表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱な従妹に思いやりがない」? 婚約者様、それが私に何の関係が?  作者: さんけい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/66

45 嫌な予感のする電報

 翌日の午後、キャサリン姉様あてに電報が届いた。

 居間へ入ってきた執事が銀盆の上に載せていた時点で、私にはもう、何となくそれが姉様のものだと分かった。

 薄い紙の折り方と、封をしない電報独特のそっけなさは、手紙とは違う緊張を帯びて見える。


「キャサリン様へ」


 やはりそうだった。

 姉様は、ちょうど窓辺で封筒の整理をしていらした。

 留学中の婚約者へ送る手紙の控えやら、先日出した電報の写しやらが、小卓の上にきちんと重ねられている。


「ありがとう」


 そう言って受け取られた時、姉様の表情はまだ穏やかだった。

 先日、こちらから打ったのは短い電報だった。

 要するに、こちらの家で少し面倒なことが起きている、委細は手紙で送る、そちらからも取り急ぎ返事がほしい――そういう意味のものだった。

 だから、今届いたのがそれへの返しなら、せいぜい数語で済むはずなのだ。

 無事受領した、であるとか。手紙を待つ、であるとか。あるいは、心配している、くらいの。

 けれど、姉様は電報の紙をひらいた瞬間、目を止めた。

 その場の空気が、ほんの少しだけ変わる。


「姉様?」


 私は思わず呼びかけた。

 キャサリン姉様はすぐには返事をなさらなかった。

 紙面をもう一度、最初から確かめるように見返してから、ようやく小さく息をつかれる。


「……電報返し、ではないわね」


 その声が、少し低かった。

 私は思わず立ち上がりかけて、やめた。

 近づいて覗き込むのは違う気がしたからだ。


「長いのですか」

「ええ。思ったよりずっと」


 姉様はそう言って、紙を持ったまま椅子へ腰を下ろされた。

 その様子を見て、お母様もすぐにこちらへいらした。


「どうしたの」

「バーナードからです」


 姉様は答える。


「でも、ただの返電ではないの」

 バーナード。

 姉様の婚約者で、いまは留学先で医学を学んでいる方だ。

 落ち着いていて、物事を軽く扱わない人だとは、私も何度か聞いていた。姉様がその方の話をする時の声音で分かる。

 だからこそ、その方から届いた電報が“短い返し”で済んでいないのだとしたら、たしかに少し嫌な感じがする。

 お母様が姉様の向かいへ座られる。


「読める範囲で読んでちょうだい」


 姉様は頷いて、紙へ目を戻された。


「“手紙待てぬ、放置できぬ”」


 そこで一度、目を上げる。


「……嫌な書き出しね」


 ご自分でそうおっしゃった。

 私はその時点で、背中のあたりが少しひやりとした。


 ――放置できぬ。


 その言葉の置き方が、もう軽くない。

 キャサリン姉様はそのまま読まれる。


「“性格の問題だけで片づけぬよう”」


 部屋がしんと静まった。

 私は思わず、膝の上で手を組み直した。

 性格の問題だけで片づけぬよう。放置すべきでない。

 そういう言い方は、姉様の口から普段あまり出ない種類のものだったからだ。

 お母様も、少しだけ目を細められる。


「ずいぶんはっきりお書きになるのね」

「ええ」


 姉様の返事は短かった。


「たぶん、委細の手紙を読む前に、先にここだけは伝えておきたかったのだと思う」


 私は、そこで口を開いた。


「バーナード様は、以前にもそういう方をご存じなのですか」


 キャサリン姉様は、少しだけ考えるように紙へ視線を落とされた。


「それが、たぶん、その先に書いてあるのよ」


 そう言って続きを追われる。


「“実例として耳にしたことあり”」


 私は、その言葉を聞いて、息をのんだ。

 実例として。

 耳にしたことがある。

 それが、昨日ハロルド兄様から聞いた“友人の昔話”と、ひどく近い場所にある気がしたからだ。

 お母様も同じことを感じられたのかもしれない。

 表情は変えずに、静かに問われる。


「続きを」


 姉様は頷かれた。


「“故に一人にするな。善意で応じさせるな”」


 私は、その文を聞いた瞬間、今日までの話が全部、妙につながるのを感じた。

 一人にするな。善意で応じさせるな。

 まるで、今日の私のために書かれたみたいだった。

 お母様が、そこでゆっくり息をつかれる。


「委細は後で、というわけね」

「ええ」


 姉様は電報の紙を軽く持ち直した。


「最後に、“委細文”と」


 沈黙が落ちた。

