18 もう少し先を読んでおくべきでは?
リチャードは、言われた通りにしただけだ。
多少、真っすぐすぎる形ではあったが。
ヘレンはそこまで考えて、かすかに眉を寄せた。
やはり、あの子にも少しは言うべきだったのかしら。
エミリーのことは優しさだけで抱えられる相手ではないと。
ただ可哀想な従妹ではなく、家の大人たちが面倒を押し込め合った結果なのだと。
そう思いかけて、ヘレンはすぐに首の内側でその考えを打ち消した。
いいえ、と。
そんなことを教えたところで、あの子がうまく立ち回れたとは思えない。
むしろ余計な顔色をうかがって動きが鈍るだけだろう。
リチャードはもともと駆け引きに向いた性格ではない。だからこそ、周囲が整えてやる必要があるのだ。
整えてやる。
そのつもりで、ヘレンは今までやってきた。
エミリーには過不足なく居場所を与え、リチャードには重すぎる話を聞かせず、婚約者には賢明な理解を期待する。そのくらいで、十分に回ると思っていた。
なのに、回らなかった。
屋敷へ着くと、出迎えた使用人がヘレンの外套を受け取る。
彼女はそのまま居間へ向かった。少し遅れて、夫のエドマンド・グランヴィルも入ってくる。
「どうだった」
短く問われ、ヘレンはソファへ腰を下ろした。
「思ったより頑なでしたわ」
「イブリン嬢がか」
「ええ。アシュフォード夫人も姉君も、きちんと脇を固めていましたし」
エドマンドは眉をひそめた。
「若い娘の意地では済まない、ということか」
「そういうことです」
ヘレンは帽子の留め具を外しながら言った。
「ただ腹を立てているだけなら、もう少し揺れたでしょうね。でも、あれは違いましたわ。ずいぶん前から積もっていたのだと思います」
夫はしばらく黙っていた。
その沈黙に、ヘレンは少しだけ不満を覚える。
今回のことは、もとはといえばグランヴィル家の内側で片づけきれなかった話の余波でもあるのだ。
エミリーを引き受けた時点で、もう少し先を読んでおくべきだったのではないか?
そう思わないではない。
けれど今それを口にしても仕方がなかった。
「リチャードは?」
「自室でしょう。あの子も、まだ事の大きさをよく分かっていないようでした」
ヘレンがそう言うと、エドマンドは苦い顔をした。
「分からせる必要があるか……」
「いまさら全部を?」
ヘレンは少しだけ首を振った。
「本家の内輪の事情まで、ここで持ち出すのは得策ではありませんわ。エミリーのことも、あの子なりに気にかけてはいるのですし」
「それで婚約者を失うなら、本末転倒だ」
「もちろん、そうですけれど」
ヘレンはそこで言葉を切った。
本末転倒。たしかにその通りだ。
だが、リチャードにあれもこれも背負わせたところで、急に器用になるとも思えない。
結局のところ、親が見通しを誤ったのだろう。
賢い娘なら、この程度は収めてくれるだろうと、どこかで甘く見ていたのだ。
そして、その甘さはまだ完全には抜けきっていなかった。
もしかしたら、と思ってしまうからだ。
アシュフォード家の当主は手強いが、事業の付き合いまで考えれば、どこかで話し合いの余地が残るのではないか。
イブリン本人がいまは頑なでも、時が経てば少しは気持ちが動くのではないか。
そういう都合のよい見込みを、まだ捨てきれない。
ヘレンは手袋を膝に置いたまま、目を伏せた。
結局、自分もまた息子に甘いのだろう。
たった一人の息子で、見映えもよく、人当たりも悪くない。多少頼りないところがあっても、そのうち落ち着くだろうと、ずっと思ってきた。
その“そのうち”が、こういう形で跳ね返ってきたのかもしれない。
「……少し、見誤りましたわね」
ヘレンがそう呟くと、エドマンドは低く答えた。
「少し、で済めばいいがな」
その返事に、彼女は何も言えなかった。




