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エピローグ

 青いっぱいの雲ひとつない空。心地よい風も吹いて、思わず誰もが足を弾ませるような暖かい陽気。


「はやくはやくー!」


 貴族街が終わる壁が見えてきて、奏は小走りに駆けて振り返って手招きをする。


「ちょっと、待ってくれー。おじさんは体力ないんだから。」

「何言ってんのよ…」


 全くそんな風には見えないジャンに呆れる奏は、彼のさらに後ろを歩いている人物を見て仕方ないかと歩く速度を落とした。


「僕の魔法でビュッて飛べば良いのにー。」

「それじゃあ、街の様子が見れないでしょ。お忍びの視察でもあるんだから。お仕事しなきゃ。」

「人間って不便な生き物だなぁ…」


 ふわふわ気持ち良さそうに飛んでいるセツに奏はニコニコの笑みを向けている。今日の奏はセツの嫌味も気にならない程に上機嫌だった。

 久しぶりのジャンとのお出掛けなのだ。こんなに嬉しいことはないだろう。


「えーっと…魔道師団長と奏様がこんなところに何のようでしょうか?もう、偵察任務は終わりましたよね?」


 困り果てている門番に、奏はニコニコな笑顔で答える。


「お忍びデートよ。」

「お忍びって……後ろの方は?」

「え?えーと、使用人よ。」


 その答えに門番は憐れみの視線を向ける。

 デートなんかに連れてこられて居心地悪いだろうなとか、思われているのだろう。

 そんな視線を向けられつつも、3人は問題なく門を潜り平民街に出ることが出来た。

 久しぶりの街は少しだけ綺麗になっていた。あの事件以来、平民街にも物資や支援金が届くようになり、修繕修理が出来るようになったのだ。それに…


「アルダ!」

「聖女様!?」


 アルダの姿を見つけて奏は抱きついた。

 驚きつつも受け止めるアルダに奏は口を尖らせて不満を露にする。


「様はいらないよ。いつも通りが良いの。」

「……分かったよ、奏。久しぶり。」

「うん、久しぶり。」


 大好きと抱き締めればアルダもギュッとしてくれる。それが嬉しくって奏はへへっと笑った。


「奏のお陰で魔物の数がぐーんと減ったよ。結界を張ってくれたと聞いたよ。ありがとう。」

「ううん、遅いくらいよ。今までごめんね。」

「何言ってんだい。十分さ。支援金も届くようになって、街も綺麗になった。回復薬なんかも届くようになって、病気や怪我人も減ったし、至れり尽くせりさ。…それに、こうやって聖女様直々に見に来てくれるしね。」

「私は好きで来てるのよ。これが私の楽しみなんだから、嫌がられても来るからね。」


 ニッと悪戯っ子のような笑みを見せれば、アルダは嬉しそうに笑った。


「嫌がるもんかい。いつでも待ってるさ。」

「おーい、2人の世界に俺たちも入れてくれー。」

「なんだい、ジャンも来てたのかい。」

「おいおい、扱いが天と地の差じゃない?」

「そりゃあ、そうさ。奏が来てくれなければお貴族様は平民なんて相手にもしてなかっただろ?」

「こりゃあ、手厳しい。まずは信用を取り戻さないとだなぁ。」

「アルダ、ジャンは…」


 険悪になるかと心配した奏だが、アルダはああ、と奏の頭にポンッと手を置いた。


「分かってるよ。ジャンが悪いわけじゃない。でもね、私は男に優しくしようって気を持ち合わせてないんでね、諦めておくれ。」

「お呼びじゃないなら…」


 アルダに背を向けて彼女からゆっくりと離れていくジャンに、アルダが待ちな。と、ジャンの肩に手を置いて逃げないようにした。


「男手が来てくれてこちらは大助かりさ。」

「げっ…今日は何させられるんですかね…」


 ジャンのひきつった笑顔に、笑顔で答えるアルダの目は笑っていなかった。


 奏はひとりで街を歩いて、困っている人がいないか話を聞いてまわった。皆、はじめは戸惑っていたが、彼女がいつも通りに接して欲しいと言えば、少しずつだが前と同じように接してくれるようになっていた。

