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初恋は四つの君を殺してしまう。【長編小説】  作者: 金森 亮
最終章 消失

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最終話 倉持愛花梨

 僕の身体は三日三晩機能せず、底なしの沼にまっていた。いまでは彼女の言っていた「僕の青春を壊す」という言葉も、身体の節々で痛いほど理解していた。


 『……僕は誰も救えなかった。浮気だってしたのに。』


 彼女達への未練と、アカリへの後ろめたさが一斉に襲い掛かり、僕に再起の機会を与えてくれなかった。学校の存在は忘れ、彼女からの電話にも一切反応せず、ただ枕に悲しみを染みこませるだけの日々が続いた。



 10月13日木曜日、昼過ぎ。僕はようやく身体を起こして、彼女に謝罪の文面を送り付けた。

 しばらくして、彼女から「今日の16時に八幡坂のてっぺんで待ってる」と返信がきた。この時の僕は、彼女がわざわざ電話ではなく対話を選んだ理由を知らなかった。


 『僕はこれから誰と何を話すんだ……。』



 八幡坂の紅葉はとうに消え失せて、僕は海風の運ぶ冷ややかな空気に包まれていた。やがて頂上へ辿り着くと、そこには一人の《《女性》》が背を向けて立っていた。


「……愛花梨。」


 そう言うと、女性はこちらを振り向いて、僕にアカリじみた微笑みを浮かべた。


「もう。連絡の一つもくれないんだから心配しちゃったよ……。」

「ごめん……身体が思うように動いてくれなかったんだよ。」


 彼女が僕に近づくと、反射的に《《初めて》》という感覚を覚えた。原因を探ればキリがなかったが、一番は柔軟剤の香りが薔薇の匂いに変わっていることだった。


「話したいことはいっぱいあるんだけど、とりあえずこれを渡したかったの。」

「……日記帳。そういえば、誕生日に愛花梨からもらっていたな。」


 彼女から渡された日記帳に、僕は見覚えしかなかった。

 もう時効だと思った僕は、日記帳の最初のページを開いた。日付は4月4日、僕と再会したあの日に書き始めたものだった。


 日記の内容は概ねあの動画の通りで、人格によって筆圧や書き癖も異なっていた。しかし、日記帳の後半には「現実主義的」な彼女の残した、こんな記録があった。



―————————————————


〇9月4日(日)  曇り  B


 いまの私は順風満帆な生活を送れている。自分でも精神的に成長していることは分かっている。


 ……だけど、このままじゃ私達の境界が消えてしまう。私達は違った負の性格を持っているから、これまで生きてこられた。裏を返せば、いまの自己肯定をしながら生きている私達は、自分達を殺しかけている。つまり、《《統合》》しかけている。

 陽太と再会した私達は、そんな事実を忘れて呑気に生活してしまっていた。



 私は陽太と相思相愛でいたい。その気持ちが変わることはない。でも、私達が消えちゃったら意味がない。こうなってしまったら、私達は陽太と距離を置くしかなくなる。本当はこの時期にそんなことはしたくないし、陽太を傷つけることは彼女として失格だと思う。それでも、私達にはこの世界でまだ生き続けたいって想いがあるから、仕方がないの……。



〇10月7日(金)  晴れ  B?


 この文章を書いている私は誰なのか、よく分からなくなっている。最近、いままでの私には無かった考えが脳裏を過るようになった。色々な感情が入り混じるようになって、私は私を演じるしかなくなっている。陽太には気付かれていないけど、そろそろ限界が近いみたい。


 もう、結論は出ている。私達はそのうち統合することになって、この世界から消えることになる。やっぱり、私達が協調して生きていくなんて、そんなの理想でしかなかった。もっと、陽太との楽しい日常を謳歌するべきだった……。


 いまの私達が望むこと。それは、陽太が末永く幸せでいることに尽きると思う。周りの人達も大事だけど、最後まで私達を一番に愛してくれたのは、他でもない陽太だったから。きっと、統合した後の私は、陽太が好きだった昔の私に近い性格を持つことになる。それなら、私達は未来の私に、陽太の幸せを託したい。私の身体で陽太の幸せを叶えてあげたい。強制はしないけど、これが、出来損ないの私達による最初で最後の悪足掻きだから、どうか、未来の私に届いてほしい……。


