>> 後編
最推しのピグ様が乙女ゲームを離れて冒険に出てしまったと聞いてから、なんだか毒気が抜かれた様に気持ちが引いてしまっていた……
ピグ様以外にも好きなキャラは居たけれど、第二王子であるピグ様が居なくなった事から情勢が変わったのか、ゲームでは婚約者など居なかった高位貴族の攻略対象者たち全員に婚約者が出来ていた。
最初から悪役令嬢が出るゲームだったら婚約者が居てもみんな婚約者の事を嫌っていたり興味がなかったりして割り込む隙間があるけれど、この世界のみんなは自分の婚約者を大切にして他の令嬢になんか目もくれない感じだった。
私も……人のモノを取ったり人の恋路を邪魔する趣味は無いから攻略対象者たちに近付きたいとも思えなかった……
なんかやる気がなくなっちゃった…………
そう思ったらなんだか全部が馬鹿らしくなってきた。
この世界は乙女ゲームと同じかもしれないけど、この世界はゲームじゃない。
選択肢も無ければ好感度バーも見えない。
失敗したらそれで終わり。リセットボタンもないからやり直しは出来ない…………
私は私……
ただの男爵家に生まれた貴族の娘…………
ゲームではヒロインだったから見た目は当然可愛いんだけど、ゲームでも攻略対象者たちが『ヒロインの外見に一目惚れする』という描写は無かった。今生きている人生でも、男性から一目惚れされたなんて経験はないし他の女性より優遇されてるなんて経験もした事が無い。
“可愛い”けど、“特別”なんかじゃないんだろうな……
そんな事に気付いてしまったらもう『恋愛脳』じゃいられなくなってしまった……
そして見えてくるのはこれからの事…………
私……
これからどうしょう…………
◇ ◇ ◇
恋愛脳が冷めてしまうと途端に広がった『未知の未来』に私は怖くなった……
この世界は貴族社会。
男爵令嬢の私も例に漏れずどこかに嫁がなければいけない……
現にお父様は『お前はそんな大物を狙わずに堅実に手頃な人を見つけなさい』と言っていた。この学園に在学中に婚約者を作り、卒業したらどこかの家に嫁ぐ……
この世界が乙女ゲームの世界だと思っていた時は、私の相手は『ゲームでよく知っている攻略対象者の誰か』だと思っていたから嬉しさしかなかったのに、その相手が『未知の相手』に変わった途端に私の中に『結婚への不安』が一気に膨れ上がってきた……
良い人を見つけられたらいいけど、もし見つけられなかったら?
お父様が見つけてきた人と婚約する?
その人が変な人だったら??
そんな事を考えてしまってゾッとした。
や、やっぱり、ヒロインの私の相手なら攻略対象者を選ぶべき???
そう思ったけど、学園内で知り合える“学生”の攻略対象者には全員婚約者が居る様だし、年上の渋メン攻略対象者と言えば、教師か衛兵に庭師に冒険者か医者とかになるけど…………
……私……女子学生に恋愛感情を抱く大人の男性……受け付けないのよね…………
本来守るべき対象の子供である女子学生を『一人の女』として見てるその感性がなんか……無理なのよね…………
なら残りの攻略対象者を、って思うんだけど……
残りの攻略対象者は全員『年下キャラ』
…………私…………
“子供”に恋愛感情抱けないのよね…………
ショタとかムリ…………
(面倒臭い女子メンタル発動)
え? 詰んでない?
私の恋愛もう詰んでない???
なんかもうこうなったら自然に任せようかな……
前世だって自分でグイグイ攻略した訳じゃないけど彼氏いたし……
むしろ今世はヒロインだけあって見た目は100点なんだから、自分から攻略しなくても誰かが私を攻略してくれるのでは??
告白してくれるのを待ってもいいんじゃない???
だって私☆ヒロイン☆なんだもの????
……………………よし、
それで行こう。
私、向こうから来るのを待つわ!
