祝わせて貰えませんか?2
「誕生日おめでとう〜! 御影〜!」
お店のドアを開けるなり、パァンというクラッカーの音に出迎えられて、御影君は珍しく、驚いた顔でその場に硬直した。
「・・・・え」
お友達も彼の驚く様子が珍しかったのだろうか。彼等は嬉しそうな顔でワッと盛り上がった。
「サプライズ成功〜っ!」
亜美ちゃんは手を叩いて笑い、他の男の子二人は御影君に寄って「驚いた〜?」と肩を組む。周りに居た二組のお客さんも、事前に話しておいたからか、微笑ましげな笑顔で拍手をしてくれた。お友達に手を引かれてケーキの置かれたテーブル席に座らせられると、しかし御影君はちょっと困ったような表情を見せた。
「いやでも、俺今日バイト・・」
「いいんだよ。御影君の今日の仕事は、ここでお誕生日を祝われる事」
今日の日替わりランチのメインである塩生姜唐揚げ。酒と塩と擦りおろし生姜を小麦粉とともに漬け込んで、最後に片栗粉を塗して揚げた、シンプルながら中毒性のある一品だ。他ではニンニクや醤油の入っているレシピが多い為か、他とは一味違うと人気が高いメニューである。彼等のおつまみ用にと用意した唐揚げを盛った皿を手に、私がそう言うと、彼は後ろにいた私を振り返った。
「でも、奈緒子さん・・」
「御影君、夏休み入ってからもバイトばかりで、ろくに遊びに行ってないんじゃないの? 大人になるとそうそう、友達と遊びに行くことも出来なくなるんだよ? 高校生は高校生らしく、ちゃんとお友達とも遊ばなきゃ」
「そーだぞ御影ー! お前いっつもバイトだからって先に帰っちゃうしー!」
「もしかしてバイトと称して勉強してんのかと思ってたぞ俺は。ホントにバイトしてたのか・・」
「店長さんもお祝いしたいってさ〜!」
「ね? 折角こうしてみんな御影君のために集まってくれたんだし」
「・・・・はい」
ケーキを切ってドリンクを出して・・多めに作ったつもりだった唐揚げは、食べ盛りの高校生には胃袋の足しにもならないのか、ペロリと平らげられてしまった。クラスメイトとはしゃぐ御影君の高校二年生らしい姿を見るのは初めてで、私はキッチンの中から、どこか遠い目で、それを眺めていた。
これが彼の本来の姿なんだな。私が知っている御影君は、学校終わりにバイトしてる、たかが数時間の事だから。
一緒に勉強したりスポーツしたり、人間関係を知り時には恋する気持ちを知って・・そうやって大人になっていく。大学受験や就活で挫折したり、世間の厳しさを知って自分を見つめ直してみたり、彼等はこれから色んな事を経験し、成長していくのだろう。
私の青春はとうに終わった。
あとは変わらぬこの店で、変わらぬ日々を過ごすだけ────。
「すいませんでした。ご迷惑をおかけして」
彼等が帰って行き、すぐにやって来た夕食ラッシュ。それを捌ききり、御影君の帰る八時がやってきても、彼は申し訳なさからか帰ろうとはしなかった。やっとお客様の落ち着いた八時半を過ぎた頃、彼はようやく、そう切り出した。
「御影君、迷惑なんかじゃなくて、私もお祝いしたかっただけなんだよ。もう時間過ぎてるから帰ってね? 誕生日ならそう話してくれれば良かったのに。そんな日にまで律儀にバイトする必要なんか無いんだよ?」
私がそう答えると、御影君は・・
「俺はバイトしたかったんです。そんな日は尚更、奈緒子さんに会いたいので」
いつになく真剣な表情の彼の視線にぶつかって、私は思わず、彼から目を逸らした。
そんな瞳で見るのはやめて。また心が、騒つく。
目が、合わせられない────・・
「祝ってくれるなら、奈緒子さんにプレゼント要求していいですか」
「あはは。いいけど、しがない自営業だから、ものによってはあげられるかどうか分からないなぁ」
「物じゃありません。奈緒子さんの誕生日・・俺に祝わせて貰えませんか?」
「・・・・」
駄目だよ御影君────。
私達の世界は違い過ぎて
そこには絶対的な壁がある。
「あはは・・確かに淋しい独り身だけどさ。
それを高校生のバイト君にさせるのは、流石に申し訳ないよ・・」
私が目を合わせられないまま作り笑いでそう答えると、御影君は暗い顔をした。いつもの様に余裕そうな表情で、笑ってくれれば良かったのに。
ごめんね御影君。
私は、亜美ちゃんに宣言出来なかった。
ミカの時と同じ。世間の目が怖くて────貴方を好きだと、そう宣言出来なかったんだよ。
「・・そう、ですか」
きっと丁度良かったんだよね。
────暑かった今年の夏も、もうじき終わりを迎えるから。




