一
「橡さん! 俺、一流見習いになりました! 弟子にしてください!」
「おめでとう。だが断る」
朝一番で工房へ戻ってきていた背に向かって腰を直角に折り曲げて頼み込む。一つに結わえられた髪が肩のあたりで揺れたのがちらりと見えた後、こちらを振り向く気配がする。陽の光が透けて紫色に見える髪の間から切れ長の目を瞬かせているのは、驚いているというよりも眠いからだろう。案の定、いつも通りの返答の後に欠伸が続いた。機会を見つけてはこうして弟子にしてくれと押しかける様子はすっかり恒例と化している。周囲は張り上げた声に一瞬驚いて足を止めた後、大半は呆れたような顔や揶揄い交じりに応援の声をかけては通り過ぎて行く。賭けを始める奴まで出始めた頃に、全員俺の負けに賭ける所為で賭けにならないと文句を言われたのは解せない。
「なんでですか。見込みがないからですか」
「そんな奴が見習いとはいえ一流に上がれるわけないだろ」
「じゃあ弟子にしてくれますよね」
裏を返せば実力は及第点だと都合よく解釈して畳みかける。
(初めて弟子にしてくれって言った時は、この人が一流じゃないからって断られたっけ。前回は『他を当たれ』の一言だけで取り付く島もなかったし……。今回はしつこいと思われようが食い下がってやる)
断られるにしても理由があるのとないのじゃ納得度合いが違う。今回はこちらが断らせる隙も見せないぞとと鼻息荒く、通り道に立ち塞がった。
「俺が人に教えられるほど器用じゃないんだよ」
「知ってます、大丈夫です。技術は見て盗みます」
「そこは世辞でも『そんなことはない』って言うところだろ。不合格」
話は終わりだと言わんばかりにしっしっ、とあしらわれてしまう。予想外の断られ方に一瞬呆気に取られていると。叩き板の音が聞こえ、橡さんは自分の工房へ向かってすたすたと行ってしまう。ポカンとその場に立ち竦していると、高みの見物をしていた何人かに肩を叩かれる。がっくりと項垂れ工房の作業場へ向かうと、一足先に取り掛かっていた真赭が俺の顔を見るなり、ケタケタと笑い始めた。
「………………くっそ~! 何だよその理由!」
「よぉ、紺。また惨敗したらしいな」
「うるせぇ、放っとけ」
肩を揺らす度に外側に向かって跳ねた毛先がひょうきんに揺れる様子が小馬鹿にしてくるようで腹が立つ。その様子に苛々しながら自分に割り当てられた石を確認する。お互い慣れた作業で、視線と意識は手元に向けながらもだらけた会話が続く。
「お前もこだわるよなぁ。なんで?」
「そういうお前だって紅樺さんまっしぐらだろうが」
一流龍石商として帝から龍の根付を賜っている中で、二人しかいない女性の龍石商。そのうちの一人である紅樺さんは上品な赤茶色の髪とぱっちりとした猫のような目で、人を惹きつける容姿をしているだけではなく、気さくで明るい人だ。
「そりゃもちろん! 俺はあの人が赤流河の龍石商と知って自分の出生に感謝した! 美人で良い匂いのする人に教えてもらえるなんて絶好の機会、逃すわけがないだろう!」
「……その顔、紅樺さんに見せて来いよ。一発で破門だぞ」
だらしなく鼻の下の伸びた顔に取り繕うことなく引きながら、足元の籠から今日の作業分の石を取り出して傷の場所や深さを確認する。
(うーん、傷自体は浅いけど形状がちょっと厄介だなぁ。どうやって削るか、先に聞いておいた方が良いか)
国を取り囲むように流れている五つの河川、青流河、赤流河、黄流河、白流河、黒流河。これらの五大河川には龍が宿ると言われ、鎮守神として三種類の祭祀が執り行われる。各河川の石は「洗い」「削り」「磨き」と呼ばれる作法を経て、祭祀に使われる「龍石」として祈祷師に奉納される。
今手元にある一番最初の洗いを終えた原石は表面の細かい傷が均されているが、凹凸がある箇所等に深い傷や亀裂が残っている。最後の磨き作業をしやすくするための削り作業は、間違えれば真っ二つに割れてしまったり無駄に小さくしてしまうので、この確認が今日の明暗を分けると言っても過言ではない。各階級ごとの工房を行き来するのは面倒ではあるが、自分の勘だけを頼りに進めると大抵失敗するのは流石に学習している。隣の工房へ向かおうと腰を上げたところで真赭が憤慨したように声を上げた。
「って、違ぇよ!」
「あ? 何が?」
「青流河の出なのに、なんでわざわざ体に負担かけてまで都の石にこだわるのかを聞いてんだよ!」
「あ、あぁ~……」
なるほど、「なんで」っていうのはそっちの話かと納得しつつ、同時に「さて困ったことになった」と頭を抱えた。商会にいるほとんどは、貴族お抱えと言っても過言ではない一流龍石商となることが目的だ。そうなれば石との相性が良く体に負担もない出身地を基準に志願するのが当然の選択だ。そう考えると確かに、一流まであともう一歩なのにわざわざ時間のかかりそうな道を選ぶのかという目で見られるのも理解できる。
(けど、俺は龍石とは別のことを知りたくてここにいるしなぁ……)
ちらりと逸らした視線の先にいるそれに真赭が気づいたことは、同室になってからの六年間で一度もない。そんな状態で正直に話したところで信じてもらうのは難しいだろうし、なんと言ったらよいかと唸りながら、はたと嘘でもないが本当でもない当たり障りのない説明が浮かんだ。
「……石っていうか、橡さんが凄い人じゃん?」
「そりゃあな。都の龍石の作法を一人でできる人なんてあの人以外無理だろうし」
一流龍石商の六人の中でも、橡さんは年に一度都で行われる大祭にしか使われない大龍石を担当している。元々は一流の商人が五人がかりだったらしいが、何故かあの人はそれを一人でやってのける。二流龍石商になった時、それがどれだけ異様なことなのか口に出さずとも誰もが理解できるようになる。その異様さに恐れを抱く者と、尊敬する者とで分かれている状況を利用させてもらう。
「だからさ、最初にそのコツとかを教えてもらえれば、なんでもできそうじゃん?」
「あー、そういう考え方もあるのか、うん」
納得したように頷いた真赭の様子に、なんとか誤魔化せたらしいと胸を撫で下ろす。「だろ?」と得意げに見えるように声を貼り、これ以上話が広がる前にとそそくさとその場を後にした。
一度にたくさん書くことが苦手なので、少量ずつ細々と上げていきます。
のんびりとお付き合いいただければ嬉しいです~。




