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第5話 魔法②

「こんなもんだろ。」


 そう言ってよいしょとジャンは腰を上げる。

 2人がやって来たのは街から少し離れた小さな森の中。

 そこに薬草が多いのだとジャンが案内してくれたのだ。

 彼の言葉通り、薬草はすぐに見つかって欲しいものも昼過ぎには採取することができた。


「そろそろ行くか。」

「えっ、もう少し」


 まだ薬草を採取しても良いんじゃないかと、奏は屈んだままジャンを見上げた。すると、彼は少し戸惑いを見せる。


「いや、それでも良いんだけどよ。ちょっと行きたいところがあるんだ。」

「行きたいところ?」

「おう。付き合ってくれねぇか?」


 欲しい薬草はそろっていたし、付き合ってもらっている身でもあるし、断る理由もなくて奏はコクンと頷く。


 だが奏は迷いなく頷いた自分を呪うことになる。


「な、なにここ…」

「うん?ここは狩り場だ。あそこにいるのはセルヴァウルフって言って」

「な・ま・え・じゃなくて!なんでそんなものがいる所に来たの!って聞いてるのよ!」


 草むらに隠れながら器用に小声で怒る奏。

 それを楽しそうに見ているジャンに、奏は腹立たしくなって手を振り上げた。


「まあまあ落ち着けって。」

「これで落ち着けってよく言えるわね!」

「なにも言わなかったのは悪かったって…で、だ。」


 ジャンはそう言うと、笑顔が消える。

 奏も怒るのを止めて、彼の言葉を待つことにした。


「あんたの魔法を見たいんだよ。」

「魔法を?」

「ああ、トマスを助けた時に魔法を使っていたと、聞いたからな。」


 言われて奏は思案する。

 チラリと自分の肩に乗っているセツを見れば、つまらなさそうにあくびをしていた。


 “どうしよう…あれ、私じゃない”


 セツの耳がピクリと動くが、そのまま顔を洗い始めてしまう。


 “セツってば!”

 “上級なものじゃなきゃ良いんじゃない?ただ、できるかが問題だねー。”

 “だから聞いてるんじゃない。"

 "やってみるしかないじゃん。がんばれー。"

 "もう…他人事ね。やってみるけど、万が一の時はお願いよ。”

 “りょーかい…まったくぅ精霊使いが荒いなー。”


 呟くような不満だったが念話なので奏の耳にもバッチリ届いた。奏は聞こえなかったことにして「分かった。」とジャンに答える。


 奏の前にいるセルヴァウルフは一匹で、まだこちらには気付いていないらしく獲物を探している様子。

 奏は前回の反省を踏まえて、気付かれないように魔法の届く間合いまで移動して、先日セツが使ったの氷系の魔法をイメージした。

 するとうまく行ったようでセルヴァウルフの足は一気に氷漬けになり、その場から動けなくなった。慌てて足を動かそうと力を入れるが、魔法で作られた氷は簡単に砕けない。

 そこへ今度は、セルヴァウルフの弱点である炎系の魔法を使う。ボッとまるでコンロに火が点火したように、セルヴァウルフの回りに炎が生まれた。

 それが最期となり、セルヴァウルフは塵となり消え去った。


 一瞬の騒音など、なかったように森は静けさを取り戻し「ふう。」と、奏が息をつく。


「どう?こんなもの」


 成功した嬉しさもあってドヤ顔で振り向くと、ジャンが目を見開いたまま固まっていた。


「え、どうしたの?」


 なにか間違えたかと奏は一気に不安になる。


「どうしたの?じゃねぇよ。なんだその反則技は!」


 反則?どこが?と、ジャンの言葉の意味が分からずに奏は首を傾げ、自分の肩に乗ったまま寝ているセツをちらりと見る。


 “うん?ああ、無詠唱は普通出来ないからじゃない。まったくもって、人間って不便だよねー。“


 そんなことを言って、手を枕代わりにして再び寝る体勢になった。そう言うことは早く言ってよ!と怒鳴りたい気持ちはセツのそんな姿を見て、どこかに行ってしまう。


「ち、ちゃんと唱えてたよ。聞こえなかっただけじゃない。」

「んな訳ねぇだろ。」

「ダメか。」

「ダメか。って…はぁ、もうあんたが規格外だってことは分かったよ。」


 諦めたのか溜息をついて、疲れたと言わんばかりに肩を落とした。


「だけどそれ、他の奴に言うなよ。」

「無詠唱を?」

「そうだよ。そんなの他に知られたら、良い様に使われるぞ。」

「良い様にって…」

「まぁ、一番は貴族に売り渡されるだろうな。で、奴隷のような扱いを受けるかも。…まぁ、それはあんたが庶民だった場合の話だ。だからそんなに心配はないと思うが、利用したい奴はそこらじゅうにいるだろーな。自分の身を守りたきゃ、隠した方が良い。」

