ウチアワセ
***
筆記試験も無事終わり、一年生の全学期が終わった。
無論、回りの一年の全員が同じ年と言うわけではない。この魔法学校には留年なんてものはない。一年生のうちに魔法が発現しなかったらこの学校を去らなければならない。僕の魔法は終業式の3週間前に発現した。首の皮一枚つながってギリギリセーフだ。
後は休日明けに先生に時間を頂いて、魔術発現の簡易テストをパスすれば安泰だ。
そんな胸のつかえが取れた僕はランチに赴いていた。レーサーさんと二人で。
もちろん打ち合わせの為と分かってはいるのだが落ち着かない。店内の記試験も無事終わり、一年生の全学期が終わった。
無論、回りの一年の全員が同じ年と言うわけではない。この魔法学校には留年なんてものはない。一年生のうちに魔法が発現しなかったらこの学校を去らなければならない。僕の魔法は終業式の3週間前に発現した。首の皮一枚つながってギリギリセーフだ。
後は休日明けに先生に時間を頂いて、魔術発現の簡易テストをパスすれば安泰だ。
そんな胸のつかえが取れた僕はランチに赴いていた。レーサーさんと二人で。
もちろん打ち合わせの為と分かってはいるのだが落ち着かない。店内の雰囲気もそうだが、この状況が何よりも落ち着かなかった。
「来たわね、それじゃあ打ち合わせといきましょう」
「今更だけど、僕なんかでいいのかな」
「ええ、むしろ貴方しか頼める人がいないくらいだわ。とりあえず何か頼みましょう」
昼食ついでの話し合いの場に選んだレストランはそこそこの値が張る。ざっといつもの食費の5倍はある。だが彼女の手前、適当な大衆食堂に入る訳にもいかない。
頭の中で家計簿が狂っているのを認識しつつも肉料理を口に運ぶ。やはりこういった店での食事は慣れない。量も少ないし。
僕とは正反対に彼女の食べ方は、ナイフ、フォークを使う一挙一動を見ても美しかった。
今更ながらに治自分の場違い感を感じる、これでは教養の無さを露見させたようなものだ。
「そういえば聞いて無かったけど闘技会に出るのってやっぱり騎士の家の出だから?」
「いえ、そんな大層な家系じゃないもの、せいぜい力試しってところね」
「じゃあ1vs1の模擬戦会だってある」
「私もその意見なんだけど父が1vs1じゃ学べない事があるから取りあえず優勝してきなさいって」
「優勝って……要求の厳しいお父さんだね」
「それにーーー」
急にレーサーさんの顔が俯く。
たっぷり5秒ほど溜めてから口を開いた。
「優勝したら一人暮らししていいってお父様と約束したの」
「え?」
聞き間違いだろうか。
今彼女の口から心底くだらない出場動機を聞いた気がする。
「絶対優勝しなきゃ、一人暮らしの為に」
「本当にそれだけの為に優勝しようと?」
「それだけって、一人暮らしの為なら何だってするつもりよ」
「ヘーソウナンダ」
どうやらとんでもないくらい箱入り娘らしい。一人暮らしなんてものにそんな夢はない。切り詰めて尚赤字で、図書館の整理の仕事を増やして少し黒字になって、魔法書や日々削られていく食費でまた赤字に転落しての繰り返しだ。
まぁ彼女の場合仕は仕送りもあるだろうしそういった心配はないだろうが。
などと考えている間に彼女の前に置かれている皿はすでに空になっていた。僕の方も急いで料理をかきこむ。
「さて、そろそろ出ましょうか。学校の空き地で打ち合わせもしたいし」
「じゃあ後は 僕が払っておくから」
ここは男である僕が払わなければ。
それに本で読んだセリフで一度言ってみたかったんだ。ここから1週間はよくわからない肉と草を頬張ることになるだろうが仕方ない。
「もう私の方で払っておいたわ、貴方の分も」
「え」
「当然じゃない、私が誘ったんだから」
(金の力ってすげー)
「早く学校の方に戻りましょ」
彼女の半歩後を後歩く。
