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217.静かなる迎撃(2)


「これは……どういうことなんだ?」

 貴族門前を守護する王都騎士団指揮官イェレミアス・キューネルトは、大型魔導ビジョンを見つめ、今宵暴かれた王族の真実に呻くしかできない。


「おい!何をしている?!早く魔導ビジョンを止めろ!こんな放送を平民どもに見せるな!妨害している術者を今すぐ探し出せ!」

「は、はい!」


 上擦る上官の声に、騎士団員たちは我に返る。

 魔導ビジョンは術式を強制介入(オーバーライド)されていて、こちらからの制御は全く受け付けない。放送を止めるには魔術通信に介入している術者を探し出さなくてはならなかった。




 時が経つにつれ、イェレミアスの元には続々と王城の報告が上がったが、どれも芳しいものではなかった。

 龍神門は封鎖され、王族と来賓たちは拘束されて、国王の近衛部隊龍神の衛兵(ドラッヘンヴァッヘ)もほぼ制圧。今だ王城内で抵抗を続けているのは、残った近衛・王宮騎士団と魔術師団本部のみ。


 現在の貴族街の公的戦力は、貴族門に駐屯地を置く王都騎士団と、同じく王都守護を担う魔術師団の第二軍、そしてたまたま任務待機中の第三軍。

 だが魔術師団と折り合いの悪い王都騎士団が、指揮系統を統制できるとは思えなかった。




 すると、今後の対応に苦慮する司令室に急報が入ってきた。

「キューネルト閣下!南方国境砦とファーレンハイト領主から至急の魔術通信が入りました!」

「南方?突然どうした?辺境領主が王都騎士団に何用だ?」

 また厄介事の予感にイェレミアスは眉を吊り上げる。


「ローゼンハイム王国軍の侵略です!ファーレンハイト辺境伯領がローゼンハイム側とエーレルト辺境伯領側からの両面攻撃に合い、周辺領地に援軍を求めています。支援要請のため王城に連絡をしたが繋がらないと、こちらに連絡が」


「何だと?!国境侵犯か!むう……ローゼンハイムにエーレルトめ。王城を制圧するのみではなかったか。――グリューネヴァルトはどうしたのだ!いつもなら竜騎軍がすぐに……クソ、アーベラインか。こんな時に…」


 南方戦線を守護すべきグリューネヴァルトの竜騎軍は現下、神都アーベライン大神殿への空路を進軍中だ。南方国境紛争の対処など、王都騎士団にとっては対岸の火事にも等しい。本来はお門違いもいい所だ。



「その、ファーレンハイト辺境伯が言うには、グリューネヴァルトからは援軍要請は今後は受けないと数日前に通達があったらしく…」

「は?どういうことだ?」

「…神殿の騒動が原因です。神官のファーレンハイト令嬢がグリューネヴァルト侯爵邸襲撃の発端を作ったのだと」

「何を言っているのだ!この非常時に!」


 ガンッ!とイェレミアスは猛々しい腕っぷしで机を殴りつけた。その気迫に団員たちはビクリと緊張する。



「――ああ、そうか」

「どうなさいましたか?閣下」

「グリューネヴァルトも奴らとグルなのだ。そしてリーデルシュタインもな」

「まさか、そんな…」

「それ以外にこれをどう考える?!こんなにタイミング良く示し合わせたように。王城は制圧され、国境侵犯されるも竜騎軍は不在。しかも援軍は断るだと?グリューネヴァルトめ、ふざけた真似を!どうせこれも全て、あの高慢ちきなジークヴァルトの若造の企みに決まっている!」


「……」

 王国の危機的状況に団員たちの顔色は悪い。

 しかし副官の冷静な声が、その場の空気を変えた。


「閣下。それは無理があるのでは?」

「…何故だ」

 ギロリと副官を睨むイェレミアスの声が唸るように司令室を這う。


 この副官の能力に一目置くイェレミアスは、普段の進言にはなるべく耳を傾けるようにしていた。それは魔法でも頭脳でもなく、剣術と力を重視する騎士団の指揮官として、己に足りぬ策を献じる副官への尊重と自戒でもある。