◇ ◇ ◇
恋愛を、『男性の方から来る』のに任せる事にした私はそれ以外で何をしようかと考えて、“前世の知識”を使う事にした。
と言っても『知識チート』とかは無い。
というか私きっと何の力も無い(悲)
乙女ゲームのヒロインがそうだったから。
【平凡な女の子がその人柄で恋を成就する】のが売りのゲームだったから、ヒロインだったとしても何の能力も無い。というか、むしろ『ヒロインだからこそ何の力も無い』と言った方が早いのか……
そんな『ド凡人』の私が気付いた知識の使い方は……
そう。
他人の力に頼る事!
この世界には魔法もあれば錬金術もある。
攻略対象者の一人に錬金術士を目指す同学年の生徒が居た。
私はその彼を思い出したの。
錬金術士を目指す少年、テルジオ・スロッグ子爵令息。
深い青色の髪と澄み切った清水の様な水色の瞳。だけどその瞳の色を知っている人は数少ない。
何故なら彼は前髪を鼻先まで伸ばして更にレンズが光を反射する黒縁眼鏡をしているから。
暗い暗い根暗で口下手オタク。でも実は隠れイケメン……彼はそんなキャラ設定だった。
美形なのに自信がないとか何様???不細工に生まれた奴の事バカにしてるの????(純粋な僻み)
と、いうのが前世の私の印象の所為で、全然範疇に無かった。
まぁ彼は、気弱なのにその見た目の所為でまだ男女の区別も無い幼少期にメイドに襲われそうになった事がトラウマになって顔を隠してるんだけどね。そんな過去が分かっても前世の私には彼は推しメンの中には入らなかった。
それにどうせ今の彼にも婚約者が居るんだろうから尚更恋愛対象に見れない。
でも彼の錬金技術は本物。
ゲームでの彼エンドでは、『世界的な錬金術士となった彼の心の支えとなるヒロイン』で締めくくられる。
そんな彼の錬金術に頼れば私の“前世の知識”が活かせると思うのよ。
「頼もーーー!!」
「っわっ?! な、何?!?!」
彼が常に居座っている錬金術クラブの扉を開いた私は突然の訪問者に慌てふためく彼を見つけて詰め寄った。
「こんにちは! 私はロアン男爵家の娘、リザリア!
錬金術で作りたい物がいっぱいあるんだけど錬金術の事はちっとも知らないの!
錬金術クラブに入ったら教えてもらえる? それか作ってもらえる?? 私、イメージだけはたくさんあるの!!」
「っへ? あ、ぇえっ?っ?!?」
ゲームの知識からテルジオが押しに弱いって事を知っていた私は先制攻撃で彼の懐に入り込み、彼が冷静になる前に、彼が興味を引きそうな『錬金術の案(前世の知識)』を出して彼が私を追い払えない様にしたわ。
錬金術クラブに入ってしまえば後はもう、
前世の知識をこの世界に具現化すべく、錬金するだけよ!!!
◇ ◇ ◇
テルジオの居る錬金術クラブに入った私は、その後の学園生活を錬金術の為に使った。
ハマってしまえば錬金術は楽しくて。魔法を使えない私でも作れる事に感動した。
乙女ゲームの世界でヒロインは錬金術をするテルジオの姿をただ横で見ているだけだった。
今ならそんなヒロインに、なんで自分でもやらないのかって言っちゃうわ。
錬金術は見るより断然自分で作る方が楽しい。
私は早々に『乙女ゲームの恋愛要素』を忘れて楽しんだ。
でも残念な事に“前世の知識”の半分以上はイメージを伝えただけでテルジオに却下されちゃった。
鉄で動く物は魔法のあるこの世界では必要性が無いし、電気に関しては私の知識がなさ過ぎて説明の段階でチンプンカンプンになっちゃった……
でも細々とした知識は有益に使えて。特にテルジオが食いついたのはなんと『魔法のホウキで空を飛ぶ』事だった。
この世界にも飛行魔法はあるけれど、熟練の魔法使いにしか扱えないらしい。そんな世界で『媒体を介して体を浮かせる』発想が面白いと思われたみたい。
「でも、何故ホウキなんだい?
