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義姉、シエラ②


 たどり着いたのは、広いドレッシングルームだ。替えの衣装やら、化粧ができるように縦に長い鏡がいくつも並んでいる。


 「私はアネモネ」


 「アネモネさん…… って、確か第一騎士隊の!?」


 「うん」


 第一騎士隊といえば、サンクトゥス騎士団の中でも最大の戦力を有している部隊だ。部隊長は、この国の王子が務めているという話も聞いたことがある。詳細までは知らぬが、シエラもアネモネの名は知っていた。そして、もちろんその部隊は王族派に属している。


 (私、王族派の、それも王国一番の騎士隊の人にお酒を……)


 シエラは急に相手との距離が開いたように思えた。同時に、自分がしでかしてしまった事の重大さを痛感する。


 (あれ、もしかして私殺される…… ?)


 「怖がらないで。私は怒ってないから」


 「ほ、本当に? 私、この密室で殺されるのかと……」


 「大丈夫、あなたは殺さない」


 実に妙な言い回しだ。


 「あなた、名前は?」


 「も、申し遅れました! 私はシエラ・リビーー オルディナリオと申します! 先日、ロミオ・オルディナリオと結婚して…… えっと、この度サンクトゥス騎士団の新米騎士として精進していく所存ですので……」


 言葉に詰まる。堅苦しい言葉遣いをしようと思うといつもこうなるのだ。

 アネモネがほんの少し口角を上げた。


 「言葉遣いとか変ですよね。元々、村で暮らしてた平民で、そういう教養とか全然ないんです」 


 「そんなこと、気にすることない」


 アネモネは優しく言いながら、着ていたドレスに手をかける。

 上から黒い衣が剥がれると、それとは正反対の白い丸みのある肩が現れた。その内側には、無駄な肉を削ぎ落とした、程よく浮き出る鎖骨。そして、そこから下へとなだらか傾斜が伸び、やがて整った二つ半球と成る。中心に寄せられたその二つは、互いに反発しあって、美しい谷間を作っていた。


 (わぁ…… なにこれ、すごくエッチなんですけど…… ていうか、コルセットしてないのに、あんなにスリムに見えてたんだ……)


 シエラは生唾を飲んで、その神秘的な光景を目に焼き付けていた。

 だが、黒い殻が中腹まで剥けた時、突如として彼女の興奮が止んだ。思わず、声を上げそうになる。


 「私の身体なんて見ても、面白くないでしょ?」


 アネモネは大して気にした様子はない。


 「いえ、その……」


 シエラはすぐに視線を外した。見てはいけない気がした。


 「途中で抜け出せてよかった」


 「どうしてですか?」


 「つまらなかったから」とアネモネはキッパリと言い切る。


 「それに、あなたはなんだか私に似ているような気がする」


 「私がアネモネさんに…… ?」


 「うん」


 何が似ているのだろう。容姿も性格も地位も、類似する点など無いように見えるが。


 「シエラはどうして貴族と結婚したの?」


 「私は……」


 「相手を愛しているから?」


 「は、はい! もちろんそうです!」


 「…… 嘘が下手」


 あまりにも呆気なく見破られ、シエラは顔を赤くする。


 「本当は?」


 「本当は……」


 シエラは白状してしまおうか迷った。

 アネモネは他の貴族と違い、驕り高ぶった感じが一切しない。その性格は、どちらかというと自分に近いように思える。

 それに、一人でその問題を抱えながら、果たして生きていけるか不安であった。誰かに自分の思いを共有して欲しい。そんな欲求があった。


 「本当は、騎士になって、偉くなって、自分の声を世界に聞いてもらえるようにするために。それで、ある事に対して、世界の考えを変えさせたいんです。そのために、結婚しました。私はあんな男好きじゃありません」


 アネモネは微かに目を見開いた。

 誰でも驚くだろう。自分でもさすがに言いすぎたと思った。まだ彼女の人となりを十分に理解していないのに。あまりに不用意だ。


 「それは誰かのため? それとも自分のため?」


 「誰かのため…… あれ、自分のため? たぶん、どっちもです」


 「そう……」


 「でも、本当にそんなことできるのか自信無くなって来ました…… 私にそんな力があるのかって。他の方と仲良くなるのも難しそうですし」


 シエラは力なく笑った。

 そんな彼女に向かって、半分裸体のままアネモネが近づいてくる。そして、両頬を手で包むと、覗き込むようにして顔を寄せてきた。

 顔の方に、一気に血が上っていく。


 「な、な、なんですか!?」


 「望まない相手と結婚してまで、その人に尽くしたいの?」


 「尽くすとか、そういうのじゃないですけど……」


 「どうしてもその願いを叶えたい? 自分がどんな辛い目にあっても?」


 「は、はい」


 アネモネはしばし、無言のままシエラの瞳を見つめていた。何を考えているか、さっぱり読み取れない。


 「その強い思いを、最後まで持ち続けて。絶対に捨てないで」


 「え…… ?」


 「強い思いは大きな原動力になる。それは時に、どんな理不尽にも打ち勝てるほど強大になる。でも、気持ちを失ったら、何も為せない。そんなの人形と同じ。ただ、壊れるまで使われて、最後は捨てられるだけ。自分を信じて」