―————————————————



 僕は彼女の前で瞳を潤ませた。初めてのことだった。僕は悲しみを必死に堪えていたが、彼女の胸に飛び込んだ途端、それが一気に解放されてしまった。


「ごめんね、陽太……。私、いままで知らなかったの。私が大変な時期に陽太が守ってくれたってこと。」

「……謝らなくていいんだ。君、いまだけを考えればいいんだ。」

「そんなこと……できるわけない。私は昨日までの私と約束したんだから。今度は私が陽太を幸せにするって。」


 僕は恩返しの恩返しを食らっていた。瞳に溜まっていたものは、折角の彼女の服を汚してしまった。


「……でも、ごめん。僕はまだ、君のことを心から愛してあげられない。」

「いいよ。私は待ってるから。」

「だから、待たなくていいんだって……。」



 それからの毎日、僕は彼女達の残した日記を読み込んで、冊子を抱きかかえながら寝るという日々が続いた。彼女達の残り香が、どうにか僕を生かしてくれた。



 10月の間、僕は彼女と口を交わすことをしなかった。一方で彼女は、水島と垰野に歓迎されて、変わらず学校生活を続けていた。ただ、水島はどうもいまの彼女をアカリと勘違いしているような言動をしていた。


「……本当に元に戻ってよかったわ。」

「これで一件落着だね!」

「二人にはいっぱい助けてもらったね。返す言葉もみつからないよ。」

「愛花梨はよかったけど……北山くんは。」



 それでも、11月に入る頃には僕の体調も安定するようになり、彼女とも一言二言会話するようになった。


 やがて、かつての日常だった彼女との登下校も再開することになった。彼女の風貌はアカリを高校生に成長させた姿そのもので、僕はどうにか、アカリとの擬似的な青春を味わおうとしていた。



 ……だが、どう足掻あがいても、アカリや四つの人格との相違を無視することは叶わなかった。


「私、冬ってそんなに好きじゃないの……。」

「どうしてだ?」

「だって、街中が全部雪にまみれていてつまらないし、雪で髪が濡れちゃうから。」

「そう言って、本当はそういう自然が好きなくせに。」

「し、自然? 別に好きじゃないけど……。鬱陶うっとうしいとは思うよ。」

「そう……なのか。」


 僕は指先から最後の力が抜けていくのを感じた。彼女達はアカリから分裂した存在だったが、自然好きな性格は後天的なものだった。


『僕は愛花梨のことを本当に愛してあげられるのかな……。』


「陽太、顔色悪いよ……?」

「元からこんな顔だよ。」

「……昔の私が忘れられないんでしょ?」


 僕はその問いにうなずこうか迷い、躊躇ためらった。


「どうしても、性格は昔の私と違うところがあると思うよ。それでも、私は陽太の中で一番の『倉持愛花梨』になってみせるから……待っていてほしい。」

「それでも、僕の理想を演じるようなことはするな。僕は自然体の愛花梨を受け入れたいんだ……。」

「陽太はそう言うけど、理想を演じることは悪いことじゃないよ。理想の彼氏でいたいとか、理想の彼女でいたいと思ったら、無意識のうちに演じているもんだから。」

「そうか……?」

「そうだよ。だって、それこそが《《愛》》なんだもん。」

「……愛。」

「だから、ごめんね。無理だよ。陽太の理想を演じないのは。」


 彼女の持論にはどこか既視感があった。自分なりの主張が存在している点は、アカリとの類似点でもあった。



 やがて12月になると、風景は冬の様相に移り変わった。彼女の嫌う雪が毎日のように降り注ぎ、街は銀世界と化していた。


 そんなある日のこと。僕と彼女は雪で転げ落ちて青タン(青あざ)を作らないよう、息を呑んで八幡坂を歩いていた。しかし、道中には雪が溶けて凍っている場所があり、僕らは途中からペンギン歩きをすることにした。


 すると、途中から彼女は両手を翼のように広げて、自重を保つようになった。小柄な彼女にとって、この所作は何も不思議ではなかった。


 だが、僕はこんな風な歩みを進める人物に覚えがあった。その人物は夏場でも、こうしてペンギン歩きを実践していた。日常だったその光景が脳裏を過るうちに、僕の目頭は熱くなり、地面の雪を水に変えていった。





〇12月12日(月)  雪



 僕は今日から日記を書くことにした。彼女達からもらった最初で最後のプレゼントなのに、ずっと使わなかったらばちが当たりそうだから。


 今日は日記以外にもう一つ始めたことがあって、僕は《《六人目の愛花梨》》を愛することにした。まだ、いまの愛花梨には分からないところが多いけど、愛花梨は僕が思っている以上に重責を負っている。僕はそんな愛花梨の頑張りに報いてあげないといけない。精神が違っても、僕が愛花梨を愛している事実に変わりはないんだから。







―——そうだよね。初恋と四つの君。———


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