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1. 死にたがりは怖がり

 


 生きるということは大変つらいことだ。今までだって何度死のうと思ったことか分からない。だが俺は今もって生きている。なぜだが生きている。きっと誰だって。人間ってのはそういう生き物なのだろう――。

 だがしかしだ。いよいよ俺も我慢の限界なのだ。

 俺は種田志樹。

 高校二年の夏に差し掛かろうとしている――齢16にして悩み多き男。

 少し前に告白をしたがあえなく玉砕。

 顔は芸能人の○○似で悪くないはずだ……それなのになぜ……。

 昨日返ってきた全国模試の結果はクラスでも底辺を争う悲惨なものだった。

 悲しいかな英語と国語の出来が悪すぎるのだ。

 どれだけ苦手な文系教科に時間と労力を割いたと思っているのだ……まるっきり勉強していないはずの数学は偏差値60台をキープしているのに。

 今日の部活では来月の試合のレギュラーから外された……休日も休まずに練習して、チーム内では最も得点力が高いってのに。

 こんなに努力を重ねていても、全くもって報われやしない。

 世の中ってやつは至極残酷でほとほと理不尽な構成をしているんだ。

 世界を構築し、あまねく不条理の犠牲になるというならば……ならばあえて死んでやろうではないか!


 ――――などとブツブツとつぶやいている男がこの小さな星の小さな島国の小さな町のある一軒家の一室にいた。

 男の名前は種田志樹16歳。

 その手にはカッターナイフが握られており、額には玉のような汗が滲んでいる。

「くそっ……死んでやるっ……死んでやるぞっ!」

 というような趣旨の言葉を延々と、ブツブツとつぶやきながら、カッターを構える右手が左手首を狙ったままプルプルと震えている。

「痛いのは一瞬だ……大丈夫、すぐ楽になれ――」

「――やるなら早くしないかっ! 焦れったいな!」

 突然の背後からの声に――

「ファッ!?」

 ――ピリッ……。志樹の右手のカッターナイフ、その刃が左手の薬指を掠める。

「イダアアアッ! 死ぬ! 死ぬ!」

 『かすり傷』を負った左手を押さえながら床をバタバタと転げまわる志樹。相変わらず背後からは、

「どうしたの? 死にたいんじゃないの?」

 と、どこか幼く、興味津々といった様子で聞きこんでくる声が。志樹は血相を変えて声のする方へ向き直る。

「なっ……!?」

 そこにはツヤのある、この世のすべてを飲み込むブラックホールの如き漆黒の前髪を、右目だけを隠すように伸ばされたショートカット。生気が全く感じられないほどに青白く、しかし凶悪なまでに美しい肌を藍色の着物に包んだ10歳前後くらいの少女が佇んでいた。

「――っ!」

 志樹は驚きで声も出すことができなかった。

 この世のものとは思えぬ異彩を放つ存在が、どこからともなく現れたのだ。

「な……何者だよ……どっから入ってきた……!? 部屋には鍵もかかって――」

 すると『目の前の存在』はゆっくりと着物の裾を上げ――――空いている窓の方を指した。

「……は……?」

 ここは2階のはず……。

 しかし、よく見ると『目の前の何か』はぷかぷかと浮いて――

「窓から入ってきた。まぁもっとも、今の私に施錠が意味を為すとも思えないけれど」

 と言い放った。そしてこう続ける。

「だって私、死んでるから」


(――あれ……? 俺何して……)

 志樹の頭はぼんやりとしていた。朦朧とする意識。ぼやける視界。

(そうか……やっと死ねたのか……。なんだ、やっぱり死ぬことなんて大したことないじゃないか……)