棒に跨ったら股が痛いじゃないか??
もっと乗る形に特化させるべきだよ」
とテルジオに言われて私も困っちゃった。
なんでホウキなんだろう???
そんなやり取りの後、私とテルジオは二人で試行錯誤して、遂に『空飛ぶホウキ』ならぬ『空飛ぶ乗り物』を錬金する事に成功した!
何故『乗り物』という呼び方になったかと言うと、魔力を通す媒体を色んな形に変更する事が可能だから。
私は勿論【ホウキ型】──と言っても椅子付き──だけど、テルジオは【スケートボードみたいな板型】──意外と体幹がしっかりしてて驚いた──だし、錬金術クラブの先生は【安全ベルト付き椅子型】と、個人の乗りやすい形になったから、総じて【乗り物】と呼ぶ事になったの。
自由に空を飛べる道具が完成した事によって周りは大騒ぎになった。
世界の歴史を一新させる程の物を作った私とテルジオは国から称賛され、なんとテルジオは男爵位を貰う事になった。
テルジオは自分だけの功績では無いと言っていたけれど、私は“案”を出しただけで『空飛ぶ乗り物』を錬金したのはテルジオの知識と技術の賜物だったから、私は笑って彼の背中を押した。
「子爵家の次男が遠慮してどうするのよ! 貴族として国仕えの錬金術士になれるんだからもっと喜ばなきゃ!」
そう言った私の手をテルジオが握った。
「ん?」
首を傾げて顔を見る私に、今はもう隠すのを止めてしっかり素顔が見える様に髪型を変え眼鏡を変えたイケメンテルジオが真剣な目を向けてくる。
どうしたの?
「……なら、僕の隣で男爵夫人になってくれるかい?
リア……いや、リザリア・ロアン。
僕と……結婚して下さい」
手を握ったまま片膝を地面に突き、私を見上げてそう口にしたテルジオ。
「え……?」
私は何を言われたのか一瞬分からなかった。
◇ ◇ ◇
「えぇええぇえ?!?!?
待ってっ?! え? 何を言ってるの?!??
貴方、婚約者いるんでしょ?!?」
真っ赤になって慌てた私にテルジオは不思議そうな顔をした。
「え? 婚約者なんかいた事ないよ?
リアにはそんな風に見えたのか?
僕ずっと工房に居たと思うんだけど」
「え? 学外で会ってたんじゃないの??
わ、私てっきり貴方にも婚約者が居るものだと思ってたわ…………」
「僕にも?
……誰の事を言ってるのかは後で聞くけど……、僕に婚約者は居ないし、リアに会ってからはリアしか見てこなかったよ」
美しく光る水色の瞳でじっと見てくるテルジオの真剣さに、私は熱くなる体を抑えられずにただただ全身で赤面した。
「き……っ、気付かなかった、わ!」
「知ってる。
リアは錬金術に大ハマりしてたからね」
そう言って笑ったテルジオに私は照れとは別の恥ずかしさを感じてモジモジしてしまった。
「だって……私にはもう恋愛なんて無縁なんだって思ってたから……」
この世界が乙女ゲームの世界だと気付いてからは私の頭の中には『恋愛』しかなかった。攻略対象者と結ばれて幸せになる。それだけが人生なんだと思っていた。
だけど最推しのピグ様が居なくて、他の推し達にも婚約者の令嬢が居てみんな幸せそうで……私は『ヒロイン』として生まれたけどこの世界ではヒロインなんかじゃないんだって気付いてからはなんだか『愛されて当然』と思い込んでいた自分が恥ずかしくなって、むしろわざと恋愛から目を逸らしていた様な気がする……
勘違い女になりたくなかったから……
「その『もう』が何を指してるのかは後で聞くけど、
……僕だって自分には恋愛なんて無縁だと思ってた。女性が苦手で、好きになれなくて、錬金術より興味を引くものなんて無いと思ってた。
でもリアと出会って。
リアの事知っていく内にどんどん目が離せなくなって。
気が付けばリアの事考えちゃって……
リアを一人の女性として好きなんだって気付いた……
リアが僕の事を男として見てない事は知ってる。
でもそれと同時に、僕以外の男と親しくしてない事も知ってる。
ねぇ、リザリア。
僕、これから頑張るから。
リザリアに男として好きになって貰える様に頑張るから。
僕の隣にずっと居てください……」
立ち上がり、じっと私を見つめたままで、握ったままの私の手を口元に寄せて優しくその手に口付けしたテルジオの漏れ出る色香に……私が抗える筈も無く………
「わ……私で良ければ…………」
なんて惚けて回らなくなってしまった頭でよく分からない返事をしてしまった私に、テルジオが花が咲く様に微笑むから……
私の封印されていた恋愛感情が一瞬でテルジオ色に染まった……──
「あぁ、リア
嬉しいよ、幸せになろう」
力強く抱き締められて私は頭が茹で上がるんじゃないかと思うくらいに恥ずかしくて嬉しくて。
「……っ!?
