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結婚当日②

 「食らえ、俺の超体当たり!」


 名前からして、強化魔法で全身を覆っただけだろう。大した速度もなく、ただ一直線に飛んでくるそれに、アイルは嘆息した。


 「そうか。なら、お前も気絶しててくれ」


 そうして、アイルの足が男に触れた瞬間、奇妙なことが起こった。


 「これは……」


 眩い閃光が、アイルの頭に走ったのだ。

 光は細い線となり頭の中を縦横無尽に広がって、何かの形を描き上げようとしていた。併せて、囁き声のようなごく小さな雑音が聞こえてくる。だが、そのどちらも曖昧で何を示そうとしているのか判別できない。

 これらはほんの刹那の間の出来事だった。

 そして、このぼんやりとした現象から、唯一アイルが得た確かな情報があった。それは、相手の魔法についてだ。


 「こいつ、強化魔法だけじゃない!」


 「うおおおお!」


 男の叫び声は、直後に大きな爆発音へと変わった。彼の全身からは灰色の煙が噴出し、視界が瞬く間に埋め尽くされていく。


 「起きてラーク、シーク! 早く逃げないと!」


 「お、お前、いつの間にこんな魔法を……」


 煙の向こうで、男たちの声が聞こえる。


 「ま、待て! 逃すか!」


 アイルは誰でもいいから捕まえようと闇雲に捜索するが、全く手応えがない。視界が効かず、さらには煙が気管に入って絶えず咳が出る。

 彼はようやく思い至って、後ろに跳び、煙を脱した。


 「アイル! 大丈夫!?」


 屋根上からライラが叫ぶ。


 「ああ、俺は大丈夫だ」


 咳き込みながらも、アイルは片手を挙げて自分の無事を証明する。

 煙はかなり広範囲に撒かれていえ、向こう側は全く見通せない。これでは男たちを見つけ出すのは困難だ。火の属性魔法の延長といったところか。ただの目眩し用で、殺傷力はない。

 それを眺めながら、アイルは別の方面に思考が働いていた。


 (さっきの現象。プセマ遺跡の時と似ているが、それとは少し違うような……)


 プセマ遺跡で自我を失う前にも、囁き声は聞こえた。しかし、今回の声には何かアイルへの敵意を感じさせるものがあった。声の発信者自体が違うような。

 さらに、光の件に関しては、全く初めての経験であった。思い返して見ると、形は二つあったような気がする。

 それらの現象が起こった後、彼は相手が強化魔法以外の魔法を使用していると、おぼろげに直感したのである。まるで彼に相手の魔法の存在を教えてくれるようだった。

 もう少し追究したいが、今はそのことは棚上げせねば。それよりも、一番危惧していた事態に陥ってしまった。


 「おい、お前! そこで何をやっている!」


 後方から男の怒声。異変に気付いた警備兵が到着したようだ。


 「ん…… ? お前、まさかリビエール家の!?」


 驚嘆する警備兵の後ろから、一人、また一人と村人が集まっていく。


 「あの、違うんです。さっきまで盗人たちがいてーー」


 「そうか、わかったぞ! 村を追い出された報復に、結婚式をぶち壊そうとしに来たんだな!」


 「じゃあ、この爆発はこいつが!」


 「なら、やはりあの黒い化け物を呼び寄せたのも、あいつらの仕業だったんだな! この恩知らずめ!」


 警備兵の勝手な見解が一気に周りに飛び火して、男たちは烈火の如くアイルを責め立てる。


 「違います! 俺はそんなこと…… !」

 

