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ベランダにドラゴンがはえて来た。改訂  作者: 松下一成
第2章 あなたの世界で
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9.見つめる先

 買い物から帰宅すると、自転車を停めて鍵をかけ、作業場へと向かった。すると絵の置いてあった場所にアヤカの姿はなく、作業場のドアが開いている。そこではリンリンとアヤカが座って、何やら楽しそうに会話をしているのが見えた。


「…まあ、リンリンならそうなるか」


 とそう思って、私はキッチンへ向かう途中、2人に話しかけた。


「何の話をしてたの?」


 と聞くと彼女は、


「あんたね、言いなさいよ。この子、ただの知り合いじゃないじゃない」


 そう答える。


「リンリンならいいかなと思ってさ」


 彼女は少しだけ笑顔になると、作業台の上に置かれていた煙草の箱を手に取った。


「それで?…多分きっと美花の事だから、またなんか頼み事でしょ?夕飯を食べた後に話を聞きたいんだけど」


「もちろん、喜んで」


 持っていた買い物袋をそのままキッチンへ運び、夕食を作り始める。アヤカはというと、リンリンが絵を描いているのをじっと見つめていた。


 魚と野菜を使った、少しだけ豪華な夕食。彼女はいつものごとく、作業場で食べるのが通例。そのため私たちの分も作業場へ運ぶことになる。


 お皿を持って作業場にやってくる私を見つけると、アヤカは「手伝いますか?」と言ってきてくれた。けれど私は「リンリンの絵を描いている姿。見ておいたら?見たいでしょ?」と言うと、彼は頷いて再び椅子に座った。


 夕食を食べ終えると、リンリンはいつものように椅子の配置を動かし始める。今日はアヤカもいるからいつものような形じゃなくて、三角形。自分の描いている絵を背にしてリンリンは座った。


 中央には、どこで買ったのか分からないけど、小さくて、優しい輝きを放つ電気のランプ。そして煙草の箱と、紅茶の入ったボトルとコップが置かれている。私も水を置いたり、緑茶をアヤカに出したりして、準備を整えた。


 リンリンと話をするときはだいたいこんな感じになる。部屋の電気をつけず、少しだけお互いが見えるようなそんな空間を作り上げる。それはまるで、朝焼けとか夕焼けの時間に近い感じの空間。


「…そいで?なんでここに来たの?」


 彼女は煙草を手に取りながら、私の方に聞いて来た。その言葉につられて、アヤカも私の方を見る。


 私は今までの事をリンリンに話した。アヤカを見つけた時、そして自分の家で私の描いた本、物語を見せた時、アヤカと私たちの関係性、彼の求めるモノ。


 彼が求めるモノ。その為に必要な1つがここにあって、それを作ることが出来るのが彩採師のリンリンである。ということも伝えた。


 話を聞いている時のリンリンは基本的にしゃべらない。余計なことは言わない。相手が語りつくすまで待ち続ける。この日もいつも通りのリンリンスタイルだった。


「…なるほど。ツバサを求めている。そして姿をかたどる。だから絵」


「そういうこと」


 私がリンリンにお願いに来たのは、多分もうわかっていて、それがどういうことなのかも彼女は既に知っていると思う。彼女は絵を描くけれど、絵描きではない。彩採師である。彼女もまた私と同じように〝アヤカ達〟から世界の見方を教えて貰った。


 だから、彼女が描く絵は、私と似たようなことが起きるのだけれど、何を書くかはリンリンが決める。


 お願いされても、いくら積まれても、「描けない時は、描けない」と言うこともある。


 話を聞き終わったリンリンは、もう既に私ではなく、お茶を飲んでいるアヤカに目を向けていた。しばらく彼女は考えると、立ち上がり、奥の方にある机の上から何かを取り出すと、また椅子の所に戻ってきた。


 持ってきた物は丁寧に布で包まれている。それをまた丁寧に開いていくと、中から透明な円盤のようなものが出て来た。


「…これはね、クリスタル。あなたを少し見させてもらうね」


 リンリンはそう言うと、右目を閉じて、クリスタルを左目の正面へ。そしてクリスタルを通して、アヤカを見始める。手元に手帳を引き寄せると、そこにペンで何やら書き出していく。


「あの…これは?」


 その様子を見ていたアヤカが私に聞いて来た。


「彩採の作業…って言えばいいのかな。それをやってるんだよ」


「彩採…」


 アヤカがそう言うと、また彼はリンリンに見つめられることになる。


 私はきっとリンリンならアヤカを描いてくれるだろう。という確信があった。それは、長い事彼女と仕事を一緒にやってきたから。という経験もあるのだけれど、それ以上に、彼女の好みというか、興味が惹かれるものが何となくわかるから。


 …けれど、多分きっと、彼女にとってもこれは初めての経験だと思う。


 アヤカ達とは然るべき場所で出会うもの。でも今は目の前に、しかも完全に姿を見せた状態で居る。


 リンリンは常に面白い事とか、見たことない物を見たいと言っている。だからきっと、彼女は描いてくれるだろうと、そう私は考えたのである。

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