29.奴隷印2
城壁内に作られた新しい町。数千人の獣人たちは自由を得たものの、その首元や腕には、奴隷であった証である「隷属の刻印」が深く刻まれていました。それは魔力で魂にまで癒着し、無理に剥がせば命を落とすと言われる呪いの鎖。
「……ねえ、レイガル。みんなの体にあるあの変な模様、可愛くない。僕、あれ嫌い」
ルミナスがバルコニーから、広場に集まった獣人たちを見下ろして眉をひそめました。
「……ハッ。主様の視界を汚す忌まわしき呪印。私が今すぐ、その皮を剥いででも……」
「ダメだよレイガル、痛そうでしょ」
ルミナスはふわりと宙に浮き上がると、町全体を見渡すように両手を広げました。
「みんな、ちょっとだけおやすみ」
ルミナスが息を吹きかけるように囁くと、銀色の粉雪のような魔力が町中に降り注ぎました。
さっきまで夕食の準備や談笑をしていた数千人の獣人たちが、まるで見えない糸が切れたように、その場にパタリ、パタリと倒れ込みます。
「おい……っ! 全員死んだのか!?」
アルフレッドが叫びますが、倒れた彼らの顔は驚くほど穏やかで、幸せそうな寝息を立てていました。
「死んでないよ。ただ、すごく深いお昼寝をしてるだけ。……起きてると、ちょっと熱いかもしれないから」
ルミナスが指を鳴らすと、眠る数千人の体から、ドロリとした黒い影が浮き上がってきました。
それが、彼らを縛り続けてきた「奴隷印」の正体――魂にこびりついた執念の呪いです。
「ゼノス、それ、全部食べていいよ」
「……ふん。人間の薄汚い欲望など、私の口には合いませんが……主様のお掃除のお手伝いなら、致し方ありませんな」
ゼノスが巨大な影の顎を開き、空中に浮かんだ数千の呪印を、一飲みで食らい尽くしました。
呪いの根源が消えた後、ルミナスは仕上げに指先から温かい光を放ちました。
獣人たちの肌に残っていた「刻印の跡」が、水ですすぐように消え去り、そこには生まれたてのような綺麗な肌だけが残りました。
「……終わった。これでもう、あの子たちは誰のものでもないね」
ルミナスは満足そうに微笑むと、そのまま空中でバランスを崩し、地上にいたレイガルの腕の中へ吸い込まれるように落ちていきました。
「……御見事です、主様。魂の深淵にまで手を伸ばし、傷一つつけずに呪いだけを抜き去るとは……」
レイガルは、眠る主を抱きしめたまま、その神々しさに心酔しきった瞳を向けていました。
翌朝、目覚めた数千人の獣人たちは、自分たちの体から「消えないはずの地獄」が消え、代わりにルミナスの銀色の魔力の残り香だけが優しく漂っているのを知って、声にならない涙を流すことになります。




