第三話
「人間の、魂、ですか?」
車椅子から立ち上がり、ゴーレムに近付く。車椅子には所長がヤタムナヤをそそのかして無理矢理乗せられた。ヤタムナヤは楽しそうに僕の乗っている車椅子を押してくれてた。ただ怪我のせいで多少は身動きが辛いと思ってはいたから、正直助かった。
怪我自体は塞がっただけで、右腕もなんだか前と違って動かし辛い。一拍遅れて反応している様に感じてしまう。素人目に見てもリハビリが必要だ。
ゴーレムはコンテナを出てから、二、三歩で歩みを止め背中の排気筒から勢い良く煙を噴出する。
止まったゴーレムの錆の浮いている胴体に手を当てながら、よく観察してみる。触れた所から動力源から発せられる振動が伝わる。
その振動が燃料にされた人達の慟哭に僕は感じた。
その様子を見て、何をどう間違って気を良くしたのか課長さんはゴーレムについての説明を始める。
「そうだ。このゴーレム、『雛形』は魔王様が打倒蛮族の為に作られた兵器の中じゃ一番古い物だ。全長は5m。総重量は10t。進軍速度は人間が歩く時の速さと同じぐらいの時速4.8kmから5.4km。武装によっては軽くなったりするからな。
今つけてる武装の特徴は相手を近付かせずに一方的に殲滅できる攻撃力と、剣なんかじゃビクともしない分厚い装甲板だ。
首都で開発された最新型は人と同じ大きさでこの『雛形』の百倍の性能を持ってるらしい。俺も現物を見たわけじゃねえがな?
今は見ての通り、使われなくなって百年以上。当然錆び付いていて、倉庫の肥やし状態でな」
この人は、目の前のこの物体が人間の魂で動いている事に何の疑問も持たないのか?
なんで冷静にこんな物の性能を説明し続けられる?
「あの、コレ……」
「ん? あぁ、胸にあるプレートか? それは敵を油断させ、葬る為のダミーだ。
戦争があった百三十六年前には敵国に、プレートの頭文字を潰せば機能は停止するというデマゴギーを流した。
実際は動力源に過負荷を起こし半径2mの範囲を吹っ飛ばす爆弾になる。
機体の破片なんかは爆発の勢いで10m以上は拡散したらしい。
ゴーレムの被害は寧ろ爆発の方が多いのではないかと唱える研究者もいる位だからな」
目眩がする。この人は僕がコレと言った時、真っ先に胸にあるプレートの事だと何故思う?
人間の魂は? どうやってそんな、何処に? 何処にあると?
「魂、は?」
「今のこいつに積んでるのは、第伍研究所にある中で比較的劣化の少ない型の動力源でな。お前さんの訓練の相手が務まる様に徹夜で後衛班の若い奴らに任せたんだが、順調だな。
燃料の補給は、プレートの真下辺りの鍵穴の下に溝になってる取っ手があるだろう。其処を手前に引いて中に生きた人間を入れるんだ。最初は五月蝿いが直に止むからな。気にするな」
動揺していて気付かなかった。よく見ると確かに鍵穴が有り、そのすぐ下に取っ手になる溝があった。本当にあった。
もっとよく見れば、適切な表現じゃないが、投入口には爪の引っかき傷の痕、人の指で擦った痕、血液指紋と思われる物も無数にあった。
最後の最後。これに入れられるのを必死に抵抗した人達の痕跡が百年以上経っても消えないなんて……。
最後に投げ掛けられた「気にするな」も、人の魂が入れられた事象に対するものじゃない。中で暴れてもがき苦しむ人の悲鳴に対して。まるで騒音に慣れた家の住人に招かれた客に対して言うみたいな……。
こんな無粋の極みが、非人道的な兵器が存在していいのか?
