3. 死にたがりはうっかり
本当は分かっていた。全部、全部――。
なぜ告白したのに失敗したか?
――それは至極単純なこと。
俺にそれだけの魅力がなかったというだけ。
芸能人の○○に似ているって?
それは悪いジョークでもなければ虚言でもない。自他共に認めている外見的特徴という単なる情報の一端に過ぎない。
神に誓ってもいい。事実だと。
だが、それ以上でも、それ以下でもない。
ゆえに告白成功の具体的要因にはならない。
では努力したのに一向に改善されない文系教科の出来は?
――それも簡単なこと。
努力の方向性を間違えていたのだ。勉強時間の確保に気を取られ過ぎていて、本質的な処での解決を疎かにした結果だ。
要は内容がついていっていなかったのだ。
そもそも理系、文系という考え方自体が間違っている。
数学の、本当にできる人間ほど――数式は言葉のようだ、国語の問題だ――と言うし、英語が得意な人間ほど――イングリッシュはパズルのようなサブジェクトだ――と言う。
考え方。先入観。苦手意識。
全ては気持ちの問題、やる気の問題、ということだ。
――なら、部活はどうだ?
確かに俺はチームで最も得点力の高いプレイヤーで、体力テストの結果から具体的な身体能力の高さも証明可能かもしれない。
しかし俺には協調性が足りていなかった。たとえ100本のシュートを100点のスコアに錬成する技能があったとしても――だ。
例えば……例えばの話だが、一本のパスも回ってこなかったらどうだろうか。
シュートを打つというごく単純なアルゴリズムにさえ到達することは100パーセント不可能だろう。
つまりはそういうことだった。
俺、種田志樹はただの――改善点に目を瞑っているだけの――ガキだったのだ。
――――などと的確な自己分析的寝言をブツブツと唱える16歳の高校生、自称死にたがりの少年=種田志樹は、初夏のうだるような暑さに目を覚ました。
「うぐ……暑い……んん……?」
昨晩、このところの嫌なこと続きで溜まったストレスによって、また例によってブツブツと文句を垂れながらカッターナイフを片手に『自殺ごっこ』をしていたような気がしたのだが、そこからの記憶が一切ない。
しかし志樹は左手の薬指に巻かれたガーゼを見ると、大方満足したところで疲れて寝てしまったか、この暑さでついに頭がやられてしまったかのどちらかだろうと呑気に構えていた。
「なぜなら今日は日曜日っ!」
昨晩から開いたままになっている窓の外に広がるのは気持ちの良い晴天。
「こんなに良い天気の日には、特に用事がなくても散歩に出かけなけりゃ、お天道様に申し訳が立たないってもんだよなっ」
などと独り言を言うと怪盗ルパンよろしく一瞬で外着に着替えると階段を駆け下りた――その瞬間。
――ズキリッ
「……つっ!」
激しい頭痛に襲われる。まるで何かを訴えかけるような痛み。
そして聞こえる――
(――外出してはダメだからね――!)
「うーん……窓を開けたまま寝たからか……風邪でも引いたかな」
ついに幻聴まで聞こえ出したぞ、とリビングの方へと戻っていく志樹。
日曜だが、月曜の学校に備えて休養を取るべきだと思った。
しかし、服用された頭痛薬の効き――暇つぶしにと点けたテレビ――そこに映る涼しげな風鈴の映像――開店する自宅近くの雑貨店――近場のインターチェンジを出る運送トラック――。
その一つ一つは何の意味も持たない異なる史実。独立した事象……。
それらはスライムが収縮するようにリレーションを構成し始め、しがない高校生であるはずの少年を死へと誘うための舞台を造り上げていく。
「……風鈴かぁ……いいね、まさに夏の風物詩だ。頭痛薬も効いてきたみたいだし、近くの雑貨店に行くことくらい造作ないっしょ」
哀れな少年は炎天下の日差しの中へと足を踏み出した。
雑貨店は志樹の自宅から徒歩三分もかからない距離にあった。志樹は風鈴コーナーを見ると数ある中から適当な絵柄を選び、レジを通るとすぐに店を出た。
大して広くはないが、狭くもない、しかし歩道は整備されていない道路を歩き始めると、道のおよそ真ん中で若いカップルが痴話喧嘩をしているのが目に入った。
大学生くらいだろうか。
若い二人組はより一層喧嘩が激しくなると、周囲の様子など見えていないようだった。志樹が関係ない顔をしてその隣を通り過ぎようとしたとき――
――すぐ手前の角から大型のトラックが物凄い勢いでカーブしてきた。
二人組は志樹よりもワンテンポ遅れて気づいたようだったが、全ては遅かった。
このままでは轢かれる――
志樹の体は思考を超える速度で動いていた。脊髄反射というやつだろう。彼らがトラックに気づくとほぼ同タイミングだった。全力で二人を道路の脇へと突き飛ばす。
やがて色のない世界が訪れる。ガラにもなく人助けなどを働き、実にあっけなく、昨晩まではあれほどまで切望していた死への切符が切られる瞬間、少年は自らがミンチになった様をぼうっと想像した。
――そして彼の一生は幕を閉じる。
閻魔大王はある少年の魂の回収を、その現場の最も近くにいた死神――80年よりも昔、はるか昭和の時代に命を落とした――少女の死神に命じた。
雪のように真っ白な肌を藍色の着物に包み込み、漆黒の髪を持つ少女の亡霊は、全くの感情も表に出さず、『いつものことだ』というように現場に向かい、そこで間抜けに漂っている哀れな魂を見つける。
すると初めて『呆れ』という感情を露わにしながらため息をつく。
「やっぱり死んじゃったか……」
おそらく飲酒運転をしていただろうと思われるトラック運転手と、先ほどまで夢中で痴話喧嘩をしていたカップル、どこからともなく徐々に集まりだすギャラリー。
騒然とする事故現場。
そのちょうど真上。
上空でプカプカと浮く半透明な少年の姿。
「……ん……あれ、俺……死んだのか……?」
少年の名は種田志樹。若干16歳の高校一年生であった。
寝起きの様にぼんやりした頭で、前にもこんなことがあったような気がすると記憶を探っていると、頭上で幼くもどこか大人びた少女の声がした。
「そうね……今度という今度こそは、自殺未遂でもなんでもなく、疑いようもなく、本当に死んでしまったね」
聞き覚えのある声。
ゆっくりと見上げると、自分よりもさらに高いところに、小学生か、大きく見積もっても成長の遅い中学生くらいの幼い少女がプカプカと浮いている。
――刹那、頭に閃光が走る感覚がすると同時、昨晩実際にあった摩訶不思議な出会い、死者と生者、両方の秩序を乱さんとする悪霊という存在の話――その全容が記憶として流れ込んでくる。
「小梛……?」
死神の少女=小梛が再度ため息をついて、
「正解。……全く、ガラにもなく人助けをしてうっかり死んじゃうなんて、とんだ死にたがりだね。じゃ、とりあえず閻魔大王のところに連れていくから」
と言うと、下界から二つの魂が消えた。