 だが、こと、ジークヴァルトに関しては私怨が絡み、目が曇る。そしてそれをまた、副官は理解していた。



「…グリューネヴァルトにメリットはありません」

「メリット?そんなもの、この国を支配したいからに決まっているだろうが!ローゼンハイムやエーレルトに唆されて!いや、奴が唆したのだ!この国を売ったに違いない!ジークヴァルトは王妹の子なのだからな!奴の持つ血統も美貌も、王統ゆえなのだからな!」


 ガンッ!と再び机を殴り、煮えたぎる憤懣を散らすように息を吐き出したイェレミアスは、頑強に鍛えられた肉体をゆるりと起こして副官を見据えた。

「どうだ、ローラント?否定できるか?」


 その獲物を見定めたような視線に副官のローラントは息を呑み、そして慎重に言葉にする。


「しかし閣下。グリューネヴァルトの竜騎軍は、今までローゼンハイム王国軍にその存在を疎まれてきたのです。戦場での命の取り合いの末のわだかまりが、そう簡単に埋められるものでしょうか」


「…そんなもの…」

 と言いつつ、イェレミアスも個人的な恨みを排せば、どこかほんの僅かな引っ掛かりほどの不自然さは感じる。

 グリューネヴァルトがこれまでローゼンハイムの侵略を悉く退けてきたのは周知の事実。

 ――しかし、それが演技だったと言われれば、それまでのことではないのか。


「それほど今回の王室と神殿の仕打ちが許せなかったのかもしれんぞ」

「それなのですが。グリューネヴァルトとファーレンハイトの不仲を煽るような発言をエーレルト辺境伯はしていたと聞きます」

「フン。それを何故今になって言う?」

「…昔からエーレルトとファーレンハイトはそれぞれの戦力を誇示し、国境防衛に関して協力的とは言えませんでしたので。申し訳ございません。いつものことと注視してはいませんでした」



 しばらく沈黙が落ちた。側近たちの誰も次を発言しようとはしない。

 呼吸するのも憚られるような静寂のあと、イェレミアスが大きく息を吐いた。


「陛下は……あれが真実で直系王族が全員廃位となれば、序列の上がったジークヴァルトが……次期王となるのだぞ。十分な動機だろうが」

「それは…」


 しかしそれであれば、反逆者側が正統性を持つことになる。

 未だ趨勢を見極められない王都騎士団の正義はどこへ向かうべきなのか。王城の残存戦力から支援を求められている王都騎士団は、判断に迷っていた。




◆◆◆




 騎士団員たちが手分けして不審者を捜索していると、ジークヴァルト伯爵の私兵たちが数人を取り押さえている現場に遭遇した。

 近くには何かの操作をする魔導具が置かれていて、これが魔導ビジョン放送を乗っ取った悪漢たちだと騎士団員にはわかった。


 だが王都騎士団では今、リーデルシュタインとグリューネヴァルトもローゼンハイム王国と結託しているという流言が出回っていた。

 彼らは仲間ではないのか?