「いいわけ、ないだろ……!」
歯を思いっきり噛み締めて、声を捻り出す。
壊さなくては。この殺戮棺桶に殺された人や燃料にされた人達の無念を贖わせなくては。
「課長さん。どうも、説明、……ありがとうございました」
「おう、じゃあ俺は嬢ちゃんの訓練に戻るからな。好きにやれ。後1分もしない内に動き出して戦い始めるぞ。『雛形』の標的は尾口、お前だ」
分かってるよ! こんなもの出されて訓練しろ。と言われたらコレと戦えって事ぐらいは!?
掴みかかって殴り倒したい気持ちを拳を握り締めて我慢する。
こいつらを殴るのは今じゃない。今は鍛える。自分の意思を貫く為。ヤタムナヤを守る為。……魔王を倒す為。
「あ、俺の名前言ってなかったな。俺は権藤。権藤 碇だ」
「はい。権藤課長。好きにさせてもらいます」
あんたも必ず、いずれとはいえ、必ず殺す。
そんな気持ちを籠手に写し出す。構えるのは両腕のみ。
その両の腕に宿った異能は貪欲に只々、目の前の獲物を貪る為にある。
再起動した兵器が僕の存在を炎の瞳で見た瞬間、二つの銃口が僕に向けて火を吹いた。
僕は空中に全力で飛ぶ。ただ跳躍しただけで軽く25mは上に行った。訓練室の高い天井にも着きそうな勢いだ。
自分の肉体には確実にあの日食らったメアリーの身体能力が付加されている。これなら着地も安心できる。
下を見ると僕のいた訓練室の床の土にバスケットボール大の穴が幾つも出来ていた。殺す気満々だな。
それを確認して空中で一瞬静止するとそのまま慣性の法則に法り、重力に逆らわず勢いを増しながら『雛形』に向かって籠手を盾にして突っ込んでいく。
空中にいる僕に向かって『雛形』は先ほどの様に連射してくると思っていた。
だが、『雛形』は僕の考えと裏腹にエネルギーを充填し始め、銃口の先に光が集まっていく。籠手が警告してくるが、僕は籠手を両方ともあの日の『顎門』が展開した姿、名付けるなら『砲口』にさせ、自分の中のエネルギー、多分、ヤタムナヤ由来の魔力を籠手に集中させる。
そして満たされたと同時に放たれた、四つの光弾。お互いのそれがぶつかり合い、僕と『雛形』の間の中空で大きく爆ぜた。
それが戦闘開始の合図になった。
(籠手、聞こえるか?)
爆発で吹っ飛ばされた僕は四つん這いで着地に成功し、元いた場所から約15mも後退していた。籠手も普通の状態に戻っている。
心の中で呼び掛けると淡く発光して答えてくれた。認めてくれたのかと嬉しくなるが、どちらかというと拗ねた感じがするのは何故だ?
その時、メアリーの動物的な本能まで取り込んだのか、それとも籠手が反応してくれたのかは分からないが、達人同士の決闘などで見られる時間がゆっくり進んで行く現象が起きる。爆発で巻き上がった土煙の中から、僕の方向に銃身が向けられた。
銃口から連続して放たれたのは鉛の銃弾ではなく、光弾。
それらの全てがスロー再生されているビデオを見ているみたいだ。
あの日、五郎丸さんが放ってきた光弾よりは痛くなさそうだが、当たってやる義理なんて此方には無い。
そのゆっくり動いていく時間の中で僕は常時の二倍の速さで、光弾の弾幕の間を『雛形』に掻い潜りながら、時には軽めに跳ねて避けながら向かっていく。
途中で僕の後ろへと飛んでいく光弾を二、三個流し見たが完全な球状じゃなく、弾丸の様な形をしていたのには驚いた。
そして、光の弾幕から抜け出し『雛形』の懐に入った。
「喰らえ!!」
その声に呼応して、両腕の籠手が『顎門』になり銃身に食らい付き、そのまま林檎を噛み砕く様な抵抗の少なさで完璧に武装を破壊した。
完全に無防備となった『雛形』は意外にもその重量を活かしたのしかかり攻撃をしてきた。
だが、そんな攻撃をしてくるという事は完全に手詰まりという事だろう。
僕は難なく10tあると言われた胴体を両腕で受け止めて見せた。この兵器に表情があったら泣きながら命乞いをしてくるんじゃなかろうか?
