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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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戦乱の予感

「つかまれ!」

 地表探査船アノマロカリスの正面にデルタ翼の宇宙船が突然現れ、船長のグスタフが慌てて舵を切った。

 船は大きく揺れ、マリアーノ、ユウジ、ハオユーの三人は手近かな所につかまった。

 アノマロカリスの前方の大気をレールガンの砲弾が貫き、下の方で炸裂するのが見えた。

 長さだけでもアノマロカリスの四倍はありそうなデルタ翼の宇宙船は猛スピードでアノマロカリスとすれ違うと、大きな弧を描いて旋回した。

 そして、浮遊都市ビーナスシティへの着陸態勢に入った。

「あれが戦争の片一方の当事者というわけか」

 マリアーノがやけに落ち着いた雰囲気で言った。

「困ったことにビーナスシティに着陸するようだな」

 グスタフがあまり困ってなさそうにつぶやいた。

 デルタ翼の宇宙船がビーナスシティの下部に設けられた港に入っていくのが見えた。

 地球と金星との連絡用宇宙船は、今は地球に出かけているため、港を使用しているのはアノマロカリスだけだった。

「まさかビーナスシティが攻撃されたりしないよね。ていうか、あんな胡散臭い宇宙船、勝手に泊めさせちゃ絶対ダメだし、ビーナスシティに秘密の防衛システムとかなかったの? 荷電粒子砲とかレーザー水爆ミサイルとか、これじゃあ侵略者の好き放題で危険が危ないじゃない!」

 ハオユーが興奮して一気にまくし立てた、

「言ってることに一理あるが……ユウジ、おやじさんから、なんか聞いてるか?」

 グスタフの質問は、治安・防災委員長ナグリ・ケンイチロウの息子に対するものだった。

「残念ながら秘密の防衛システムはおろか、拳銃やライフルすらないと思います」

「オーマイガ! すごい平和ボケね! こういうときに備えて、宇宙戦艦とか、スーパーロボットとか、秘密戦隊とか改造人間とか用意してるのが普通でしょ!」

「ハオユー、それ本気で言ってる? ビーナスシティにあるのは消防団と自警団ぐらいだよ。ちなみに、ここの四人もそのメンバーだけど」

「よかったな、ハオユー。おまえもここじゃあ立派なスーパーヒーローだ」

「絶対ありえない!」

「問題はもう一方の当事者がどう出るかですね」

 あさっての方向に向かった議論をマリアーノが引き戻した。

「そうだな。もう一方も強行着陸してビーナスシティ内で地上戦を展開するとか」

 グスタフは妙に落ち着いていた。

「それ困るでしょ、ありえないでしょ! 我々には武器もないのに!」

「ビーナスシティにある武器といえば、包丁と投網ぐらいかな。ああ、あと鍬や鎌も武器になるか……」

 ユウジは武器になりそうなものを一生懸命考えてみた。

「それ全然ダメ! 相手はレールガンとミサイルだよ!」

「もう一方の宇宙船はどんなタイプかわかるか?」

 グスタフが二人に構わずマリアーノに尋ねた。

 マリアーノは望遠カメラで上空を撮影しているはずだった。

「上空の映像を拡大、スロー再生します」

 マリアーノが映像を巻き戻すと太陽光を反射して鈍く輝く葉巻型の宇宙船が映っていた。

「葉巻型か……大気圏突入は無理だな」

「じゃあ、地上戦はなしっていうこと?」

 ハオユーが安堵の色を浮かべてグスタフに視線を向けた。

「デルタ翼の宇宙船を引渡さなければ、衛星軌道上からビーナスシティを攻撃するなんて要求がくるかもしれないな」

「あう」

「おやじさんに連絡してみろ」

 妙なリアクションをするハオユーを無視してグスタフはユウジに話しかけた。

 ビーナスシティで非常事態が起こっていないか確認しろという意味だろうが、その期待にはたぶん応えられないとユウジは思った。

「うーん、おやじはぎっくり腰で寝たきりなんですよね」

「おかしいでしょ! 緊迫感なさすぎでしょ!」

 ユウジもかるくハオユーをスルーしながら携帯端末を取り出すと父親にメールを送った。

 距離が近いので電波は届くはずだった。

『何か起きてる?』

 返事はすぐに返ってきた。

 着信音が鳴ると四人全員がユウジの携帯端末を興味深げに覗き込んだ。

『腰が痛くて起きられない』

 話が通じているようでまるで通じていなかった。

「だめだな、こりゃ」

 グスタフが指先で頭を抑えた。

「面目ありません」

 ユウジは恥ずかしそうに答えた。

「救難信号だ……」

 マリアーノがつぶやいた。

「どこからだ?」

 グスタフは前方のモニターに視線を移した。

「2時の方向、上空から降下してきます」

 マリアーノの報告を聞くとグスタフは黙って右に舵を切った。

「船長、助けに行くんですか? すごく嫌な予感がするんですけど」

 マリアーノがやれやれと首を振った。

「助けを求める者を見捨てるわけにいくまい。それに助けないともっと面倒なことになるような気がする」

「わかりました。最大加速、ダウントリム一〇度でお願いします」

「了解。目標への誘導、引き続き頼む」

 アノマロカリスは猛スピードで降下を始めた。

「奈落の底に落ちていくような気がするよ」

 ハオユーが縁起でもないことを言った。

 しばらくして上方に小さな球体が、時折、推進剤を噴射しながら降下しているのが見えた。宇宙船の脱出カプセルのようだった。

「ひょっとしてあんなんでビーナスシティに着陸しようとしたわけじゃないだろうな」

「われわれがいるのは想定済みだったんじゃないんですか?」

 グスタフのつぶやきにマリアーノが答えた。

「おい、ユウジ。おまえロボット・アームの操作得意だったよな」

「ええ、まあ」

「つかまえろ。おとすなよ」

「ええ?」

 ユウジはあわててロボット・アームの操作盤に取り付いた。

 操作用のモニターを覗いたが視界が狭くタイミングがとりづらかった。

 そもそもロボット・アームは地上の鉱物サンプルを採取するためのもので、落下してくる物体を受け止めたことなんかなかった。

 ロボット・アームのサイズ自体は大きく、高温高圧化での作業に耐えられるように頑丈に作ってあるので強度的には問題がないのだろうが……

「すいません、タイミング指示願います。視界が狭すぎて広範囲の様子がわかりません」

「了解」

 マリアーノの落ち着いた声が返ってきた。

 地表に向けて降下したこともあって二酸化炭素の気圧が増し、脱出カプセルの降下速度もゆっくりになってきた。

「これなら、大丈夫そうです」

 脱出カプセルがどんどん近づき、ユウジは安堵の声を漏らした。

 ユウジはロボット・アームを器用に操作し両手で挟み込むようにして脱出カプセルを受け止めた。

「アップトリム二〇、緊急浮上」

 グスタフはユウジが脱出カプセルをつかんだのを確認すると、アノマロカリスを急速浮上させはじめた。

「まずいな」

 グスタフはモニターに映った脱出カプセルをしげしげと眺めてつぶやいた。

「どうしたんですか?」

「カプセルが圧壊しはじめている」

「えええ!」

「そもそも宇宙空間用だから、高圧環境下での使用は想定していないんだろう」

 確かにカプセルの一部がへこんでいた。

「中の人間が無事だといいんだが」

 グスタフが不吉なことをつぶやいた。


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