 しかし目的が同じなら、まずはこの放送を止めることが先決。いがみ合っている場合ではない。



「やっと見つかったか。これで魔導ビジョンを止められるな。犯人らはこちらで預かろう」

 伯爵の私兵たちに騎士団員は歩み寄ったが。

「騎士団は下がれ!これは我らが管理する」

「何を言っている?早くこの放送を止めないと!」

「止めなくていい」

「何だって?やはりお前らはグルだったのだな!」

「グル?…侵略者どもと共謀しているとでも言うのか。侮辱にもほどがあるぞ!王都騎士団!」

 追及の言葉に目を剥く兵たちに、騎士団員は気圧された。


「違うと言うなら何故この放送を止めないんだ!このままじゃ、平民どもが騒ぎ出すぞ!」

「もう国民は知ってしまったんだ。今さら放送を止めてどうする。それこそ暴動が起きるぞ」

「……」

 この放送を止めたらどうなるか。広場に集まる平民たちの高揚した様子をチラリと窺う。


「お前たちだって気にならないのか?王城で今、何が起こっているのか」

「…それは…」

「何故王族だけがあんな風になるんだ?他の来賓たちは髪色なんて変わっていないんだぞ」

「しかし…」

「ならば神経毒とは、何の毒だ?」


 伯爵の私兵と問答を続けるうちに、騎士団員はすっかり反論する気をなくしてしまった。



 彼も何となく気づいている。

 王妃が血を吐いたのは、()()()()()()()()()()だった。


 声を荒げた貴族紳士は――ハイデマリーにのされてしまったが――問題はなさそうだった。


 アドルフィーナ王女はよく使用人に当たり散らし、魔力暴走をしてしまうと聞いている。それが先ほどは怒りこそすれ、決して魔法を撃つことはなかった。さらに魔力反応を示す眼光が、激怒しているのにも関わらず、弱々しく陰って見えたのだ。


 あの反応は、魔力を練ろうとしても魔術刻印と魔力回路が正常に機能しないからこそ起こるもの。

 魔力制御の枷を着けられた犯罪者たちが無様に抵抗する様子は、王都の治安を守る王都騎士団員であれば日常的に目にする。まさにあの時の現象そのものだった。

 そして魔力に関わる喀血と言えば、体内魔力量を超える身の丈以上の魔法の行使による代償。急性魔力欠乏症だ。


 つまり彼らが使用した神経毒とは、“魔力回路に何らかの異常をきたす毒”であり、王族の金髪偽装の手段とは、“急性魔力欠乏症を引き起こすほどの代償を伴う”ということなのだろう。




「急げ!魔導ビジョンを設置しろ!」

 広場の向こうから聞こえてきた声に、騎士団員は視線を巡らせた。

 ジークヴァルト伯爵の私兵が辺りを警戒する中、貴族門前広場のちょうど反対側に人足らが集められ、大型魔導具の設置をしているようだ。そこへそれまでデモ活動をしていた平民たちが、クーデターの興奮冷めやらず野次馬をし始めている。


「あれ、何をするつもりなんだよ、お前ら」

「ああ。あれはグリューネヴァルト商団が手配した、新たな魔導ビジョンだ。ここだけではなく王都門前と、各都市の商団支部前に全て設置する予定だ」

「魔導ビジョンだって?一体、何の映像を流すつもりなんだ?それに、そんなに大型魔導ビジョンを設置するなんて……一体いくらかかるんだ?」



 グリューネヴァルト商団と言えば、あらゆる交易と流通に関わり、王国経済を掌握する大商会だ。


 その資金力と経済力で王都周辺の領主たちは圧力をかけられ、王に要請された軍を動員することができないでいるのだと王都騎士団でも報告を受けていた。


 ヴィンフリートは取引している領主たちに、一斉に売掛金(商材の後払い)や債権の回収――つまり借金の清算を始めた。

 まさに青天の霹靂。領主たちは悲鳴を上げた。

 それが単なる脅しではないと知らしめるためにヴィンフリートは最低限の生活物資を残し、他は合法の範囲で塩を止め、鉄を止め、運送と交易路を止めた。


 いくら隣の領地でも、軍を動かすのには金がいる。そして兵器に兵糧、行軍する街道の確保。その全てをヴィンフリートに押さえられて、王命の通りに領地軍を派兵しようにも身動きができない。



