祝わせて貰えませんか?
ベッドがギシッと軋む音が響く────。
後退る私を追い込む様に、迫ってくる御影君の整った顔。まるで懇願する様に、切ない瞳を私へ向けて・・
「奈緒子さん。もう分かってるんでしょ? 俺の気持ち」
「な、なんだろうな〜? 全然、分かんないなぁ〜・・」
「ちゃんと見て下さい俺のこと。本当は奈緒子さんだって、俺のことが好きなくせに」
「み、御影君。私達は歳が離れすぎてるし、いけないよこんなこと・・ちょっと一旦落ち着こうか?」
「俺、こういう事するの初めてなんで。教えてください、奈緒子さん・・」
「わ────!!」
食卓には焼鮭と海苔、その手前にはホカホカご飯とお味噌汁が美味しそうな湯気を立てる。傍らにはティッシュやリモコン、調味料などが不規則に雑然と置かれている。まぁ一般家庭とはそういうものだ。
「あんた、ボーッとして大丈夫? やだよいい歳してベッドから落ちるなんて。どんな寝相してんのよ」
お母さんがデザートの桃を盛った皿を差し出しつつ、呆れた視線を向けてくるのに気がついても、私はショックで、やはりボーッと揺らめく湯気を眺めていた。
私は夢で御影君と、あんな────『淫行』を・・。あれが私の、深層心理での願望だというのだろうか・・。
「犯罪」と言ったミカの言葉が蘇った。あの後私は「未成年との恋愛」についてウェブで調べまくってみたのだが・・やはりそれは、御影君への想いを踏み止まらせるものだった。
児童福祉法や地方自治体の定める条例では、大人が18歳未満の児童と性的な行為に及ぶ事を禁じ、処罰対象としている。結婚を前提とするなど真剣な交際の場合は除く、とはされているものの・・本人達は真剣に交際していたつもりが、児童の保護者に通報され逮捕されたケースはいつくもあるとの事。そしてやはり、年齢差や関係性もその判断を大きく左右する要因となる。例えば教師と生徒という関係なら、非難を浴びるのは当然と誰もが納得すると思うが、実は雇用主と労働者という関係である私達もさして変わりは無いのである。
(そりゃそうだ。親御さんからしてみたら、とんでもない話だよ・・)
なら清い交際を貫けばいいとは言っても、疑惑の目が向けられる事は想像に難くない。それに実際のところ、高校生ともなれば身体的には大人とほとんど変わらない。全く清い・・というのは口で言うほど簡単ではないのではないだろうか。
その時、テレビで流れていたニュース番組で、こんな報道が読み上げられた。
「昨日、警察は音楽番組などで活躍中のタレント〇〇容疑者を逮捕しました。〇〇容疑者は街で十六歳の児童に声をかけ、淫らな行為を行ったとして────」
・・ひ、他人事とは思えない・・。御影君は大人っぽいし頭脳は大人の私を多分上回っているとはいえ、まだ児童であることに変わりはない。勢いあまってその様な行為に及ぶなどということあらば、世間様に一体どう思われるか・・!
だけど最近の御影君の猛攻・・私は一体どこまで、対面を守っていられるのだろう・・?
「お母さん・・私、逮捕されたらごめんね・・」
向かいで味噌汁に口をつけていた母が、ブフッと吹き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それはその日のランチ営業が終わって、カフェタイムへと切り替わる頃だった。私が店の軒先に置いてある立て看板を、ランチメニューからカフェメニューへと変えようとしたとき、お店の前に立っていた一人の女の子と目が合った。金髪ほどもいかないが、かなり明るい色の髪をサイドでポニーテールに結った、ちょっとギャルっぽい印象のその子には、見覚えがあった。
「あ、あれ? 確か・・亜美ちゃん、だっけ?」
以前、御影君のクラスの一番人気美少女・結衣ちゃんらと共にお店に来てくれた、与野中央高校生の女の子だ。私が声をかけると、彼女は驚いたように目を丸くして、私の方へ慌てて頭を下げた。
「覚えててくれたんすか! すいません、お忙しいところ!」
彼女の鞄に付けたキーホルダーがジャラリと鳴った。いくら夏とはいえ大人から見ると露出が激しめの服装ではあるものの、こうして礼儀はきちんとしているのが、やはり偏差値高い与野中央高校の生徒だという事なのだろう。
「どうしたの? こんなところで?」
「あ、あの、実は・・今日はちょっと店長さんに、お願いがあって・・」
「へ?」
御影君のお友達が、私にお願いって・・? 疑問に首を傾げた私の前で、彼女はモジモジと気まずそうに視線を彷徨わせながらこう言った。
「ほんとに店長さんのご迷惑じゃなければなんですけど・・今日、実は御影の誕生日で・・。予定聞いたらバイトだって言うんで、みんなでちょっと、サプライズ的にお祝いに来れたらなぁ、なんて・・」
え・・?
御影君・・今日、誕生日・・? なんだ、そんな話は全然・・
「あ、でもホントに! バイトの邪魔だって事なら、全然!」
「そんな事ないよ? 気にしないで是非来てね」
「ホントですかっ?」
「うん。そういう事なら私も協力したいし。でも六時過ぎると混み合うから、その前まででいいかな? あと、うちはホールケーキ置いてないから、もしだったら持ち込んじゃってもいいよ。飲み物はうちに置いてあるのでよければ出すから、買わなくて大丈夫だからね?」
「はい! すいません、ありがとうございます! 秒で招集かけます!」
亜美ちゃんは嬉しそうに目を輝かせながら、また礼儀正しく頭を下げた。この間も結衣ちゃんと御影君の仲を取り持とうと頑張ってたし、友達の為に一生懸命な子なんだな。
「全然、気にしないでね。結衣ちゃん達も一緒だよね? 伝えておいてくれるかな」
何気なくそう聞いたのが・・失敗だった。私の言葉を聞くと彼女の笑顔が、ピシッと凍りついたように見えた。
「あは・・違くて。・・・・実はウチも・・御影のこと、好きなんですよね」
「え・・?」
それは私にとって、あまりにも意外な一言であった。亜美ちゃんは赤い顔で苦笑いを浮かべて、前髪を指で弄りながら、気まずそうに下を向いた。
「結衣みたいな可愛い子が好きなら、絶対無理だろって諦めてたんですけど。でも御影はあんまりって感じだったし・・頑張ってみようかな、なんて・・」
そこまで言って、彼女の顔から笑顔が消えた。
「・・・・最低ですよね、ウチ・・。友達が好きなの知ってて、こんなの・・」
────亜美ちゃん・・
「そんな事ないよ。確かに高校生の時ってそういう事で揉めがちだけど・・でも先に言った方が勝ちとか、人を好きになるってそういう事じゃないんじゃないかな」
────最低だと言うのなら・・それは私も同じだ。
"私も御影君が好きなの"
そう彼女に宣言出来なかったのは、私の覚悟が足りないせい。
世間にどう思われようと、彼を好きで居続ける自信が無い、弱い自分のせい────・・
(続く)