 電報としてはずいぶん長い。――それだけ、向こうも急いだのだろう。

 手紙で済ませるつもりだったが、それでは遅いと思った。だから先にこれだけ打ってよこした。

 そのことが、かえって胸に重くのしかかる。


「……嫌な予感がするわね」


 キャサリン姉様が、紙を膝に置きながらぽつりとおっしゃった。

 その言い方は、いつもの姉様にしては珍しく少し感情が出ていた。

「わたくし、ただ“心配しすぎるな”か、“委細は手紙で”くらいが返ってくると思っていたのよ」

「ええ」


 お母様も、静かに頷かれる。


「それが、ここまではっきり注意されると、たしかに嫌な感じがするわ」


 私は、姉様の手元の紙を見ていた。

 バーナード。

 まだお会いしたことは多くないけれど、姉様がこの方について話す時、いつも少し安心した声音になるのを知っている。軽く騒ぐ人ではないという。

 その人が、手紙を待つつもりだったのに電報を長く打ってきた。それだけで、十分だった。

 そこへ、また足音が重なった。

 今度はハロルド兄様だった。

 部屋へ入ってきた兄様は、私たち三人の顔を見比べて、すぐにただならぬものを察したらしい。


「何だ」

「バーナードから電報ですの」


 キャサリン姉様がそう答えると、ハロルド兄様は一歩近づいた。


「何と?」


 姉様は、さっき読んだところを、今度は要点だけ兄様へ伝えられた。

 するとハロルド兄様の目が変わった。昨日までの“気味が悪い”とか“厄介だ”とか、そういう段階ではない顔になったのだ。


「……放置できない、か」


 兄様は低く言った。


「ええ」


 姉様が答える。


「しかも、実例として耳にしたことがあると」


 ハロルド兄様は、それを聞いたまま少し黙っていた。

 そして、静かに、しかしはっきりと口を開いた。


「キャサリン、その手紙は届き次第、すぐに見せてくれ」

「もちろんよ」

「お父様にも」

「ええ」


 兄様はそこでようやく、私のほうを見た。


「イブリン」

「はい」

「お前は、先日のようなことはもう二度とするな」


 声はきつくなかった。

 でも、いつになく断定的だった。


「たとえ向こうがどんな顔をしていてもだ。可哀想そうでも、弱って見えても、そこでお前が席を作るな」


 私は、その言葉に素直に頷けた。


「はい」

「それから」


 ハロルド兄様は、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。


「この間、私がした友人の話」


 私の胸が、わずかに動く。


「ええ」

「あれと、今の電報が、妙に重なる」


 姉様も、お母様も、何も言わなかった。

 でも、言わなくても皆そう思っているのだと分かった。


 ――もしかして。

 ――まさか。

 ――でも。


 そういう形のないものが、部屋の中へ薄く広がっていく。


「断定はまだしない」


 ハロルド兄様は言った。


「だが、もし同じ類の話だとすれば、エミリー嬢がグランヴィル家へ預けられた事情も、もっと違う見え方になる」


 私は、その言葉を聞いて背のあたりが冷えるのを感じた。

 もっと違う見え方。

 つまり、ただ持て余されただけではなく、すでにどこかで誰かの関係を壊しかけていたのではないか、ということだ。

 お母様がそこで、ゆっくりと口を開かれた。


「バーナード様は、医学のことだけでなく、見方そのものを教えてくださったのね」

「ええ」


 キャサリン姉様は電報を指先で整えながら答える。


「まだ詳しいことは手紙待ちだけれど、少なくとも、“少し変わった方”で済ませるな、という意味でしょうね」


 私は、その言葉を聞きながら、今日はじめて本当に背筋が伸びるのを感じた。

 少し変わった方――病弱で繊細な従妹。

 そういう言葉で曖昧にしてはいけないのだと、また一つ輪郭が増えた気がした。

 キャサリン姉様は、電報をそっとたたむ。


「手紙が来たら、また話しましょう」


 そうおっしゃった時の声は、もう姉様らしい落ち着きを取り戻していた。

 でも、その落ち着きの下にあるものは、さっきよりずっと固かった。

 嫌な予感がする。その勘は、たぶん外れていない。

 私は、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
電報が実用化されたのが1844年、電話の特許をとったのが1876年、約30年の差があるので、この作品の時代背景としてはそのあたりを想定しているのでしょうね。
電報?あるなら電話すればいいのでは? つか何であるの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