 そして今度は商団が用意した魔導ビジョンにより、ハイデマリーが王都で行った民心の扇動を王都のみならず、王国の各地にて行おうというのだ。


 商団による資金力と情報力。

 これがヴィンフリートの言う、“商人の戦い方”であり、ハイデマリーに見せる“厳しい現実”。



 王家をはじめ、その外戚や神殿の不正を魔導ビジョンにて公表し、現国王勢力を弾劾することは、ジークヴァルト陣営が事前に計画していたことだ。

 しかし予期せぬクーデターの勃発により民心は煽られ、眠っていた義侠心は揺り起こされて、今や熱病のように浮かされている。

 ならば、ローゼンハイム王国の真の思惑が“侵略戦争”であると、あくまで奴らは“王国の敵”なのだと、南方国境が実際に侵略される様をまざまざと映像で暴露するまで。



「ローゼンハイム王国の先制攻撃に、我らはこれで迎え撃つ」


 荒事に慣れた王都騎士団すら浮き足立つ国家転覆という国難を前に、伯爵の私兵の瞳は光を失ってはいなかった。




◇◇◇


挿絵(By みてみん)


 彼らの遥か頭上で、何かが煌めいた。


 ふと、作業の手を止めて人足たちは暗い王都の夜空を仰ぐ。

 いつもは雲一つなく晴れ渡った王都の空。毎晩美しい星空が見えるはずなのだが、今夜はうっすらと流れる魔素霧の向こうに、虹色の光が瞬いていた。王都神殿の吸魔の塔――神塔の最上階に坐する吸魔石を囲む虹色の環のような神秘的な光だ。


 あの虹色の環は、龍神アプトの臨在であると神殿は説く。ならばあれは、龍神を祀る建国祭に相応しい奇跡の光だろう。


 それは夜空に映え、とても美しかったので、ぽつりぽつりと空を見上げる者たちは増えていく。



 しばらくするとその虹色の光は、夢幻かのように立ち消えた。

 今宵は珍妙なことばかりだなと、それを見ていた王都の群衆は思った。それまでの荒ぶる義憤がいつの間にか、仄かに慰撫されていたとも知らずに。




◆◆◆◆◆◆




『閣下。王都門、門前広場に魔導ビジョンの設置が終わりました。魔術通信回線の不正介入犯も先程捕縛しましたが、ご指示通り王城映像の回線は維持しています』

「ハインツか。ご苦労」


 その頃王都リーデルシュタインのタウンハウスでは、魔術通信会議の後もジークヴァルトとその側近たちにより、引き続き対策が練られていた。

 そんな中――



『ジークヴァルト様…』


 突如柔らかな薄絹のような女の声がして、ジークヴァルトは執務室の端に視線を走らせた。

 側近たちも不審に思い、周囲を見回す。


 誰もいない?そう思った途端にぐにゃりと空気が歪んだ。その波紋のような歪みから白い髪の男と白銀の髪の女が現れ、と同時に男の方からこれまでに感じたことがないほど異次元の威圧感を受けた。

 尋常ではない魔力を感知したギルベルトは圧倒的な威圧感を前に屈服しそうになり、侯爵邸で浴びたばかりの黄金の魔力を想起する。“っ!”と歯を食いしばり、己の忠誠心で跳ね除けるように魔剣に手をかけてジークヴァルトの前に出た。


「待て、ギルベルト」

 ジークヴァルトが護衛騎士のギルベルトを止めたのは、女神にも見紛う女の美しい容姿に絆されたからではない。ふと思ったからだ。この女には、見覚えがあると。

 まさか。いや、だが。


「…………ヴェローニカ、か?」

『…はい』

「……」


 そう問い掛けておいて、ジークヴァルトは次の言葉を紡ぐ術を忘れて惚ける。

 そこにいたヴェローニカはジークヴァルトの記憶にある少女の姿などではなかったからだ。

 彼女を包む虹色の光はまるで蝶の羽のようにも見えた。


 あでやかに着飾った貴族令嬢を見慣れたジークヴァルトでさえ魅入ってしまうほどに。そこにいた彼女は、虹色の光の粒子を放つ麗しく成長した大人の女性だった。


挿絵(By みてみん)


次のお話は少し遡って、神都大神殿の吸魔楼から。

ヴェローニカがジークヴァルトの執務室に現れるまでのお話。

「檄文」のあとのメルヒオーアと白夜。

「迷霧の向こうに」のジルヴェスターとフランシスの続きです。

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