周りに聞いてみれば彼女の剣の腕は4年生にも負けていないという噂だ。学術においても学年でも指折り。こうやって共に食事をして、隣を歩いていても気品の高さを感じる。いい匂いもするし。
などと考えていたら修練場のほうについた。
「武科の方にくるのは初めてだけど」
修練場に入った途端、皆一斉に手を止めてこちらへ振り向く。いや正確には、その視線は僕ではなく彼女の方に向けられている。
当然だろう、彼女の学と剣はず抜けている。それが落ちこぼれ筆頭として有名な僕と並んで歩いていたら誰だって気になる。
「座って」
「うん、戦術とか連携とか詳しくないからその辺はお手柔らかに」
「大丈夫よ貴方はーーーーー」
「ん?」
僕らのテーブルに誰かが近づいてくる。
カチャリ、カチャリと腰に携えた剣を揺らしながら……意識的にやっているのか大きな歩幅が特徴的だった。
青年が僕らの前で立ち止まった。
短く切られた赤髪、180には届こうかという体躯。服の上からでもわかる盛り上がった大腿筋と大胸筋、正面からでも見える大きな僧帽筋。
その立ち姿には体の軸のブレは一切なく、彼が学生の中では突出していることが伺えた。
「ごきげんよう、今日もお美しいなレーサー後輩」
「それはどうも」
青年が目を細め、口元を歪める。
対するレーサーは毅然としていた。
「バディの件、考え直してくれたかな」
「申し訳ございませんクランチア先輩。もう私のバディは決まりましの」
「ほぉ、一体どなたかな。私と君以上のタッグはいないと見ているが」
「目の前にいるではありませんか」
クランチアと呼ばれた男が初めてこちら視線を向ける。
数瞬目線を合わせたのち、クランチアが口角を吊り上げる。いけ好かない野郎だった。視線そらしたのはこちらの方が先であったが。
「冗談を言う子ではないと思っていたが」
「本気よ、彼と共に優勝するわ。お互い頑張りましょう」
「不可能だな、個人戦とは違う」
「やってみなければ分かりません」
レーサーとクランチアの視線が交錯する。
関係ないはずの僕が視線を外したくなるほどのにらみ合いだった。
「ーー分かった。ここは身を引こう。ただ忠告をしておくと、一人だけだとか付け焼き刃の連携でバディ戦を勝ち残れると思わないことだ。少しでも連携を強めることだな」
「ええ、心留めておきます」
「では大会で会おう。修練に励めよーー」
クランチアはズシンズシンと響くような歩みで去っていった。
彼の言葉節々には、僕は戦力外であると思われていることが伺い知れた。
確かに彼の見立て通り、昨日今日魔法を使えるようになった僕では戦力としては無いに等しい。固定砲台がいいところだ。
「どうしたの」
「クランチア先輩って2年主席のエリートだよね、すごいじゃないかバディに招待されるなんて
「確かに実力はある。でも彼と組んだらお父様との約束にケチがついてしまうわ。悪い意味で強すぎるのよ。私の戦績が掠んじゃうわ」
いやでも、その考え方行くとーー
「僕って数合わせ」
「まぁそういうことになるわね、変に強いやつと組んでお父様に約束を渋られるのも嫌だし私の剣の腕なら問題ないわ」
「それはそうだけど……」
正直、ショックだった。
力を貸してくれと言われて嬉しかった反動もあり、ちょっと落ち込む。
まぁ――――そうだよな。
僕なんか加勢したところで連携が乱れて余計面倒臭いことになるのは火を見るよりも明らかだ。それに彼女の剣技なら2年生だったとしてもほとんどが歯が立たない。現在3年生の人間は出ることができない。
僕が選ばれた理由としては――戦うことに興味がない、あまり強くない、レーサーさんに恩を感じている、といったところだろうか。
彼女にバディに選ばれた時内心舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