 「口を開くな、この悪魔!」


 一度着いた火は簡単には消えない。ことに、多数の自らを正義と見る同調圧力と、アイルを悪とする先入観があっては、勢いは増すばかりだ。

 それに反比例して、彼の意気は沈んでいった。おそらく、どんな反証をあげようが意味はない。


 「おい、どうする! オルディナリオ家にこの事がバレれば、結婚式が中止になってしまうぞ!」


 「それどころじゃない。下手をすれば、村の責任問題になりかねん! やはり、世に解き放ってはいけない存在だったんだ!」


 「殺すべきだ、今ここで!」


 全員の目が一気に殺意を帯びる。


 「アイルはそんなんじゃない!」


 今まで身を潜めていたライラが声を張り上げる。


 「ライラ……」


 「あの女…… 確か、あの日ガキと一緒にいたっていう……」


 「アイルは泥棒から家を守ろうとしてただけ! さっきまで泥棒はいたんだけど、どこかに逃げちゃって! だから、アイルは悪くない!」


 「おい、遠距離魔法を使える奴は? あの女も逃すな!」


 男の内の一人が、ライラに向かって手を向ける。


 「待ってください! あいつは無関係なんです! 俺が連れ回してただけだから…… あいつは見逃してやってください!」


 アイルが必死に訴えると、男はほんの少し同情を覚えたような顔を警備兵に向けた。


 「悪魔の戯言だ! 早く殺せ!」


 魔法陣が展開される。その同情は、命令に簡単に屈してしまう程度のものだった。

 このままでは魔法が放たれる。クロなら魔法から身を守れるだろうが、その重みで屋根が壊れるかもしれない。


 「くっ…… !」


 アイルは前傾姿勢になった。こうなれば、全員気絶させるしかない。何においても、ライラの安全が第一だ。


 「まったく、何の騒ぎだ!」


 壁を成していた男たちの向こうで、苛立たしげな声がした。聞いたことのある声だ。


 「タレスさん! 式の方はどうしたんですか!?」


 「報告が遅いから、私自ら見に来たんだ。急いで何があったか解明しないと、オルディナリオ家の逆鱗に触れかねない。それで、何が?」


 「それが」と男たちが道を開けると、年相応にシワの刻まれた顔が現れる。前と変わらず、片腕がない。

 目が合った。すると、威厳で塗りたくられた彼の顔は、みるみる内に青白くなり、顎が外れたかのように口をパックリと開けた。彼は後ろに一歩退いた。


 「き、き、貴様は……」


 「こいつらが騒ぎを起こした犯人です! 恩知らずにも、こんな事をして! ここで殺すべきです!」


 隣に立つ男が、何も知らずに散々タレスを煽り立てる。心強い味方が加勢して、さらに勢いづいたようだ。他の男たちも異口同音に賛成を示す。

 それに対して、タレスはただ目をパチパチさせるばかりだ。全く応答しようとしない。


 「だから、俺は何もしてないんです! 盗人を捕らえようとしてーー」


 「黙れ! タレスさんを惑わそうとするな、この悪魔が! タレスさん、この事がバレれる前に早く始末を!」


 「そんなことしたら、私が許さない!」


 「お前も黙っていろ、小娘が!」


 ここに来て、ようやくタレスは屋根にいるライラの存在に気づく。それから、視線を何度も上下に往復させ、二人の様子を見ている。


 「タレスさん! 急がないと!」


 「そんなの絶対にだめ!」


 「タレスさん!」


 「だめ!」


 ライラと男の叫声にも、タレスは動じない。否、板挟みにされて身動きが取れないのだ。

 しばらく間が空いた。

 アイルはいつでも飛び掛かれるように、タレスの口元に目を光らせる。


 「よし、帰ってよろしい」


 妙に高い、間の抜けた早口が、そう告げる。

 男たちは皆、惚けたようにタレスを見る。


 「え? あの、タレスさん…… ?」


 「よ、よく考えてみろ。人を殺すなど非道徳なことだし、万一こちら側に怪我人が出たらどうする?」


 「ですが、全員でかかれば怪我人などーー」


 「馬鹿者! 戦闘では何があるかわからない。私にとって、村の者たちは全員が息子も同然。少しの傷だろうが、私の心には深い傷ができるというもの。お前たちを傷つけさせはしない」


 顔色でも窺うよにアイルの事を時々見ながら、タレスはそれらしい事を言って皆を説き付けようとしている。


 「タレスさん……」


 「それに、ここで戦闘をすれば、それこそ騒ぎが広がり式に影響を及ぼす。お前たちは先に戻って、小さな火事があっただけだと伝えてこい。私が責任を持って、奴らを追っ払う」


