俺の回答
俺ならどうしたか?……どうしたのだろう。俺は妻子ある身だし、家庭を壊す様な、後ろめたいことは回避したい気持ちがある。それを素直に言おうと思った。
「俺には嫁がいるよ。口うるさい嫁が」
……違う、間違えた。俺が言いたかったのは、嫁の悪口じゃない。俺には伴侶がいて、その馴れ初めについてのいい話を言うはずだった。だけど、俺の口をついて出たのは、嫁の悪口だった。
「……」
自分の言葉に少し戸惑った俺は、口を半開きにしたまま数瞬止まった。そして、眼球だけを動かして小林を見た。俺と目が合った小林は、一瞬、卑屈な笑みを浮かべて、すぐさま視線を逸らした。何だよその反応は、と言おうとしたその時、俺は、突っ伏していた少女が顔を上げ、ちらちらと俺を見ていることに気付いた。
「続きはよ」
何故だか、少女の心の琴線には触れた様で、話の続きをせがんでいるらしかった。小林は、にやにやと、なおも卑屈な笑みを浮かべながら立ち上がり、駅を後にしてしまった。俺は何とも言い難い気持ちを隠し、それどころか、過剰に明るく、少女に向かって嫁の悪口を言い続けるはめになった。
「嫁はとにかく、俺がやることなすこと気に食わないみたいなんだ。俺は仕事して、疲れて帰ってるのに、俺にとってどうでもいい、些細なことを言ってくる。そしてそのことについて、俺の答えを求めてくるんだ」
少女は、小さく何度も頷きながら、俺の言葉を待って熱い視線を向けている。こう真剣に見られては言葉を続けるしかない俺は、少女の方に体を向け、真正面にその姿を捉えた。すると少女も、俺の方向に向きを変え、あぐらをかいて、俺を真っ直ぐ見た。長めのスカートなので中は見えないが、年頃の少女があぐらはどうだろうかと、俺は内心思う。俺の娘がこんな風になるのを想像すると、少々気持ちが重くなったが、しかし少女の素直さは嬉しく、この少女の様に真っ直ぐに育ったなら、それはそれで個性として容認したい気にもなる。
「そして、嫁がほしい答えは決まってて、俺は、それ以外のことを言うと怒られるんだ」
「出た出た、オイ……!テツオ、おめぇも大変なんだなぁ。しっかし女ってどうしてそうなんだ……。お互い苦労するよなぁ。女って嫌いだわぁ~。……そんで?」
お前も女だろう、と言いたい気持ちもあるが、それよりも俺は、しみじみ同意してくれたこの少女の同意の言葉が何だか無性に嬉しく、嫁の悪口をこの少女に聞いてもらいたい、という気持ちが溢れて、これ以上なく饒舌になっていった。少女はやはりあくまで素直で、小林の様に、真意のわからない卑屈な笑みは浮かべない。少女が俺に向ける顔も、言葉も、ただただ本音だ。だから俺も、素直に自分の思うことを言えたんだと思う。