よ、よろしくお願いしますっ!!」
なんて、言ってしまった。
気付けば攻略対象者の一人をゲットしていた私は、やっぱりこの世界のヒロインで間違いないのかもしれない。
◇ ◇ ◇
男爵となったテルジオと結婚して男爵夫人となった私はある日、
二人で工房に使っている部屋の一つに前世の記憶の中でしか見た事の無い筈の形を見つけて驚いた。
「………ねぇ、これって……?」
私が指差す先を見たテルジオが「あぁ」と答える。
「上級冒険者に今日納品する“空飛ぶ乗り物”だよ。
彼がどうしてもこの形が良いって何枚も紙に描いて見せるから困ったよ。でもそのお陰で彼のイメージ通りの形に出来たと思う。
変わってるよね、この形。
ここが持つところで、ここが座席で、この前の部分が光って前を照らしてね、この下の部分、彼は“たいや”って言ってたけど、なんだろうね? まぁ飾りだよ」
そう説明された『空飛ぶ乗り物』は、
完全に【バイク】の形をしていた。
「おぉお!!
これが俺の頼んだヤツだな!!」
「きゃっ!?!」
突然背後から響いた声に驚いた。
ズカズカと工房内に入ってきた薄汚れた男はどこからどう見ても冒険者だ。
多分洗えば綺麗なんだろう金髪に無精髭。ムッキムキの体に、剥き出しの腕には無数の傷跡が見える。若干の異臭がするけど本人はきっと気付いてすらいないわね……
ボリボリと掻いた髪から粉が落ちたけどホコリだと思いたい。
うわ、何、この人?!
そう思った私にテルジオが答えをくれた。
「ピグスゼグドさん、もう取りに来てくれたんですか?」
「おうよ! いてもたっても居られなくてな!!
これが俺の愛車か!!
最高だぜ!! 思ってた以上だ!!
俺、こういうバイクに乗りたかったんだよ〜!!」
突然始まった予想外の会話に私は真っ白になった。
『愛車』『バイク』それに………
テルジオは何と呼んだ???
そんな、まさか…………
頭が真っ白になった私に、目の前の汚いマッチョな冒険者が私を振り返って笑った。
「奥さんもありがとな!!
俺はこれに乗って世界を駆けるぜ!!」
ニカッ☆
と笑ったその顔に、在りし日の最推しの面影を見た気がして……私はただただ曖昧な笑みで返事をした……
優しく美しく線が細いけど均等の取れた肉体で、その声はどんな女性の耳でも天国へと導くほどに格好良く、彼が微笑めば同性すら腰砕けにさせると言わしめた超絶美形の最推しは
異世界で筋骨隆々の大きくて小汚くて臭いけど最強の冒険者になっていた…………
私はそっとそんな現実は無かった事にして、最愛の旦那様に寄り添った……
[完]