 奏にはこの時間が心の洗濯だ。いくらジャンがいるとはいえ、いつも一緒に行動できる訳ではない城内では窮屈な思いをすることも多い。リズがいてくれるとは言え、溜まるストレスの方が多いだろう。そんな時に気分転換が出来るというのは素晴らしいことだと奏は思った。


「奏様、楽しそうですね。」

「ん?ああ、だな。」


 奏に使用人と呼ばれた男は、遠くに彼女を見つけてフフッと目を細めた。その声にクワを振っていたジャンは手を止めて、そちらを見やる。


「あんたまで付き合う必要ねぇんだぜ。仕事忙しいんだろ。」

「私も息抜きしたいんだ。」


 ふぅと目深に被っていたフードを下ろして、暑いと首にかけていた布で汗を拭うのは、この国の王子だった。


「息抜きになるかね?俺はもう足腰が痛いよ。」

「騎士団の副団長も兼任しておいて、何を言ってるんだか。」

「兼任させられてんの。あの狐、ほんと食えない。」

「仮にも国王に狐って……」


 クリストフォロが息を噴き出してクスクスと笑う。


「ジャンくらいだよ。そんなこと言えるのは」

「そんなことねーだろ。」


 王子にも軽口を叩くのだから、クリストフォロは笑ってしまう。目尻に溜まった涙を拭きつつ「…それで、奏様とはどうなの?」と聞けば「どうって……変わらずだよ」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「もう、ひと月は経つのにかい?」

「まだひと月だよ。」

「君なら自分のペースに引き込みそうなのに…」

「俺を何だと思ってるの?」

「欲望むき出しの狼」


 間髪いれずに答えるクリストフォロ。


「ひどいねぇ…クリスとは長い付き合いだってのに、そんな風に思われてたのかぁ。」

「冗談だよ。…だけど、君が奏様をあんた呼ばわりしてた時は、正直驚いたけどね。いつも姫さんって言ってたのに。」

「そりゃあ、奏とは呼べないからな……あ?…なーんで、クリスがそんなこと知ってんだよ。」

「それは愛美がここに来た時、私もあの場に居たからね。」


 これにはさすがのジャンも知らなかったのか、ポカンと口を開けてクリストフォロを見る。


「ほぼ毎晩、彼女と会って話をして彼女の気晴らしになってあげて、遠征で心を病んだ時も毎日部屋に通って心のケアをしてさ。私に逐一報告してきては、姫さん姫さんって…いくら聖女に私的に気安く会えるのが王族だけだからって、毎回私に変身して行かれるのはこちらとしても大変だったんだよ。分かってるかい?」

「その節はご迷惑をおかけしました。…あー、やめやめ!そんな話はやめよーぜ!」

「…ああ。君って案外照れ屋さんなんだね。意外な一面」

「あー、もうこれ新手のいじめですかね。おじさんいじめて楽しいかね。」

「ごめんごめん。それだけ奏様が大切なんだね。なら私も安心だよ。」


 クリストフォロは不適に笑う。


「…ちなみに、もし不仲だったら私が彼女を口説くからね。」

「なら、俺は捨てられないように頑張りますかー」


 伸びをしてクワを持ち直すと、再び畑仕事に勤しむ。


「やっと…前に踏み出せたんだね…」


 そんな姿を見て呟いた言葉は誰の耳にも届かずに消えていく。


「なにか言ったか?」

「いいえ、なにも」


 クリストフォロはジャンにそう答えると自分も作業に戻った。


 麗らかな日差しに心地よい風が気持ちいい。そんなピクニック日和な気候に奏はめいっぱい息を吸う。青々と繁る木々の匂いが肺で満たされる。

 こんな晴れ晴れした気持ちは久しぶりだ。

 これからのことは奏にも分からない。だけど今の環境は悪くないと思う。

 だからこそ今をめいっぱい楽しもう。そう思った奏は笑顔に溢れていた。




 fin


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