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月の戦姫と金星の浮遊都市  作者: 川越トーマ
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告白

 サーシャ、ユウジ、ハオユー、アレン親子の五人は、宇宙護衛艦エラトステネスに護送された。

 当然のようにサーシャは装甲歩兵の装備を剥ぎ取られ簡易宇宙服姿になっていた。

 エアロックに到着し、空気が満ちたことを示す青いランプが点灯すると、五人は銃を突きつけられたまま、ヘルメットを外すよう指示された。

「キャンベル少尉、全員に手錠を」

 サーシャとユウジはおとなしく電子ロック式の手錠をかけられ、ハオユーは手錠をかけられる寸前に歯をむいて威嚇し、ライリー・アレンは呆然と手錠を見つめ、ジョシュア・アレンはエストラーダ艦長に食って掛かった。

「貴様が指揮官か、これは一体どういうつもりだ!」

 アレン親子の簡易宇宙服の通信装置は、ユウジたちに破壊されていたので、このとき初めて、アレン親子にエストラーダ艦長と話す機会が与えられていた。

「ライリー・アレン氏には逮捕命令が出ている。治安維持の名目で人民を不当に殺害した容疑でね。反論は法廷でお願いしたい」

 エストラーダ艦長は、冷たい目でジョシュア・アレンを見据えると簡潔に説明した。

 ジョシュアはなおもエストラーダ艦長を睨んでいたが、エストラーダ艦長はこれを無視してサーシャ・グリンベルクに視線を移した。

「サーシャ、君には国防大臣殺害事件の件でいろいろ聴きたいことがある」

 サーシャは感情の読み取れない視線をエストラーダ艦長に送ると、抑揚のない声で質問を発した。

「同志ノラザンは?」

 恐らく拘束されているだろうという前提での質問だった。

「射殺した」

 返ってきた答えはサーシャの予想以上のものだった。

 サーシャの青い目に一瞬炎が湧き上がったようだった。

 手錠をつけたままエストラーダ艦長に詰め寄る気配を示し、艦長の横に立っていたベッカー少尉にレーザー小銃を突きつけられ押し返された。

 エストラーダ艦長はサーシャの無言の抗議に説明で応えた。

「奴は君たちの乗る船をミサイルで攻撃し、それを阻止しようとした本艦の乗員エミリオ・ガルシア中尉を殺害したため、止むを得ず射殺した。軍の情報部が掴んだ情報では奴は月の経済を破綻に追い込んだ宇宙開発公社のエージェントだった。奴らは月の不満分子に資金を提供し、月の人間同士を合い争わせ、罪のない国防大臣を謀殺した。すでに革命組織の他の幹部たちも軍部の手で拘束した。残っていたのはサーシャ、君たちだけだ」

「私が戦ったのは虐げられた月の人民のためだ! 私は! 私は!」

 サーシャは珍しく感情を顕わにしていた。

 顔色が蒼ざめ、生気が急速に失われていくのが傍目にもわかった。

「国防大臣暗殺事件の真犯人がわかったからには、私の地位も回復というわけではないかな。艦長」

 それまで沈黙していたライリー・アレンが口を挟んだ。

 憮然とした表情で手錠とエストラーダ艦長を交互に見ていた。

「ふざけないでもらいたい。国防大臣暗殺事件は無罪であっても、失政のために多くの国民を死に追いやったのは事実だ。裏に宇宙開発公社の陰謀があったにせよ、デモ隊に発砲を命じた責任が消えるわけではない。繰り返しになるが私に出された命令は、ライリー・アレンの捕獲であり保護ではない。法廷があなたを待っている」