「わ…分かった。気を付ける。」

「おう。…そんじゃあ、戻るか。」


 ジャンは肩を回してから首を伸ばして、疲れたと言いつつ街の方角へ先に歩きだした。

 それを見計らって奏は、スヤスヤ眠り始めたセツの背中をポンと叩く。


 “無詠唱って聖女なら出来るもの?”


 セツはふわぁと大きなあくびをして、起き上がると伸びをする。のんびりとした動きで存分に体を伸ばしたら、ぴょんと身軽な動作で地面に降りた。


 “確かに、聖女なら出来るね。ちなみにこれは奏のスキルでもある。”

 “スキル?”

 “そう。奏のスキルは魔力がある限り、全ての魔法を使える。だよ。”

 “全属性…って普通はいくつ使えるものなの?”

 “うーん、属性で言うなら人間は1,2種類ってところじゃないかな。”

 “全部で属性は何種類あるものなの?”

 “そこからかー。”


 セツは遠い目をして奏を見つめる。


 “セツ。教えてよ。”

 “分かったよ。”


 セツはやれやれとため息をついて、奏の肩に乗り直した。


 “魔法にはね、基本的に属性って概念はないの。”

 “そうなの!?”

 “そう、だから僕は全ての魔法を使える。って言ったでしょ。”

 “確かに…”と、奏が難しい顔をすればセツは尻尾の先をゆらゆらと振る。それは奏の反応を楽しんでいるように見えた。


 “じゃあ、どんな魔法でも使えるの?”

 “うーん、使えるんだけど…人間の魔力ってそんなにないからね。それは聖女でも僕からすれば同じかな。わずかな種類しか使えない。”


 セツの言い方は奏に少なからず不満を与えるが、相手が精霊であっては仕方ないと諦めるしかない。


 “じゃあ、そのセツが少ないって言う魔法を、使えるようになるにはどうしたら良いのかしら?”

 “ありゃ、僕の言葉が気に障ったんだね。ごめんごめん。馬鹿にしてるとかじゃないんだ。”


 不機嫌を露にする奏の頬に肉球を押し当てる。彼なりの謝罪のつもりだったが、奏は静かにセツを睨み付けた。


 “ただ、気になるんだよ。不便そうにしか見えない人間の生き方が、どんなものなのか。”

 “やっぱり下に見てるじゃない。”

 “うーん、上とか下とか関係ないよ。ただ精霊と違う時間を過ごしている人間に興味があるんだ。

 それこそ君たちが、ペットを可愛がるような愛情がある。それを下に見ていると言うなら、そうなんだろうけど。”

 “うぅ、複雑…なんか疲れるからこの話はもう止めましょ。とりあえず、私が使える魔法を今度教えてくれる?”


 そう聞けばセツはもちろんと頷いた。


 “じゃあ、早速やってみようか。”

 “ええ、今!?”


 思わず声に出しそうになって、慌てて口を押さえる。幸い声には出ていなかったようで、ジャンは少し前を静かに歩いている。


 “簡単だよ。この辺り一帯の魔力の流れを確認する魔法さ。僕たち精霊はサーチ魔法って呼んでる。”

 “サーチ?”

 “これを使いこなせれば、どこに何がいるのか把握できるようになるよ。”

 “便利ね”

 “でしょ。”

 “どうやるの?”

 “意識を集中して。まずはあの人間の魔力を感じるんだ。”

 “あの人間って…ジャンのこと?歩きながらは無理よ。”

 “でも、今やらないと後悔するよ…きっとね。”


 意味深な言葉に、奏は仕方なく意識を集中させる。

 するとゆらゆらと揺れるオーラのようなものが、ジャンの周りに(まと)わりついているのが見えた。


 “もや?オーラみたいなのが見えるよ。”

 “さすが奏だね。それが魔力だよ。”

 “あれが?”