「大丈夫、怪我はさせないわ」
「でも、僕も戦かーー」
「私が守るわ、全力で。」
「……はい」
言い返せなかった。
まぁこれが彼女の為になるならいいか。故郷の姉にも 貴族や騎士の考えに口を挟むとロクなことがない と言っていたし。
かなり不甲斐ないが、魔法を覚えたてで模擬戦をやること自体が間違っているのだ。
「貴方がやることは戦闘始まる直後にエリアの端の方へ走るのよ。でもエリアの外に出たら失格になるから気をつけて」
「他に気をつけた方ががいいことは?」
「基本魔法である防御魔法ディファを展開させて自分の身を最優先に考えて」
「分かった」
渋々頷いた。
彼女にとって僕程度の心配など判断材料にはなり得ない。
僕は基本防御魔法ディファを展開させて彼女の足を引っ張らなければいい。幸いディファなら魔法が発現できるなら誰でも使える。つまり僕のような駆け出しでも使える。
「戦闘についての指示は以上よ」
「本当に戦わなくていいんだ……」
「ええ。私が無茶いってお願いしているのだし、怪我なんかさせられないわ」
「やっぱり騎士様はすごいんだね」
「何、皮肉?」
「いや本音だよ」
僕なんかの怪我の心配をここまでしてくれるんだ。優しい子なのだ。おまけに美人で頭も良く、剣の腕もたつ。
そばにいてどきドキドキもするが、それが恋心かと問われればそれは違う。
住んでる世界が違い過ぎて、同じ学舎にいても雲の上の人という存在だからそういった気持ちが湧かないのだろう。
「じゃあ1週間後、校舎の模擬戦場で行われる予定だから。」
「ああ、必ず行くよ」
「ありがとうね、面倒なことに付き合ってくれて」
「お安い御用だよ。お互い頑張ろう。といっても僕は防御しているだけなんだけれど」
「十分よ、頑張りましょう。独り暮らしの為にも」
いや……以外と彼女は雲に上の存在ではないのかも。
そんなことを思いながら彼女キュイ=レーサーと別れた。
***
「ただいま帰りましたお父様」
「おかえりキュイ」
キュイは荷物をおろし、剣を立て掛けると父の前に座り込む。
父はこの国の国防軍の騎士団団長の1人だった。だから小さい頃から彼女に対する指導は厳しいものだったが、キュイ自身むしろ感謝をしているくらいだ。
「今日は試験最終日だったか」
「ええ、明日から春休みに入ります。お父様の道場にも顔を出すので、指導の方をよろしくお願いします。」
「うむ」
「今から見回りですか」
「あぁ。ちょっとしたいざこざがあったあったらしくてな」
「いってらっしゃい、お父様」
父が靴紐を結び、剣を腰に携える。
「約束の件、覚えていますか」
「闘技会で成果を上げたら独り暮らしだったな」
「ええ、必ず優勝してみせます」
「何も優勝する必要はない。戦いには様々な形があることを学んでくれればそれでいい」
腰を上げ、父がドアに手をかける。
「そういえばバディは決まったのか」
「今日バディをやってもいいという人がいて無事決まりました」
「クランチア家の長男辺りだろう。彼からなら学ぶべき事も多いだろう」
「いいえ、違います」
「では何処の家だい」
「貴族や騎士の家の者ではないのだけれど」
彼の整えられたオールバックが一瞬崩れる。
額には脂汗にじみ、恐る恐るキュイの方を振り向く。
「バディは……女子であるだろうな」
「いいえ、たしか都市国家から上都してきた魔法科の一年……男ですが」
「ぬぅあにィ……」
きょとんとしているキュイと反対に父は阿修羅のような形相で口を開いた。
「今度その馬の骨を家につれて来なさい」
「メッツよ馬の骨じゃないわ」
「父としてお前のバディなどとも交流をもっておかなければな」
「メッツよ。メッツ=ワイヤー。大会が終わったら本人の都合が合えば招待するわ」
キュイは父がどこに腹を立てていたのか分からないまま見送った。