↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/30

第5話 街の灯と赤い決意

祝祭の戦場 5:街の灯と赤い決意


屋敷の一室。重厚なビロードのカーテン越しに、柔らかな午後の光が静かに差し込んでいた。


アークは椅子に腰掛け、じっとタニアの様子を見つめていた。


「タニア、本当に大丈夫か? 復活したばかりだ。どこか痛んだり、身体が重かったりはしないか?」


タニアは静かに首を振る。

彼女の美しい金髪が、陽光を浴びてさらりと揺れた。


「私は大丈夫です、マスター。それより……あなたに、あんな凄惨な死の苦痛を共有させてしまったことが、何よりも悔しくて……」


アークは知っている。タニアは決して、恐怖を知らない無敵の戦士などではない。

むしろ人一倍繊細で、恐怖や苦痛をリアルに感じてしまう女なのだ。


あの冷徹なハイド(隠密)の奇襲と目潰し、そして心臓を貫かれた恐怖が、どれほど彼女の心を傷つけたか、アークには我がことのように分かっていた。


アークはそっと目を閉じ、絞り出すように答えた。


「俺のことはいい。それよりタニア、もうそんな危険な奴とは戦わないでくれ。……俺は、お前が心配なんだ。これ以上、お前が傷つくところを見たくない」


タニアは、自身の胸元に視線を落とした。

服の上からでも分かる。アークから贈られたフェイトチャームの緑の輝きは、昨日よりも明らかに弱まっていた。


「お気持ちは、痛いほど嬉しいです。でも……私は同調者。あなたに創造された身ですが、その根源は創造主たる神々。私たちは、あの戦場で戦うことでしか存在を許されないのです」


戦場でしか生きられない、戦うためだけに創られた哀しい宿命。

アークは拳を握りしめ、掠れた声で言った。


「分かっている。……でも、戦場へ行くだけでいい。もう無理な深追いはしないでくれ。生きて帰ってきてくれれば、それだけでいいんだ」


タニアは俯いたまま、アークの不器用な優しさを噛み締めるように、静かに頷いた。

◇

少しでもタニアの気分転換になればと、二人はヴァルディアの街へと繰り出した。


活気溢れる広場では、子供たちが無邪気な笑い声を上げて走り回っている。


中央の噴水が陽光を浴びてキラキラと輝き、見慣れた街の賑わいが、二人の重かった空気を少しだけ和らげてくれた。


「ほら、タニア。見てみろよ、子供が走り回ってるぞ。……いや、まぁ、珍しくもなんともない光景だけどさ。なんかこう……気楽そうで良いよな、子供は」


なんとかタニアを笑わせようと、必死に話題を探すアーク。そんな彼の「空回りする優しさ」を察知したかのように、子供たちがタダタダと駆け寄ってきた。


「あ、タニアお姉ちゃん!」「アークさんだー!」


「お、ようチビ助ども!相変わらず全力疾走だな!理由は知らんが、まぁ人生そんな時もあるよな!ははは!」


「ねえアークさん、お菓子持ってないの?」


「その質問、今週だけで何回目だ? 逆に聞くが、この俺が一度でもポッケからお菓子を出したことがあったか?」


「ケチ!アークさん金持ちのくせに!」


「大間違いだ、金持ち『だから』ケチなのさ!」


堂々と胸を張るアークのせこいセリフに、タニアの口元がフフッと綻ぶ。


たわいもないやり取りだったが、彼女の顔に、いつもの穏やかな微笑みが戻っていた。


「もういいや!バカアークさん!一生タニアお姉ちゃんの尻に敷かれてろー!」


「おいコラ待て!どこでそんな不穏な言葉を覚えた!……ったく、どこの大人が教えたんだか」


子供たちの去り際の特大のトドメに、アークは赤くなった顔をごまかすようにガシガシと頭を掻き、遠ざかる背中に手を振った。


平和そのものの光景。


だがその時――広場の隅から、胸を掻きむしるような、悲痛な慟哭が聞こえてきた。


「うう……っ、オエッ!ケホケホッ……!どうして、どうして俺を置いていってしまったんだ、エル……! 嘘だと言ってくれ、帰って来てくれよぉ……ッ!」


石畳に膝をつき、人目もはばからず泣き崩れる一人の男。


その服装から、彼が「マスター」であることは一目で分かった。そして彼の手元には、光を完全に失い、ドロドロのただの石ころに変貌した『フェイトチャーム』が転がっていた。