 そして彼はゆっくりと目を閉じ……。閉じ……、閉じれなかった。

「――!?」

 何か得体の知れない力によって瞼が引き上げられていくような感覚。

 再びゆっくりと開かれていく視界。そしてそこに唐突に、

「ざーんねん! あなたはただ気絶していただけでしたー!」

「のわ!?」

 飛び起きる志樹。その間抜けな顔を覗き込む隠されていない方の漆黒の瞳。

 藍色の着物に包まれし生亡き者。

「でっ……出たなっ!」

 志樹はパタパタっと、瞬時に部屋の片隅に縮こまって『それ』と距離を置くとガクガクと震え始めた。そこには先ほどまで自決を考え、鋭利な刃物を己が手首に突き付けていた人間の面影はなく、未知への、ついでは『死への恐怖』が見え隠れしていた。

「……え、なに? ひょっとしてビビってるの? 死にたがりの癖に?」

 と、亡霊が何かを言っているのが『音として』志樹の耳に入る。しかし、内容を聞き取るだけの余裕が今の志樹には残されてなどいなかった。ただ蹲り、外界を、この世のすべてを拒絶することに全霊をかけていた。

 ――次の瞬間、志樹は自分のすぐ目の前、文字通り目と鼻の先にフワリと、とてつもない冷気が近づくのを感じた。

「――さっきの続き……しないの?」

 志樹は背筋が凍る思いだった。

「……は……何言って……そんなの冗談に決まって――」

 めいっぱい冷や汗をかいて、息も絶え絶えになって声を絞り出す。

「死にたい死にたい言う割には全然死のうとしないし、幽霊見たらいきなり即倒しちゃうし……久々に面白いもの見れそうだと思ったのに……これはとんだ期待外れだったなぁ――」

 夢なら覚めてくれと願う志樹をよそに藍色の、そして白く怪しく光る亡霊は好きなことを言っていた。

「ねぇ、貴方……死にたくないの? 死にたいのよね? でも死ねないんでしょう? だったら……私が殺してあげよっか――」

 身も心も凍り付くような、幼くもどこか色気を持った冷徹な声が耳元でささやく。

 (そうだよ……俺は死にたかったんじゃないのか……今まで幾度となく感じてきた感覚――)

 志樹は恐怖を押し殺して思ったことを一つ一つ口にする。

「なぁ……ホントにお前……、お前は死んでるんだよな……?」

「え!? あぁうん……。これが生きてるように見える?」

 白き亡霊は、一瞬不意を突かれたようにビックリした後、幽霊であることの証明にプカプカして見せた。

「ふぅん……見たところ意識もあってプカプカと自由気ままに動き回って? ずいぶん楽しそうじゃないか。なら俺も死んでそんな風に自由気ままに……」

 急に冷静になった志樹に「?」と亡霊は首をかしげる。

 志樹はゆっくりとカッターナイフを手に持ち、チャカチャカと刃を出す。それを手首にあてがう。

 不思議と恐怖は感じない。今までのためらいが嘘のようだ。

 死後、目の前の亡霊と同じように自由気ままに飛び回って――

「あぁ、貴方は死んだら成仏するから、私のようにはならないわね!(ニッコリ)」

 ――――プシッ――……手が止まる。

「い……――ってええええぇえええぇえ!」

 先ほどのデジャブのように床に転げまわる志樹。


 ――――数分後――――

「いやー、驚かせちゃってホントにごめんねー!」

 今までのドスの利いた声や冷徹な雰囲気など墓場に忘れてきたというような満面の笑顔でフランクに話すなんちゃって亡霊と、左手の薬指をガーゼでグルグル巻きにしてむすっとしているなんちゃって自殺志願者の姿がそこにはあった。

「……マジで死ぬかと思った……」

 やれやれ、といった様子でぼやく志樹。

「やっぱり死ぬ気なんてなかったんだ……危ない危ない……」

 亡霊は心底ほっとしたようにわずかに膨らんだ胸をなでおろす。

「え、何言って……」

「いや、実はね――」

 彼女が言いかけた瞬間――ゴゴゴゴゴッ!と建物が大きく揺れる!

「――な……!?……地震――!?」

 一時的なものだったがかなり大きな揺れだった。

 揺れが収まると亡霊の少女はゆっくりと告げた。


「――貴方は現時刻をもって死んでいたはずなの」





 

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