第1話 タニア、戦場を舞う
祝祭の戦場1:タニア、戦場を舞う
――そこは、鉄と血の臭いが立ち込める『祝祭の戦場』だった。
ヴァルディア国とエリュシオン国。両軍の兵士たちが、怒号と咆哮を渦巻かせ、刃を交え、前線を押し引きしている。
だが、この戦いの本質は地上にはない。
遥か上空――雲海を割り、地上の喧騒を冷徹に見下ろすように浮かぶ、二つの巨大な『祝祭の器』。それは神聖な威容を誇り、地上の戦果を吸い上げては、不気味に、そして神秘的にその光を増幅させていた。
「奴をこれ以上拠点に近づけるな! たった一人相手に何をやっているんだッ!」
エリュシオン軍の防衛陣地から、引き裂かれたような悲鳴が上がる。
彼らの視線の先、鉄火の飛び散る最前線を、一人の女戦士が文字通り『駆け巡って』いた。
名を、タニア。
およそ戦場には不釣り合いなほどに美しく整った身躯でありながら、彼女が両手で握るそれは、自らの身の丈ほどもある無骨な鋼鉄製のハンマーだった。
短めの金髪を夜風に躍動させ、鋭い緑の瞳がエリュシオンの防衛線を冷徹に見据える。
彼女が纏うのは、胸元が少しはだけた青黒い軽鎧。激しい戦闘の呼吸に合わせて波打つように、豊かな胸の谷間が艶やかに覗いていた。
そしてその中心で、緑のネックレスが、戦火の熱を反射して怪しく、そして神秘的に煌めいている。
下半身を包む赤いフレアミニスカートは、膝のあたりまでを上品に隠しつつも、彼女が舞踏のようなしなやかさでステップを踏むたびにヒラリと翻り、ロングブーツとの間に覗く健康的な太もものラインを眩しく主張していた。
一見すれば、戦場をナメているかのような、あまりにも美しく華やかな軽装。
だが、その肢体が物理的な法則をあざ笑うかのような爆発的なスピードで躍動した瞬間、敵の兵士たちはそれが「生き残るための極限の機動性を追求した、誇り高き戦闘服」であることを肉体で理解させられることになる。
「拠点を明け渡しなさい!」
澄んだ声が響いた直後、質量兵器が唸りを上げて水平に薙がれた。
――ズォッ!!ドッ……メリッ!!
凄まじい風切り音と衝撃音が時間差で響き渡る。
直撃を受けたエリュシオンの重装歩兵たちが、まるで木の葉のようにまとめて吹き飛んだ。
弓矢が放たれても軽々とこれを回避、まるでこの一帯全てを把握しているかのようだ。
すかさずタニアは、その破壊的な重量をものともせず、滑らかなステップで敵の拠点へと肉薄する。
「はぁあああッ!」
遠心力を乗せて振り下ろされた一撃が、強固な防壁を直撃した。
――ドゴォッ!!……ズゥゥゥンッ!!
インパクトの瞬間には周辺の大気が震えた。
大地を激しく震わせる重低音とともに、石造りの拠点が爆散する。
「ひぃっ!ここはもうダメだっ!下がれ!って……おい!俺を置いていくんじゃねえっ!!」
エリュシオン陣営は散り散りに撤退して行く。
飛び散る火花と土煙の中、タニアの美しい金髪が眩しく躍動した。返り血さえも、彼女の鋭い緑の瞳の輝きを遮ることはできない。
胸元で怪しく煌めくネックレスは、彼女がただの粗野な戦士ではなく、戦火に咲いた一輪の苛烈な美刃であることを物語っていた。
重厚な破壊と、舞踏のようなしなやかさ。その矛盾した美しさは、まさにこの戦場そのものを彼女の『舞台』へと変えていく。
拠点の所有がヴァルディアに移ると、全壊していた建築物は光の粒子となり消え、新たな拠点が一瞬で生成される。
拠点からは一定周期で上空の「器」へと光が立ち上る。器を満たすための光だ。
「すげえ……もう拠点を落としやがった!」
「馬鹿野郎!感心してる場合か!俺たち何もしてねえじゃねえか!これじゃ勝っても上から何言われるか分かったもんじゃねえぞ!?」
遅れて駆けつけたヴァルディアの兵士たちが、呆然と、そして興奮気味に声を上げる。
「相変わらずべっぴんさんだな……っといけねえ!あんな一撃を見せられたら、俺たちも戦果を上げねえと男が廃るぜ!」
彼女の圧倒的な蹂躙劇は、味方の士気を爆発的に跳ね上げる最高の起爆剤だった。
「……次です!」
タニアは一瞬たりとも足を止めない。さらに敵陣の奥深くへと切り込んでいく。
彼女のハンマーが大地を叩き、横薙ぎに振り抜かれ、時に爆発的なフルスイングが放たれるたび、確実な『道』が開かれていく。
大質量を豪快に振り回し、猛然とステップを刻むたび、膝丈の赤いフレアスカートが鮮やかに翻った。
激しい動きに合わせて胸元のネックレスが揺れ、彼女の苛烈な美しさを引き立てていた。
その圧倒的な躍動美に、敵も味方も一瞬目を奪われるが、それ以上に彼女のハンマーがもたらす破壊の現実はあまりにも凄まじかった。
――メリッ!ガゴォッ!ゲシッ!!