 「は、はあ」


 シエラはすっかり気を飲まれてしまう。

 その時、彼女の後方にあった扉が開く音がした。振り向いてみると、それは短髪で背の高い、男であった。


 「入るぞ」


 「え!? な、なんで男の人がここに!? ここ女性専用の部屋なんですけど!?」


 男は表情一つ変えず、シエラをチラリと見た。


 「なんだこの女は。てっきりお前一人だと思っていたが。まさかとは思うが、その女を襲おうとでも?」


 「何であんなに堂々としてるの!? もしかして変態の方!?」


 「おい貴様。口の利き方には気をつけーー」


 「殺す……」


 耳元で、吐息のような小さな声がした。同時に、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 「アネモネさん?」

 

 「ぐっ…… !」


 男の短い苦鳴。そして、何かが地面に倒れる音がした。

 後ろを向くと、いつのまにか男は地面に這いつくばっていた。苦しそうに肩息を繰り返してる。辛うじて持ち上げた顔からは、苦痛と驚きが混じった凄い形相が現れた。


 「アネモネ、貴様っ…… !」


 「え? ちょ、ちょっと何!? どういうこと!?」


 「ぐっ…… ! あぁぁぁぁぁ…… !」


 あまりに急展開過ぎて、全く状況を飲みこめない。だが、男の状態は普通でないのは確かだ。

 そして、男の言葉から推測すると、その原因は。


 「アネモネさん、だめです! このままじゃ、あの人死んじゃいます! たとえ変態でも、殺す必要はないですよ!」


 シエラは必死に訴えるが、アネモネはまるで取り合おうとしない。ただつまらない寸劇でも見るようなしらけた目で、男を眺めるばかりだ。


 (どうすれば……)


 その時、不意に彼女の手がシエラの頭を撫でた。


 「あ、アネモネさん…… ?」


 「まったく…… そんなに癪に障ったか?」


 さっきの男の声だ。


 「そのまま死んでくれて良かったのに」


 「馬鹿を言え。俺がその程度の魔法で死ぬわけがなかろう」


 びっくりして、シエラは恐る恐る首を後ろに回した。

 男は既に身体を起こしていた。ピンピンしている。


 「あ、あの……」


 あまりに情報が不足し過ぎていて、シエラは完全に混乱していた。


 「大丈夫。あの男はそんな簡単に死なないから。ちょっと懲らしめてやっただけ」


 「ふっ、生意気なことを。それにしても、貴様が他の人間とまともに話せるとはな。そいつは何者だ?」


 「お前には関係ない。早く用件を言って」


 「サミュエルから招集がかかった。さっさと着替えを済ませろ。場所はいつもと同じだ」


 「わかった。早く消えて」


 「貴様、少しは礼をだな」


 「消えて、変態」


 男は何か反論しようと口を開けたが、結局何も言わずに部屋を後にした。扉が閉まる時の大きな音が、彼の感情を如実に表していた。


 「なんだったの……」


 「ごめん、驚かせちゃって」


 「いえ、私はいいんですけど…… あの人は誰なんですか?」


 「ルーク。私と同じ第一騎士隊」


 「あの人も第一騎士隊…… !? 私、変態とか言っちゃった……」


 「大丈夫。その通りだから」


 全くフォローになっていない。シエラはぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。


 「私も行かなきゃ」


 そう言うと、アネモネは素早く着替えを済ませる。


 「あの、色々とありがとうございました」


 「何か困った事があったら、私に話して。力になる」


 扉が閉まる。

 シエラはしばらく、ぼうっと突っ立っていた。少し頭の整理が必要だった。


 「アネモネさん」


 名前を口に出してみる。

 すると、だいぶ身体が軽くなった。唯一の理解者ができたのだ。自分の背負った重荷を支えてくれる人が。

 シエラは軽快な足取りで会場へと戻る。幸い、ロミオはまだ同じ場所で空談に耽っていた。

 

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