 “そのオーラが強ければ強いほど魔力が高いんだ。”


 ふーん。と、奏は思いつつ何となくセツの方を見る。


 “セツにはないけど?”

 “あー、僕の場合はそう言う風にしてるからね。”

 “見せないようにしてるってこと?”

 “そう。だってそうでもしないと、人間は僕の魔力だけで恐怖を感じてしまうから。”


 そう言うもの?と、思いつつも、まだまだ知らないことが多いのだと奏は思った。


 “じゃあ、次はもっともっと範囲を広げようか。遠くを見渡すようにしてみて。”


 言われるままに奏は視線をあげて、遠くを見るように目を細めた。すると、ポツリポツリと同じようなオーラが、(わず)かに見えてくる。


 “小さいのが見えるよ。”

 “それは魔物だったり動物だったりだね。”


 セツの話を聞きながらも奏は、面白いと辺りを見渡している。


 “行ったことがある場所なら遠くでも感知できるよ。例えば街を思い浮かべて見てごらん”


 セツに言われるままに街の風景を思い出す。すると街の全体が地図のように頭に浮かび上がり、点々と魔力のオーラが見えてくる。そして、ある一点にそのオーラが集中しているのを見つけた。


 “セツ、あれは?オーラが大きく見えるのだけど。”


 奏はそれが何なのか見極めようと、立ち止まってさらに意識を集中させる。


 “それは魔物の魔力が集まっているんだね。つまり、集団ってことさ。”


「どうした?」という、ジャンの声など奏の耳には入らなかった。


「街よね?」

 “奏、声に出て”

「いいから答えて!」


 奏が叫べばセツがうん。と頷いた。


「おい、どうし」

「ジャン!」


 慌ててバッと顔を上げるとジャンはたじろぐ。だけど奏にはそんなことどうでもよくて、彼の腕を掴んで引っ張った。


「大変!街が襲われてる!」


 何に?なんて馬鹿なことをジャンは聞かなかった。ハッとなり、街の方角を見て、その顔はみるみると血の気を失っていく。


「連日なんて今までなかったんだ…」


 呟きのような声が漏れて、ジャンは視線を落とした。それは地面を見るためではなく、これからどうするか作戦を考えているように見える。


 “セツ!転移魔法で街に戻らなきゃ!”

 “奏の魔力じゃ、この距離は無理だよ。”


 返ってきた答えはそんな残酷なものだった。

 ここから走っても、数十分はかかる。その間にも街は襲われるだろう。

 貴族街ならあの大きな門で防げるだろうが、アルダたちがいる街はどうか分からない。ジャンの慌て様からして、あまり良くないのは奏にも分かった。


「じゃあどうしたら良いのよ!!」


 奏が叫べばハッとジャンが我に返り、奏の方を振り向いた。


「おい」

「転移できないんじゃ、間に合わない」


 パニックを引き起こした彼女の肩に、手を置いて揺さぶる。


「おい!落ち着けって。」

「あ…私…」

「別にあんたが悪い訳じゃない。だが、冷静さを欠いたら、助けられるもんも助けらんねぇ。」


「そうね。」と頷いて奏はセツを見る。

 そんなやり取りをのんびりした様子でセツは見ていた。


 “セツは転移魔法を使える?”

 “もちろん。”

 “なら、私とジャンを街まで転移して。”

 “いいよー”


 あっさりとした答えに、奏は肩透かしを喰らった気持ちになる。

 なぜあんな出来ないような言い方をしたのか?と、思わないわけではないが、今はそんな猶予(ゆうよ)はないと、もやっとした気持ちをため息に流す。

 足元に魔方陣が現れ、ジャンは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに理解したのか奏を見る。


「転移か。」

「ええ。」

「どこに飛ぶ?」

 “門に近い街の中に転移させるよ。”

「街中の門近くよ。」

「分かった。なら、あんたはすぐ街の奥に向かってくれ。怪我人がいれば治療を。」

「分かった。」

「魔物がすでに入っているかもしれないから、気を付けてくれ。俺は街に来る魔物を退治する。」

「気をつけてね。」

「おうよ。」


 ニッと笑うジャンの姿が霞む。視界がぼやけて少し目眩を感じたと思ったら、そこは先ほどまでの草原ではなくなっていた。


「じゃあ、街の奴らを頼んだぞ。」

「ええ。」


 2人は背を向けてそれぞれ走り出した。

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