 エストラーダ艦長は猛禽類のような鋭い眼光でライリー・アレンを見据えていた。

「さて、金星の諸君」

 最後にエストラーダ艦長はユウジとハオユーに視線を移した。

 平均身長一九〇センチ前後の月の軍人たちの前では、身長一七〇センチそこそこのユウジとハオユーはとても小柄に見えた。

「先ほどまで通信装置のスイッチを切っていたようなので改めて謝罪する。ミサイル攻撃は当方の手違いだった」

「ごめんで済んだら警察は要らないよ! こっちは死ぬところだったんだぞ! おまけにこの扱いは一体何なんだ!」

 ハオユーが目をむいて吼えた。

「死ぬところだったのはお互い様だ。こちらも危うく撃ち殺されるところだった」

 エストラーダ艦長はユウジの放ったレーザー光線に焼かれた胸部装甲の一部を指差した。

「ふざけないで欲しい。先に手を出したのそちら側だ。殺されそうになったら身を守るために戦うのは当然。理不尽な暴力を黙って受け入れなければならない道理はない」

 ユウジが怒りを押し殺しながら静かに言い返した。

「同感だ。私は宇宙護衛艦エラトステネス艦長のアントニオ・エストラーダ。君たちは?」

 エストラーダ艦長の猛禽類のような目に優しい光が宿った。

「ナグリ・ユウジ」

「リュウ・ハオユーだ」

 二人は手錠をかけられながらも胸を張って答えた。

「キャンベル少尉、この二人の手錠を外してくれ」

 エストラーダ艦長は先ほど全員に手錠をかけるように命じた赤毛の女性少尉に対し、先ほどとは逆の作業を命じた。

「いいのですか? どんな手段を使ったのかは知りませんが、この二人、人質だったにもかかわらず、大統領専用機を制圧したのですよ」

 エストラーダ艦長の指示を聞いて金髪・碧眼のアネット・バロー中尉は難色を示した。

「仕方ないだろ。この二名は拘束されるような罪は犯していない。今回の事件では一方的に被害者だ。それに君たちは素人二名に後れを取るような情けない軍人なのかね?」

 エストラーダ艦長はバロー中尉の意見具申に気分を害したような様子は見せなかったが、意地悪く聞き返した。

「いえ」

 バロー中尉は頬を赤らめて視線を落とした。

「手錠を外します」

 赤毛のキャンベル少尉が二人の様子を見ながら行動を開始した。

「話がわかる艦長で助かった。話がわかるついでにお願いがある。彼女は……サーシャ・グリンベルクは一介の兵士だ。陰謀の首謀者じゃあない。君たち軍人も上から命令されれば、事の是非はともかく戦うだろ? 手錠は外してくれ。」

 先に手錠を外してもらったユウジが、視線をエストラーダ艦長に向けて口を開いた。

「ユウジ……」

 視線を落としていたサーシャはユウジのことを見つめてつぶやいた。

「弁護人としての才能もあるようだが、それは駄目だ。彼女が末端の兵士とは限らない。自由の身になるのは取調べが済んでからだ」

 エストラーダ艦長は再び表情を固くした。

 何事か考えていた様子のサーシャは、意を決したように顔を上げ、話しはじめた。

「ユウジ、私は裁きを受けるべき人間だ。モハド・ノラザンに、いや、月の真の敵である宇宙開発公社に利用されて、ルナ人民共和国の治安関係者を多く殺害した。国防大臣ウラジミール・ミリャもその一人だ。私は、国防大臣が革命勢力鎮圧のために人民軍を動かすつもりだと聞かされた」

 ユウジは、うすうすサーシャが国防大臣暗殺事件に関与していると感じていた。

 しかし、まさか実行犯だとは思っていなかった。

 いや、正確には思いたくなかった。

 サーシャは勇気を出して告白しているのだろうが、ユウジはそんな告白は聞きたくはなかった。

 サーシャが目の前で兄を殺された話には同情した。

 だから、サーシャに協力しようと思った。

 戦闘で治安部隊と撃ちあい、相手を殺すのはお互い納得づくで戦った結果なので非難されるようなことではないと思っていた。

 しかし、国防大臣の暗殺は違う。

 謀略のために自分たちの味方をしていた人物を殺したのだ。

 例え騙された結果だとしてもユウジの倫理観としては受け入れることのできない話だった。

 ユウジの脳裏にニュース映像で見た光景が浮かんだ。

 『おじいちゃん、おめめあけて。』と棺に呼びかける幼児と泣き崩れる老婦人の映像だった。

「サーシャ、もうしゃべっちゃ駄目だ」

 言った後、ユウジはずるい言い方だと思った。

 あたかもサーシャの身を案じたような台詞だったが、何のことはない、ユウジの心の中にあるサーシャのイメージが壊れていくのが嫌なだけだったのだ。

「ユウジ、ありがとう」

 サーシャ・グリンベルクの目に涙が光るのが見えた。

 白磁の人形のような普段とは違い、時折見せるサーシャの表情は美しかった。

 中でもこのときのサーシャの顔はきっと一生忘れることはできないとユウジは思った。

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