昨日の戦場で、彼の同調者は完全に消滅(ロスト)してしまったのだ。主を遺して。


タニアは、ぴたりと足を止め、沈黙した。

アークもまた、かける言葉を失い、その光景を凝視するしかなかった。


明日は我が身かもしれない、残酷な現実。


「戦場で生きる以上、私も……いつかは、あのように……」


タニアの細い肩が、微かに震える。

アークは一歩踏み出し、彼女の冷たくなった手を力強く握りしめた。


「大丈夫だ、タニア。絶対にそうはさせない。その前に、ロストしない方法を俺が必ず見つける。……それに、もし万が一、お前が完全に消滅する時が来たら……その時は、俺も一緒だ。俺の命はお前と共にある」


その言葉が、タニアの胸の奥底を激しく揺さぶった。

脳裏に、あの出会いの日、大神殿で行った『生命同調』の秘術の光景が、鮮烈な光を伴って浮かび上がる。


命のすべてを賭けて、魂を一つに繋ぎ合ってくれた、最愛のマスター。

あの時のアークの熱い誓いの声が、今も耳の奥で響いている。


「……そうでしたね。私たちは、一つ。……マスター」


緑の瞳に、今度は恐怖ではない、熱い涙を薄く浮かべながら、タニアは嬉しそうに、そして愛おしそうにアークを見つめ返した。


◇

夕闇が街を包み込み、家々の窓にオレンジ色の灯りが灯る頃。

二人は街の喧騒から隠れるように、古びた酒場へと向かった。


「まあ、今日はグイッとエールでも引っかけてスッキリしよう。な、タニア」


これに対しタニアは微笑んで頷いた。


扉を開けると、安酒と煙草の匂い、そして荒くれ者たちのざわめきが満ちている。二人は目立たないよう、店の一番隅の席に腰を下ろした。


果実酒で喉を潤していると、背後の席から、不意に物騒な単語が耳に飛び込んできた。


「おい知ってるか? ノクシアの連中のところに、とんでもねぇ化け物が現れたらしいぜ」


「あぁ、噂の『双剣のケイ』だろ? 聞いたぜ、昨日の戦いだけで尋常じゃねぇ数のキル数を叩き出したってな」


「どんな大男の肉体派かと思えば、実際は女と見間違うほどの細身の美少年だってんだから驚きだよ」


「何ぃっ? ……まぁ確かに同調者の見た目と戦闘能力は関係ねぇって言うが、いまいちイメージが狂うな。どうせ尾ひれのついたハッタリだろ?」


「いや、マジらしい。恐ろしく素早い身のこなしで、普通の奴じゃ目で追うことすらできねぇとよ。……だが、本当にヤバいのはそこからだ」


「何だよ? 勿体つけるなよ」


男が声を落とす。酒場の喧騒のなかで、その一角だけが急に冷え込んだように感じられた。


「奴は、恐ろしく冷徹で、その目は完全に狂気に満ちていたらしい。敵をいたぶり、消滅させる瞬間を……戦場そのものを、心底楽しんでいるサイコ野郎だって話だ」


「……そいつは、まともじゃねぇな。御免被りたいもんだ」


後ろの席の言葉を聞いた瞬間、タニアのグラスを持つ手が、ピクリと止まった。


脳裏をよぎる、風景に溶け込む圧倒的な速度、容赦のない目潰し、そして「楽しかったよ」と言い残した冷酷な笑顔。


自分を殺した相手――それが、あの美少年『ケイ』だと確信する。

タニアは、テーブルの下で、白くなるほど静かに拳を握りしめた。


恐怖に震えているのではない。アークから貰った命の重さを知り、男の言葉に、彼女の胸の奥の「戦士の血」が激しく滾り始めたのだ。


「マスター……」


タニアは、前を見据えたまま、静かに、しかし地響きのような決意を込めて呟いた。


「私、次は絶対に負けません」


ガヤガヤとした酒場の喧騒にかき消され、その声は誰の耳にも届かなかった。


だが、薄暗い酒場の席で、彼女の緑の瞳の奥には、宿敵を打ち倒すための、苛烈な『赤い決意』の炎が静かに、しかし確かに灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。