12.花実
リンリンの筆が動き、アヤカの姿が白い紙に描き出されていく。すると、彼女は持っていた筆を置いて、腰に手を当てた。
「…さてと、美花。あなたは知っていると思うけど、私の描く絵には、描くのが人物だった場合、その人本人に描いてもらう部分がある」
私の時と同じ。リンリンはそう言ってきた。
「…この場合は、アヤカに描いてもらうのだけれど」
彼女は私の方を見た。
「でも、今回はアヤカじゃなくて美花。あなたが描く」
そして私が持ってきたペンを指さした。
「おまけにこの筆じゃない。その持ってきたペンで描いて貰う」
…なるほど。リンリンがそういうのであれば、そうしなければこの絵は出来上がらないのだろう。私に向って言葉を繋いでいくリンリン。その彼女の目は私の知っている〝リンリンスタイル〟そのものだった。
私は彼女の座っていた椅子に座ると、アヤカの描かれている白い紙を見つめた。
描かれているのは椅子に座っているアヤカ。…この絵にアヤカが本来持っているモノを描きいれるわけだけれど、それは何なのだろうか。
「…描いて貰うのは」
リンリンはアヤカに目を向け、そして私に向ける。
「本。アヤカが本を持っている姿を描いてもらう」
私はその言葉を聞いた時、アヤカの方を見た。すると彼にも何か思う所があったのかもしれない、私の方を見つめてくる。
「…それって、その、色はどうするの?」
「なるほど、いいことを聞くね」
彼女は腕組みをすると、お茶の置いてあるテーブルへ向かって行き、煙草の箱を手に取ると天井を見上げた。
「美花の持っているペン。インクは紫じゃない。だから、本の色は付けられない」
と、いうことは、リンリンは私に紫色の本をここに描いてもらいたいと、そう考えてるってことか。
「でもね、美花。そのインクの色だけが本当の色じゃないってことに、気が付く日がいつか来る」
「…なにそれ」
「まあいいや、ともかく。そのペンで描くのは紫色の高そうな本。…古い本屋の戸棚の奥の方にありそうな、そんな雰囲気のやつ」
…とのことだった。リンリンはこんな感じで雰囲気だけを伝えてくる。それは前回もそうだった。でも、今回、この時は彼女の言う本の形や風体。そして重さまでもが何となくわかっている気がした。
私はペンを持つと、そのままアヤカが描かれている白い紙に伸びていき、本を描いていく。
その様子をリンリンは後ろから見ているのが何となく視線で分かった。
しばらくすると、私なりに描いた本が出来上がる。アヤカが両手で抱えているようにしてもっている本。それを見るとリンリンは一言。
「いいじゃん。よく描けてるよ」
と言ってくれた。
けれど、彼女の言う本の色、紫色にはなっていない。本は画用紙の白い色。そしてペンのインクの色である、黒い色で描かれている。
私はこの本に、リンリンか私か。それかアヤカが紫色の絵の具で色を付けるのかなと思っていたのだけれど、リンリンは本をそのままにして、アヤカや背景の仕上げをやっていた。
気になった私は聞いてみることにした。
「ねぇ、リンリン。本の色はどうするの?」
「このまま。…というよりも私から見たらこれは〝紫色の高そうな本〟に見えるから」
そう言う彼女の顔は、どこか嬉しそうだった。
しばらく待っていると、絵が出来上がる。それを持って彼女はアヤカに見せに行った。
「…すごいですね、ちゃんと僕がそこに居るみたいです」
そう、リンリンの絵はすごい。なんというか、もちろん絵の具を使って描いている絵なのだけれど、そこにその本人が居るのかもと見えてしまうくらいに本人を感じることが出来る。
上手く言葉にすることが出来ないけれど、言うなれば〝見ることで実体感が出てくる〟という感じだろうか。
「ちょっとまっててね」
と言うとリンリンは倉庫の方へ行き、しばらくすると白い本のようなものを持ってきた。
「これ、プレゼント。良い物を描かせてもらったから」
それは絵を収められるようになっている本だった。彼女が言うには「フォトブックってやつなんだけど、私が絵を何枚か入れられるようにしてあるから」とのこと。
さっき描いたアヤカの絵をそこに収めると彼に渡した。
帰り際、私はアヤカに聞こえないようにリンリンに一言、「本当にいらないの?お金」と聞くと、彼女は笑いながら、
「うん。…どうせ後でもらうことになるから」
と、それだけ伝えると見送ってくれた。