タニアが敵を粉砕するたび、遥か天空の『祝祭の器』が共鳴するようにキィンと高い音を立てる。
戦場に散る命の煌めきを吸い上げるように、ヴァルディア側の器が、じわじわと神聖な光で満たされていった。
――ズゥゥゥンッ!!
地響きとともに、再びタニアが敵拠点を粉砕した瞬間、ヴァルディアの兵士たちの興奮は最高潮に達した。
「やった!タニアがまたやりやがった!半端ねえな、おいっ!」
「一人で戦場を支配しちまう勢いだぜ!やっべえな、ええっ!?」
男たちの狂乱した歓声が戦場にこだまする。
この日二度目のタニアの敵拠点制圧と共に、上空に浮かぶ2つの器の優劣は決定的なものとなった。
臨界点に達したヴァルディアの『祝祭の器』は、天空で眩いばかりの輝きを放ち、勝利を告げる。
一方で、力を失ったエリュシオンの『器』は、悲鳴のような音を立てて急速に震え始めそして
――ビキッ……ガシャァアアン!!
粉々に砕け散った。その巨大な破片が、美しい光の粒となって夜空に舞い散っていく。
それは敗北の象徴でありながら、神々の祝祭を飾る、あまりにも幻想的で、残酷な光景だった。
「勝ったぞ……!俺たちの勝利だぁぁぁッ!」
ヴァルディアの兵士たちが武器を掲げ、地を揺らすような大歓声を上げる。
周囲に決着を告げるサイレンが鳴り響く。
誰もが勝利の女神――タニアの名を叫んでいた。
しかしその歓喜の裏で、敗北したエリュシオンの生き残りの一人が、狂乱したように声を上げた。
「チックショー!認めねえ、認めねえぞッ!まだ俺は動ける!まだ戦えるんだッ!」
敗戦のショックで理性を失った兵士が、無防備に佇むタニアの背後へと突撃する。
振り下ろされる必殺の刃。
ガキィィィンッ!!!
激しい金属音が響いたが、タニアの肌に刃が届くことはなかった。
彼女の周囲に、半透明の『黄金の障壁』が展開し、刃を完全に弾き返したのだ。
「あ……が……!?かっ……はあっ!?……何っ?」
刃を弾かれた兵士が、状況を理解できず恐怖に顔を歪めて後ずさりする。
大気が僅かに震え周囲に不気味な静寂が広がる。
「あーあ、やっちまった。新兵か?可哀想に……」
周囲がざわつき始める。
そこに、音もなく巨大な、気味の悪い『単眼』が、ヌッと出現する。
「ひぃっ!何だよ!この気もっち悪いのは!?何だっ……何だってんだよ!チックショー!」
血走った神の眼のごときそれが、規則を破った愚者をじっと見下ろす。
『――祝祭決着後の蛮行を禁ずる――』
感情の一切ない音声が、辺りに冷酷に響き渡った。
次の瞬間、規則に背いた兵士の身体が赤黒い光の鎖に縛り付けられ、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。
『祝祭の戦場』において、勝敗決定後の戦闘は絶対に許されない。
ここは文字通り、絶対的なルールに支配された『盤上』なのだ。
ヴァルディアの兵士たちは、その光景を慣れた様子で見守っていた。
喧騒の中心にいるタニアは、その異様な処刑に哀れみの目を向けるのみだった。
ふぅ、と小さく呼吸を整え、巨大なハンマーを無造作に肩へと担ぎ直す。汗が光り、彼女の魅力が際立つ。
そして、胸元の緑のネックレスを、愛おしそうにそっと指先で握りしめた。
その緑の瞳は、歓喜に沸く味方でも、不気味な神の眼でもなく、遥か遠を見据えている。
「……マスター、今帰ります」
戦場の余韻を鋭く断ち切るように、彼女の呟きだけが、静かに夜風に溶けていった。
※本作はカクヨムでも同時掲載しています




