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命の危機

前半は禁術と黒魔術の簡単な説明です。

  禁術。

  それは世界的に定められた、破壊的な脅威"と"命の冒涜"のいずれかに該当される魔法のことである。

  前者は数百を超える人間を一度に死に至らしめる魔法のこと。後者は人間を生きながらに(はずかし)める魔法、死後の魂を(おとし)める魔法のことだ。

  そして、一口に禁術と言っても、程度によって差がある。使用した時点で捕縛の対象になるものもあれば、適性者であるというだけで死刑になるものも。黒魔術は後者に当たる。さらに、禁術は例外的に王国ごとの法には依らず、世界で決められた国際法が適用され、その処罰が決まる。


  これは全世界で共通の一般常識だ。


  そして、禁術の一つ、黒魔術には、他の魔法と異なる大きな二つの違いがある。


  一つは、発動形態の相違。

  本来魔法というのは、体内にある力の源ーー "マナ"を凝縮させ、それを放出する過程を経て発生する現象である。

  しかし、黒魔術は全くそれを無視しているのだ。つまり、黒魔術はマナを使用しない。このため、ほぼ際限なく魔法を発動することができる。だが、マナの代わりに何を消費しているかは未だに不明だ。


  二つめは、変質の無限性。

  魔法には多くの分類がある。

  例えば、火や水といった属性魔法や、精神支配術や強化魔法などの無属性魔法。

  これらは、使う魔法に合わせて、体内のマナが属性を変質させているために起こる。そして、マナの変質には、人それぞれ得意不得意があり、これが魔法適性と言われるものである。

  適性度が高いということは、その属性にマナが変質しやすく、高難度の魔法も習得しやすいということ。これが、いわゆる魔法の適性があるという言葉の意味である。もちろん、適性度が低い魔法でも、マナの変質さえできれば、扱うことは可能だ。ただし、威力等については期待できない。

  これに対して、黒魔術はマナという概念がないことで、全ての魔法系統を擬似的に再現できる。前述した属性魔法、無属性魔法の全てをだ。ただ、あくまで擬似的であるため、全く同じ魔法を使えるわけではない。これに関しても、まだ不明な点が多い。


  と、これらの黒魔術の知識はライラから教わったものを要約したものである。

 アイルは、黒魔術に関して、今までその存在くらいしか知らなかったのだ。何せ、それに関連する書物は世に全く出回っておらず、使用できる人間も当然いなかったからだ。




  「ふう……」


  アイルは大きく深呼吸をした。 

  彼の目の前には、おあつらえ向きの巨大な岩が立ちはだかっている。高さは三メートルほどあるだろうか。

  視界に映る景色を、頭の中で作り上げられた仮想空間へと落とし込み、対象物に意識を集中させる。すると、身体を巡っていた"力"が一点に集まって行くのを感じた。静止している物体であれば、当てるのは容易い。


  「はっ」


  岩はたちまち黒い炎に飲まれ、次の瞬間、そこには何も無くなっていた。

  硬い岩をも消し去る威力。それなのに、アイルの顔色は晴れていなかった。


  「くそっ……」


  「アイル、壊すのは上だけ」


  真後ろで見ていたライラが言う。


  「わ、わかってる…… 」


  村を救った翌日、ライラ監督のもと、アイルは黒魔術の練習をしていた。

  今やっていたのは、岩の上部だけをピンポイントで狙う練習。完全な失敗に終わったが。


  「やはり、加減具合がまだわかっていない。少し出力を上げようと思ったら、これだ」


  自然とため息をが出る。

  黒魔術というのは、マナではない"何か"を源泉としている。それはマナよりも強大で、とめどなく溢れてくるため、力の調整が非常に難しいのだ。


  「昨日は力のコントロール、ちゃんとできてたのに」


  「ああ、そうなんだが…… 昨日の方が余程面倒な的だったのにな」


  「やっぱりまだ不完全だったんだね」


  少し呆れたような口調のライラ。彼女はアイルの横まで移動すると、粉々になった岩の方を見やった。


  「あの女の人を助けるって聞いた時は驚いた」


  女の人とは、シエラのことだ。


  「俺もアーテルだけに魔法を当てられるか正直不安だったんだけどな。でも、あいつだけは、どうしても自分の力で助けたくて」


  村の異変に気付いたのは、黒魔術の練習中、ライラがディアブロ・アイを披露してくれたことに端を発する。簡単な黒魔術で、アーテルを視るためだけの魔法らしい。

  アイルはぶっつけ本番で、村の救出に向かったのだ。


  「好きなんだね」


  「家族として、な」


  誤解のないように、アイルは訂正した。


  「家族……」


  ライラは独り言のように呟く。その目はどこか遠くを見ているようだった。


  「何か思いだせそうか?」


  「ううん、全然」


  ライラは力なく首を振る。


  「やっぱり記憶喪失なのか?」


  「たぶん。アイルと出会う前の記憶がほとんど抜け落ちてるの」


  平時と変わらぬ、小さくあまり抑揚のない声。しかし、半年一緒に暮らしてきたアイルには、その声の微妙な変化を感じ取っていた。


  「そうか……」


  半年前、ライラを助けたアイルであったが、その時の彼女は過去のことをほとんど忘れていた。覚えていたのは、名前と黒魔術についての軽い知識、それからアーテルの存在だけ。なぜ、怪我だらけの状態で彼女があの場にいたのかは、わからずじまいだ。

 

  「とりあえずそろそろ飯にしよう。今日は俺が作る」


  暗い雰囲気を払拭(ふっしょく)しようと、アイルは話題を変える。


  「できないよ」


  「おいおい。確かに俺は料理が下手だが、一応食べれるものにはなってるだろ?」


  「そうじゃなくて」


  アイルは次の言葉を待った。


  「食料もお金も、昨日でなくなったんだよ?」


  「な……」

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