に命ずる」
「係長、ですか? 私は、まだ十九の若輩ですよ!?」
え!? 年下!? それでその胸!? あの筋肉!?
反則だろ……! 何食ったらあんな腹筋になるんだ……!
「それに、現係長は承諾したのですか?」
「……彼は本部に引き抜かれた。
表向きはそうなっているが、君達は当事者だ。真実を知る義務がある。
正直に言おう。彼はね五郎丸くん、君との交換人事だよ。強制的にね。
最初から君がここにくる事は仕組まれていた」
おい、何だよ。明らさまな陰謀じゃないか?
あれ? 待って?
「さて、それじゃ五郎丸係長。彼の職場見学に案内役として付いて回ってくれ。
二人共、仲良くね?」
「「……えぇーーーーーーー!!!!」」
なんでこの女の、しかも部下なんだよ!?
それから、翌日、早速施設の案内に出かけさせられた。
あの衝撃の辞令の後はかなり揉めたが、真面目な五郎丸(年下と分かったからさんは外した)は所長さんと権藤課長の命令に従った。
僕は給料や休日について詳しく聞いた後、了承した。
所長と同等の権力と給料に目が眩まない程、善人じゃないので。
ヤタムナヤにちゃんとした教育をすると確約があったのも大きい。
勿論、僕も授業に参加する。
この世界の知識に関しては赤ん坊並みに何も知らないからね。
その時の詳しく就労条件を聞いている僕を見る五郎丸の顔は、苦虫を噛み潰したような顔だった。
昨日はもう夕方頃だったので救護室にヤタムナヤを迎えに行き、お姫様抱っこでそのまま部屋に戻る。
そのついでにストーキングしてきた五郎丸を鎖でとっ捕まえて、宿舎の説明をさせた。
「ここは戦闘課の宿舎だ。貴様らの住居でもある。
さて、貴様らの部屋は、三階の、……なぜ私の隣なんだ?」
「僕達が補佐官だからじゃないですか? 五郎丸係長」
こんな煽りに顔を真っ赤にして睨んでくるなよ、老け女。
皺が増えるぞ?
そんなやり取りの後、一瞬にらみ合い、同時に自分達の部屋に入った。
あのままだと多分、喧嘩とか乱闘に突入していたな。うん。
そして、ヤタムナヤを一つしかないベッドに寝かせ、僕は暫く徐々に暗くなる窓の外の景色を、備え付けの椅子に座りながら眺めて、感慨に耽っていた。
今朝、そのまま寝てしまったらしく、椅子に座ったまま寝ていた僕とベッドで寝ていたヤタムナヤは、ドアを叩く音で起こされ、僕が開けたドアの先に待ち構えた五郎丸に、二人一緒に五郎丸係長の施設案内ツアーへの参加を強制された。
そして今に戻るが、今日最初に案内されたのは僕達を捕まえた変な奴らの詰め所だった。
「ここは貴様らを捕縛した被験体管理室特殊武装隊の宿舎を兼ねた詰め所だ。
……実際の所、貴重な税金で雇った小汚い傭兵が勝手に名乗っているだけだがな」
「じゃ、壊滅させますか? 係長?」
「かなり物騒だぞ? 仮にも装備は研究所の物を支給しているから、数で来られると手強いぞ?」
「否定と制止をしろよ」
「テツロー、お腹すいた」
まぁ、確かに下品な人にしか今の所会っていないから、無くしたいな。
ヤタムナヤの健全な精神の成長にも悪そうだし。
ヤタムナヤの要望により、食事をしてから次の場所に行く事になった。
食堂は全ての課の宿舎の一階にあるので、戦闘課の宿舎まで戻る羽目になった。
朝食ぐらい食わせてから案内を始めろよ。と、心の中でだけ思った。
ヤタムナヤは初めて見る食堂に興奮していた。
「いい匂いがするね! テツロー!」
なんて事を言われた。
ヤタムナヤはこれが「美味しそうな匂い」とは言えないんだな。
恐らく、彼女は食事を彼処に囚われていた長い時間の中で忘れ去ってしまったのかもしれない。
これが囚われてた姫の弊害、か……。
一般常識の欠落。
あまりにも哀れな少女の頭を僕は優しく撫でる。
ちょっとだけ、荒んだ気持ちが晴れた気がした
食堂で出された食事は意外な事に野菜や何かの肉などの具材がゴロゴロ入っているコンソメ風のスープと、香ばしいライ麦パンに似ている四角いパンだった。
和名の人間ばかりだからてっきり日本の文化に近いのかと思い、和食に期待していたのだが、ここは異世界だ。
文化がごちゃ混ぜになっていると思うのは仕方ない。
ヤタムナヤがスプーンの使い方や、パンの食べ方を知らなかったのに彼女の人生を思い、悔しくて泣きそうになった。
僕や周りにいた女性職員の人が教えたら、直ぐにスプーンを使ってスープを飲み、パンを頬張っていた。
リスみたいになった彼女はとても愛らしかった。
五郎丸は僕達とは離れた席で食事をしていた。
彼女の席の周りには、誰一人いなかった。
腹も満たされ、僕達が次に五郎丸に案内されたのは研究棟の建物の前だ。
古びてはいるが研究所のイメージにピッタリな白い建物だった。
ヤタムナヤ? 僕が背中に背負って、寝息を立ててます。
僕はそのまま五郎丸の説明を聞く。
「これは研究棟の建物だが、あまり第伍魔力研究所では突出した結果は出された事はないな」
ん? 研究所なのに?
「どうしてですか?」
「ここの立地だ。
休火山の中腹を均して作られた此処は、首都から遠いのも要因になって、資材運搬にも莫大な費用が掛かる。
研究用の材料の中には取り扱いを間違えれば危険な物や、壊れやすい貴重な機材もある。
運搬技術も上がってはきているが、この猛獣や魔物もいる危険な山を登り運搬できる機械や人材は戦闘課の前衛班に引き抜かれてるよ。
だから此処は万年、材料、機材が他の研究所より数年から数十年遅れてるんだ。その遅れが研究にも出てるんだよ」
「なら最初から麓に作ろうよ」
説明を終えてドヤ顔の彼女に僕の冷静な突っ込みを入れる。
五郎丸は固まった。
あれ? 業腹だった?
「き、きっと魔王様には何かお考えがあるのだ!」
まだ魔王を信じてるのか? こいつ?
「いや、絶対、麓に作った方が良かったって。
建材の運搬費用とか、土台を均す為の重機とかの運搬も麓の平らな所で作ってれば、全部抑えられただろうし。
何でこんな場所に作ったんだろう?」
魔王は意外と馬鹿なのか?
それとも、確固たる目的の為に布石として考えていたのか?
僕の中での魔王の評価は未だに付けられないままだ。
案内ツアーはもう少し続く。