悪いね、お前に対する慈悲の気持ちなんか、今の僕は雀の涙ほども持ち合わせてないよ。
受け止めた状態から顎門に変化させた籠手で胴体に牙を食い込ませ、思い切り力を込めて噛み砕き、布を引き裂く様に左右に引っ張った。
噛み砕かれた部分から部品や液体が飛び出してくる中、僕の目の前に飛び出してきたのは原型を留めないまでに溶けた肉体を纏った状態の髑髏。
これに燃料として入れられた最後の人の末路だろう。普通ならその場で吐いてもおかしくない光景だ。でも、そんな気分にもならないのは、今だけはありがたい。
動力部を完全に破壊された『雛形』だった物を脇に投げ捨て、その人を受け止める。
自然と涙が溢れてくる。立ち込める悪臭の所為じゃない。
今までに喰われた魂の余りにも惨すぎる最期に、僕はその人を抱き締め、涙するしかなかった。この人達の鎮魂を願って。どうか、安らかに。
せめて、この人のお墓くらいは作ろう。
(……ありがとう)
そんな、女の人の声が聞こえた気がした。
「おい、尾口」
僕は地面に倒れて仰向けのまま泣いていた。最後の犠牲者を抱き締めたまま。
僕の顔を立ちながら覗き込んできたのは五郎丸さんだった。
彼女の今の格好は軍服に白衣を着ているなんとも色気の色の字もない変な格好だ。下はズボンでスカートじゃない。
例え彼女がスカートだったとしてもこの人のパンツを見たいとは思わないが。
「……どうも」
「訓練は、終わった様だな」
そう言いながら、僕の腕の中にいる人を見る彼女。
? 何だか、憐れんでる表情に見える。彼女が俯いているからか?
そういえば、何で……。
「どうして、此処にいるんですか?」
「……貴様らに、特にあの姫に話を聞きたくてな」
僕が質問をすると視線を逸らして、要件を伝えてくる彼女。
……どうしてだろう。話を聞きに来た人の醸し出す雰囲気じゃない。明らかに職務質問とか尋問をする時の刑事の雰囲気だ。
ん? 待てよ? このままだと僕に話を聞いてくるぞ。
「まあ、お前でも良いだろう。あの姫は、いや、そうだな……。お前達は一体何者だ?」
……やっぱり。しかし、全部纏めて話すには丁度いい質問だな。
その頃、第伍研究所の屋外にて、ある密談が開始された。
首尾は?
安心しろ。ここの外周を一周させたら、案の定、半分も行かないうちに酸欠で倒れてな。
慎重に運んで救護室に預けた。お前さんと話をするのに、どうしてもあの嬢ちゃんを口実に研究所の中から抜け出さないといけなかったからな。丁度よかったよ。
それで、彼らはどうだった?
嬢ちゃんは普通の人間だ。
何かの声が聞こえるらしいが、あの年の頃には、そういうのは良くあるだろ?
そ、そうか……。なら、彼の方は?
さっき有線で録画しておいた戦闘記録を見たが、……予想以上だ。旧型とはいえあのゴーレムが単騎で、多少は苦戦してたが最終的に完全に壊した。無傷でな。
それなら、彼を勧誘すれば… …!
あぁ、間違いなく、戦況は傾く。
やっと朗報を伝えられるな。特に南の連中は喜ぶだろう。
あぁ、全くだ。お互い、上手くやろう。
当然だ。全てはリジュエの為に。
リジュエの為に。
そうして会話を終えた彼らの内ポケットに入っていた物。
それは百三十四年前に滅亡した王国、『リジュエ』。
その王配、当時の有力な公爵家にのみ許された六家紋、『忠義』 、『栄誉 』、『武功』、『理性』、『信心』、『正義』の内、『忠義』を表す猟犬と『栄誉』を表す大鷲の彫られた勲章だった。
今やそれも意味を変え、現代では抵抗軍の上位メンバー、幹部の印である。