 「わかりました。タレスさんがそこまで言うなら……」


 男たちは鋭くこちらを一瞥すると、そそくさと教会の方へと向かっていった。彼らの姿が見えなくなるのを確認してから、タレスは改めてこちらを向く。


 「こ、これでいいのだろう?」


 「ありがとうございます。タレスさんが止めてくれたおかげで助かりました」


 アイルは素直に礼を述べる。

 タレスの対応は、両者の反感を最小限に抑える、見事なものであった。年長なだけあって、そういう処世術には長けているのだろう。

 タレスは一度、大きく息を吐いた。


 「まったく、一時はどうなるかと思った…… 付いてこい。私が出口まで送り届けてやる」


 タレスがさっさと歩き出したので、アイルはライラを屋根から下ろしてから、無言で後に続いた。煙は既に消えて、盗人の姿はなかった。


 「それで、さっき貴様が言っていた事は本当なのだろうな?」


 歩きながら、ようやくタレスが口を開く。


 「はい。三人の男が、ヘイゼルさんの家に侵入しようとしてました。途中で逃してしまいましたが……」


 「そうか」


 タレスからそれ以上の追及はなかった。ここに来た理由くらい聞かれると思ったが、そこまで考え及んでいるのかもしれない。


 「あれから、何かわかりましたか?」


 タレスとは、病院で別れて以降一度も話していない。


 「何も。未だにどういう経緯で腕を失ったのかも、どうしてその間の記憶が無いのかもわからない」


 「そうですか……」


 「それより。あの時の記憶は曖昧だが、どうも貴様が私を運んで行ってくれたらしいな」


 「はい」


 「そうか」と、またタレスは簡潔に済ませた。しかし、この「そうか」には、さっきよりも幾ばくか重い響きがあるように思えた。

 それからはまた双方無言になる。そうなると、この村は驚くほど静かで、なんだか喋るのが憚られるほどだ。ライラの方から話しかけてくることもなかった。

 何気なく辺りに目をやると、懐かしい景色に、昔の暗い思い出がいくつも重なる。

 周りには馬鹿にされてばかりだった。そんな常闇のような記憶の中に点在する微かな灯火。リビエール家との記憶だ。あの家の、特にシエラは、暗い道筋を何度となく照らして導いてくれたことか。アイルにとって彼女は、間違いなく標そのものだった。

 二分ほどで、出口が見えてくる。


 「結婚式は、万事順調に進んでいる」


 意外な報告を受けて、アイルは少しの間戸惑う。


 「それは良かったです」


 「シエラ・リビエールは、式が終わった後は、サンクトゥス騎士団に入るそうだ」


 「そうみたいですね」


 タレスにしては、ぎこちない箇条書きのような話し方だ。なんだか調子が狂う。

 開きっぱなしの門の前に来ると、タレスは足を止め、こちらを振り向く。


 「今日のことは、村の皆には盗人が現れたとだけ伝えておく。無論、リビエール家にもだ。理由はわかるな?」


 「なんとなくは」


 おそらく村を混乱させないためだろう。


 「ならいい。案内はここまでだ。後は、どこへでも好きなところへ行くがいい」


 素っ気ないが、しかしトゲは見当たらない。というか、案内など必要なかったのだが。

 これ以上話すこともないので、アイルは簡単に会釈して村を出ようとする。


 「ねえ、シエラさんは幸せそうだった?」


 そう質問したのはライラだった。

 それを受けたタレスは、嫌な顔一つせず真剣に記憶を辿るような仕草をした。


 「…… 終始笑みを浮かべてはいた。しかし、少し物寂しそうにも映った。何か不満でもあるような…… あれはたぶん、本物の笑みではないのだろう」


 そう言ってから、タレスは小さく咳払いした。


 「勘違いするなよ? 別に貴様らを不安にさせようと思って言ったのではない。私の目には、本当にそう見えたのだ」


 ライラがこちらを向く。アイルには、彼女も自分もどんな表情をしているのか全くわからなかった。

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