第1話:すれ違う食卓
静岡県沼津市。
港町の一角で暮らす、三十代前半のサラリーマン・陽介は、仕事に追われる日々を送っていた。
帰宅は深夜、娘の寝顔を見るだけが、父親としての日常。
かつての妻の笑顔も、今ではすっかり消えてしまっていた。
小学校に通う娘・レイナは、そんなすれ違いの中で言葉を飲み込み、寂しさを胸にしまい込んでいる。
家庭は「家族の形」を保ちながらも、確実に壊れ始めていた。
朝6時。陽介は目覚ましの音で目を覚ます。
外はまだ薄暗く、港町の空には霞がかかっている。
静かに顔を洗い、スーツに袖を通すと、キッチンに立った。
だがテーブルの上には、冷めたご飯と味噌汁が置かれているだけだった。
リビングには、スマホを見つめる妻の姿。かつては彼の帰りを待ってくれたその人は、今や目も合わせない。
陽介:「……行ってくるよ」
妻:「……」
返事はなかった。
陽介は玄関のドアを開ける前に、ふと、レイナの部屋に立ち寄った。
静かにドアを開けると、ぬいぐるみを抱えて眠る娘の寝顔が目に入る。
陽介:(心の声)
「話したいことは山ほどあるのに……俺は、いつもタイミングを逃してる」
そのままドアを閉め、家を出る。
学校帰りのレイナ。
友達に「また一緒に遊ぼうね」と笑顔で言いながらも、その目はどこか寂しげだ。
ランドセルを背負い、家のドアを開けると――
リビングに母親の姿はない。
代わりにテーブルの上に置かれていたのは、一枚の千円札と、手紙もないメモ紙。
レイナ:「また……これだけ?」
レイナはその千円札をそっと握りしめ、冷蔵庫を開けてみるが、ほとんど何も入っていなかった。
夕方。
帰宅した陽介は、リビングでテレビを見ている妻に声をかける。
陽介:「レイナ、今日はちゃんとご飯食べたのか?」
妻:「……さあ。1000円渡してあるし、好きにしてるでしょ」
陽介:「まだ小学生だぞ。金だけ渡して放っておくのが“育児”なのか?」
妻:「じゃああなたがやれば?」
冷たく吐き捨てられたその言葉に、陽介は何も返せなかった。
夜。陽介はいつものようにレイナの寝顔を見て、小さく呟いた。
陽介:「ごめんな……パパ、なにもできてないな」
レイナは眠ったふりをしていた。
その目尻に、静かに涙が伝っていた。
■次回予告
「次回、『1000円と水道水』
お腹がすいた少女が出会ったのは、やさしいパンの匂いだった――」




